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6.足利と新田の確執

菊池武重は、建武二年(1335)の正月を京で迎えた。

彼は、京を覆う醜い勢力争いには全く興味が無かった。大塔宮の逮捕には少々驚いたが、宮が無闇に虚戦からいくさ をおこして治安を乱していたのは知っているから、さして不思議なこととも思わなかった。むしろ、自分の皇子ですら公正に罰する帝の御心に、畏敬の気持ちを抱いた。この帝のために働ける自分に、誇りさえ感じていた。

ただ、小夕梨は宮の失脚を大いに悲しんだ。彼女の弟は、倒幕の戦いに大塔宮の部下として活躍したのだという。兄を戦で失った彼女にとって、たった一人の肉親である弟。しかし、宮が失脚してしまっては、もはや彼女の弟が世に出る機会はあるまい。彼女はそれが悲しいのだ。

「おまえの弟御は、どこのものだ」武重は聞いてみた。

「紀伊の山侍。でも本当は武士じゃないの」

「なるほど、山の民というやつか」

「うん」

「ならば京に呼んで参れ。おいが家人に加えてやるから」

「うふっ、でも弟は、肥後みたいな田舎には行かないよ、きっと」

「悪かったな、田舎で」

「怒ったの、ごめん」

「ふんっ、まあお前もいつか肥後に来いよ。きっと気に入るからさ」

「おおきに・・・言葉だけでも嬉しいよ」

「ふふっ、可愛いやつめ」

幸せそうに笑み崩れる武重である。

しかし、京の情勢は彼にとって深刻な方向に動きつつあった。大塔宮の吉野閥の消滅は、都に新たな勢力均衡図を描き出したからである。

それは、まさに武家の棟梁を巡る対立、足利と新田の対立に外ならなかった。新田義貞の直属である菊池氏も、この渦の中から逃れることは出来ないのだ。

※                  ※

ここで、新田と足利の関係について解説しておく。

足利と新田は、共に八幡太郎義家よしいえ の流れをくむ源氏の一族である。

系図の上では新田の祖先の方が兄にあたるので、幕府を興した頼朝の一族が三代で滅亡した後は、嫡流は新田氏のはずであった。しかしながら、世間一般は足利氏を嫡流として認識していた。その理由は、鎌倉時代における両者の地位の相違による。

新田氏は、頼朝のころから幕府に反抗的であり、しかも幕府の実権を握る北条氏に何かと楯突いていたので、非常に不遇であった。新田義貞など、幕府が滅亡するまで無位無官であったことからもそれは分かる。一族の分布も、越後と上野の一部に限定されていた。

これに対して、足利氏は器用に立ち回り、頼朝のころから幕府の重要な御家人であり、その地位は北条氏が実権を握ってからも変わらなかった。足利尊氏などは、幕府滅亡前ですら官位は治部じぶの 大輔だいほ であり、執権の妹を妻にしていた。

義貞とは天と地ほどの違いである。

しかも、その一族も三河を中心にほとんど日本全国に分布しているのだ。 そういうわけで、世間一般は足利を源氏の嫡流と見なし、諸国の武家の間でも圧倒的人気であった。尊氏の坊っちゃん気質の仁徳も、この傾向を助長した。

しかし、新田一族は、自分たちこそ源氏の嫡流であると固く信じている。このような因縁の両者が狭い京で睨み合っているのだ。何事も起こらないはずがない。

実は、新田と足利の対立は恩賞沙汰をめぐって既に激しく火花を散らしていたのだ。両者とも、より多くの一族を各地に分派し、地方に勢力を植え付けようと競争した。しかし、このような政争においては、阿野廉子を味方にしている足利方に利がある。尊氏は、弟の直義を鎌倉に派遣して関東一円を実質的に掌握することに成功し、しかも一族の斯波しば 氏を北陸の越前守(富山県)に、細川氏を四国の讃岐守(香川県)につけることに成功していた。

これに対して、義貞は見るべき成果を挙げることが出来なかった。

この差が、後の内乱で両者の戦略に大きな影響を与えることになる。

このような両者の政争は、義貞が北条一門を破り、鎌倉を占領した直後に始まった。新田義貞は、当初上洛するつもりは無く、鎌倉に居座ってそこに自己の勢力を植え付けることによって関東の支配を狙ったのであった。しかしながら、一緒に鎌倉に入った尊氏の嫡子・千寿王の存在が彼の運命を分けた。

前記の理由から、関東の武士たちの人気は足利氏に、したがって千寿王に集まった。新田義貞こそ鎌倉攻略の大将だというのに、義貞のところに挨拶にくる豪族は殆ど存在せず、鎌倉での新田氏は、足利の洪水に呑まれる蟻のようになった。

それでやむなく義貞は一族を連れて上洛し、武者所の長官で甘んじることになったのだった。新田氏が血を流して獲得した鎌倉は、今や足利王国である。

こんなこともあって、新田氏の恨みと僻みは強くなる一方であった。

※                 ※

武重の目にも、新田と足利の反目は歴然としていた。町で見かける喧嘩は大抵、新田の家来と足利の家来の口論から始まっていた。

しかし、彼は帝の権力を絶対視していたので、これをそれほど重要な問題とは考えなかった。彼は忠実に、与えられた職務をこなし、時々同僚と歓談し、時折小夕梨に逢いに行く生活を守っていたかった。時々送られてくる故郷からの手紙、とりわけ早苗と虎若丸の近況を楽しみにしながら。

一方、弟の武吉と武豊は、むしろ活発に要人と交際し、いろんな情報を仕入れて回っていた。彼らの好奇心には果てしが無いかに思われた。

さて、二月になると、飯盛山がついに陥落したので、官軍が続々と都に凱旋してきた。凱旋軍の中には、菊池氏と親しい土居道増と得能道綱の姿もあった。

「これでまた、楠木どののところに遊びに行けるぞ」楠木贔屓の武吉は、これまで飯盛山に出陣していた正成の帰還に大喜びであった。

さっそく楠木邸を訪れた武吉は、凱旋にも拘らず静まり返る屋敷の様子に驚いた。

「どうしたんだろ」 門を一歩入った所で首をかしげた武吉は、玄関でたたずむ一人の少年に気づいた。

「あっ、武吉どの」その少年は、武吉を見て朗らかに笑った。二人は友達同士なのだ。

正行まさつら どの。お父上はおられるかな」

「ええ、でも、出発の準備してますよ」

「・・・どこかへお出掛けなさるのか」

「河内に帰るんだって」

「えっ、なんでまた」

その時、玄関口の廊下に、家老の恩地左近が現れた。

「ああ、これは菊池どの。お久しぶりでございます。よくぞおいでくだされた。邸内は色々と慌ただしいのですが、よければお入りください。・・・さあ、若も出発の支度を」

「わかったよ、爺」詰まらなそうに頷いた少年は、楠木正成の嫡男・正行であった。正行は今年元服したばかり。父に似て小柄で痩せた体躯が、まだ可愛らしかった。

恩地左近に案内されて客間に座り込んだ武吉は、正成の河内帰還の理由をあれこれと憶測した。思ったより手柄を立てられなかったからだろうか。いや、正成は、そんなことでくよくよする人物では無い。それなら、大塔宮の逮捕で厭世気分になったのだろうか。これは有りそうだぞ。

やがて、正成自身が客間に姿を見せた。武吉はしかし、正成の疲れ切った表情に驚いた。鬢のあたりに白いものが増えている。どうしたのだろうか。

「武吉どの、まことに突然ながら、この正成、河内に帰ることに決めました。この旨、ご舎兄肥後守どのにも、よしなにお伝えくだされ」 一通りの挨拶の後、正成は淡々とした口調で言った。

「でも、なぜです。それに、雑訴決断所のお仕事はどうなさるのですか」武吉は、正成に詰め寄った。

「わいはな、飯盛山で、いやな思いを散々味わった。しばらく世を捨てて、自分を見つめ直したいのや」正成は弱々しく首を振った。

「嫌な思いとは、総大将の職責を、途中で援軍の大将の斯波高経たかつね (足利一族)に奪われたことでごわすか。それとも、土居や得能に手柄を攫われたことですか」そうでは無いと思いながら、武吉は真実を知るためにカマをかけた。

「そんな下らないことではあらへん」正成は苦笑した。「・・飯盛山の賊の中に、昔、千早城で一緒に戦った仲間が大勢混じってたのや。知った顔ばかりやった」

「そ、そんな」武吉は慄然とした。彼自身、千早城で幕府の大軍を迎え撃った経験の持ち主だ。あのとき鉄壁の団結力を誇った同志たちが、敵味方に別れて戦う羽目になるとは、とても信じられなかった。

「それだけではあらへん」正成は、目を伏せて苦悶の表情を示した。「大塔宮が逮捕されなさると、かつて宮とともに幕府と戦った連中が、敵討ちのつもりで大勢反乱軍に参加し始めたのや。わいの顔なじみも大勢おった。恥ずかしい話やが、わいには、彼らを討つことなど、とても出来なかったのや」

「な、なんてこと・・・」

武吉は、これを聞いて言葉を失った。正成のつらい心事を思い見て絶句した。どうして、この倒幕最大の殊勲者が、これほどに苦しまなければならないのか。 しかし、武吉は正成を信じていた。これしきのことで挫ける人ではない。きっと立ち直って、笑顔で河内から帰ってくるに違いない、と。

武吉が楠木邸を辞した翌日、正成は主な一族を引き連れて河内に帰り、倒幕の戦乱で荒れ果てたままの神社仏閣の修理に尽力する身となったのである。

※                  ※

春先の賀茂の河原は、雪解け水のせせらぎがとても美しかった。

菊池武重は、非番の日に小夕梨を連れて河原に遊びにやって来た。石ころだらけの河原は、遠くのほうで子供達の石合戦が望見できる外、視界を遮るものは何も無かった。

「石合戦か、おいも子供のころは、死んだ弟と菊池川でやり合ったものだ」 河原の石畳の上で仁王立ちしながら、武重は、なぜか沈んだ小夕梨に声をかけた。

「弟さん、亡くなったの?」小夕梨は、青白い顔を弾かれたように武重に向けた。

「今日は初めて、お前の方から喋ってくれたな」武重はほほ笑んだ。

「その弟は、一昨念博多で討ち死にしたんだ。おいの父上と一緒にね」

「悲しくはないの」

「慣れたよ。いつまでも落ち込んでいられないし」

「うちには、うちには慣れることなんか出来ないっ」 小夕梨の肩は小刻みに震え、白い頬に二筋の滴が線を引いた。

「どげんした、小夕梨」突然のことに、目を見張る武重。

「弟が死んだっ。官軍に殺されたっ」泣きじゃくる彼女の両肩を、武重の力強い両腕が強く支えた。

「なんだって、そげんこつ本当か」武重は、あまりのことに当惑せざるを得なかった。

小夕梨の話によると、彼女の弟は大塔宮逮捕の知らせに逆上し、仲間とともに飯盛山の反乱軍に参加したのだという。しかし一月末の陥落の際、敢え無く討ち死にしてしまったらしいのだ。小夕梨は、この知らせを数日前に受け取ったばかりだと言う。

「うちは官軍が憎いっ。弟を殺した官軍が憎いっ」半狂乱になって泣きじゃくる小夕梨であった。

「ほうか、官軍が憎いか。なら思う存分に憎め、まずはおいを憎め。おいは官軍の大将だ」武重は唇をかみながら彼女の小さな躱を抱き締めた。「おいだって、父や叔父、それに弟や息子を殺した敵が憎かった。今でも憎い。ばってん、憎しみを忘れる努力はしているぞ。憎んでばかりでは生きては行けぬからだ。辛いだろうけど、辛いのはお前だけじゃ無いんだ」

人気の無い河原の片隅で、大小二つの悲しい影が陽光の中をいつまでも寄り添っていた。