歴史ぱびりよん > 映画評論 > 映画評論 PART5 > 天使と悪魔 Angels and Demons
制作;アメリカ
制作年度;2009年
監督;ロン・ハワード
(1)あらすじ
謎の秘密結社イルミナティが、バチカンのローマ教会に対して宣戦を布告した。イルミナティは、教皇を毒殺した上、バチカン市国のどこかに反物質の時限爆弾を仕掛けた。しかも、教皇選挙(コンクラーベ)を妨害するために、4人の教皇候補者を誘拐し、そして中世の秘儀に従って彼らを殺害するとの予告状を出したのである。
窮したバチカンは、中世の秘密結社に詳しいラングドン教授(トム・ハンクス)に助けを求める。ラングドンは、ガリレオが残した暗号を解読し、敵の正体に迫って行く。
(2)解説
「ダビンチ・コード」シリーズの第二弾。ただし、原作小説は、こっちの方が「ダビンチ」より早い。
ローマとバチカンの名所が、到る所に出て来るので、観光ミステリーとして一級である。また、暗号解読の謎解きにも、「ダビンチ」に劣らぬ爽快感がある。スピーディーでスリリングな展開も、一級のエンターテインメントと言えるだろう。
ただし、物語の構造が極めて不自然であり、人間心理的にもおかしい。
犯人は、なぜわざわざ危険を冒して、スイスのセルン研究所まで反物質を奪いに行ったのだろう?そんなリスクを冒さずとも、他に強力な爆発物を手に入れる方法はあったはずだ。また、誘拐した枢機卿たちを、手の込んだ方法で殺害するのも、意味が良く分からない。しかも、殺害方法や殺害場所のパターンについては、かなり早い段階でラングドンらに喝破されており、犯人もそれを承知したはずなのに、なおも同じ行動を継続しようとするのは不自然極まりない。
主人公ラングドンの行動の動機も、良く分からない。どうして、バチカンと対立する無神論者の彼が、敵に直接狙われているわけでもないのに、バチカンのために命をかけて暗殺者と戦おうとするのだろう?原作小説では、「恋したヒロインが敵にさらわれる」という無理やりな状況設定をすることで、主人公に無理やり動機づけを与えているのだが、映画ではこの設定をオミットしてしまったため、なおさら訳が分からなくなった。
また、作中で展開される歴史ウンチクは、全てデタラメである。
そういうわけで、この映画が「ダビンチ・コード」よりもヒットしなかったのは仕方ないだろう。それでも、ロン・ハワード監督は頑張って、原作小説のおかしな点を必死に払拭しまくっているのだが、そもそも物語の基本構造自体が狂っているのだから仕方ない。
結局は、原作者ダン・ブラウンの金儲け主義に問題があるのだろう。「観光ミステリー+謎の秘密結社+暗号解読+歴史ウンチク+男女の逃避行+意外などんでん返し」。ここまで一冊の中にブチ込めば、間違いなく面白い内容になるだろうし、本もたくさん売れるだろう。だけどその結果、物凄く常識はずれで不自然な物語になってしまった。せっかく、「科学と宗教の関係」という興味深い大テーマを設定したのだから、もっとこっちを突っ込んで書けば 、立派な文学として成立させることも可能だったのに、他の設定があまりにも幼稚で不自然なので、大テーマが後景にボヤけてしまったのである。何ともったいないことか。
こういったアメリカ人の「金儲けさえ出来れば、後はどうでもいい!」という下品な感覚こそが、全世界を同時不況に追いやり、世界の文化を貧困にしている最悪の元凶なのである。 そう考えるのは、行き過ぎであろうか?