歴史ぱびりよん

4/29日曜日 出発

ヘルシンキへ

今回は、早朝の出発である。

朝5時に起きて、東京駅から7時発の成田エクスプレスに乗り、8時少し前に空港第2ターミナルに到着。ファイブスタークラブのブースで航空券の証票を受領してから、フィンエアーの受付ブースに移動してチェックインする。

空港は大混雑で、恐らくそのせいだろうが、フィンエアーの自動チェックイン機は機能していなかった。そのため、長い行列の後ろで時間を潰すしかなかった。どうも、成田空港のIT化には改善の余地が大いにありそうである。空港というよりむしろ、日本国が世界の発展から大いに遅れていると思うので、今回の北欧旅行は、そのための知見を得るのが目的だったりもする。

ともあれ、長い行列を克服して航空券を受領。その後、5万円を370ユーロに両替する。荷物はいつものように機内持ち込みなので、そのまま荷物検査と出国審査を通過。時間が押していたので、今回は海外旅行保険には入らず、そのまま搭乗口に移動する。

9:50発のフィンエアーの機体は、白色を基調とした小柄で機能的なエアバスである。この「小柄で機能的」というのが、フィンランドを表すキーワードの一つとなるであろう。

今回も窓際の席に座る羽目になったのだが、隣は若い日本人カップルだ。海外旅行中は日本人とは話さないポリシーなので、無視して読書にひたる。なぜか、イヤホンが俺の席に置いてなかったので、CAに文句言って取り寄せるべきかと思案したのだが、特に見たい映画も聞きたい音楽も無いことに気づいたので、今回の往路は読書と昼寝で終えることにした。

フィンエアーの食事の味は、可もなく不可もなく。やはり、北欧の食事について期待するのは、やめておいた方が良さそうだ。

往路で読んだ本は、中山七里さんの『恩讐の鎮魂曲』。御子柴弁護士シリーズの3作目だが、やはり3作目となるとかなりパワーダウンするね。この作家さん、昔は良かったけれど、才能を酷使しすぎたせいか疲労が目立つな。もっとも、東野圭吾さんも宮部みゆきさんも最近はボロボロだし(『ラプラスの魔女』とか『悲嘆の門』は、本当に酷かった)、もはや我が国のミステリー小説は、存在自体がオワコンなのかもしれないね。

詰まらない小説を読み終えて心底から退屈したところで、窓外に目をやると、あら、びっくり。ロシア北端の光景のなんという美しさ。真っ白な氷に覆われた雄大な大地の連続は、とても他では見られないだろう。これだけで、割高なGWにわざわざ旅行に来た甲斐があったというものだ。

圧倒的な景色に心を奪われているうちに、エアバスは着陸態勢に入った。やはり、日本から9時間半だと身体が楽ちんである。俺も50歳になったので、最近は体調や体力を気にするのであった。

 

ヘルシンキ空港にて

ヘルシンキ空港は雨だった。時刻は現地時間で14時ちょうど。

空港構内は、中国人の学生で溢れかえっていた。何かのスポーツ大会に参加しに来た人たちっぽいが、彼らの全身からほとばしる精気からも、中国がまさに旭日昇天の勢いにあることを感じ取れるのであった。

厳しめの荷物検査をパスし、EUへの入国審査に進む。パスポート管理の列は2種類あって、ICチップ内蔵用とそうじゃないもの用に分かれていた。日本のパスポートは、もちろん前者である。何が違うのかと言えば、ICチップ内蔵型パスポートを所持している人は、電子認証機に通されるのである。

俺の少し前を歩いていたツアコンらしき日本人のオバサンは、「これは、日本が先進国である証拠だから、誇りに思うべきです」などと客に話していたけれど、本当にそうかなあ?日本国内ではパスポートの電子認証を行っていないのだから、宝の持ち腐れである。技術はあっても活用出来ていないのだから、かえって情けないような気がするぞ。

さて、パスポートの電子認証機である。さすがはIT先進国のフィンランドだぜ。まず、パスポートの顔写真があるページを開き、これを検査機に押し当てて機械に記憶させる。すると手前のゲートが開くので、そこから進んで右側に位置するスクリーンに自分の顔を映す。するとAIが起動して、その顔がパスポート写真と一致するかどうかをチェックする。チェックに成功したら、奥のゲートが開いて先に進める仕組みである。

もちろん、老人など機械が苦手な人のため、係員のお姉さんが近くに待機している。また、自動認証機の奥に人が座るブースがあって、そこでも人間によるパスポートチェックを受ける。受付の兄さんは、何も聞かずにパスポートにスタンプを押してくれたのだが、結局、人間がチェックするのだから、何のために自動認証機が存在するのか良く分からない。おそらく、AIの信頼性が今一つなので、過渡期的にそうしているのだろうな。

ともあれ、あっという間にEUへの入国成功である。後は、エストニア行きエアバスが出発するまでの約2時間、空港構内を散歩していれば良い。

ヘルシンキ空港は、かなり小さくてシンプルな造りなのだが、意外なことにハブ空港としての機能が充実している。規模が小さい割には、かなり多くの乗り換え便が離発着を繰り返しているのだ。プラハ行やブダペスト行やワルシャワ行を、懐かしく見送る俺であった。ただし、そのしわ寄せで、構内は全体的にかなり窮屈な気がする。通路が狭いのは当然だが、土産屋やレストランも、狭いところに無理やり押し込んだ感じだ。ただし、極めて合理的で効率的に造ってあるとは思う。

ハブ空港でもないくせに、無駄に広くてスペースが余りまくっている成田空港とは正反対だ。これが、フィンランド人と日本人の、能力と個性の違いなのかもしれぬ。

レストランや書店を物色したが、あまり惹かれるものがない。ムーミンの人形やトナカイの毛皮といった土産物を冷やかしつつ、エストニア行きの飛行機を待った。

これだけ一人旅を繰り返していると、どうも新鮮味が無くなって来るな。いつも順調に、同じ手順の繰り返しだ。

 

タリンへ

それでも、16:25発のエストニア行きエアバスは楽しかった。これは、飛行距離が短いせいだろうけど、50名くらいしか乗れないような小さなプロペラ機なのである。こんなに小さい国際便に乗ったのは、生まれて初めてだ。

この飛行機の女性CAは、たった一人で何でもこなすから重労働である。しかも、彼女には専用座席もなくて、普段は立ちっぱなしなのだ。すなわち、離陸と着陸の短い時間だけ、CAは物置から座席を通路に引っ張り出して設置し、そこに無理やり座るのである。その席が俺のすぐ前だったので、美人CAが座席設置作業をするたびに、巨大なおケツが俺の顔面に繰り出されて目のやり場に困る。彼女が座ったら座ったで、今度は至近距離で顔を突き合わせる形になるので、なんとなく気まずい。

ともあれ、第二次大戦映画などによく出て来る爆撃機の内部って、こんな感じだったと思うので、将来こういった作品を書くときに参考になるだろう。この飛行機は、上空で無駄な旋回などせずに、まっすぐに滑走してふわっと上がって、同じようにふわっと降りたので、1時間弱の移動方法としては効率的で優れていたと評価出来よう。

さて、タリン空港は小雨模様だ。どうも、海外一人旅では、初日雨天のパターンが常態化しつつあるなあ。俺は雨男だったのか?(悲)

入国審査はヘルシンキ空港で終わっているし、荷物は機内持ち込みで来たから、そのまま素直に構外に出た。予想以上に小さな空港だ。それでも、とても清潔で機能的だ。エストニアを表すキーワードは「清潔」になることだろう。

とにかく小さな空港なので、何も考えずに歩いているうちに、トラム乗り場に出てしまった。しかし、先に交通機関乗り放題券を買う必要がある。空港構内に戻ってインフォメーションセンターで聞くと、そういった旅行者用チケットは両替所で売っているとのこと。そこに移動して、ブースに座っていたお兄さんに「タリンカードの2日間券」をお願いしたところ、トウェンティセヴン(27)ユーロを請求されたので、素直に払ったところ、10ユーロ足りないと言われた。押し問答の末、このお兄さんは、30を意味する英語(サーティ)をトウェンティと間違えて覚えていることが判明。つまり、タリンカードの2日券は、『地球の歩き方』に書かれている通りの37ユーロだったのだ。37ユーロだと、日本円換算で5千円ってところだが、これで2日間は交通機関乗り放題で、ほとんどの観光施設が無料になるのだから、なかなかお得なカードなのである。とはいえ、エストニア人の英語能力に、いきなり不安を感じてしまったな。

さて、万能カードと、ついでに市街地図を手に入れたので、先ほどのトラム乗り場に戻って4番トラムに乗り込んだ。4番トラムは、最近になって新設されたので、『地球の歩き方』に出ていない交通機関である。車内でカード用の刻印機を探すと、それは電子化された球状の端末になっていた。ここにカードを押し当てると、「ぴっ」と電子音が鳴る。この瞬間から48時間、タリンカードが機能する合図である。以前に訪れたドイツやチェコでは、この機械は、文字を紙の切符に刻印するタイプのアナログ型だったので、さすがエストニアは、噂通りのIT先進国なのだった。

ところで、今回の旅行の目的は「世界最高のIT先進国の実態を探る」というものである。最近、会計事務所のお客さんにITベンチャーが激増したので、「意識高い系の税理士」を演じる上で、これは有益な旅行なのであった。それで、ファイブスタークラブの完全自由行動ツアーに申し込んだのであった。

それにしても寒い。天気が悪いせいもあるけれど、肌寒いと言うレベルを超えて、真冬の寒さである。いちおう、国から持って来たセーターを空港で着たのだが、これでは全然足りないので、どこかでジャンパーを調達する必要があるだろう。

タリンは随分と小さな街のようで、4番トラムはあっという間に市街中心地に入って来た。トラム停の名前は、当然ながらまったく見慣れないし耳慣れないので、周囲の景色を眺めつつ、適当なタイミングを見計らってトラムを降りる。しばらく商業施設の看板などを観察しつつ歩いているうちに土地勘が出来たので、首尾よくホテルの方向を探し当てたのであった。我ながら、こういうセンスは天才的だと、たまに思うな。

ナルヴァ街道からメレ大通りに入ると、北に向かって歩く。この通りの左側(西側)には城壁が並び、その向こう側にいくつもの中世風の尖塔があるから、これがタリン旧市街だろう。メレ大通りにはショッピングモールやレストランが並び、それなりに華やかなのだが、どうしても小ぶりの印象を拭えない。旧市街の周囲を行き来する外国人観光客の数も、他の諸都市に比べると、かなり少ないようだ。まあ、エストニア自体が、総人口130万人程度の小国だからな。

とりあえず、歩きながら今夜の夕飯候補を物色する。この通りには、ステーキ屋やパブが多いので、飯にあぶれることは無さそうだ。飯を食いながらストリップを見られる店を見つけたのだが、往年の「ノーパンしゃぶしゃぶ」みたいなものかな。値段が分からないし、俺は食欲と性欲は別物だと考える人なので、エストニア美人のヌードに多少の興味は惹かれたものの、とりあえずはパスしよう。

ホテルはこの辺りのはずだがな、と見当をつけて後ろを振り返ると、メレ大通りから一本内側の通り沿いに「メトロポル・ホテル」の看板を発見。多少のオーバーランで済んだのは、長年の海外一人旅で蓄積された経験値の賜物であろうか。

フロントに行って手続きをすると、受付のお姉さんが俺の名前を復唱できずに苦労していた。「日本人の名前は難しいよね」と英語で軽口を叩いたら、お姉さんは「あたしが勉強不足なのです」と謙虚に答えた。エストニア人って、そういう人たちなのか。好感度大である。

 

旧市街など散策

部屋は、5階の610号室か。地味だけど、居心地の良い部屋である。調度品などを一通りチェックしてから時計を見ると、まだ午後4時で空も明るいから、散歩に出かける。メレ大通りに出ると、城壁の東側に通路があって、ここから旧市街に入れるようだ。城壁の内側に入ってみると、完全に中世のままの空間でなかなか楽しい。もっとも、こういうのはチェコなどでさんざん見て来ているわけだが。

旧市街の東側から南東方面へと足早に見て回ると、目抜き通りのヴィル通りは観光客でいっぱいで、道沿いに古い教会や城門、お土産屋やレストランや拷問博物館などがあるから、プラハやクラコフを懐かしく思い出してしまった。

やがて、南側の門から外に出た。謎の銅像「煙突掃除夫」を横目に見つつ、近代化された町を夕日に照らされつつ楽しく歩く。

HESバーガーというハンバーガー店を見つけたので入ってみたのだが、かなり安めのマックといった風情である。これでは満腹しそうにないので、店を出て大型スーパーマーケット「ヴィル・ケスクス」に入った。なかなかお洒落なスーパーであるが、良さそうなレストランは見つからなかった。

書店やCD屋を物色しつつスーパーの外に出ると、またメレ大通りに入る。結局のところ、最初にホテルに向かう途中で見つけたパブ「スコットランド・ヤード」に入ることにした。

店に入ると、受付に誰もいない。やたらに広い割には、店員が少ない店だった。しばらく待ってから女性店員を捕まえて、席を確保する。イギリス風パブの割に、システムは普通のレストランと一緒だ。すなわち、最初にレジに金を払いに行くのではなく、席で待っていれば店員が注文を聞きに来る仕様。メニューを見ると、チェコビールのブドバーがあるので、それを頼んでみた。すると、Budとかいう名の瓶ビールが出て来た。ブドバーと違うじゃん。でも、どうせ瓶ビールならチェコビールと言えども味がかなり落ちるし、日本で飲んでも同じことだ。店員に文句言う気力も無いので、そのまま飲むことにした。ついでに頼んだ焼肉と野菜炒めも、まあまあの味だ。ついでにスタウトの瓶ビールを飲んで満足したので、現金で23.5ユーロ(約3千円)払って店を出た。

そのままホテルに帰って、歯を磨いて寝た。