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英国王のスピーチ  King’s speech

制作;イギリス

制作年度;2010年

監督;トム・フーパー

 

(1)あらすじ

1920年代、ヨーク公アルバート王子(コリン・ファース)は、重度の吃音症に悩んでいた。王家の一員として、演説すら出来ないのでは仕事にならない。

万策尽きて、オーストラリア出身の民間療法士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)の許を訪ねた彼は、風変りな療法士との間に奇妙な友情を結んでいく。

やがて、アルバートの父ジョージ5世(マイケル・ガンボン)は逝去し、後を継いだ兄エドワード8世(ガイ・ピアース)も王位を捨てて隠棲してしまった。なし崩しに即位してジョージ6世となったアルバートは、欧州を覆うナチズムの悪意に敢然と立ち向かうべく、ローグとともに演壇へと向かうのだった。

 

(2)解説

この間、「新宿武蔵野館」で見てきました。期待通りの良い映画でした。 どうして、こんな良い映画がミニシアターでしか上映されないのだろう?大手映画館の見識に疑問を感じてしまいますな(以下同文)。

主人公は、20世紀半ばのイギリス国王ジョージ6世(今のエリザベス女王のお父さん)。この人は、ヒトラーの挑戦を勇敢に受けて立ち、絶体絶命のイギリス国民の精神的支柱となって、第二次大戦を祖国に勝ち抜かせた名君です。ところが、この人は「重度の言語障害(吃り=stammer)」というハンデを、生涯抱え続けた人でした。

この当時のイギリス王家は、今の我が天皇家と同様に、「国民の象徴」となっていました。つまり、王様の唯一の仕事は、国民にお話しすることだったのです。その仕事が満足に出来ないなんて、たとえるなら、電卓を叩けない会計士、文字を書けない作家みたいなものです。

このハンデを、どうやって乗り越えるのか?優しい奥様と、頼りになる療法士との厚情が、史実にのっとって丁寧に優しくユーモラスに描かれます。

結局、病気が完治することは無いのですが、最初のうちはコンプレックスに打ちひしがれて自分に自信を持てなかった主人公が、ハンデと正面から向き合う方法を見出して、勇敢に運命に立ち向かうラストは泣かせます。

人間は誰でも、何らかのコンプレックスを抱えて生きています。だから、万人が共感できて勇気をもらえる、本当に良い映画だと思いました。

そういう私も、中学から高校まで、吃音癖で随分と悩んでいたものです。主人公の苦しみが、他人ごとのように思えませんでした。

ただし、素人歴史家の視点からは、劇中の歴史解釈を疑問に思うことも多かったです。

たとえば、主人公の兄エドワード8世の描き方。 エドワード8世は、イギリス史上で初めて、民間人(アメリカ人で異教徒のシンプソン夫人)との純愛を貫くために王位を捨てた人です。劇中では性悪なバカ殿扱いだったけど、見方によってはたいへんな偉人だと思うのですけどね。

確かに、ヒトラーと仲良くしていたのは、今から見たら問題なのかもしれませんが、あのころはヒトラーがドイツ国内での内政に大成功して国民的英雄だった時期なのだから、今からの視点で非難するのは、公平さを欠いていると思うのでした。

それと関連する話ですが、ヒトラーが1930年代にあれだけ強勢になったのは、実はイギリス政界のバックアップのお陰なのです。ラインラント進駐もオーストリア併合もチェコ分割も、背後でイギリスがお膳立てしたからこそ可能だったのです。そういう意味では、ナチスの成長を語る上でイギリスは共犯関係だったと断定せざるを得ない。

ところが、「英国王のスピーチ」では、主人公とその知人たちは、最初からヒトラーが嫌いでナチスを敵視していたことになっています。これはちょっと、眉つばです。

まあ、ヒトラーただ一人を絶対悪だと定義づけて、単純化して攻撃するのが作劇術の常道です。でも、それが本当にあの当時の歴史の真実だったのかどうかは、別に検証する必要があるでしょう。