歴史ぱびりよん > 映画評論 > 映画評論 PART8 > ガールズ&パンツァー
制作;日本
制作年度;2012年
監督;水島努
(1)あらすじ
「戦車道」という競技が盛んに行われている架空世界の日本。
大洗女子学園の戦車道チームを率いる西住みほ(渕上舞)は、仲間たちとの友情を温めつつ、全国大会の優勝を目指して奮闘するのだった。
(2)解説
「美少女アニメ」+「歴史ミリタリー」という、オタクジャンルに属する快作。
原作なしの完全オリジナルTVアニメとしては、稀にみる大ヒット作だ。2014年には、映画化もされるらしい。というわけで、私はこれを映画館で観たわけではない。友人に勧められて、テレビシリーズ全12話をDVDで観たのである。ってことは、映画評論コーナーで解説するのってどうなのよ?(Again)。
もっとも、前述のように、私は「アニメ美少女」が大嫌いなのである。あのウーパールーパー(アホロートル)みたいな顔を見ると、それだけで気持ち悪くなる。そういうわけで、もともとこの作品にはまったく興味無かったし知りもしなかったのだが、ミリタリーオタクの知人から強く勧められて気持ちが動いた。なんでも、作中で「38(t)軽戦車」が強くフィーチャーされていると言うではないか?
そういえば最近、ヨドバシカメラで、美少女のアニメ絵が箱に描かれた38(t)のプラモを見かけたなあ。あれが、そうか!
私は、昔からチェコ製軽戦車38(t)が大好きなのである。だけど、この戦車は一般的にはマイナーな存在だし、まさか日本のアニメで取り上げられる日が来るとは夢にも思わなかった。その事実だけで、このアニメを観る価値がある。そして、期待にそぐわず、38(t)ファンを感動の涙で滂沱させる作品に仕上がっていた。
でも、まずは「戦車道」について解説する必要があるだろう。
いちおう、「弓道」みたいなノリの競技で、作中で「女子の嗜み」とか言われている。しかしその内容は、第二次大戦以前の戦車を用いた、学校対抗型の団体戦闘なのである。実際の戦車と実弾(!)を用いて、5~20台のチームを結成して戦う。各戦車は、特殊カーボンでコーティングされているので、競技参加者の身の安全は保証される設定になっているのだが、第二次大戦以前の戦車は視界が極端に悪いので、当然、乗員は戦闘中に車外に顔を出すので、実弾が飛んで来る中では危ないことこの上ない。おまけに、防護服の着用は認められていないらしく、競技参加者はみんな、AKBみたいな制服とミニスカート姿なのである(苦笑)。
普通に考えたら死傷者続出なのだが、そうはならないところが「美少女アニメ」のクオリティであろう。ウーパールーパーみたいなアニメ顔がキャピキャピしていると、「しょうがないなあ」という気分にさせられて、設定矛盾などあまり気にならなくなるから、そこは製作スタッフの計算づくの知性であろうか。そういうわけで、この作品では、ミリタリーものにも関わらず死傷者ゼロである。
知性といえば、このアニメの特徴は、タイアップが上手なことだ。茨城県の大洗町やサンクス(コンビニ)と連携し、制作資金の調達を有利にしている。実際、物語の舞台は大洗町だし、サンクスのようなコンビニがやたらに出て来る。そのお陰で、特に大洗町の観光客は激増したらしいので、まさにWIN-WINである。これぞ、もっとも正しく賢い「製作委員会システム」の使用法であろうか。
ストーリーもよく出来ていて、「スポ根もの」の王道である、「努力、友情、勝利、家族愛」について、衒うことなく真正面から豪速球ストレートで描き切っていた。最近、こういう「まっすぐ」な物語を見なくなって久しいので、何だか嬉しくなってしまった。
さて、38(t)である。「歴史ぱびりよん」的に、久しぶりに真面目な歴史ウンチクをしようか。
あまり知られていない事実だが、38(t)は、「世界の歴史を変えた戦車」である。そして、これほど数奇な来歴を持つ戦車は史上稀である。
1934年、チェコスロバキア政府が、自国のメーカーであるCKD社とショコダ社に新型戦車を発注したのは、隣国ナチスドイツの脅威に対抗するためであった。意外に思う人が多いだろうけど、当時のチェコスロバキアは、世界で最も発達した民主主義国であり資本主義国であり、重工業国の一つであった。そんな彼らが総力を結集して造り上げた戦車こそ、Ltvz.35とLtvz.38である。造ったチェコスロバキア人がどこまで自覚していたか分からないが、これらは3名乗り想定の軽戦車でありながら、攻守走の全ての面でバランスが取れており、世界最高峰の性能を誇っていた。
ところが、チェコスロバキアは、憎むべき敵手であったナチスドイツによって無血併合されてしまうのである。それは、チェコと同盟関係にあったはずのイギリスやフランスが、「ミュンヘン協定」(1938年)の席上で、将来のヨーロッパの安全保障と引き換えに(要するに、我が身可愛さに)、チェコをナチスの毒牙に進呈したからである。なんとも酷い、愚かな話だ。
愚かというのは、英仏のこの決断によって、チェコスロバキアが誇る重工業と、何よりも強力無比な戦車部隊が、無傷でドイツの手に入ったことである。
実は、この当時のナチスの再軍備はほとんど進んでおらず、最前線で活躍すべき戦車は、機関銃を装備した「Ⅰ号」と「Ⅱ号」戦車がせいぜいで、とても大規模な戦争を始められる状態ではなかったのである。そこに、「棚から牡丹餅」式に、チェコの世界最高峰の高性能戦車が、数百台単位で手に入ったのだから、ヒトラーとその取り巻きの領土欲にますます拍車がかかってしまった。
「第二次世界大戦」が勃発したのは、チェコ戦車のせいであり、それを招いた「ミュンヘン協定」のせいだと言っても過言ではあるまい。
そして1940年の夏、フランスがわずか一週間の戦闘で陥落したのは、チェコ戦車、中でもドイツ軍によって「38(t)」と改名されたチェコ製軽戦車Ltvz.38の活躍のせいだった。これは、重さ10tに満たない軽戦車にもかかわらず、時速42キロ、航続距離250キロ、しかも中戦車に匹敵する37ミリ主砲を装備。おまけに、滅多に故障しない上に、整備が容易。初心者でも簡単に扱えるという、驚異的な性能を持っていた。こいつが大軍で高速で背後に回り込み、英仏連合軍の補給路と通信網をズタズタにしてしまったために、英仏連合軍は瞬時に壊滅したのであった。
すなわち、いわゆる「電撃戦」の立役者は38(t)だったのである。この戦車がなければ、ドイツは1940年にフランスを下すことが出来ず、おそらく第二次大戦があれほど長期の大激戦に発展することもなかっただろう。そして、ドイツの勝利に幻惑された日本が、東アジアでアメリカに挑戦するような事態も起こらなかったことだろう。
私が、38(t)のことを「世界の歴史を変えた戦車」と呼ぶのはそういう理由による。
さて38(t)は、事実上の「電撃戦」の主役として、その後の戦場でも常に最前線で戦い続けた。1941年のソ連侵攻にも大挙投入されたのだが(全ドイツ軍戦車の18%)、ロシアの土地は広大すぎて、フランスの時のように高速で敵の心臓を一気に抉るような作戦は取れなかった。
やがて、ソ連軍が繰り出した新型戦車T-34の前に大苦戦。相棒の35(t)(Ltvz.35)は、モスクワ前面の戦闘にて、最後の一両が失われてしまう。
それでも、ヒトラーとドイツ軍上層部は、38(t)に様々な改造を加えながら、この車体を終戦まで造り続ける。最後の改良型と言えるヘッツァー(ヤークトパンツァー38(t))は、ベルリン陥落とヒトラーの自殺の後までプラハの工場で生産され続けていた。つまり38(t)は、チェコスロバキアの戦車でありながら、いつのまにか高名なドイツ機甲軍団のシンボル的存在になっていたのである。そして、事実上、第二次大戦で最も長期にわたって第一線で活躍した戦車だと言えるだろう。
しかし、こんな凄い戦車なのに、ミリタリーマニアの間ではあまり評判が良くない。その理由は、38(t)が、小さくて弱そうで、なんだか滑稽な外見をしているせいである。あえて、こいつのプラモデルを造りたい人は、相当なマニアである(like me)。
逆に考えれば、「ガルパン(ガールズ&パンツァー)」の制作スタッフが、38(t)を主人公チームの中核として強烈に推している理由は、まさにそこにあるのだろう。
主人公みほが率いる大洗女子学園チームは、少人数で経験不足で、見るからに弱そうな滑稽感の漂うチームである。だけど、実際には外見に似合わない戦術能力とガッツを奮って、敵の弱点を的確に衝いて、高速機動で勝利を重ねていく。ここが、特に1940年における38(t)の活躍ぶりと絶妙にシンクロしているのだ。 制作スタッフは、おそらくそこまで計算して38(t)(改造後はヘッツァー)を使っているので、これはやはり「高い知性の持ち主はアニメの世界にいる」という事実の証明だろうか?
いずれにせよ「ガルパン」は、私のような38(t)マニアにとっては、涙が出るくらいに素晴らしいアニメ作品であった。