歴史ぱびりよん > 映画評論 > 映画評論 PART13 > 皇帝のパン屋・パン屋の皇帝
制作:チェコスロヴァキア
制作年度:1951年
監督:マルティン・フリッチ
(あらすじ)
16世紀のプラハは、錬金術に狂奔する変人皇帝ルドルフ2世(ヤン・ヴェリフ)の統治下にあった。皇帝は、今日も不老不死の妙薬を求めつつ、魔法の泥人形ゴーレムの探索に血眼になっていた。
その一方、皇帝の奢侈のせいで、庶民の生活は苦しくなるばかり。人望溢れるパン屋のマティは、王宮に献上すべきパンを庶民に配ったことから、城の牢獄に囚われてしまった。
しかし、皇帝とマティ(ヤン・ヴェリフ。一人二役だ)は、瓜二つの容貌の持ち主であった。ひょんなことから入れ替わった二人を待つ運命は?
(解説)
チェコ大使館の無料上映会に招待されて観に行った映画。
144分の長尺で、この時代の史劇に在りがちな前後編もの(途中休憩付き)である。そして、1951年の作品だというのに、フルカラーで特撮付き(円谷プロも顔負け水準!)の映画。それだけで、チェコの文化や技術の底知れぬ物凄さを感じてしまう。
さて、この映画は歴史コメディである。「キングスマン:ファーストエージェント」と良く似た傾向の映画なので、ここで紹介したくなった次第。ただし、こちらの方が「キングスマン」より知的だし、よほど笑える楽しい内容だった。
皇帝ルドルフ2世は実在の人物で、プラハ城に住み、錬金術師などを集めて怪しげな実験を繰り返したことで知られている。彼が、ウィーンに住む弟マティアスと政治的対立関係にあったのも事実だし、ティコ・ブラーエのような偉大な天文学者と友誼を交わしていたのも史実である。この映画は、これら史実を上手にアレンジして、笑いへと昇華させる技術が圧倒的に優れているのだ。
たとえば、マティアスに買収されたチェコ貴族たちが、ルドルフ皇帝を暗殺するためにワインの盃に毒を仕込むシーン。皇帝と貴族たちが乾杯をする直前に、たまたま宮廷を訪れた天文学者ティコ・ブラーエが、ライバル学者であるコペルニクスの地動説を紹介するため、テーブルに並べられていたワイン盃を惑星や太陽に見立てて、素早く入れ替えたり移動させたり。どれが毒入り盃か全く分からなくなったタイミングで、皇帝は眼前の盃を落としてしまい、自分とブラーエの分だけ新しいワイン盃を取り寄せる。残った暗殺貴族たちは、それぞれの眼前の盃を一気に飲み干すように皇帝に言われ、冷や汗びっしょりになりながら盃を干した次の瞬間に、一斉にトイレに駆けていき、呆れ顔の皇帝やブラーエを尻目に、吐瀉するために自分の喉に指を突っ込むのだった。このシーンは、涙が出るくらいに笑えた。
この映画は、こういうエピソードがとても多い。歴史背景を知らなくても楽しめるけど、歴史を知っていれば楽しみが何倍にも増幅される仕掛けだ。
クライマックスでは、地下に封印されていた魔法の泥人形ゴーレムがついに復活し、しかも魔法の護符をマティアス派貴族に盗まれたことから、ルドルフ皇帝抹殺を狙ってプラハ城内を暴れまわる。城の衛兵では全く歯が立たず、大砲の砲弾さえ効かないゴーレムによって、プラハ城は崩壊寸前になる。しかし、その時進み出た一人の錬金術師が、お手製の「不老不死の妙薬」を進路の床に撒くと、ゴーレムは滑って転倒し、身動き取れなくなって問題解決!
ゴーレムくん、一度転んだら二度と起き上がれない仕様だったのかい!(笑)。
実はこの錬金術師、映画の冒頭で、皇帝から「不老不死の妙薬」を作るように命じられていたのだが、どんなに頑張っても「床清掃用の洗剤しか生み出せない」人物だった。彼は、チビでハゲで貧相で、皇帝のみならず同僚たちからもバカにされ虐められていたのに、床洗剤を製造する名手だったため(笑)、クライマックスでみんなのヒーローになって賞賛される展開が本当に楽しい。こういうところに、チェコ人の優しさや柔軟な視点を感じてしまうな。
しかし、こういった強烈な報復絶倒エピソード群によって、物語の本筋である皇帝とパン屋の入れ替わり劇は、後景に隠れてしまった感がある。ただ、この部分はオーソドックスなストーリー展開で、皇帝はパン屋の立場に立つことで庶民の立場を理解して善政に努めるようになり、パン屋もまた、皇帝の職責に同情することで、相互の理解と友愛が深まるという「王子と乞食」話法が展開されるのだった。
いずれにせよ、歴史コメディでこんなに笑いまくったのは唯一無比である。この素晴らしい傑作映画、日本語字幕付きDVDとか、いつか発売されないものかなあ?