歴史ぱびりよん

第二十二話 「兵士シュベイクの冒険」

ヤロスラフ・ハシェク(1883~1923)の風刺小説『兵士シュベイクの冒険』(原題『善良な兵士シュベイク』)は、チェコが生んだ最も楽しい文学のひとつです。

舞台は、第一次世界大戦。プラハ生まれのチェコ人兵士ヨゼフ・シュベイクは、イタリアやロシアの戦線に引っ張り出され、ウイーンの皇帝のために戦うことを強要されます。元気者の彼は、「私は皇帝陛下のために死にたいのです!」と口癖のように言いながら頑張ります。しかし、それはあくまでも上辺だけのこと。本当のシュベイクは、ドイツ人も戦争も大嫌いなのでした。彼は、従順で善良な男だと周囲に思わせながら、上司の命令をさりげなくボイコットしたり、あるいは忠実すぎるくらい忠実に遂行することで、かえってオーストリアの指導者層の無能振りを明らかにし、さらには戦争そのものの愚かさを糾弾するのです。表面的には、お人よしのバカのように見えるシュベイクは、本当は、物凄く機知に富んだ食わせ者なのでした。

こうしたユニークな主人公の造形は、多くのファンを生みました。しぶといシュベイクの生き様が、ハプスブルク家の300年に及ぶ支配下の、チェコ人の生き様を代表しているように思えたからでしょう。

著者のハシェクは、生粋のプラハっ子です。新聞記者や雑誌編集者の仕事をしていたのですが、彼の記事は、しばしば滑稽な上にあまりにも出鱈目で、何度も社会から糾弾されています。例えば、『世界動物図鑑』に、自分が想像した架空の動物を平気で載せたりしたのです。私生活も出鱈目で、毎晩のように酒場で泥酔し、いつも借金取りに追われるような生活ぶりでした。まさに、破滅型のボヘミアンだったのです。新聞に『兵士シュベイク』を書き始めたのも、生活に追われて仕方なしだったのです。

ハシェクは、実際に第一次大戦に従軍し、自ら進んでロシア軍の捕虜となりました。しかし、この地で社会主義思想に目覚めた彼は、チェコ軍団には参加せず、社会主義政治家に転身したのです。それでも、戦後、祖国に帰った彼は、シュベイクの長編版の執筆に取り掛かります。作品の中、著者自身の投影でもあるシュベイクは、ついに東部戦線でロシア軍の捕虜となります。しかし、そこでハシェクの力は尽きました。連日の深酒と戦地での苦労は、彼の肉体を病気の巣にしていたのです。ハシェクは、プラハの片隅でひっそりと息絶えるのでした。

こうして、「長編版シュベイク」は、未完の大作となったのです。これからシュべイクは、どうなる予定だったのでしょう?作者と同様、社会主義運動家になったのか?もしかすると、チェコ軍団に加入して、日本軍とともに赤軍と戦ったのかも?毒舌家のハシェクが、当時の日本人をどう料理したかと思うと、絶筆がとても残念ですね。

ハシェクが通い詰めたプラハの居酒屋「ウ・カリハ」は、今でも「兵士シュベイクの店」として大繁盛しています。