朝の一発目は、みんなでウフィッチィ美術館に行く。
ホテルで朝飯を食ってから、みんなでバスに乗り込んで美術館へ。案の定、すごい行列で、館内に入るまで1時間待たされた。ようやく中に入れたものの、館内も人の波で押し合いへし合いだ。後方から背伸びをして、ようやくボティチェリやミケランジェロの名画をチラッと見ることが出来たくらいだった。
やはり、高名な美術館に行くときは、ツアーではなく一人で、開館直後に突入するのがベストであることを俺はここで学んだ。そういうわけで、これ以降の旅行では、ほとんど常に朝一番に博物館や美術館を回ることになる。
気になったのは、展示されている彫刻の多くに亀裂が入っていたことである。また、館内のあちこちに破壊の跡がある。西川さんに聞いたところ、しばらく前に爆弾テロがあったのだとか。彫刻に亀裂があるのは、一度バラバラに壊れたものを貼り合わせた結果なのだという。
これには、心底から憤りを感じた。どんな主張があるのかは知らないが、人類の偉大な文化遺産を破壊することに、いったい何の意味があるのだろうか?破壊活動は、官庁とか政庁でやってもらいたい(本当は、何もして欲しくはないのだが)。
周囲を見回すと、確かに武装した兵隊が多かった。やはり、物騒な国なのだな。
さて、人波を漕ぎ分けて外に出た。次の目的地は、ベッキオ宮殿だ。近いので、歩いて向かう。ここは、ウフィッチィほどじゃないけれど、やはり混んでいた。世界各国の団体観光客の後ろについて、行列を作りつつ宮殿内を見て回った。
昼飯は、近くのレストランでパスタだった(こればっか)。西川さんに午後の予定を聞いたところ、ドゥオーモ(大聖堂)を見学してから自由行動だという。ああ、早く自由行動がしたいな。だいたい、お寺の見学にはもう飽きた。どこへ行ってもお寺に連れて行かれるもんなあ。
そこでバンちゃんと相談して、俺たち二人だけ、午後一番から自由行動の許可をもらうことにした。西川さんは、しばし俺たちの顔を窺って「こいつらなら大丈夫そうだ」との見際目をつけてから許可してくれた。なかなか、さばけた良いガイドさんだ。
これでようやく自由だ!
俺は、バンちゃんと一緒に喜色満面で街を散歩した。
まずは、有名なベッキオ橋に行った。しかし、ここも団体観光客で埋め尽くされていたので、橋の中ほどまで歩いて嫌気が差して引き返した。やはり、ここは個人旅行で早朝に訪れるべき場所だったな。その後、アルノ川沿いにブラブラと歩いた。いやあ、本当に良い街だ。ローマとは違った濃厚な風味が漂い流れているぞ。
沿道にカメラ屋を見つけた。持参してきたカメラのフィルムが尽きかけたので、補充しなければならぬ。しかし、店内の「使い捨てカメラ」に興味を惹かれ、こっちを買うことにした。お勘定を済ませたあと、店員のオジサンは悪戯っぽい顔で、英語で言った。「君は甘いな。イタリアの製品を信用してるの?」。それからやにわに、買ったばかりの俺のカメラの箱を開けると、ビニールも引き裂いて商品の点検を始めた。「どうやら、ちゃんと機能するようだね」と言って、オジサンは笑顔で剥き身のカメラを俺にくれた。
ううむ、カメラ屋の店員が自分の商品を信用していないとは、さすがはイタリアだぜ。でも、客のために不良品かどうかをわざわざチェックしてくれたのだから、イタリア人って、つくづくお人好しで親切な人々なんだなあ。イギリス人よりも良心的かもしれないな。
などと考えつつ、歩いているうちに市庁舎の前に達した。立看板を見ると、ここの1階で「第二次大戦解放50周年」の記念展示が行われているらしい。なるほど、ちょうど50年前の1944年、米英連合軍はドイツ軍からこの街を解放したわけだ。歴史ファンとしては、食指がうずくぜ。
石造りの建物の中には、50年前の様々な写真が飾られていた。しかし、本当に酷い。瓦礫の山だ。この「花の都」は、50年前に実質的に消滅し、戦後になってから建て直された街だということを初めて知った。
後で西川さんから聞いた話だと、この街で唯一生き残った施設がベッキオ橋とのこと。50年前、フィレンチェの市民が連合軍とドイツ軍の双方に「この歴史のある橋だけは壊さないでください」と嘆願し、両軍ともにその至誠を受け入れた。しかし、戦闘の後、ベッキオ橋を除いた全ての施設が灰燼に帰していたという。第二次大戦が、いかに凄まじい戦争だったかを、俺は心から痛感したのであった。
お寺なんかに行くよりも、遥かに勉強になったぞ。やはり、自由行動は最高だぜ。
その後、バンちゃんと二人であちこちの公園や広場を見て回り、沈む夕日の美しさをアルノ川の川辺でたっぷりと堪能した。
それから、街の裏手を散歩して、気の利いたレストランを見つけたのでそこで夕飯を撮った。また、ピザとパスタだったのだが(笑)。白ワインもうまかった。
毎度思うことだが、イタリアのレストランは、本当に趣味が良い。どの店も、装飾品や調度品を綺麗に整え、全体の雰囲気を本当に大切に考えていて、普通に座っているだけで心が幸せになれるのだ。日本のレストランは、機能性ばかりを考えていて、すごく無機質的で冷たい雰囲気のものが多い。高級店ほど、そういう嫌な傾向があるようだ。もう少し、イタリア人の知恵を見習ったらどうだろうか?
その後、酔い覚ましに路地を散歩してからホテルに帰った。
明日は、いよいよヴェネチアに向かう。