歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

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歴史論説集

概説 日本史

第一話 はじめに

1.歴史の重要性

 
 あなたは、どうして歴史が大切なのか、考えたことがあるだろうか。

 どうして人間が万物の霊長なのか、考えたことがあるだろうか。

 この二つは、実は同じことだ。人間は、歴史を大切にするから、万物の霊長になれたのだ。

 よく学校の教科書に書いてあることだが、人間が食物連鎖の頂点に立って万物の霊長になれた理由は、(1)手を使って仕事をすることができるから、(2)火を恐れず、火をおこすことが出来るから。しかし、この説明は不十分である。なぜか。

 
(1)について。手を使って仕事が出来るのは人間だけではない。多くの種類の猿は、手はもちろんのこと、尻尾まで使って生活している。しかし、彼らは人間を超えることができない。つまり、手を使えれば強く賢くなれるというわけではないのだ。

(2)について。人間は火を恐れないだろうか。否、本当は恐ろしいのである。誰かに教えてもらって火をコントロールする方法を学ぶから、ある程度は恐れずに生活できるというのに過ぎない。人間は火をおこせるだろうか。否。誰かに教えてもらって学習を積まなければ、マッチを刷ることすら出来ないはずである。つまり、人間が火をコントロールするのは、生物種としての能力に拠るものではない。あくまでも学習によるものなのである。そして、火をコントロールする方法は、多くの先人たちの努力と犠牲から生み出されてきた。我々はそれを、歴史を通して学ぶから、火を使って生活できるということなのだ。

 つまり、人間がここまで賢く強くなれた理由は、歴史を大切にし、歴史から得られた教訓やノウハウを後世に伝えたことによるのである。他の生物種は、己の記憶や経験を遺伝子レベル以上に子孫に伝える能力を持たない。だから、数千万年にわたって人間に克つことが出来ないのである。

 
 以上から言えることは、歴史を大切にするということは、あなたの人間存在に関わる重要な問題だということである。歴史を否定し、歴史から学ばない者は、生物種としての人間の特徴を否定したに等しいだろう。そのような者は、少なくとも人類の進歩に貢献する人材とは成り得ないだろう。

 
 P.S.今回の論文は、かなり強気の口調ですが、テーマが深刻ゆえのこと。ご容赦を。


 

2、歴史研究について

 
 歴史を学ぶ上で不可欠なのは、大きな想像力である。1、で見たような、人類の本質について考察する数千万年単位の想像力がなければ、歴史の本質は決して見えて来ない。

 
 学者や作家の先生は、特定の民族や人種、イデオロギーや宗教、あるいは特定の時代に専門化する傾向が強いようだが、このようなアプローチでは駄目だ。このような人々は、的外れな憶測を巡らせ、簡単な事柄を難しく考える傾向が強い。その理由は、事前に己の想像力を制約し、その範囲内だけで考えを纏めようとするからである。この人たちは、発掘された遺跡や遺品、文献に接しても、その場かぎりの想像力しか発揮できないことが多い。しかし歴史を考える上では、数千万年という歳月と世界全体という距離とを、同時に超越できる想像力が必要なのである。

 
 つまり、日本史や世界史、古代史や中世史といった色分けは、我々に偏った思索しかもたらさないのだ。時代の流れは一貫して続いているし、日本は世界の一部として世界と密接な関係を持ってきた。すなわち、日本史を論ずる場合であっても、常に世界の動向を視野の片隅に置くべきであるし、古代史を論ずる場合でも常に通史を念頭に置くべきである。


 
3、イデオロギーについて

 
 歴史に関する記述や研究は、しばしば宗教やイデオロギーによって歪められることがある。研究者や執筆者の持つ特定の思想ないし個性によって歪められることもある。しかし、このような状況は否定されるべきである。なぜなら歴史は、それに接する全ての人にとっての「普遍的なテキスト」として機能すべきだからである。

 
 特定の人物や国家や宗教団体が、歴史を都合よく解釈し、人々を欺くことによってもたらされた悲劇は、歴史上枚挙の暇がないほどである。また、偏執者独特の勝手な解釈や思い込みによって、葬られた歴史資料は、これまた枚挙の暇がないほどである。

 
 例えば、マルクス主義の進歩史観というものがある。これは、人類の歴史は段階的に必ず進歩するものであり、その過程で常に「階級闘争」が行われてきたという史観である。この思想は、20世紀の大部分に渡って「通説」として威力を振るったものである。しかし、この史観は間違いである。なぜなら、段階的進歩も階級闘争も、歴史の中にあることは間違いないが、それが歴史の中心であるという見方は、事実に反しているからである。すなわち、歴史の中には、段階的に進歩している事とそうでない事とがある。階級闘争が起こった局面もあれば、そうではない局面もある。つまり、マルクス史観は、一部を全体に拡大し、物事を単純化する史観なのである。このような考え方に縛られていては、歴史の本質を見誤る結果となる。

 
 イデオロギーだけではない。宗教も歴史を歪める傾向が強い。例えば、キリスト教会が暴威を振るった中世ヨーロッパでは、恐竜の化石は全て破壊され、その存在が否定された。なぜなら、恐竜の存在は「聖書」に記載されていないからで、聖職者たちは、恐竜を「なかったもの」と見なして抹殺を図ったというわけである。このような非科学的な態度が、多くの貴重な研究資料を失わせたことは、実に残念である。

 
 現在の日本でも、例えば「太平洋戦争」の善悪をめぐって右翼系の思想家と左翼系の思想化が白熱した議論を戦っているが、そもそも歴史上の事件の善悪を論ずること自体がナンセンスなのである。歴史は、事実であり証拠であり貴重な教訓である。本質的に、善悪論の対象となるものではないのだ。

 
 現在の日本の歴史教科書は、そのほとんどが、マルクス史観を前提に書かれている。文部科学省に大きな影響を与えた日教組という左翼組織のおかげで、そうなったのだ。最近これに反対する動きが盛んである。「新しい教科書をつくる」と称して右翼系の連中が騒いだことがあった。日教組の歴史観は、確かに偏っていると思う。でも、右翼系文化人だって根っこは同じようなものではないのか。

 
 この論文で筆者が展開する議論は、あくまでも中立公正を心がけている。筆者の思想が真っ白ということもあるが、それ以上に、歴史は本来真っ白でなければならぬ、という決意が、筆者にそうさせているのである。


4、気候と文化

 
 筆者は、外国の人々と酒を酌み交わし、笑い興じたことが何度もあるが、そのたびに感じるのは、人種や言語が違っても人間の本質は異ならないという点である。違う点があるとすれば、それは個々人の人生経験の相違に基づくものであって、それは日本人同士でも日常的に感じるものである。

 
 しかし、個別的に見ていくならば、日本人の中には外国人とは違う何かがある。それは、民族の歴史体験が、外国人と異なることに起因すると考えられる。そのもっとも大きな違いは、民族の置かれた気候と文化、そして地理的条件によってもたらされたことは間違いない。そこで、これらの点について考察する必要がある。

 
 日本列島は、ユーラシア大陸の東のとっぱずれにある。暖流の通り道にあたるがゆえに温暖湿潤気候。また、火山列島ゆえ山々と森林に恵まれ、水の保全状態が極めて良い。そのため農耕や狩猟に適した土地柄である上に、流れの速い綺麗な川が多いため、汚物の処理が容易となって衛生状態も良い。世界的にも、これほど恵まれた環境は珍しいのである。このことが、日本人の個性の形成に大きく影響したことは間違いない。

 
 日本人の原始宗教は、自然崇拝(アニミズム)であった。我々の祖先は、巨岩や老木、滝といった美しい自然物に神霊の存在を認め、それぞれを崇拝の対象とした。これが、八百万(やおよろず)の神である。いわゆる日本神道は、このアミニズムが制度的に発展したものであるから、高名な神社のご神体が、古い木切れだとか石ころだったりするのだ。古代ローマ人や古代ケルト人も多神教で、数百万の神々を自然崇拝していたのだが、彼らの信仰は、やがて押し寄せるキリスト教(一神教)の波に呑まれて埋没してしまった。日本神道は、太古から伝わるアニミズムをそのまま継承しているという点で、世界的にも珍しい。それも、美しい豊かな自然の賜物なのだろう。

 
 さて、アニミズムに基づく多神教の特徴は、異国や外来の文化に寛容であるという点である。多神教の信者は、どんなものにでも神が宿ると柔軟に考えるから、新しい概念を容易に受け入れることが出来る。古代ローマが大発展した理由は、ギリシャやカルタゴの先進技術や文化を進んで取り入れた事にある。日本人が、中国や欧米から積極的に学び、国を富ませていったのも、この理由による。ただ、長所と短所は表裏一体である。この柔軟さは、逆にいえば主体性のなさ、優柔不断、他者への甘え、いい加減といった欠点も併せ持つことは留意すべきであろう。日本経済が順調のときは、この長所が持てはやされ、逆境のときは、その短所が取り沙汰される傾向があることは、この場で説明するまでもないことである。

 
 日本人は、「和」を尊ぶといわれる。難しい争点が起きても、とことん争わず、当時者全員の顔を立てる形で調整しようとする。それが道理に外れていても、みんなが納得すればOKなのだ。これは、いい加減さと言うよりも、もともと「道理を大切にしない」お国柄なのである。その深淵はどこかと問えば、やはり太古のアニミズムに起因するのであろう。神様はどこにでもいる。つまり、道理は一つではなく、どこにでも転がっていると考える大らかさによるのである。ただこの考え方は、「道理は常に一つ」と考える欧米人には通用しない。日本と欧米の間に横たわる摩擦の原因は、その大部分が多神教と一神教の違いに起源していると思われる。日本人は、こうした己の個性を正しく認識し、これを逆に武器として利用すべきなのではあるまいか。こうした自己認識に欠けているから、欧米人にやり込められて謝るだけの外交しかできないのではあるまいか。

 
 さて、国土が豊かな水資源に恵まれていることは、食文化にも影響する。日本では魚介類を利用した料理が盛んであり、しかも生で調理する寿司や刺身が名物である。その理由は、海や河川に恵まれているため、鮮度の高い食材を容易に入手できるからである。外国だと、こうはいかない。食材にも恵まれていないし、鮮度を維持する方法すら見つからないのだ。日本では、水そのものも美味いから、水の美味さを生かした料理も可能だ。煮物、お茶、日本酒などは、水自体の美味さを極限に生かした食文化と言えよう。外国では、こうはいかない。例えばお茶は、外国では水の臭みを消すために使われる香料なのである。日本とは、食の概念が全く違うことが良く分かるのだ。

 
 そういえば、日本人は何でも食べる。中国料理、西洋料理、イスラム料理、インド料理。日本にいれば何だって食べられる。これも、多神教に基づく拘りの無さの賜物なのだろう。
 
また、日本の自然の特徴は、四季が豊かという点である。これは、夏は風鈴、冬は火燵といった様々な生活品の需要を生み、それぞれに基づく経済を育むことになる。そればかりではない。和歌などに歌われる素晴らしい抒情は、四季によって変遷する美しい自然を前提として初めて理解できるものである。日本で四季を体験したことの無い外国人には、和歌や俳句の詫びさびを理解することは困難だろう。

 

5、温暖期と寒冷期

 
 もっと大きな視点に立っても、四季と自然の豊かさは重要である。地球の気候は、数百年単位で温暖期と寒冷期が交互に押し寄せることになっている。

 
 これはどうして分かるのかといえば、大木の切り株の年輪を見れば良いのである。狭くなっている部分は寒冷期、広くなっている部分は温暖期である。また、出土する人骨からも分かる。寒冷期の人骨は小柄だが、温暖期の人骨は大柄だ。この事実を世界史の年表に当てはめると、面白いことが分かる。戦争と平和は、どの地域でも交互に訪れるのだが、戦争は主に寒冷期に、平和は温暖期に多い。察するに、寒冷期に入って食糧不足や経済危機に見舞われた国なり部族が他国に侵入をはじめ、あるいは国内で内戦が始まり、これが世界的な戦乱の原因になっているのである。そのたびに、欧州でも中国でも百万人単位の殺戮が起こり、人口の抑制なり調整なりが行われる。世界史は、こうしたサイクルによって成り立っているのだ。

 
 ただ、日本の場合は少々違う。孤立した島国ゆえ外界の戦乱には比較的無縁でいられたし、豊かな自然と食資源に恵まれているために、国が転覆するような内戦を起こさずに済んでいる。例えば南北朝時代や戦国時代といった長期の乱世においても、民衆の大量虐殺や政敵の大量粛清といった政治的事件は、ほとんど起きていない(例外は織田信長か)。人口も、大乱世の過程を通じてそれほど減少せず、むしろ増加している。つまり、日本では食を確保するための大量殺戮は起こっていないのだ。それも、豊かな自然の賜物である。水資源が豊富で降雨量も多いので、伐採した樹木もたちまち回復するから、空腹に苦しんでも山で草を煮て食うことができる。

 
 だが、外国ではそうはいかない。中国やヨーロッパを旅した人なら気づくことだが、この地には禿山が多い。これらは、人間が伐採し二度と回復しなかった山々である。こうした水資源に乏しい土地柄で伐採を行うと、森林は消滅して二度と姿を見せなくなる。これは土地の保水能力を弱め、さらに水資源を枯渇させるという悪循環に陥るのである。そのため、こうした国々では、ひとたび寒冷期に入って飢餓に陥ると、食うための大量殺戮を行わざるを得なくなる。中国などでは、数千万単位で人口が減少し、人肉食すら日常的に起こったという。

 
 日本は、こうした地獄を歴史的に体験せずに済んだ、実に恵まれた国なのだ。それゆえに、政治状況や経済状況の認識能力が、外国に比べて甘くなる傾向がある。これは、甘やかされた金持ちの子供が、貧乏暮らしの子供よりも状況判断能力が弱いのと似ている。

 
 いずれにしても、今日の日本がこうして立っていられるのは、豊かな自然のお陰なのだ。我々は、これまで以上に自然を大切にし、守りつづけていかなければならない。

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