歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ

歴史論説集

概説 太平洋戦争

第一話 太平洋戦争の原因

1.黒幕は誰か?

    まずは、第二次世界大戦の本質を、経済面から見ましょう。どうして、そんな回りくどい事するのかって?だって、誤解している人が、物凄く多いんだもん。前提をキチンとさせとかなければ、次へと進めないのです。

    第二次大戦の主要交戦国は、以下の手段で戦費を調達していました。 ①枢軸国(日独伊)・・・・・被占領国からの収奪。 ②連合国(アメリカ除く)・・アメリカからの借金。 ③アメリカ・・・・・・・・・自給自足。

  ここでクイズです。一番のお金持ちはだあれだ?もちろんアメリカです。アメリカ以外の連合国は、アメリカのおカネが無ければ、戦争開始後2年以内に全て資金ショートしていたのです。そして、アメリカからの融資の内容は、「無利息無期限無制限&おカネのみならず戦車、飛行機、軍艦まで貸しちゃうよん」という、とんでもない内容でした。実質的には寄付ですね。税務調査に見つかったら、アメリカや寄贈先の連合国は、更正くらってたことでしょう(笑)。

    じゃあ、なんでアメちゃんは、そんな事したんでっしゃろか。愛と善意のボランティアだったのでしょうか?事は、そう単純ではありません。なぜなら、あの戦争の最大受益者は、実はアメリカだったからです。 最大受益者の行為を疑え。これは、犯罪捜査の基本ですよね。歴史においても、同じ事が言えるのです。

    アメリカにとって、あの戦争は、利の厚い「投機」だったのです。そして、当然のように、その果実をたんまりと受け取ったのでした。

    ここで、バブル期の日本経済を想起してくだされ。大手銀行は、やたらと企業におカネを貸して、そのおケツを叩いて投資させてたでしょう?与信なんぞ無視して、札付きの悪党にもガンガン貸してたのです。なんで、そんな不可解なことしたのかというと、それでも「儲かる」と考えられていたからです。すなわち、土地さえ担保に取っておけば、借金踏み倒されても、元は余裕で取れると思っていたのです。あのころは、地価と株価が永遠に上がり続けるという怪しげな信仰に、日本中が嵌っていたのでした。 当時のアメリカも、絶対に失敗の無い投機をしているつもりでした。なぜなら、絶対に目減りのしない、永遠に価値が増殖する担保を入手していたからです。その点では、バブルの銀行マンよりは賢明でした。 その担保の名を、「世界経済」といいます。

2.歪んだ世界経済構造

    さて、第二次大戦のプロデューサー兼スポンサーが、アメリカであった旨を述べました。 第二次大戦を直接起こしたのは枢軸国なのですが、アメリカは、その地域紛争を意図的に拡大し、長期化させた形跡が濃厚です。その方が、たくさんの利益が得られるからです。その点でも、バブル期の日本の銀行の行動に良く似ているという気がします。 それでは、どうして世界がそんな状況になったのか?どうして、戦争スポンサーの言いなりになったのか?これについて説明する必要があります。

    まず、戦前の世界経済では、事実上、自由貿易が禁止されていたことに留意する必要があります。議論を簡単にするために、世界を3つの経済圏に分けて説明します。「西欧」、「アメリカ」、「枢軸」です。 「西欧」は、イギリスとフランスです。彼らは、世界の大半を植民地支配していたため、「世界市場」は事実上、彼らの掌中にありました。彼らは、「世界市場」を囲い込めば、それだけで豊かな経済生活が送れたのです。そして、1929年の世界恐慌に懲りた彼らは、自分達の縄張りをブロック化して(例えば法外な関税障壁を設けた)、他者の市場参入をシャットアウトしたのです。

    迷惑したのは、「枢軸」と「アメリカ」です。 一番深刻なダメージを受けたのは、「枢軸」です。なぜならば、彼らは生産資源を自給自足できないので、貿易によって世界からこれらを調達しなければなりませんでした。そして、自由貿易を禁止されたことは、彼らの経済に悲劇的なダメージを与えたのでした。貧乏ながら腕っ節に自信のある彼らは、ついに悲痛な決意をします。周辺の弱小国を苛めて荒稼ぎをし、あわよくばこれらを併合し、自分達の「ブロック」を築こうとしたのです。イタリアはエチオピアとアルバニア、ドイツは東欧とソ連(当時、ソ連は弱小国だと考えられていた)、日本は中国を目指したのです。

   「アメリカ」も、悩んでいました。しかし、こちらは贅沢な悩みです。アメリカは、経済恐慌で金融市場にミソをつけちゃいましたが、実体経済は絶好調でした。あのフォードシステムが発明されて、工業生産能力が世界最高水準だったのです。しかし、困ったことに売る場所が無い!というわけです。本国と汎アメリカ(ラテン、南米)はもう飽和状態です。「西欧」は、頑固にアメリカ製品をはじきます。しかたなしに中国市場を狙ったら、日本が立ち塞がりました。 「アメリカ」は、経済発展のために、「西欧」と日本の覇権を排除しなければならなかったのです!

  「枢軸」は、当初は慎重に「西欧」と競合しないように侵略していたのですが、外交的手違いが重なって、ドイツが英仏と開戦するという非常事態が起きました。しかも、予想外のことに、ドイツ軍は圧倒的に優勢に戦いを進め、フランスは秒殺され、イギリスは袋叩きにあってそのブロックは壊滅状態になったのです。 これは、「アメリカ」にとって、願ってもない大チャンスです!欧州の戦争に介入すれば、壊滅状態のブロックを横取りできるし、返す刀でアジアに介入すれば、口実を設けて日本を叩きのめし、中国市場を席捲できるからです。

    アメリカの経済力と工業生産力は、世界最強でした。戦争に介入しても負ける可能性はありません。近代戦は、おカネで勝負が決まるのですから。 いよいよ、おいしい投機が始まったのです!

3.アメリカの謀略

   さてさて、アメリカさんは、戦争がしたくて仕方なかったのですが、一つ大きな問題がありました。それは、アメリカ人の大多数が戦争に乗り気ではなかった点です。 まあ、当たり前ですけどね。外国に、ただでモノやカネをあげられるくらいだったアメリカでは、国民は大して現状に不満はないわけです。

    また、ルーズヴェルト大統領は、三選を果たしたときの公約で、「アメリカを戦争に巻き込まない」と明言していたのです。民主主義国のアメリカでは、公約違反は許されません。 ルーズヴェルトとその取り巻きは、政治的詐術を企みました。すなわち、「枢軸」を挑発して、向こうから先に攻撃を仕掛けさせようと考えたのです。これなら、国民も納得し、奮起するはずです。 彼らは、最初にドイツを挑発しました。

   彼らは、あからさまに国際法を侵し、イギリスの商船団をアメリカの軍艦で護衛したのみならず、あろうことかUボートに威嚇射撃まで加えたのでした。 怒り狂ったドイツ海軍の首脳は、アメリカ船への魚雷攻撃を真剣に検討しました。しかし、ヒトラーが彼らを宥めて止めたのです。ヒトラーは、おそらくアメリカの意図を見抜いていたのでしょう。

    ドイツが乗ってこないので困ったアメリカは、今度は日本を挑発することにしました。ただ、これはリスクが伴います。というのは、「日独伊三国同盟」は、相互防衛条約だったので、例えば日本がアメリカに事前の承諾無く攻撃を仕掛けた場合、ドイツやイタリアはこれに呼応する義務はないのです。ですから、日本がアメリカに喧嘩を仕掛けたとしても、独伊が中立を決め込めば、アメリカは欧州情勢にはスポンサーとしてしか介入できないわけです。単なるスポンサーでは、「世界市場」に対する浸透力は弱いから、片手落ちとなり、せっかくの大チャンスを生かすことができないわけです。自分たちの力でドイツを倒さなければ、戦後世界を本当の意味で牛耳ることはできませんから。 それでも、アメリカには日本イジメしか選択肢がありませんでした。

   そして、日本は、これにまんまと乗せられたのです。 1941年12月。真珠湾攻撃。太平洋戦争の勃発です。

4.日本の事情・・・軍部の暴走

    これまでは、アメリカの悪事について書いたのですが、実はアメリカが一方的に悪いわけでもないのです。喧嘩でも何でもそうですが、当事者の双方に問題があるから戦争になるのです。日本だって「困ったチャン」だったのです。 じゃあ、どういう具合に「困ったチャン」だったのか?

    そもそも、アメリカはどう言って日本を挑発したのかとゆうと、「中国から撤退しろ!さもないと石油を止めるぞ!」と言ったのです。日本は資源の乏しい島国なので、石油や金属などの戦略物資は、全て「西欧」や「アメリカ」から買っていたのです。止められちゃったら、戦争ができなくなります。 アメリカが日本に勝つのは、実は簡単なことなのでした。兵糧攻めにかければ自滅するからです。

   ドイツ相手だとこうは行きません。ドイツは、戦争に必要な資源を自己調達できる状態になっていましたから(例えば、石油はルーマニアで採れる)。

   つまり、日本という国は、「西欧」や「アメリカ」を相手に戦争してはいけなかったのです。日本人が世界の中で生きていくためには、資源を持つ国々と仲良くして、プラスイメージ(真面目で勤勉、手先が器用!)を常に発信しなければならないのです。今でもそうです。

    ところが、当時の日本は、世界に向けてマイナスイメージばかり発信していました。世界が日本に対して抱く一般的なイメージは、「血に飢えた凶暴な獣」でした。 どうしてそうなったのか?軍隊が暴走して、手当たり次第に戦争していたからです。その無軌道ぶりは、ナチスより酷いものでした。

    例えば、現在の日本で、国土交通省に絶大な権力と無限の予算が与えられたと仮定します。彼らは何をするでしょうか?不急不要の橋やダムや河口堰や高速道路や原発や地方空港を造りまくって、この美しい日本の自然を破壊し尽くし、コンクリートの地獄にしちゃうでしょうね。・・・今でも、そうなりかけてますけどね。あの屋久杉や白神山地だって、ユネスコが介入しなければ、どうなっていたか分からないんでしょう?お役所っていうのは、自分の省益のためなら、日本国や日本国民が不利益を受けてもお構いなしなのです。本質的にそういうものなのです。だからこそ、政治家や国民がしっかりと監視しなければならないのです。

    国交省らの暴走を想像しただけで、このような背筋が凍ることになるのですが、あの当時の日本というのは、事もあろうに陸軍省と海軍省が暴走しまくっていたのです。彼らは省益拡大の為に、むやみやたらと戦争をしかけていました。戦争すればするほど、予算がたくさんもらえて権益が増して、省庁の威信が高まるからです。日本の国益や国民生活は、悲劇的なまでに損なわれたのですが、偉いお役人というのは、そんなのどうでも良いのです。

    どうして軍隊が暴走しちゃったのか?これは、たいへんに難しいテーマです。もともと日本には、江戸時代以来、官僚が政治にタッチする伝統がありました。いわば、天皇や政治家は、祭り上げられてしまうのです。

   私はこれを儒教のせいだと考えています。「士農工商」の「士」というのは、もともと「官僚」のことだからです。 さらに、明治憲法の中に、天皇と総理大臣の政治的役割について、明確な規定が存在しなかったことも、この傾向を助長しました。まあ、その実態については、「終戦工作」のところで詳しく説明しますが、一番マズイのは、国家元首である天皇の政治的地位について、まともな議論が行なわれなかったという点です。象徴的なのは、美濃部達吉先生の「天皇機関説」論争です。「天皇機関説」というのは、実はちっとも特殊な議論ではありません。立憲君主国では、常識的な概念なのです。昭和天皇自身も、「朕は機関で構わぬと思う」と言っていました。それなのに、美濃部先生は弾圧されてしまったのです。先生を潰したのは、貴族院です。「不敬だ!」とかなんとか言って難詰したのです。こうして天皇は、政治機関としての権能を否定されてしまったのです。

    総理大臣はどうか?大正時代というのは、総理大臣と官僚勢力との熾烈なバトルの連続でした。しかし、情勢は総理側に常に不利でした。憲法の不備のため、総理が権勢を振るうための法的根拠が薄弱だったからです。 さらに、マスコミが官僚勢力と結託し、常に官僚に都合の良いことばかり民間に吹いていました。・・・まあ、この傾向は現在でも同じですがね!

   こうして、官僚を抑えようとした優秀な政治家は、みな失脚させられるか暗殺されてしまいました(山本権兵衛、浜口雄幸、原敬)。私見では、山本権兵衛は、とても有能な政治家だったと思います。彼は贈賄をマスコミにでっちあげられて失脚したのですが(シーメンス事件)、もしも彼の政権が長期化しておれば、昭和日本の悲劇はなかったはずだと思います。 原敬も同様です。 昭和に入ってからも、五・一五事件、二・二六事件と、政治家の暗殺が続発し、命が惜しい政治家は口をつぐむようになりました。

    実は、天皇の命も危なかったという説があります。陸軍の中では、文人肌の昭和天皇よりも、武人肌の秩父宮を擁立しようという動きが盛んでした。昭和天皇も、口をつぐむしかなかったのです。 こうして、天皇も政治家も無力となりました。軍人官僚は、いよいよその野望に向けて邁進を始めます。それは、日本の破滅への道程でした。

 5.満州事変と日中戦争

    さて、いよいよ「満州事変と日中戦争」です。こんな重いテーマをびしばし書いちゃっていいのかなあ、と考える今日この頃でした。 既に述べたように、日本は世界市場から締め出された貧乏国だったので、手近な国を侵略する経済的必要に駆られていました。もちろん、侵略は良くない事ですが、あの時代は、そんな奇麗事が通用しない時代だったのです。ですから、日本の行為にも情状酌量の余地はあると思います。それにしても、やり方があまりにも稚拙だった!

    悪者仲間のドイツは、びっくりするくらい巧妙な侵略をしましたね。オーストリア全土、チェコ全土、リトアニアの一部を、ヒトラーは口先だけで征服したのです!これは、世界史上類例を見ない快挙と言って良いでしょう。『孫子』の究極の理想「闘わずして勝つ」を地で行ったのです。ヒトラーは、いろいろと問題のある人物ですが、政治家としての能力は、超一流として誉めてあげるべきでしょう。

    日本はどうかと言えば、軍事力で闇雲に突進し、しかもソ連、モンゴル、中国に片端から喧嘩を売っていました。まあ、仕方有りません。暴走したお役所のすることなんて、期待するほうが間違いですから。 念のために言いますが、お役人が悪人だったとは限りませんよ。彼らは、彼らなりに国のためを思って仕事をしていたのかもしれません。しかし、善意の行為が巨悪を招来することだってあるのです。特に、いわゆる「受験エリート」は、視野が狭くて想像力に乏しいですからね 。

    さて、侵略の発端は、「満州事変」です。中国東北部が軍閥の混戦で無政府状態になっているのに付けこんで、朝鮮駐留軍がやにわに突撃して占領してしまったのです。これは、中央政府の意向を完全に無視した、出先の暴走でした。これを企画したのは、石原莞璽という中級将校でした。この人は、美化されて過大評価されているようです。まあ、当時の将校以上は、受験勉強のしすぎで独創性に欠ける石頭ばっかりだったので、その中では石原の個性が光るものであったのは確かでしょう。私は、彼の著書「世界最終戦争論」を読んだことがあります。噴飯モノの内容でしたよ。どういうことが書いてあったかというと、「日本は、アメリカと最終決戦を行なってこれを倒し、世界を征服する運命にある!」ってな感じ。なんか、ユダヤ教やキリスト教の終末観に似てるなあ、と思って調べてみたら、石原さんは案の定、日蓮系の新興宗教の信者さんだったのでした!こういう危険人物に、出先軍の指揮を委ねたことが間違いです。

     一番いけないのは、石原ら暴走した軍の指導者が罰せられなかった点です。結果オーライとして、暴走の責任が問われることはありませんでした。陸軍省のお偉方は、別に石原が可愛かったわけじゃありません。石原を罰することになれば、彼を任用したキャリアくんにも責任が来るでしょう?それが嫌だから、責任自体を無かったことにしたのです。現在でも、お役所内部の庇い合いやら隠ぺい工作は、恒常的に行なわれているでしょう?あれが大きくなったものだと考えればいいのです。 とにかく、こうして石原は英雄になりました。一介の将校の分際で、政府に無断で外国を侵略した男が英雄になれちゃうわけです。一度認められた例外は、こうして原則へと昇格します。誰もが、第二の石原になろうと夢見たのです。

    満州国は、国際連盟から否認されました。まあ、あんな拙劣なやり口では当然ですわな。それでも日本の軍隊は、あの国に居座りつづけ、事もあろうにその国境を押し広げようとして、ソ連、モンゴル、中国に喧嘩をふっかけたのです(それぞれ張鼓峰事件、ノモンハン事件、熱河事変)。いずれも、出先軍が勝手に仕掛けたのです。前2つは、ソ連軍が介入したために日本の野望は挫かれました。大勢の犠牲者が出たのですが、やっぱり身内の庇い合いをして責任を隠蔽しました。内地の日本国民は、終戦まで、ノモンハン事件の存在すら知らされなかったのです。 ノモンハンで生き残った将兵は、口封じのために中国との最前線に送りこまれ、全員戦死しました。なんか、薬害エイズ事件を思い出しますな。 日本という国の本質は、あまり変わっていないようです。

   さて、熱河事変は、やがて日中戦争へと発展します。

    当時の中国は、ちょうど三国志みたいになっていました。軍閥が割拠して戦国時代になっていたのです。日本が主に戦ったのは、奉天軍閥の張学良です。彼は、日本軍の謀略で父の張作霖を殺されていたので、日本の侵略に対して必死の抵抗を続けたのでした。彼の努力は、中国の勢力を一つに纏めます。すなわち、「第二次国共合作」です。 盧溝橋事件の原因については、諸説ありますけど、事の本質は日本政府がすかさず表明した「不拡大方針」を、出先の軍隊が聞かなかったという点にあります。功名にはやった彼らは、闇雲に中国奥地へと突撃していったのです。

    日本政府は中国と全面戦争する気は無かったので、もちろん宣戦布告は行ないません。しかし、中国各地では功名争いをする陸軍によって無垢の中国人が惨殺され、海軍の無差別爆撃で焼き殺されていったのです。理由も分からず殺される中国人の苦しみと悲しみは、いかばかりだったでしょうか。 日中戦争の本質については、私が読んだ限り、明確な説明をした専門書は存在しません。戦争の目的も分かりません。 麻薬中毒のイカレポンチが、刃物で通行人に切りつけたって、その動機は究明できないでしょう?

    あまり言いたくはないのですが、あのときの日本も、それと同じだったのでしょう。もはや、国家として禁治産者だったのです。 政治家と外務官僚は、必死に戦争を止めようとしました。でも、軍隊が勝手に戦争を拡大してしまうのでは、手の打ちようがありません。国際的信用と国民の経済生活はガタガタです。でも、軍隊はそんなのどうでも良いのです。戦争すればするほど省益に資するからです。

    アメリカは、最初は平和的手段で中国市場に参入しようと考えていました。市場に参入できるなら、なにも戦争をする必要はないからです。 しかし、日本がこんな状況では、アメリカの態度も硬化します。人殺しが大好きな野蛮人には、鉄拳制裁あるのみ!という気になったとしても仕方ないといえます。

    この情勢に危機感を抱いたのは、近衛内閣の外相、松岡洋右でした。彼は、幼い頃にアメリカで極貧の生活を送った苦労人だったので、受験勉強しかしたことがないバカなキャリアとは格が違いました。彼は、アメリカの謀略を鋭く見抜いており、しかもアメリカと戦っても勝ち目が無いことを知っていました。しかし、彼が取った打開策は、結果的に最悪のものとなったのです。「日独伊三国同盟」の締結は、松岡にとって起死回生の策略でした。西の強国ドイツと手を握れば、アメリカは恐れて仕掛けてこなくなるだろうと考えたのです。松岡は、ドイツの実力を明らかに過大評価していました。アメリカの国力から見れば、ドイツも日本もゴミです。ゴミが2つ集まっても、ゴミゴミにしかならないのです。アメリカにとっては、ゴミを纏めて始末しやすくなって、かえってラッキーな結果となったわけです。

    松岡は、真珠湾攻撃の日、自宅で号泣したと言います。彼には、日本の悲惨な末路が見えていたのでしょう。

6.日米の戦力比較

    さて、いよいよ戦争になっちゃうのですが、ここで単純にアメリカと日本の戦力を比較してみましょう。ここで戦力というのは、ヒト、モノ、カネの三要素の結合体を指します。 まず、日本全体とアメリカ全体を単純比較すると、次のような比率になるでしょう。

     1:20

    ただし、アメリカは全戦力の7割を欧州戦線に振り向けていましたから、この比率は次のように修正されます。

    1:6

    ところが、日本は、既に全戦力の6割を中国戦線に投入していました。残りの4割で新たな戦いをするのですが、その相手はアメリカだけではありません。イギリス、オーストラリア、オランダとも戦わなければならなかったのです。そして、日本は資源獲得の必要上、東南アジア全土に兵力を分散させなければならなかったのです。従って、アメリカ軍に直接ぶつけられるのは、全戦力の2割が良い所だったでしょう。 従って、両軍の戦力比は、最終的に次のようになるのです。

    1:30

    どう思います? 私がマイク・タイソン(古い?)に喧嘩売ったようなものでしょう? まともな頭で考えれば、とても勝ち目はありません。

    もっとも賢い方法は、アメリカに謝って戦いを回避することでした。 そして、天皇と政治家たち(近衛や広田)は、その方向で閣論を調整しようとしたのです。すなわち、アメリカの要求の受託です。アメリカの要求は、前にも述べたように、「中国から撤退しろ。さもないと石油を売らないぞ」というものです。石油が手に入らない場合、日本は実力で取りに行かなければならないので、戦争になるのです。

    つまり、「中国から手を引くか、俺と戦争するか、どちらか選べ!」というものだったわけですね。実に分かりやすい要求です。日本が中国から撤退すれば、アメリカはその後釜に入って中国市場を支配しようとするでしょう。日本が戦争の道を選ぶなら、一ひねりに握りつぶして、やっぱり中国市場を奪うでしょう。 日本にとっては、究極の選択です。どちらを選んでも損をするからです。しかし、どちらが有利かと言えば、中国からの撤兵を選んだほうがまだマシなのは言うまでもありません。戦力を温存して、捲土重来を期すことができるからです。

    しかし、日本はこのオプションを選ぶことが出来ませんでした。なぜか?もうお分かりですね。軍人キャリアくんが反対したからです。 国会で、連日のようにくだらない議論してるでしょう?数十年前に計画された公共事業なんて、とっとと廃案にすればいいのにねえ。どうしてうまく行かないかというと、キャリアくんが猛反対するからです。彼らにとっては、計画済みの事業は既得権益の一種なのです。だから、筋の通らぬ屁理屈を言って、みんなを煙に巻いて問題を先送りにするというわけです。これが、偉い役人の習性なのです。彼らは、一度広げた風呂敷を、決して自分からは畳もうとしない人種なのです。 日中戦争も、陸軍のキャリアにとっては既得権益なのです。これを畳むことは、省益の縮小を意味するのです。だから、「死んだ兵士に申し訳がたたないから」などと訳のわからぬ屁理屈を言って、断固として撤兵に反対したのでした。死んだ人の事よりも、生きてる人の幸せを考えろよな、まったく。・・・おっと、ついつい私見が。

   もっとも、海軍省はアメリカとの戦争に自信がありませんでした。アメリカの実力を知っていたからです。 陸軍省は、アメリカの事をどう考えていたのか?実は、何も考えていなかったのです。どうしてか?お役所というのは縦割りでしょう?陸軍の役目は、ソ連や中国と戦うことだったので、アメリカの事なんぞ眼中に無かったのです。管轄外の事は、知る必要すら感じなかったというわけです。

    一部の陸軍軍人は、こんなことを吹いてました。「アメリカなんて民主主義国なんだから、国民は弱虫に決まっている!」「大和魂があれば、一人で十人のアメリカ兵を倒せるはずだ!」。要するに、何も知らなかったのです。

    天皇と政治家は、海軍省に働きかけて陸軍を説得しようとしました。しかし、海軍省は陸軍省と仲が悪かったし、腰抜け呼ばわりされるのが嫌だったので、グズグズ言って何もしませんでした。縦割りの役所どうしなんて、いつの時代でもそんなもんです。

    天皇と政治家の最後の切り札は、東条英機の起用でした。東条は陸軍の人なのですが、律儀で真面目な教養人だったので、天皇や政治家の言う事を良く聞いたのです。東条は、不退転の決意で陸軍省の説得に乗り出しました。しかし、その決意は、厚いお役所の壁に阻まれて画餅となったのです。まあ、橋本龍太郎や青島幸男の末路と一緒ですな。 こうして、日本は自殺的な戦争への道に突入したというわけです!

7.日本海軍の戦略

    アメリカとの戦争が始まった場合、その矢面に立つのは海軍です。そこで、海軍の戦略について見ておきましょう。 海軍は、陸軍よりまともだったという説があります。多分、そうでしょう。でも、お役所という点では同じだったわけです。

   太平洋戦争勃発直前の海軍の戦略は、以下のようなものでした。「日本列島に大挙襲来するアメリカ艦隊を待ち伏せして、東京の沖合いで全滅させる」。

  つまり、日本海海戦とまったく同じパターンを狙ったのです。アメリカに資源を止められたらどうなんのか?潜水艦に商船を狙われたらどう対処するのか?そもそも、アメリカ艦隊が大挙襲来しなかった場合はどうするの?想定外事項だらけの穴だらけの戦略だったのです。 どうも、海軍のキャリアには、想像力というものが無かったらしいです。まあ、受験勉強が得意な人は、想像力が無くなる傾向があります。みなさんも、気をつけましょうね。

  戦艦大和や武蔵のような、燃費の悪い足の遅い船を造った理由は、戦場が日本近海に限定されると思い込んでいたからです。大和や武蔵が戦争中あまり活躍できなかったのは、偶然ではないのですよ。

  ともあれ、日本はアメリカと戦争することになっちゃいました。しかも、資源を取りに行かなければならないので、戦場は日本近海どころじゃありません。東はハワイから、南はニューギニア、西はインドまで、まったく予想しなかった規模の戦場で戦う羽目になりました。海軍は、その戦略を一から十まで、大慌てで組みなおしたのです。

  最大の功労者は、やはり山本五十六大将でしょう。彼はその能力を誇張される傾向にありますが、戦略家として非凡であったことは間違いないでしょうね。真珠湾攻撃というのは、従来の常識を越えた革命的な大戦果でした。ただ、その内容が宣戦布告前の奇襲だったため、アメリカ人を大いに怒らせ、かえってその戦意を高めてしまいました。 アメリカ人は今でもそうですが、嘘とか卑怯とかを蛇蠍のように嫌います。クリントンが弾劾されたのは、厚化粧の姉ちゃんにエッチしたからではなくて、法廷で嘘をついたからでした。日本軍の真珠湾が今でも悪く言われるのは、アメリカの損害が大きかったからではなくて、そのやり口が卑怯な騙まし討ちだったからです。みなさん、アメリカ人と付き合うときは、気をつけましょうね。

  もともと、山本は、宣戦布告直後に真珠湾を攻撃する予定でした。どうして手違いが起きたかというと、外務省がアホウだったからです。 第一のアホウは、アメリカの大使館員が飲んだくれて職場にいなかった事です。第二のアホウは、緊急の宣戦布告文書だというのに、東京の役人が、日本語で何十ページもあるものを作って送った事です。翻訳が間に合わなくて、真珠湾攻撃前にアメリカ政府に宣戦布告できなかったのです。当時の日本の役人は、バカの生け造りだったのでしょうか?誰か責任とったの?まさかね。身内で庇い合ってうやむやにしちゃいましたよ。

  ともあれ、ついに戦争がはじまったのです。

  日米の戦力差は1:30です。しかし、短期的にはその差を大きく縮められる可能性がありました。なぜなら、日本海軍は、アメリカ軍に対して戦術的に優位に立っていたからです。すなわち、①主力戦闘機ゼロ戦(零式艦上戦闘機)の性能が世界一だった。②新型魚雷(酸素魚雷)の威力が世界一だった。③航空機乗りの技量が世界一だった。 世界一というのは誇張ではなくて事実です。例えば、インド洋海戦の時の、日本軍爆撃機の爆弾命中率は、95%でした。20発撃って19発命中したのです。スカッドミサイル並みの凄さですねえ。

 山本五十六連合艦隊司令長官は、この戦術的優位を生かして、アメリカ軍の出鼻を挫こうと考えたのです。うまくやれば、半年か1年は互角に戦えると考えたのです。その間に、世界情勢が急転し(例えば、ドイツがソ連とイギリスを負かすとか)、アメリカと和平交渉するチャンスが生まれるかもしれないわけです。

  長期戦になれば、日本の負けは確実です。数の上で劣るのはもちろん、戦略能力でも大幅にアメリカに劣っているのが実情でした。例えば、戦争や経営でもっとも重視されるのは「情報」です。アメリカは、無線通信やレーダー、さらには暗号解読技術に優れていたのです。さらに重要なのは、ロジスティック(補給兵站)技術です。アメリカの研究は、こちらの面でも世界一進んでいました。

  日本の短期的優位は、時間の経過と共に確実に消滅します。ですから山本は焦ったのです。どうして、ワンセットしかない虎の子の艦隊を、休息も取らせずに太平洋からインド洋へと酷使しつづけたのか?文字通り、寸暇を惜しんで軍事成果を挙げつづけなければならなかったからです。この焦りが、ミッドウェー海戦へと発展するのでした。

 8.日本に勝ち目はあったのか?

 さて、具体的な戦局の話に行く前に、ちょっと寄り道してアメリカやドイツの動向を見ておきましょう。歴史というのは、日本のみならず、月や火星やイスカンダル星まで含んだ広い視野で見渡さないと、本当の事が分からないからです。学校教科書や学者の専門書がイマイチ面白くない理由は、記述の範囲が縦割りになっているからだと思うのですが、どうでしょう。

 話は、真珠湾攻撃の時点に遡ります。

 アメリカは、大喜びです。日本軍が卑怯な騙まし討ちをしてくれたお陰で、アメリカ国民の戦意は燃え上がり、日本人を再起不能にするまでは戦いを止めるな、という世論が形成されたからです。まあ、マスコミの宣伝も上手だったんですけどね。正義のアメリカVS悪の枢軸というイメージはアメリカ国民の大多数に受け入れられました。アメちゃんは、昔から正義と悪、みたいな分かりやすいスローガンが大好きです。気性がまっすぐなのか?脳細胞が単純なのか?まあ、政治家にとっては、やりやすいっすね。

 さらにアメリカを喜ばせたのは、真珠湾攻撃の三日後、ドイツがアメリカに宣戦布告したことです。ヒトラーが、側近の反対を押し切って、独断でこれを決めたのでした。既述のとおり、ドイツが日本に義理立てする必要は、条文の上では無いのです。ヒトラーは、何を考えていたのでしょう?

 おそらく、日本軍の実力を過大評価していたのではないでしょうか?良く知られているとおり、ヒトラーは狂信的な人種差別主義者です。彼からみれば、黄色人種の日本など、ゴミみたいな存在のはずです。しかし、だからこそ「日露戦争」での日本の勝利のイメージが、彼の中で大きかったのでしょう。「ロシアを倒した日本なら、アメリカだって倒してくれるさ」と思い込んでしまったのでしょう。

 ドイツは、このころ深刻な袋小路に迷い込んでいました。ソ連に対する攻撃が、失敗に終ったからです。そして、最前線のドイツ軍の前には、アメリカ製武器で武装したイギリス軍とソ連軍が、無尽蔵に襲い掛かっていたのでした。ヒトラーは明敏な男でしたから、このまま情勢が推移すればドイツの敗北は必至だと考えたに違いありません。情勢を大きく動かす転機を待望したのです。彼は、真珠湾攻撃の報告を聞いて、こう叫んだといいます。「ついに転機が訪れた!我々は、3000年間一度も負けたことがない同盟軍を手に入れたぞ!」

 地球の反対側で、日本の有識者はどう考えていたか?「我々が粘り強く戦っていれば、きっとドイツが情勢を変えてくれるさ!」

 要するに、ドイツと日本は互いに過大評価する甘えっ子の関係だったのでした。典型的な成田離婚カップルみたいですな。

 ともあれ、アメリカにとっては、ベストの事態になったわけです。日本とドイツを全力で踏み潰し、その過程で「西欧」の市場と中国市場をいただけるからです。ただ、優先順位は「西欧」市場だったので、欧州方面に全戦力の7割を持っていくという偏った配分をしていました。そのせいもあって、真珠湾での大損害は、アメリカ軍の太平洋での戦力を大幅にダウンさせたのです。

 ルーズヴェルトは、真珠湾攻撃を知っていたのでしょうか?その可能性は大きいと思います。しかし、まさかあれほどの大損害を受けるとは、予想していなかったでしょう。ルーズヴェルトは、有名な人種差別主義者だったので、日本人の能力をバカにしていたのかもしれませんね。

 ともあれ、戦時体制に移行したアメリカ経済は、物凄い勢いで大量の兵器を生産していました。また、若者たちは争って軍隊に志願し、過酷な訓練過程を消化しつつありました。だから、勝利は時間の問題だったのです。

 日本は、この戦争に勝つ可能性があったのか?

 残念ながら、答えは否です。

 まず、アメリカ軍が和平交渉のテーブルに就くはずがありません。なぜなら、戦争を止めなければならない要因が一つも無いからです。

 「日露戦争」の敵国ロシアは、貧乏の上に、国民の戦意が最悪のレベルに達しており、戦争の長期化は財政の破綻と市民革命をもたらす事が必至だったので、日本との和平に応じるしかありませんでした。

 しかし、アメリカは、これとはまったく逆なのです。おカネも資源も有り余ってます。国民の戦意も強固ですから、ルーズヴェルトが戦争を止めるなんて言い出したら、かえって首が危なくなるでしょうね。しかも、戦争を続ければ続けるほど、西欧やソ連や中国に恩を売ることが出来、戦後世界に影響力を与えられるという情勢でした。

 ある宝くじ売り場に、確実に10億円当たるくじがあるとします。みなさんなら、どうしますか?短期的な持ち出しを覚悟で、その店のくじを、全て買おうとするでしょう?アメリカだって同じです。仮に、ミッドウェー海戦で艦隊が全滅したとしても、その損失は確実に時間が埋めてくれるのですから。

  でも、どうせ最後は負けたにしても、日本軍の戦いぶりはお粗末極まりないものでした。それは何故か?次章以降で、具体的な戦局について説明します。その過程で、明らかになることでしょう。

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