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歴史論説集

概説 チェコ史

第二十話 戦え!チェコスロヴァキア軍団

masarikucheko

マサリクのチェコスロヴァキア

 1917年、ペテルブルクの飢えた民衆の暴動から発生した「ロシア革命」は、やがて帝政ロシアを消滅させ、内戦の末に社会主義の「ソビエト連邦」の成立へと動きます。その過程で、ロシアはドイツと単独講和を結び、第一次世界大戦から脱落するのでした。

 この情勢を見たマサリクは、ロシア国内のチェコスロヴァキア軍団数万を、シベリア鉄道で太平洋に送り、日本経由でフランスの西部戦線に海路派遣するという雄大な計画を実行します。しかし、内戦中のレーニン政府(赤軍)は、彼らが白軍と同盟して自分たちを攻撃するのではないかと疑いました。そこで、チェコ軍団がシベリア各地の鉄道駅に分散するのを待ってから、彼らを包囲攻撃したのです。しかし、レーニンが集めた農民兵は、精鋭のチェコ軍団には歯が立たず、返り討ちにあいます。それでも、シベリア各所に孤立して補給を絶たれたチェコ軍団の運命は、まさに風前のともし火だったのです。

 ここに、日本が登場します。

 マサリクは、お忍びで東京を訪れ、日比谷公園で日本政府の要人たちと会談し、日本軍によるチェコ軍団の救出を要請しました。また、日本の同盟国であったイギリスやフランスも、日本政府に出兵を依頼したのです。 寺内正毅首相は首を縦に振り、こうしていわゆる「シベリア出兵」が開始されました。日本軍は、シベリア鉄道沿いにバイカル湖まで進出し、チェコ軍団と力を合わせてソ連赤軍と戦ったのです。

 こうして、無事に救出されたチェコ軍団の多くが、ウラジオストック経由で日本に渡り、横浜港からヨーロッパへと旅立っていきました。日本びいきのチェコ人が増えたのは、この事件で日本の世話になったからでしょう。

 意外と知られていませんが、日本とチェコの間には、共に轡を並べて戦場を駆けた歴史があったのです。

 さて、シベリアの干渉戦争で、資本主義陣営最強の戦力として大活躍したチェコ軍団は、いつのまにか時代の寵児になっていました。彼らの活躍が、戦後のチェコ独立に大いに貢献したことは言うまでもありません。

 1918年11月、第一次世界大戦は、ドイツ、オーストリア側の敗北で幕を閉じました。オーストリアのハプスブルク帝国は崩壊し、チェコは晴れて独立を勝ち取り、スロヴァキアと合併して「チェコスロヴァキア共和国」が成立したのです。スロヴァキアは、もともとハンガリー領だったのですが、スロヴァキア人は人種的にチェコ人に近いので、チェコに組み入れられる結果になったのです。ただしこれは、チェコ軍団が連合国側で活躍したことへのご褒美だったのかもしれませんね。

 マサリクは、栄えあるチェコ軍団とともにプラハに帰ってきました。彼が、チェコ軍団に囲まれながらヴァーツラフ広場を行進する写真は、特に有名です。

 マサリクは、新生チェコの初代大統領になりました。革命家として有能な人が、政治家としても有能とは限りません。しかし、マサリクは極めて有能な政治家でした。彼は、持論の「歴史哲学」に基づき、民主的で平等な政治を施行したのです。

 彼は、チェコに住む全ての民族に、平等な市民権と選挙権を与えました。チェコスロヴァキアは、ヨーロッパ世界で初めて、ユダヤ人に普通市民権と普通選挙権が与えられた国だったのです。また、チェコ人とドイツ人の交流と和解も推進されたため、多少のわだかまりを持ちつつも、両民族は平和的に生活することが出来たのです。チェコの国会では、ドイツ人やユダヤ人の議員が、活発に発言する光景が日常的でした。

 マサリクは、アメリカから民主主義の精髄を学び、それをチェコ史上の哲人たちの業績と重ね合わせることで、実に見事な治世を行いました。

 マサリクの民主主義は、個々人の信頼や友愛を、社会全体に広げていくことを理想としていました。その愛は、チェコやヨーロッパやキリスト教徒などといった狭い範囲ではなく、全人類に及ぶべきだと考えていたのです。しかし彼は、民主主義が爛熟すると衆愚政治に陥ることを熟知していました。そこで、国民一人一人に絶え間ない努力を要求し、その前提として、人間性を重視した深みのある教育制度を普及させたのです。

 世界の思想家たちは、この時期のチェコを「最も進んだ民主主義国家」と呼んで賞賛したのでした。

 経済活動も、たいへん順調でした。ハプスブルク時代から鍛え抜かれた重工業や精密産業は、ヨーロッパ最大の兵器自動車産業であるショコダ社に代表されるように、チェコの発展の原動力になりました。また、農奴は解放され、農業や畜産の生産性も鰻登りだったのです。

 文化、学術の面でも躍進が著しかった大戦間のチェコは、全世界から注目される一大国家でした。

 次に、大戦間チェコの、偉大な文化人たちの横顔を見ていきましょう。

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