歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ

歴史論説集

概説 三十年戦争

第六章 三十年戦争の遺産

 

①ウェストファリア・システム

②八月の砲声

③イラク戦争と三十年戦争

④キューバ危機とイラク戦争

 


 

 

①ウェストファリア・システム

 ウェストファリア条約は、ヨーロッパ世界の秩序を大きく変えました。この後、第二次世界大戦後現在にいたるまで、ヨーロッパ、いや全世界がこの条約のドグマに縛られることになったのです。

 それまでの戦争は、非常に牧歌的なものでした。封建貴族が適当に戦いあって、適当なところで講和して、金銭や領土のやり取りをして終わるのが普通でした。しかし、三十年戦争のように、66ヶ国もの諸侯が大混乱のバトルロイヤルを繰り広げ、また、ヴァレンシュタインのように10万もの軍勢を束ねる職業軍人が登場し、虐殺と略奪が三十年もの長きにわたって繰り広げられたことは、それまでの戦争観を一変させたのです。

 多くの識者は、戦争を絶対悪と見なすようになりました。根絶は出来ないまでも、悲劇を極力抑える方法を模索したのです。グロチウスの提唱した「戦争と国家の法」 (1625年)は、戦争を国際法規の制約下に置こうというものでした。

 また、三十年戦争は、ヨーロッパの「聖戦」志向に終止符を打ちました。聖戦というのは、ある勢力が「絶対的正義」を打ち出して、他の勢力を抹殺しようという戦争です。三十年戦争は、狂信的なカトリック信者であるフェルディナント2世が、カトリックの偏狂な理念の下にドイツ全土を無理やり統一しようとした「聖戦」でした。その結果、マグデブルクの虐殺に代表されるような悲劇が拡大してしまったのです。

 ヨーロッパ諸国は、三十年戦争の惨禍から深く学び、そして「聖戦」という考え方を放棄するに至ります。この世界にはいくつもの正義が並立し、それらが互いに均衡しあうのが常態だと考えるようになったのです。

 これが、ウェストファリア・システムの本質です。

 この考え方を叩き台にして、いくつもの国々が集う国際機関によって、国際紛争を調停しようという思想が生まれました。現在の国際連合がそれですね。

 ただし17世紀の時点では、国際機関の樹立案は、過激な植民地獲得運動によって順延となりました。ヨーロッパの旺盛な征服欲は、アジアとアフリカの異民族を次々に膝下に置きました。ヨーロッパの中で否定された「聖戦」は、非ヨーロッパ人に対しては容赦なく行使されたというわけですね。このような情勢下では、ヨーロッパ列強が自らを守るために国際機関を樹立する必要がなかったのです。

 しかし、20世紀初頭の世界は、再び三十年戦争前夜の様相を呈するようになりました。植民地獲得競争は飽和状態となり、ドイツの統一とその強大化は英仏の権益を大いに脅かし、そしてハプスブルク帝国内部の民族宗教紛争はこの不安定な世界秩序を覆す火薬庫となっていました。こうして始まったのが第一次世界大戦です(1914~18)。この戦争は、三十年戦争など問題にならないほどの惨禍をヨーロッパにもたらしました。その結果、今度こそ本当に国際紛争を調停する国際機関が設立されたのです。それが、国際連盟です。

 しかし、国際連盟にはいくつもの欠陥がありました。その最たるものは、紛争調停能力を持つ大国、すなわちアメリカとソ連が不参加だったことです。この結果、第一次世界大戦を上回る悲劇、第二次世界大戦(1939~45)が勃発したのでした。

 人類は、この悲劇から多くを学びました。こうして設立されたのが国際連合です。国際連合は、三十年戦争以来、人類が夢見てきた、戦争を終わらせる(あるいは被害を軽減させる)ための究極の機関となるはずでした。

 ウェストファリア・システムは、こうして完成したかに見えました。

 しかし、戦争は終わりません。どうしてでしょうか?

 

②八月の砲声

 

 国際連合は、「器」です。器は、器にしか過ぎません。問題は、そこに入れるべき「中身」です。すなわち「人間」です。

 戦争が終わらない本当の理由は、人間がいつまで経っても未熟なままで成長できないからです。

 三十年戦争は、どうして起こったのでしょうか?

 原因の第一は、「他者に対する不寛容(嫉妬、欲望、恨み、憎しみ、差別、偏見など)」です。ハプスブルク家が、ボヘミアのプロテスタント信者に対して寛容でさえあれば、彼らが反乱を起こすことはなかったのです。

 原因の第二は、「前途への過剰な楽観」です。当事者はみな、あの戦争が三十年にもわたる悲惨な消耗戦になるとは考えていませんでした。フェルディナント2世は、ボヘミアさえ鎮圧すれば戦争は終わると考えていたし、グスタヴ2世はウイーンを攻略すれば戦争は終わるし、その目標は容易に達成されるだろうと考えていたようです。しかし、こうした目算が簡単に崩れ去ることは、これまで見てきた通りなのです。

 実は、第一次大戦も第二次大戦も、煎じ詰めて考えればこれと同じです。

 第一次大戦は、セルビア人青年がオーストリア皇太子をテロで殺害したことが直接の原因となりました。ドイツ人(ゲルマン族)とセルビア人(スラヴ族)の民族対立、すなわち「他者に対する不寛容」がその根底にあったのです。そして、この戦争に参加した諸国はみな「秋までに戦争は終わる」と考えて、八月に宣戦布告を行いました。『八月の砲声』という名著がありますよね。すなわち、「前途への過剰な楽観」が諸国の理性を支配していたのです。その結果、4年にも及ぶ容赦ない殺人劇が展開されたのです。

 第二次大戦も似たようなものですね。ヒトラーが異民族と異文化に寛容であれば、またアメリカが日本の立場に寛容であれば、あのような悲劇は起きなかったのです。また、ヒトラーは、英仏は干渉しないだろうと「前途を楽観」してポーランドに進撃し、アメリカは日本など簡単に負かせるだろうと「前途を楽観」してハル・ノートを突きつけました。日本だって、ドイツがヨーロッパを早期平定して自分たちを助けてくれるものと、過度の「楽観」を抱いて真珠湾攻撃を行ったのです。その結果、全世界で6千万人もの人命が失われたのでした。

 国際連合は、しょせんは機関にしか過ぎません。この機関に集う国々や人々が、「他者への不寛容」と「前途への過剰な楽観」に支配されている限り、戦争は永遠になくならないのです。

 戦争を無くすためには、人類が進歩し成長しなければならないのです。

 

③イラク戦争と三十年戦争

 

 お気づきの読者もいるかもしれませんが、この論文は、実はイラク戦争にインスパイアされて書かれたものです。

 私の目には、ブッシュ大統領の姿が、三十年戦争当時のフェルディナント2世の姿にダブって見えるのです。

 アメリカの現在の暴走は、3年前の9・11テロを直接の原因にしています。

 自爆テロは、アメリカとイスラム原理主義者たち相互の「他者への不寛容」によって起こりました。そして、アメリカのアフガンに対する即時の攻撃は、言うまでもなく「前途への過剰な楽観」に彩られていました。しかし、その手法は、イスラム原理主義者たちの怒りを駆り立てるものだったのです。ボヘミア・ファルツ戦争の顛末と同じです。

 目先の勝利に溺れたブッシュ大統領は、今度はイラクに戦争を仕掛けました。イラク軍は敗れフセイン大統領は捕縛されましたが、それでも戦争は終わりません。いや、テロという形で全世界に広がってしまったのです。まさに、三十年戦争と同様の、終わりの見えない泥沼です。

 ブッシュ大統領の最大の失策は、国際連合を無視してアメリカ独断(イギリスや日本は加担したけれど)で戦争を仕掛けたことです。そして、その戦争には、結局のところ大義名分がなかったことです。イラクには、アメリカを滅ぼせるような大量破壊兵器は存在しなかったのです。

 フェルディナント2世の敗因の一つは、「神聖ローマ帝国」の基本法(帝国法)を踏みにじり、暴力と狂信に基づく独断と偏見でドイツを掌握しようとしたことです。そのため、プロテスタント勢力のみならず、味方であるはずのカトリック諸侯からも顰蹙を買い、フランスの介入を容易にしてしまったのです。

 このままではアメリカも、三十年戦争当時のハプスブルク家と同じ顛末を迎えるのではないでしょうか?

 

④キューバ危機とイラク戦争

 私が腹を立てているのは、アメリカが国際連合を無視して行動した点です。また、ブッシュ大統領の声明を聞いていると、その根底には「聖戦」思想が見え隠れするのに気づきます。とっくに克服されたはずの「歴史の過ち」が、今また繰り返されているのです。

 人類が400年の歳月をかけ、流血と破壊の堆肥の中から研ぎ澄ませてきたウェストファリア・システムを無視するアメリカの態度は、私にとって許せるものではありません。

 それではアメリカはどうするべきだったのでしょうか?

 重大な示唆を与えてくれるのは、1962年の「キューバ危機」です。

 この当時、アメリカとソ連は冷戦構造の中で、互いに「他者に対する不寛容」を抱えていました。そんな中、ソ連がアメリカの喉元に当たるキューバにミサイル基地を設置したのです。これは、戦争開始の格好の名分でした。アメリカ軍部のタカ派は、即時の核攻撃によって、必ずソ連を打倒できると主張したのです。これぞ「前途への過剰な楽観」ですね。もしもこのプランが実現していたら、世界全面核戦争が勃発し、人類は死滅していたかもしれません。しかし、時の大統領ケネディ(JFK)は、『八月の砲声』を引き合いに出して楽観を戒めました。彼は、歴史から学んだのです。過去の人類と同じ失敗を繰り返さなかったのです。そしてケネディは、ソ連の善意を信じ、国際連合を用いて交渉を行いました。これに安心したソ連のフルシチョフは妥協して、キューバのミサイルを撤去したのです。世界絶滅戦争は、こうして回避されたのでした。

 キューバ危機をテーマにした『13days』は、地味だけど良い映画だったなあ。

 それに引き換え、今のブッシュはどうでしょうか?自分自身で判断せずに、利権狙いのタカ派に引きずられているだけのように見えますね?タカ派に「絶対勝てる」と言われて、それを完全に真に受けて行動してこの結果ですよね。彼は、歴史から学んでいないのです。

 もちろん、自爆テロを仕掛けられた痛みと苦しみは分かります。しかし、この恨みを暴力で返すことは、三十年戦争や第一次大戦と同じではないですか。

 待っているのは泥沼です。

 冷静に考えるなら、自爆テロを敢行させるまでにイスラム原理主義者を追い詰めたアメリカの国際戦略にも、明らかに問題があったのです。彼らだって、好きで自爆したんじゃないでしょう。そうせざるを得ない状況に追い込まれたのでしょう。その点を斟酌するべきなのです。もちろん、殺された5千人ものアメリカ市民は本当に気の毒に思います。でも、アフガンやイラクの数万数十万もの市民が、その見返りに殺されたり支配を受けるのは、あまりにも残酷で愚かしくはないでしょうか?

 ここで重要なのは、軍人官僚とその取り巻きのハイエナというのは、本質的に、利権確保のためなら平気で嘘をつく生き物だということです。彼らは、とにかく戦争によって利権を得たいのです。だから、楽観的なことを言うのです。ケネディは、彼らに騙されなかった。それは、彼が歴史から学んだからなのです。

 ケネディが後に暗殺されたのは、このときに軍閥とその取り巻き(ジョンソンがその筆頭)に憎まれたからだと私は考えています。

 我々の世界は、「歴史」という名の素晴らしいテキストに溢れかえっています。この世から戦争を無くすためにはどうすれば良いのか?それはケネディのように歴史を学び、過去の愚行を反面教師とし「他山の石」を噛み締めて、個々の人間がより賢く成長する以外にないのです。

 「他者への不寛容」そして「前途への過剰な楽観」。この二つだけでも克服できれば、この世界は遥かに素晴らしいものになると思うのです。

 他者の文化や価値観を優しく受け入れて尊重し、そして、重大な意思決定を行うときは常に最悪の事態を想定して石橋を叩いて渡るほどの慎重さを堅持する。たった、それだけのことなのに。

 簡単そうに見えて、意外と出来ないのが人間の愚かさであり弱さというものかもしれませんね。

ページ上部へ