歴史ぱびりよん

第二十一話 戦略爆撃と原爆投下

閑話休題して、原爆の話をしましょう。

原爆投下というのは、「戦略爆撃」の最終形態でした。

「戦略爆撃」とは何ぞや?

敵の軍隊ではなく、敵の本拠地を空から襲い、工場や住民を破壊殺傷し、その国の経済力や戦意を奪い取るという戦略です。

どうして、このような戦略が考えられるようになったのか?

話は、第一次世界大戦に遡ります。この戦争は、当時「戦争を終わらせる戦争」と呼ばれたほど、凄惨で恐ろしいものとなりました。4年間続けて激闘が行なわれ、数百万単位で兵士が死んだのは、この時が初めてだったのです。

その理由は、防衛兵器の技術進歩です。精度の高い銃砲、特に機関銃の発明が、陣地に篭って敵を待ち受ける側の戦力を飛躍的に高めたのです。連合軍(協商軍)は、圧倒的な戦力を持ちながら、最後までドイツ、オーストリア軍の戦線を突破できなかったのです。そして、同盟軍の最終的な敗北は、連合国側の経済封鎖によってドイツ国内の厭戦気分が高まり、革命が起きたことによってもたらされたのでした。

戦勝国である英米仏は、考えました。「これからの戦争の勝敗は、戦場では決まらない。むしろ、戦場では守りに徹した方が良いのではないか。そして、爆撃機を用いて敵の工場などを狙った方が効果的なのではあるまいか?」 こうして、戦略爆撃という思想が誕生したのです。

これと全く逆の発想をしたのが、ナチスドイツ軍でした。彼らは、むしろ攻撃力の強化を研究し、いわゆる「電撃戦」を編み出したのです。第二次大戦初期は、連合軍側の意表を衝いた「電撃戦」が威力を発揮し、戦局をドイツ側有利に傾かせたのです。

そして、イギリス空軍とドイツ空軍が、互いに空爆の応酬を始めました。 最初はお互いに、敵の軍事目標のみを空襲していました。しかし、ドイツ軍が、間違えてロンドンに爆弾を落としてしまったことをきっかけに、互いに都市部に無差別爆撃を行なうようになったのです。

ところが、戦略爆撃は、連合国側の軍部が考えていたほどの成果を挙げることが出来ませんでした。なぜなら、ドイツ側が、直ちに工場を疎開させて地下に移すなどの措置を講じたからです。また、ナチス体制が、思いのほか強固に民心を得ていたので、革命が起こる事も無かったのです。

しかし、戦略爆撃を推進する軍部は、この期待はずれを認めようとしませんでした。「予算が足りないから悪いのだ!」などと言い出して、頑固に政策を推進したのです。これも、一種の官僚の暴走といえないこともないでしょう。連合軍は、原則として官僚の暴走を許しません。必ず政治家が介入して、国益の観点から官僚を押さえ込むのが通例でした。しかし、このときの暴走は、特に国益に反する性質ではなかったので、何となく容認してしまったのです。

こうして、暴走官僚の手口は、どんどんとエスカレートしてしまいました。完全に、敵の一般市民のみを標的にするような、残酷な爆撃も一般化してしまったのです。ハンブルク、ドレスデンといった古都も、情け容赦なく焼き払われたのです。 もっとも、自業自得と言えないこともありません。ドイツだって、ゲルニカやロッテルダムやロンドンで、同じ事をやってきたのですから。

日本はどうか?やっぱり、戦略爆撃が有効だと考えられて、その標的にされてしまったのです。

日本側は、迂闊にも工場の疎開を行なわず、また防空態勢も不備だったので、実に簡単に大損害を受けてしまったのでした。言うまでもなく、戦争指導者に、想像力が無かったからです。

日本の工場をほとんど破壊したアメリカ軍部は、舌なめずりして次の標的を探しました。もちろん、平和に暮らす一般市民です。カーチス・ルメイ将軍は、低空から焼夷弾を撒き散らすという新戦術を考案しました。こうして、日本全土が阿鼻叫喚の地獄にされてしまったのです。

もっとも、日本軍だって、重慶爆撃などで多くの中国市民を殺傷しているのだから、やっぱりお互い様でしょうけど。

こうした戦略爆撃の究極の完成形態が、「原爆」でした。アメリカは、どうしてこれを実戦で使用したのか?軍部が使いたがったというのが、その最大の理由でしょう。また、国際戦略上、ソ連に新兵器の威力を思い知らせて、その動きを牽制するという目的も隠されていたはずです。さらに言うなら、「黄色いサル」に対する差別意識もあったでしょう。

広島と長崎の住民達は、いわば生贄の羊にされてしまったのです。

皮肉なことに、「原爆」は、今度こそ本当に「戦争を終わらせる」ことになってしまったのです。威力が強すぎて、戦争そのものの抑止力となってしまったのは、皮肉なことでした。 広島と長崎の人々は、その身を投げ打って、人類を「第三次大戦」の恐怖から救ってくれたのだ。我々は、そう信じましょう。

ともあれ、戦争というのは、本当に恐ろしい。狂気が狂気を呼び、エスカレートして止まらなくなるのです。