歴史ぱびりよん

ヒトラーとの死闘

舞台は移って、西欧の主軸とも言える文明国家ドイツ。1933年になって、この国でも、ソヴィエト連邦のような恐ろしい政府が誕生してしまいました。やはり、大義のためならどんな悪事も許されるし、どれだけの犠牲を払っても構わないと考えるような凶暴な独裁政府です。

この政府が唱えるイデオロギーは、「国家社会主義」と言います。マルクス思想の系譜を踏まえ、プロレタリアートの全体的な利益を守ると言いつつ、ドイツ民族至上主義を中核に据え、独裁政府があらゆる生産手段を管理しようとする統制国家。

これ、すなわちナチスドイツです。

この独裁国家は、実に奇妙なことですが、民主的な普通選挙によって樹立されました。ナチス党の党首アドルフ・ヒトラーは、マニフェストの中で、当確したら自分が独裁者になると明言していました。有権者は、それを覚悟で投票したわけなので、つまりこの独裁政府は、民主主義によって生み出されたのです。

そのため、ナチスの有権者に対する姿勢は、基本的にポピュリズムでした。国民に対して、ばら撒き的な利益供与をしまくったのです。その結果、財政が著しく窮乏化し(世界大恐慌のせいでもありますが)、外国への侵略戦争を行って資源を略奪することでしか、国家財政を維持できなくなってしまいます。

面白いことに、地球の反対側の日本も、よく似た状況に陥っていたわけで、20世紀前半はまさに狂気の時代でした。

国際的に孤立していたスターリンは(当時、社会主義をやっている国は、ソ連ただ一国だった)、孤立状態を奇貨として、こういった世界の混乱をうまく利用しようとします。彼は、暴走するドイツや日本と手を組むことで(日本に対しては、何度か戦闘して懲らしめることで、無理やりに言うことを聞かせたのだが)レーニン時代に失われた領土を回復しようと試みます。そして実際に、フィンランドとルーマニアの一部、ポーランドの東半分、バルト三国、そしてモンゴルを事実上のソ連領土に組み込むのでした。

しかし、スターリンは、ヨーロッパ方面への領土拡張には慎重さを欠き、ヒトラーを大いに警戒させてしまいました。「日露戦争」前夜と同じ状況になったのです。ソ連の態度に悪意を感じたヒトラーは、ついに300万の大軍を引っ提げてソ連侵攻を決意します。

いわゆる「独ソ戦争」、ロシア人が誇りを持って「大祖国戦争」と呼称する戦争が始まりました(1941年6月22日)。これは、筆者が知る限り、人類史上最悪の戦争です。なぜなら、当事者双方が殲滅戦をやったからです。これすなわち、どちらかの民族が絶滅するまで終わらない戦争です。

アドルフ・ヒトラーは、かなり特殊な世界観を持っていた政治家で、「人間には優等人種と劣等人種が存在していて、前者が後者を皆殺しにすることで、人類全体の健全な進化が達成される」と考える人物でした。ここでの優等人種と劣等人種の定義や区分けは、かなり曖昧なのですが、とりあえずドイツ民族は優等人種で、スラブ民族(ロシア人含む)やユダヤ人は劣等人種に分類されていました。すなわち、ドイツ人がロシア人を皆殺しにすることは、「地球人類全体の利益に資する社会正義」だというのです。なんだか無茶苦茶で、ほとんど狂気の世界ですが、ロシアや東欧を軍事的に征服して利権を得たい人々の利害と一致したので、これがドイツの国策になってしまいました。

ヒトラーは、己の狂気の思想を現実的利益に上手に落とし込んで、多くの人々を巻き込んで協力させることに独特の才能を持った人物で、良くも悪くも人類史を変えた破格の英雄の一人だったと言えるでしょう。悪魔だけど。

さて、ドイツがソ連に対する軍事侵攻を開始した時、微妙な立ち位置に置かれたのがウクライナでした。この地には、ナチスに味方することで独立を達成しようとする勢力が強かったのです。これまでの記述から分かるように、ウクライナはもともと西側文化を強く受けた地域で、ロシアによって軍事的に征服されてから、特にスターリン時代に入ってからは酷い目にばかり遭っています。ドイツの態度によっては、むしろヒトラーと手を組んでスターリンと戦う方に理があったのです。

しかし、ヒトラーにとっては、ロシア人もウクライナ人も、どちらも滅亡させるべき劣等民族です。彼は、ウクライナとの共闘を拒否し、むしろ積極的に殺しにかかったので、ウクライナは消去法でソ連に付きました。そのせいもあって、4年間にわたる死闘はソ連の勝利となりました。ヒトラーはベルリンで自殺し(1945年4月)、攻め込んだソ連軍は、ドイツの民衆に対して壮絶な報復を行います。

もしもヒトラーが、偏狭な人種論を棄却してウクライナと組んでいたら、ドイツはあの戦争に勝っていたのか?その可能性は大いにあっただろうけれど、そんな寛容な政策をしたら、それはもはやヒトラーではないですね。ヒトラーは、ヒトラーだからこそあれだけの悪行を行えたのだし、ヒトラーだからこそあんな風に滅びたのでしょう。そこは議論しても仕方ないような気がします。

決定的に重要なのは、ソ連がドイツに勝利できた最大の要因は、ソ連が工業化に成功して、ナチスを圧倒できる高性能な機械兵器を大量生産出来たことでした。そして、ソ連にはヒトラーを無慈悲さで数倍上回るような、強烈なリーダーシップを取れる独裁者が存在したことでした。いずれも、スターリンの功績なのです。ロシア人が、今でもスターリンを尊敬するのは、十分な根拠があることなのです。

おまけに、戦後秩序の中で、敗者となったヒトラーは悪魔と見なされて徹底的に貶められました。逆に、それを倒したスターリンは、世界的な大英雄となりました。彼の負の側面は、「無かったこと」にされたのです。

そして、この戦争でウクライナがロシアを裏切ろうとしたことは、少なくともプーチン大統領の心に大きな傷を残しました。彼が、しきりにウクライナとナチスを結び付けて議論したがるのは、この事件に淵源があるのです。

また、「大祖国戦争」で、ナチスドイツは本気でスラブ民族を絶滅させようとして、それこそ殺戮の限りを尽くしました。ソ連の人的損害は、2,500万人とも言われています(うち、ウクライナ人600万人)。人類の歴史上、軍事侵略によってここまで悲惨な殺戮を受けた国家は他にはありません。

ロシア人の西側世界に対する猜疑心や恐怖心は、この戦争のせいで決定的に高まりました。これが、次の時代の「冷戦」を生み出すのです。