歴史ぱびりよん

第十六話 ニェムツオヴァーの「おばあさん」

女流作家ボジェナ・ニェムツオヴァー(1820~62)は、ドイツ系貴族に仕えるチェコ人の従僕の家庭に生まれました。彼女は、ドイツ人に媚びる両親よりも、農村で昔ながらの生活を守る祖母に憧れていました。その気持ちが、農村部のチェコ文化への尊敬となり、生涯をかけたチェコ文化の再生運動へと発展するのです。

彼女の代表作『おばあさん』は、愛する祖母をモデルにして、チェコの農村文化の美しさを描いた小説です。

物語の主人公である、おばあさん(マドレンカさん)は、一人で農村に住んでいたのですが、ドイツ系貴族に仕える娘婿に招かれて、娘の屋敷に住むために街へ出てきます。頑固なおばあさんは、屋敷の生活のルールを、全て農村風に改めようとします。最初は反発していた人々も、やがて、おばあさんのルールに理解と共感を示します。頑固だけど優しいおばあさんは、孫たちや村人たちの良い相談役となります。やがて、支配者であるドイツ貴族たちも、おばあさんに尊敬の気持ちを抱くようになるのです。

私が感心したのは、物語の中で、決してドイツ人(オーストリア人)が悪く書かれていない点です。おばあさんの愛は、ドイツ人に対しても狂人に対しても、平等に及ぶのです。多少美化されているようですが、これが、ニェムツオヴァーが訴えたかった「美しいチェコの農村文化」だったのかも知れませんね。

また、『おばあさん』で最も感動的なエピソードは、若き日の回想の中で、兵隊だったおばあさんの夫がドイツで病没したとき、彼女が、フリードリヒ大王に勧められたドイツ定住を断って、幼い子供たちを守りながら、ボロボロになってでもチェコに帰ってくる話です。どうしてそんな苦労をしてまでチェコに帰りたかったのかと言うと、「チェコ語を忘れたくなかったから」です。この辺りに、民族復興作家ニェムツオヴァーの意地が感じられますね。

ニェムツオヴァーは、また、農村部に取材して、チェコの民間伝承や昔話を収集しました。彼女のこの活躍が、後進たちに大きな影響を与えたのです。あのフランツ・カフカやカレル・チャペックも、若いときにニェムツオヴァーの著作に触れて、大いに啓蒙されたと語っています。

しかし、ニェムツオヴァーの私生活は、貧窮に満ちていました。反体制運動家だった彼女の夫は、当然ながら収入が安定しませんから、家計のほとんどが彼女の筆にかかっていました。その彼女とて、ハプスブルクの官警には良く思われていません。ニェムツオヴァーは、病気と貧困に彩られた悲惨な生活の中で、やがて枯れ木のように息絶えるのです。

しかし、彼女の努力は、死してなお人々の胸に残り、やがてチェコ文化を大きく開花させるのでした。