歴史ぱびりよん

第二十四話 万能の文人カレル・チャペック

1920年、新聞記者のカレル・チャペックは、親しい兄ヨゼフのもとを訪れました。

「兄さん、僕は今、SF戯曲を執筆しているんだけど、少し相談に乗ってくれないかな」

弟と同じく作家のヨゼフは、画家でもあるので、今しもキャンパスに向かって筆を走らせながら、弟に頷きました。

「実は、物語の重要なキーが、人造人間なんだ。その人造人間を表す固有名詞が思いつかなくて。ラバタ(チェコ語の奴隷労働)じゃあ、ストレートすぎるしなあ」

「ふーん」ヨゼフは、相変わらずキャンパスに向かったままで言いました。「ラバタをもじって、ロボットというのはどうだい?」

「ロボットか!そいつはいい!兄さん、恩に着るよ!」

こうして、世界の共通語が誕生したのです。このあとカレルが発表した戯曲『R・U・R(ロッサム社のユニヴァーサルロボット)』は、全世界で大絶賛を浴びる傑作となりました。

カレル・チャペック(1890~1938)は、一種の天才でした。文学の、ありとあらゆる分野で傑作を残しているのです。SF文学としては、『R・U・R』の他に『絶対子工場』、『山椒魚戦争』。幻想文学として『マクロプロス家の秘法』、童話には『世界一長いお医者さんの話』、推理小説として『ひとつのポケットから出た話』、動物文学として『ダーシェンカ』、園芸文学には『園芸家12ヶ月』、伝記小説に『マサリクとの会話』、といった具合の凄さです。

彼が、これほど多彩な文学を著すことが出来たのは、彼の執筆姿勢が、広い意味での「人間愛=ヒューマニズム」に基づいていたからです。これは、当時としてはたいへんに先進的でした。

当時のチェコでは労働運動が盛んで、社会主義の理想が声高に主張されていました。また、これに対抗する形でナチズムも勃興しつつありました。ところが、カレルは、ナチズムにも社会主義にも断固として戦う姿勢を見せたのです。

カレルは、特定の社会構造や社会思想によって人間が束縛され、それに属しない異分子を排除するような体制を悪だと考えていました。どんな人間同士であっても、互いに愛情と信頼をもって、互いの価値を認めていけるような社会を築くべきだと考えていました。そういう意味で、彼はマサリクの思想の(ひいてはヤン・フスやヤン・コメンツキーの)心酔者でした。カレルとマサリクは、個人的に深い友情を結んでいたのです。

また、カレルは、カフカと同様、優れた予知能力者でもありました。彼の珠玉のSF作品群は、科学文明の行き過ぎが、やがて人間を苦しめるだろう事を予見しています。

例えば、『R・U・R』に登場するロボットは、遺伝子工学(!)によって生み出された人造人間です。バカな為政者たちが、彼らに人間の代わりに重労働や戦争をさせ続けた結果、地球がロボットに乗っ取られてしまうという悲劇の結末を迎えるのです。

また、『絶対子工場』は、核兵器(当時、まだ発明されていなかったのに!)の恐怖がテーマです。

『山椒魚戦争』は、新種の山椒魚によって人類が支配されていく物語です。いっさいの文化や芸術を否定し、ひたすら仕事に打ち込む山椒魚たちの姿は、資本主義文明によって酷使される現代人の姿を戯画化したものです。また、人類に戦争を仕掛ける「山椒魚総統」は、明らかにヒトラーを意識して描かれています。

カレルは、隣国ドイツで急成長を続けるナチスドイツを、恐怖の目で見つめていました。世界がヒトラーを賛美する中、新聞記者としてのカレルは、社説で厳しくナチスの異常さを訴え続けたのです。そんな中で発表した戯曲『白疫病』は、ある独裁者が、偏狭な正義感にかられて、全世界を相手に狂気の戦争を戦うだろうことを、1937年の時点で予見した作品でした。恐らく、この時点でヒトラーの本質を完璧に見抜いていたのは、世界でカレルただ一人だったでしょう。このころは、あのチャーチルですら、「我が国(イギリス)にもヒトラーが欲しい」と言っていたのです。

ヨーロッパをナチスの暗雲が押しつぶす中、カレルは兄ヨゼフとともに、最後までペンの力で戦い続けます。しかし、その努力も虚しく、チェコはズテーテン地方をナチスドイツに奪い取られてしまいました。もともと病弱だったカレルは、この事件にショックを受けて病没します。

この数ヵ月後、チェコ全土がナチスに占領され、そしてナチスの親衛隊がカレルの家に押しかけてきました。彼らは、この敵性分子が既に死んだことを知らなかったのです。出迎えたオルガ夫人は、「あら、みなさま、いらっしゃるのが少し遅かったようですわ」と、怒りを抑えて悠然と微笑んで見せたと言われています。

兄ヨゼフは、しかし逮捕されて強制収容所に投獄され、ここで死にました。その死体すら残らなかったのです。そのため、チャペック兄弟の墓は、ともに「高い城」のスラヴィーン墓地にあるのですが、死体が棺に収まっているのは弟の分だけです。

迫り来る強大な暴力に、最後までペンの力で戦ったチャペック兄弟。こんなところに、ヤン・フス以来のチェコ人の熱い生き様を感じてしまいます。