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湖に剣を投げ入れるベデヴァール
1.はじめに
2.無限に広がる作品世界
3.物語の不思議な背景
4.歴史の中のアーサー
5.ブリタニア列王伝
6.最初のアーサー王物語
7.キリスト教会の影響
8.アーサー王の死
9.さらなる飛躍
1.はじめに
今回のテーマは、アーサー王。
『アーサー王と円卓の騎士』は、皆さんご存知のように、中世ヨーロッパで成立した騎士道物語です。
いちおうは歴史小説なのですが、史実に基づく部分が少ないのが特徴だったりします。ってことは、このホームページで採り上げるのはどうなのよ?という気もしますが、この文学の成立過程が、そのままヨーロッパの政治史とシンクロしているので、これを見ていくのがなかなか面白いのです。
物語の中では、アーサー王やランスロット卿をはじめとする勇敢で高潔な騎士たちが、貴婦人や乙女を守って大冒険。馬上試合や華麗な恋愛が花開く中、魔法使いや予言者が闊歩し、邪悪な怪物や恐ろしい蛮族が攻め寄せる。魔法の剣に、妖精に、聖杯に。つまり、後世で「ファンタジー」と呼ばれる文学的要素のほとんどが、この物語の中に含まれています。
なにしろ、『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』も『スター・ウォーズ』も『ドラクエ』も『ファイナル・ファンタジー』も、その全てがアーサー王物語のパクりと言い切ってしまって良いほどです。
この、過去に数え切れないくらい小説化され、映画化され、テレビドラマ化されている超絶的に優れた古典文学の大雑把なあらすじは、以下のようなものでしたよね?
アーサーは、中世混乱期のイギリスに生を授かります。素性の分からぬ孤児として騎士エクトルの従者として育てられた彼は、魔法の剣カリバーン(エクスカリバー)を突き立った岩から引き抜くことで、自分が王の血筋であることを知ります。
やがて魔法使いマーリンや忠実な騎士ガウェインやランスロットらの補佐を得た彼は、反対勢力を滅ぼしてイギリスを統一平定。さらには、攻め寄せてきた異民族の侵略者たちを撃退して、平和郷キャメロットを築くのでした。
キャメロット城には「円卓」が築かれ、多くの騎士たちや文化人が訪れます。12年間の平和の中で、多くの冒険や恋が語られ、騎士たちは聖杯の探索にも成功します。
しかしながら、王妃グィネビアと騎士ランスロットの不倫、ランスロットとガウェインの仲違いなどから王国は崩壊。アーサーは、敵対する不義の息子モルドレッドと刺し違えて斃れるのでした。
私がこの物語を知ったのは、小学生のころに放映されていたテレビアニメ『円卓の騎士物語・燃えろアーサー』が契機です。興味を抱いて、学校の図書館で『アーサー王と円卓の騎士』という本を見つけて読みふけり、非常に深く感銘を受けたのでした。感動のあまり、似たようなストーリーのSF小説を書いたりしたものです(未完だけど)。
「円卓の騎士(Knights of the round table)」というのは、アーサーに仕える騎士たちのことです。円卓とは、その名の通り丸いテーブルでして、アーサーをはじめ全ての騎士はキャメロット城内に設置されたこれにグルっと座って会談することになっています。円卓の大きさは写本によってまちまちでして、定員13名~150名まで様々なヴァージョンが描かれています(いい加減と言えばいい加減だな!(笑))。ともあれ、丸いテーブルだと上下関係の序列がつきませんから、「この国の騎士は、みんな平等」という理念が現されていて、どことなく民主主義っぽいのです。
実際、アーサー王物語の主役は、アーサー王ではなくて、むしろ彼に仕える騎士たちと言っても良いほどです。主役のはずのアーサーは実はあんまり出番がなくて、最後は周囲の人々や状況に翻弄されて、没個性のまま死んでしまいます。まるで『三国志演義』の劉備や『水滸伝』の宋江みたいな人ですね。
2.無限に広がる作品世界
「円卓」というのは、実に見事な創作です。なぜなら、この装置のお陰で、アーサー王宮廷は無限の広がりを見せることになるからです。
上下関係の序列がつかない円卓には、名のある騎士であれば誰でも座ることが出来ます。そしてアーサー王は、鷹揚な心で広く外国にも門戸を広げましたので、イギリス人じゃなくても円卓に座ることが出来ました。そもそも、円卓の騎士の筆頭であるランスロット卿はフランス人なのです。
こうして、ヨーロッパ各地の宮廷で創作される騎士道物語で、主人公がキャメロット城に立ち寄るエピソードが作られて行きました。時代が経つにつれ、こういった騎士道物語の中には、アーサー王物語の中に吸収されて一体化してしまうものも出てきます。主人公たちは、いつのまにか円卓の騎士の一員になってしまうのです。そういうわけで、円卓の騎士のメンバーの中には、もともとまったく別のお話の主人公だった人も加わっているのでした。
たとえば、アニメ『燃えろアーサー』や映画『キング・アーサー』の中で、当たり前のようにアーサーの側近をやっているトリスタン卿は、もともと『トリスタンとイゾルテ』というまったく別の物語の主人公なのです。
また、アーサー王物語は非常に融通の利くストーリー構造なので、いくつもの新解釈を生み出すことが可能です。だからこそ、21世紀の今日でも、世界各地でアーサー王物語の別ヴァージョンが創作されているのです。
アーサー王物語は、人類滅亡のその時まで、拡大し進化し続けるのではないでしょうか?
3.物語の不思議な背景
しかしながら、この物語を読んでいると一つの大きな違和感を覚えます。
それは「時代設定や背景がメチャメチャ」という点です。
騎士たちのコスチュームやアイテムや馬上試合の様子などは、12~15世紀の設定になっています。ローマカトリック教会とその聖職者たちが、やたらに権勢を誇っています。だけど、ローマ皇帝と合戦してローマ帝国を征服したり、スカンジナビア半島に攻め込んでバイキングを退治したりするエピソードがある。ってことは、これは4~5世紀の話なのか?そうかと思えば、物語世界のフランスにはいくつもの王国があったりして、ローマ帝国の領域が不透明です。イギリス国内に目を移せば、アーサー以外に何人も王がいます。ってことは、これは「アングロ・サクソン七王国」の時代の話なのか?ざっとこのように、物語世界の時間軸が、まったくバラバラなのです。なまじ歴史知識のある人は、真面目に考えたら発狂しちゃいますぜ(笑)。
また、アーサーがどの民族集団の王なのかも曖昧です。中世のイギリス王のくせに、アングロ・サクソン族やノルマン族(=いずれも、中世以来のイギリスの支配民族!)による侵略を撃退したりするのですからね。同士討ちですかい?
宗教世界もかなりの混乱を来たしています。アーサー王と円卓の騎士たちはキリスト教を篤く信仰し、その教義を誠実に守ります。聖杯(=磔刑になったキリストの血を受けた器)の探索にも出かけます。その割には、物語世界にはドラゴンや巨人や妖精や魔法使いが乱舞し、とてつもなく異教的です。アーサーの軍師マーリンは、悪霊インキュバスと人間との間に生まれた魔法使いであって、明らかにキリスト教世界の人物ではありません。
これらは、アーサー王物語が、激動の歴史の中で非常に長い時間をかけてゆっくりと成立したことを意味しています。この物語は、その成立した時点から今日に至るまで、各時代の様々な異質な要素を吸収して成長拡大しました。それと同時に、様々なエピソードを無造作にくっつけ合わせた結果、時代背景や宗教観がゴチャゴチャになってしまったというわけです。
これは、本当に驚くべきことです。物語の基本的な骨格が、非常に強固で魅力的であるからこそ、こういうことが起こり得るのでしょう。客観的に見て、『三国志演義』よりもアーサー王の方が、物語としての品質は高いのです。
ただし、アーサー王物語の場合は、時の為政者であるイギリス王室が、自らの権威付けのために政治的に利用しようとした側面もあるからややこしくなります。
これから、こういった側面について見て行きましょう。
4.歴史の中のアーサー
アーサー王は、架空の人物です。イギリスの歴史の中に、そのような王は実際にはいませんでした。キャメロット王国も円卓も存在しませんでした。その点で、『三国志演義』の劉備や曹操とは大きく異なります。
しかし、アーサーのモデルとなる人物はいたので、『水滸伝』の宋江に近い立場のキャラクターとは言えるでしょう(宋江は実在の人物だが、彼の歴史的側面は『水滸伝』の中に正確に反映されていないから)。
まずはイギリス(ブリテン島)の歴史的背景について解説します。
もともとこの島には、有史時代以降、多神教を信じるケルト人(ローマ風に言えばガリア人)が住んでいました。島の南方で、ストーンヘンジといった巨石建造物を築いた人々とケルト人との関係は分かりませんが、ケルト人が大陸から侵入して先住民と同化したと考えるのが通説のようです。
紀元前1世紀、ユリウス・カエサル率いるローマ軍団が攻めてきました。『ガリア戦記』の世界ですね。いつしかイギリス南部はローマ帝国の支配領域に組み込まれ、ブリテン島のケルト人はローマ文化の影響下に置かれます。ロンドンの前身であるロンデニュウムも、このころに築かれたのです。
ところが、紀元5世紀になってローマ帝国が衰退期に入ると、ローマ軍団はイギリスを見捨てて母国へと撤退してしまいました。島に取り残された(ローマ化された)ケルト人たちは、次々に侵入してくる蛮族たちから、自分たちの豊かなローマ文化を守るために自力で戦おうとします。
このとき、ケルト人たちのリーダーとなったのが、騎馬部隊を率いるアルトリウス将軍でした。この人は一種の軍事天才でして、騎馬隊の機動力を生かすことで蛮族の侵略者たちを次々に殲滅したのです。彼の活躍によって、ローマ化されたケルト人たちは、30年の間は平和を謳歌できたと言います。人々は、アルトリウス将軍に心からの感謝と尊敬を捧げました。
「アルトリウス」はラテン語読みですが、これを英語読みすると「アーサー」になります。もうお分かりでしょう?この騎兵将軍がアーサー王の原型なのです。その活動領域は狭く、そもそも「王」ですら無かったのですが、彼のヒロイックな活躍が人々の胸に焼き付けられ、アーサー王の物語が生まれたのです。
アルトリウス将軍は、『カンブリア年代記』(イギリスの最古の記録の一つ)によると、最後はハドリアヌスの城壁付近で「モルドレッドと死んだ」そうです。このモルドレッドは謎の人物です。彼が「アルトリウスを援けて一緒に死んだ」という意味なのか、「敵として刺し違えた」という意味なのかも不明です。アーサー王物語は、後者の解釈に立って作られていますけどね。
ケルト人たちは、アルトリウスの死後、あっという間に侵略者に蹂躙され、アングロ・サクソン族、続いてはノルマン族に圧迫されて島の西端のウェールズに追い詰められます。そんな彼らは、アルトリウスの在りし日の活躍を懐かしく想い、これを物語にしたのです。
物語の最後で、アーサーは妖精たちに守られて黄泉の世界アヴァロンへと旅立ちます。ケルト人たちは、「アーサーは死んだのではない。眠っているだけだ。いつか復活して我々を助けてくれる」と固く信じて祈りました。
侵略者に圧迫された文化的な民族は、みんなこういうヒーローを持ちます。チェコ人なら聖ヴァーツラフ、ポーランド人ならタトラ山の騎士、といったところです。
初期のアーサーは、逆境に沈むケルト人の想い出のヒーローだったのです。
5.ブリタニア列王伝
アーサーの物語は、吟遊詩人たちを通じ、さまざまな脚色が加えられて後世に伝わりました。いつしか、これが「イギリスの歴史」ということになってしまいます。
ヨーロッパに限らずアジアでもそうですが、古代の歴史というのは、語り部が口承で伝えた「物語」がそのまま「正史」として認定されるパターンが多いのです。中国の『史記』や日本の『古事記』の始めのほうは、神話と人間活動が完全に一体化してますでしょう?これを非科学的だ!とか怒ってみても仕方ありません。考えてみれば、「歴史」それ自体がそもそも非科学的な概念なのかもしれませんしね。
で、12世紀のイギリスで、こういった口承の「歴史」を集大成する試みが始まりました。立役者となったのは、王宮に仕える聖職者であったジェフリー・オブ・モンマスという人物です。彼は『ブリタニア列王伝(Historia Regum Britanniae)』という本を書きました(1136年)。この本の目的は、イギリス歴代の王の偉大さを称えることで、間接的に現王室(プランタジネット朝)の権威付けを行うことにありました。そして、この本の中心人物になっているのが、魔法使いマーリンとアーサー王だったのです。
ここで、読者の皆さんは、奇妙なことに気づいたと思います。そう。モンマスの仕えたイギリス王室というのは、フランスのノルマンディ地方から攻めてきて居座った北欧系ノルマン族の人々です。征服王ウイリアムが、ヘースティングスの戦いで勝利し(1066年)ブリテン島を征服した結果、出来上がったのがプランタジネット王朝なのです。つまり、先住のケルト民族のヒーローだったアーサーは、むしろ現王室の敵だった人です。ということは、アーサーを称えることは、むしろ現王室の権威を落とすことに繋がるのではないでしょうか?
だからここで、「歴史の改変」が行われます。
モンマスの本によれば、イギリスは大昔から完全に周囲と独立した主権国家でした。ユリウス・カエサルの侵略を撃退(!)した後、むしろローマに攻め込んでローマ皇帝を臣従させたり、フランス全土を領有したこともあったのです。その立役者となったのがアーサー王の一族(ブリタニア列王)であり、現王室はこの血脈の正統後継者だと言うのでした!
すなわち、アーサー王の子孫はアングロ・サクソン族の侵略者に追われていったんはフランス北部に逃れたものの、その血筋を引く現王室が、ノルマンディを拠点にして巻き返しに成功したのである。これが、征服王ウイリアムのプランタジネット王室だと言うわけです。ケルト民族の将軍だったアーサーが、いつのまにか北欧のノルマン族の先祖だったことにされちゃった!
よくもまあ、こんな出鱈目を!と呆れてしまいますが、中世以前の世界においては、これが当たり前でした。なぜなら、民衆の教育水準が低い時代においては、文字の技術すなわち知識は、特権階級に独占されていましたから、彼らが好きなように情報操作をしても、異議を唱える勢力はどこからも現れなかったのです。
それは日本でも同じでして、『古事記』や『日本書紀』などには、かなりの出鱈目が書かれていると思われます。『日本書紀』は明らかに、クーデター(壬申の乱)で政権を奪取した天武天皇の血脈を、正統化し権威付けするために書かれた本ですもんね。
例外はおそらく古代中国でして、中国世界は古くから教育水準の高い士大夫(官僚)を大量に養成していましたから、政府もあんまり露骨な捏造を行えなかったと思われます。あんまり嘘を書いてしまうと、市井から異議を唱える士大夫が大勢出てくるからです。
でも歴史の中には、優秀な政治家が、市井の民度の高さを見越した上で巧妙な捏造を行うケースもあります。代表例が、ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』です。私はこの本を数回読んだのですが、実に巧妙に作られた政治プロパガンダだと感心しました。塩野七生さんですら、騙されていますもんね。古代ローマ世界には、中国と同様に教養人が多かったので、カエサルもよっぽど上手に嘘を書かないとヤバかったのでしょう。ともあれ、現代の政治家の皆さんには『ガリア戦記』を数回読んで深く考察することをお勧めします。きっと、どんな教養人でも完璧に騙せるプロパガンダの技術が身につくでしょう(笑)。
話を戻すと、中世のイギリスは(日本と同様に)市井の教養水準が低い国だったので、為政者が好き放題にハチャメチャに歴史を捏造できたというわけです。
この論文の最初の方で述べたアーサー王の物語世界の矛盾と混乱は、ケルト人の土俗のヒーローだったアーサーを、イギリス王室の正統英雄に無理やり改変したことが主な原因だったのでした。
そういうわけで、イギリスの王室は、今でも王太子のことを「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼びます。ウェールズ地方はアーサー王の故地ですから、こういう形で「我々はアーサーの子孫である」と世界にしつこく(笑)アピールしているのでした!「プリンス・オブ・ウェールズ」には、マレー沖海戦(1942年)で日本軍に沈められた戦艦、という以上の意味があったのですぜ。
ところで、モンマスの「歴史の改変」には、もちろん政治的動機がありました。当時のイギリスは、ローマカトリック教会と政治的に対立していた上、フランスに対して領土的野心を抱いていたのです。『ブリタニア列王伝』の中で、アーサー王とその一族がローマを征服したりフランスを領有したりしたという「歴史的事実」は、この当時のイギリスの政治行動に大義名分を与えるものでした。だからこそ、こんな本が書かれたのです。
お分かりでしょう?歴史というものは、こうやって作られて行くのです。
我々は知恵を磨いて、権力者に騙されないように気をつけなくちゃいけませんよね。
6.最初のアーサー王物語
『ブリタニア列王伝』は、上記のように政治的プロパガンダに満ちた奇書だったわけですが、物語としては非常に良く出来ています。特に、アーサー王の生涯については虚実取り混ぜて実にドラマチックに出来ていて、後世のアーサー王物語の原型がすでに完成していることが分かるのです。
そこで、『列王伝』でのアーサー物語を概説します。
ウーサー・ペンドラゴン王は、魔法使いマーリンの力を借りてコーンウォール公の奥方イグレーヌを奪い、一人の男の子を産ませました。この不義の子がアーサーです。
アーサーは父の死後、15歳で即位すると、マーリンの補佐を受けてイギリスの統一に乗り出します。魔剣カリバーン(エクスカリバー)を振るう王は12回の戦闘に全て勝ち、乱れていたイギリス全土を統一平定しました。アーサーはローマ貴族の娘グィネビアを后とすると、遠征軍を派遣してアイルランドやアイスランドまで征服します。彼の王国は、その後12年の平和を謳歌しました。
しかし、平和に飽き足らぬアーサー王は、大軍を率いて北欧諸国を占領し、続いてフランス全土を征服してしまいます。ところが、ローマ皇帝レオは、アーサーの覇権を認めようとせずフランス奪回の意思を見せたので、ついにアーサーは王国の留守を甥のモルドレッドとグィネビア后に預けて、全軍でローマ帝国征服の大遠征に乗り出しました。
アルプスでの大決戦の末、ローマ帝国軍は全滅しました。アーサーの騎士たちも多くの犠牲を出しましたが、後は南に進軍して首都ローマを占領するのみです。
ところが、ここで急報が入りました。母国でモルドレッドが反乱を起こし、グィネビアを娶って王位に就き、国政を掌握したというのです。激怒したアーサーは、残存兵力を引き連れてイギリスに再上陸します。カンブラン河畔の決戦で反乱軍は滅び去り、逆賊モルドレッドも戦死します。しかしアーサーも致命傷を負い、9人の聖女に守られてアヴァロンの地に運び去られました。前非を悔いたグィネビアは、修道院で余生を送りました。
以上が、『列王伝』で紹介されるアーサー王の伝記です。
なんか、「ローマの権威をぶっ潰してフランスを我が物にしたい」という願望が滲み出ていますよね(笑)。
この伝記からは、後に完成する「アーサー王物語」の中の重要な要素がいくつか抜けています。アーサーが岩から名剣を引き抜くことで王の血統であることを証明する話、円卓と円卓に集う騎士たちの話、マーリンが妖精によって魔の森に幽閉されてしまう話、聖杯探索の話、そしてグィネビアとランスロットの不倫の物語などなど。
ところで、『列王伝』の中で著者モンマスがもっとも力を入れて描いたのは、アーサーよりむしろ魔法使いマーリンでした。彼はマーリンが大好きだったらしく、この魔法使いを主人公にした独立の物語『マーリンの生涯』も書いています。その人物造形に際しては、どうやらケルト民族の多神教神話の世界が、モンマスに多くの影響を与えているようです。だから、マーリンは非キリスト世界的なのですね。映画『エクスカリバー』は、マーリンをケルトのドルイド僧のように描写しているのですが、案外これが正解なのかもしれません。
それでも、『ブリタニア列王伝』とこれを小説化した『ブルート物語』(ここで初めて、円卓と円卓の騎士たちが登場する)は、ヨーロッパ各国の宮廷で好意的に読まれ、これにインスパイアされて様々な騎士道物語が創作されました。フランスでは『湖の騎士ランスロットと荷車の冒険』や先に紹介した『トリスタンとイゾルテ』、ドイツでは『パルツィファル(パーシヴァル)』などなど。これらの中には、後にワーグナーのオペラによって有名になる話もありますが、その多くが「円卓の騎士」に取り込まれて行きます。
こうして次第に、「円卓」に個性的な騎士たちが姿を見せるのです。
さらに、イギリス王室とは別の政治勢力によって、新しいエピソードも付け加えられて行きました。
7.キリスト教会の影響
アーサー王物語を読んでいて唐突な印象を受けるのは、「聖杯探索」のエピソードです。
ある日、キャメロット王宮に聖杯の幻が現れ、すぐに消えてしまいました。円卓の騎士たちは、そのあまりの美しさと麗しさに声も出ない有様です。そこでガウェイン卿は、円卓の騎士たち全員で聖杯の探索に乗り出すことを提案します。
アーサーは、その事業が長年にわたる過酷な試練であって、その過程で多くの騎士たちが命を失い、仲間たちの心の絆もバラバラになることを察知していました。しかし王は、破滅の予感を抱きながらも許可を下したのです。
結局、長年にわたる苦心惨憺の末、騎士ガラハッドが聖杯を手に入れることに成功するのですが、パーシヴァル卿をはじめ多くの騎士たちが二度と宮廷に帰ってきませんでした。事態は、アーサーの予想通りになってしまったのです。
これが、円卓の崩壊の序章でした。
私がこのエピソードに違和感を覚えたのは、こういうことです。
円卓の騎士たちは、いわばキャメロット王国の国防軍でしょう?それが一斉に聖杯を探しに行ってしまったなら、国防の仕事は誰が担うのでしょうか?また、アーサーが予感したように、この行為が王国の破滅に繋がると判断されるのであれば、彼は一国の責任者として騎士たちに聖杯探索を許すべきではありませんでした。
つまり、聖杯探索のエピソードは、唐突である上に不合理なのです。もちろん、宗教的には正しいんでしょうけど、信仰のために国家を危機に立たせるというのは、政治的にどうなんでしょうか?これではまるで、アーサーが暗君に見えてしまいます。
この奇妙なエピソードは、言うまでもなく『ブリタニア列王伝』にも『ブルート物語』にもありません。このエピソードを追加したのは、フランスを中心に勢力を伸ばしていたシトー修道会の修道士たちだと言われています。つまり、ローマカトリック教会の人々なのです。
その政治的背景には、かの「十字軍」がありました。
この当時、ローマカトリック教会は「聖地エルサレム奪還」を合言葉に、中東に十字軍を派遣していました。教会そのものには軍事力はありませんから、聖職者たちがヨーロッパ諸侯をそそのかして、彼らにボランティアで遠征をさせていたわけです。異国の地で精強なイスラム勢力と対決する諸侯にとって、これはまさに「信仰のために国防を疎かにする不合理な行為」であり、「破滅的な犠牲を覚悟する行動」に他なりません。ローマ教会とシトー修道会は、こういったことを正当化するために、アーサー王物語を利用したのでしょう。「お前らが大好きなアーサー王と円卓の騎士だって、信仰のために国を犠牲にしたのだ!お前らだって出来るはずだ!」と、言いたいわけ。
これに最も乗せられたのが、案の定、イギリスでした。獅子心王リチャードは、内政を犠牲にして中東に突撃し、ほとんど十字軍の活動だけでその生涯を終えましたよね。そして、残されたイギリスの国土は大きく荒廃し、後世の戦乱を招いてしまいました。リチャードは、いちおう英雄ってことになっていますけど、政治家としては無能ですね。彼は、先祖(?)のアーサー王を意識しすぎていたのでしょうか?
以上、「聖杯」のエピソードが唐突で、他から浮いた感じになっているのは、キリスト教会の露骨な政治的野心の賜物なのだと思います。
教会は、他にもいろいろ仕掛けています。
シトー修道会は基本的に「男尊女卑」ですから、彼らが挿入したエピソードには女性の悪徳を強調する内容が多いのです。たとえば、魔女モルガナ(アーサーの異父姉)は、物語の中で天使のように善良だったり悪魔のように邪悪だったりと個性が統一されていないのですが、ケルト神話の中で善良な存在だった彼女を悪魔に変えるエピソードを挿入したのは、やはり修道会の聖職者であったようです。そういえば、湖の姫ヴィヴィアンも、善になったり悪になったりしますよね。アーサーに魔剣エクスカリバーを託したかと思えば、マーリンを誘惑して幽閉しちゃう。まあ、個性が矛盾しているほうが、神秘的な感じが出て良いとも言えますが。
また、なにしろ教会ですから「道徳」にすごく拘ります。たとえば、聖杯探索には多くの騎士が携わるのに、なかなか成功しません。円卓の騎士ナンバーワンのランスロット卿でさえ、何度もニアミスするけど、聖杯にどうしても手が届きません。それは、「彼が王妃と不倫していて不道徳だから」と説明されるのです。結局、聖杯に手が届いたのは、若くて純情な(童貞の)ガラハッド卿ただ一人でした。そのガラハッドも、聖杯を手にした直後に「役目は終わった」とばかりに天に召されてしまいます。
バカバカしいけど、「童貞くんが信仰のためだけに人生を生きる」というのが、当時の教会の聖職者たちがヨーロッパの俗人に望んだ世界なのでしょう。すごく無味乾燥で詰まらない世界ですけどねえ(笑)。
アーサー王物語が魅力的なのは、物語の原点がケルト民族の多神教世界にあったために、教会の退屈極まりない偏狭な価値観の介入を最小限に留められたからだと思います。もしもシトー修道会の聖職者たちが、オリジナルのアーサー王物語を作ったとしたら、魔法も巨人もドラゴンも恋愛も不倫も出てこない、退屈でどうしようもない作品になっていたかもしれませんね。
8.アーサー王の死
吟遊詩人たちによって様々にアレンジされ、さらには異国の宮廷や修道会の物語を吸収して充実して行くアーサー王の世界。
それを集大成したのが、15世紀のトーマス・マロリー卿です。
不朽の名編、『アーサー王の死(Morte d’ Arthur)』が、ついに姿を見せたのです(1470年)!
ちょうど同じころ、東洋では羅貫中が『三国志演義』を集大成していました。洋の東西で同時期に同じ様な文化活動が行われていたのは奇妙にも思えますが、文明や民度の進捗度は全人類でだいたい共通なのかもしれませんね。
さて、『アーサー王の死』が見事なのは、このタイトルから分かるように、キャメロット王国の悲劇的な最期を描くことに力点が置かれているからです。つまり、起承転結の「結」の部分に力点があり、「起承転」はあくまでも「結」を感動的に描くための装置に過ぎないのでした。
実は、後世に残る偉大な文学は、みな「結」が魅力的なのです。たとえば『宇宙戦艦ヤマト』と『機動戦士ガンダム』が名作なのは(文学じゃないけど)、ラストシーンが良く出来ているからです。私は、これらの作品は、続編を作るべきではなかったと思っています。
では、『三国志演義』はどうなんでしょうか?実は私は、この作品を『アーサー王の死』より低レベルだと思っています。なぜなら、ラストが綺麗に締まってないから。っていうより、後半は明らかに息切れしていますよね。
『アーサー王の死』の場合は、ラストに行くほど伏線が生きてきて、エキサイティングな展開になります。だからこそ、21世紀に至るまで多くの人々に愛される名編になっているのでしょう。
では、マロリー版のアーサー王のあらすじを、私の拙い文章ですけどご賞味ください。もちろん、「もう知っているよ!」という人は、読み飛ばしてくださいね。
1)アーサー王の即位
ウーサー・ペンドラゴン王が後継者を残さずに崩御した後、蛮族の侵略にさらされるイギリス全土は大混乱に陥った。
対策を練るために魔法使いマーリンが招集した野外会議に、国中から多くの騎士たちが集まったが、その場にあったのはマーリンの姿ではなく、一本の剣が突き立った大きな岩であった。その岩には、「この剣を抜いたものが王となる」と書かれてある。屈強な騎士たちは、次々に岩から剣を引き抜こうとしたが、どうしてもダメであった。どうやら、神の恩寵が必要らしい。やがて、馬上試合の勝者が剣を引き抜く権利を得る段取りとなり、岩に突き立つ剣の前で騎士たちの全国トーナメントが行われた。
かつてウーサー王に仕えた騎士エクトルも、息子ケイを連れてトーナメントに参加した。このとき、剣を宿舎に忘れてきたケイは、従僕のアーサーに取って来るよう命じた。アーサー少年は宿舎で剣を見つけられず、あちこちを訪ね歩いた挙句、それと知らずに岩に突き立った剣を抜いてしまったのである。
実はアーサーは、ウーサー王とイグレーヌ(コーンウォール公の妻)の不倫によって生まれた庶子であった。後難を恐れたマーリンが密かに連れ去ってエクトル卿に預け、身分を隠して従者として育てたのである。
少年アーサーの王位を認めるか否かで、イギリスは分裂した。最初のうちは、アーサーに味方するのはマーリンやエクトル親子ら少数だったのだが、彼らはマーリンの魔法と知略の力で優勢に戦いを進めていった。やがて、アーサーの甥に当たるガウェイン卿と彼の勇猛な弟たちが援軍に駆けつけることで形勢は大きく傾き、ついにイギリス全土はアーサー王の下に統一されたのである。
やがてアーサーは、レオデグランス王の娘グィネビアを娶り、侵略してきた巨人族や蛮族たちを蹴散らして、アイルランドやアイスランドまで征服する。北欧諸国やローマ皇帝を打ち破り、ヨーロッパ全土に覇権を確立する。それからキャメロットに美麗な城を築き、マーリンの魔法の力で、城内に大勢の騎士が座れる円卓をしつらえた。
キャメロット王国はその後12年の間、理想の平和卿となったのである。
円卓の騎士たちは、ここに様々な大冒険を繰り広げていく。「ガウェイン卿と緑の騎士の冒険」、「トリスタンとイゾルテの悲恋の物語」、「野生少年パーシヴァルの騎士叙任を目指す大冒険」、「ランスロット卿の荷車に乗っての逆賊退治」、「ランスロットとシャルロットの姫君の可憐なロマンス」などなど。(どうです?どのエピソードも、タイトルだけで面白そうでしょう?)。
2)魔剣エクスカリバー
アーサー王の武器は、岩に突き立っていた名剣カリバーンであった。しかし、強敵ペリノア王との一騎打ちの際に、卑怯な振る舞いをしたことからこの剣は壊れてしまう。マーリンの助言を受けて、共に新たな剣を探しに出かけたアーサーは、湖から突き出た妖精(湖の姫)の手から、魔剣エクスカリバーを受け取ることに成功した。この後、王国の滅亡まで、エクスカリバーはアーサー王とともにあるのである。
(異なる写本によっては、アーサーの剣は最初からエクスカリバーであって、湖の姫はこれを補修してくれただけとなっています。映画『エクスカリバー』もこの解釈ですね)。
3)ランスロットとグィネビア
しかし、平和の中に悪い種子が育って行く。
円卓の騎士筆頭のランスロット卿は、フランスのブルターニュの王子だった人物だが、国が滅んだ際に、弟たちともども湖の妖精たちに助けられ育てられたため「湖のランスロット」と呼ばれるようになった美丈夫だった。
彼が、馬上試合でグィネビア王妃の紋様を用いて戦ったり、あるいは王妃にかけられた邪悪な陰謀を打破したことから、2人の仲は急激に親密となる。
かつて魔法使いマーリンは、こうなることを予見して、アーサーにグィネビアとの結婚を思いとどまるよう助言したのだが、恋におぼれるアーサーはそれを聞き入れずに結婚に踏み切ったという経緯があった。
ランスロットとグィネビアの関係は、様々な冒険の過程で冷却することもあったが(いわゆるツンデレですね(笑))、ある事件をきっかけに最後の一線を越えてしまう。
それからの2人は、罪の意識に脅かされながらも道ならぬ愛を育てていくのであった。
(世界最古で最高の不倫文学です!(笑))。
4)アーサーとモルガナ
アーサー王はあるとき、美しい女性モルガナと出会い、媚薬(魔法)の罠によってこの女性と同衾してしまう。しかしモルガナはアーサーの実母イグレーヌの娘であり、そしてガウェイン兄弟の母でもある魔女だった。身ごもったモルガナは、人知れず近親相姦の子モルドレッドを産み落とす。モルドレッドは、何食わぬ顔で円卓の騎士に入り込み、そして何も知らぬ父王アーサーを追い落として自分が王位を得るチャンスを狙うのだった。
(これって、ギリシャ神話『オイディプス王』のパクりですね)。
5)マーリンの幽閉
偉大な予言者であり魔法使いであり軍師でもあるマーリンは、湖の姫ヴィヴィアンと老いらくの恋に落ちた。そして、彼女の罠にはまって「迷いの森」に幽閉されてしまうのである。マーリンは二度と人間界に戻れず、そしてアーサー王と円卓の騎士たちは、二度と彼の助けを借りることが出来なくなってしまった。
(この設定は重要です。マーリンが健在だと、最後の悲劇が描けなくなるから)。
6)聖杯の探索
騎士ガラハッドの登場によって、円卓の全ての席は埋まった。アーサー王は、これが王国の絶頂であることを悟る。後は凋落するだけだと。
やがて騎士たちは聖杯の探索に出かけ、その多くが戻って来なかった。
そして長年の平和の後、人々の心は弛緩し堕落し始めていた。
7)破局
いつしか、ランスロットとグィネビアの関係は公然の秘密となっていた。
アーサーとガウェインは、王国の平和を守るために「見てみぬ振り」をしていたのだが、邪悪なモルドレッドが不倫の現場に踏み込んで騒ぎたててしまったために、事は公になってしまう。
ランスロットは逸早く逃亡したのだが、逮捕された王妃は、当時の法によって火炙りの刑を宣告された(キリスト教世界では、こういうのって厳しいのです)。処刑の立会人となったのは、ガウェインの弟たちだった。彼らは、遺憾の意を顕すために、鎧を纏わず平服で処刑場に立った。しかし、ランスロットが王妃を救出するために軍勢を率いて乗り込んで来たため、混乱の中で非武装のガウェインの弟たちは成すすべもなく討たれてしまう。こうして、首尾よく王妃を救出したランスロットは、彼女とともにイギリス国内の居城「喜びの城」に逃げ込んだのであった。
しかし、弟たちを無惨に殺されたガウェインは、長年の友情を捨てて復讐の鬼と化し、アーサーともども出陣してランスロットに挑んだ。だが、篭城策を取るランスロットによって戦いは長期化した。その過程で、ランスロットがアーサーと一騎打ちして王を馬上から叩き落す局面があったが、彼はとどめを刺さずに去った。彼はまだ、アーサーに対する忠誠を失ってはいなかったのだ。
やがて、事態を心配したローマ法王庁の仲裁によって、1年間の休戦となった。ここにランスロットと一族郎党はフランスの領土に去り、グィネビアは修道院に入ることとなった。
しかし、復讐に燃えるガウェインの気持ちは収まらない。休戦期間の終了とともに、甥に唆されたアーサーは、大軍を率いてフランスに侵攻した。イギリスの留守は、摂政に任命されたモルドレッドが守る。
8)モルドレッドの反乱
アーサーの大軍はランスロットの居城を包囲するが、未だに忠誠心を失わないランスロットは、アーサー王と積極的に戦おうとしなかった。
そこでガウェインは、ランスロットに一騎打ちを申し込んだ。2人の対決で、この悲惨な戦争に蹴りをつけようというのだ。竜虎の激闘の後、勝者となったのはランスロットだった。しかし、彼はかつての親友にとどめを刺そうとせず、重傷を負ったガウェインはアーサーの本陣に運ばれる。ランスロットの厚情に触れたガウェインは、この戦争の大義を見失いつつあった。
そのとき、母国でモルドレッドが反乱を起こしたとの報が入った。彼は「アーサーが戦死した」との誤報をばら撒いて勢力を結集しているという。さらに彼はグィネビアを娶ろうと画策したのだが、王妃は修道院から脱出してロンドン塔に逃げ込んだという。
アーサーとランスロットの戦いはこうして休戦となった。
アーサーは全軍でドーバー海峡を渡り、海岸線で待ち伏せしていたモルドレッド軍と最初の対決となる。アーサー軍は苦戦の末に勝利したものの、負傷を推して奮戦したガウェインが 致命傷を負った。彼は、己の復讐心のためにキャメロット王国が崩壊することを激しく嘆き後悔しつつ息を引き取る。最愛の甥を失い、深く嘆き悲しむアーサー王であった。
しかし数日後、ガウェインは幽霊となってアーサーの夢枕に立った。「王よ、どうかモルドレッドといったん和睦してください。一月待てば、きっと義理堅いランスロットがフランスの援軍を率いて駆けつけてくれるでしょう。逆賊討伐は、ランスロットを待ってからにしてください。そうすれば、味方の勝利は間違いありません」。
アーサーは涙ながらに亡き甥の助言を聞き入れ、休戦の使者をモルドレッド陣営に派遣した。一方のモルドレッド側も、時間稼ぎをしたかったのでこの提案に乗った。ところが、休戦条約締結の席で、使節の一人が毒蛇を斬ろうと剣を抜いたことから誤解が生じ、和平策は破綻してしまったのである。
9)アーサー王の死
こうして、キリスト教世界最悪の戦いが開始された。
ストーンヘンジに近い平野で行われた決戦は「カムランの戦い」と呼ばれる。
アーサーとモルドレッドは死力を尽くして戦い、両軍は事実上全滅した。
敵味方の死体の山の中に立ち尽くしたアーサーは、彼方に憎きモルドレッドの姿を認めて槍を握る。ただ一人生き残った円卓の騎士ベデヴァールは、不吉なものを感じて王を止めようとしたが遅かった。モルドレッドに駆け寄ったアーサーは、槍で逆賊を刺し貫いたが、断末魔のモルドレッドの最後の一撃を頭に受けてしまったのである。
ベデヴァールに抱かれて戦場に横たわったアーサーは、彼に最後の命令を下した。魔剣エクスカリバーを、湖に投げ込むようにと。王の真意が分からぬベデヴァールは、何度となくためらうのだが、王に促されてついに剣を湖に投げ込んだ。すると、湖面から女性の手が伸びてきて、エクスカリバーをしっかりと握り、二度三度と振りながら水中に姿を消した。アーサーは、剣を湖の姫に返したのである。(世界文学史上、最も美しいシーンの一つですね!)。
湖から戻ってきたベデヴァールは、主の姿が見えなくなったので驚く。あちこち探し訪ねると、アーサーの体が9人の聖女によって海の彼方に小船で運ばれていくのを見た。アーサーは、黄泉の国アヴァロンでその体を休めることになったのである。(なぜか、聖女の先頭にいたのが魔女モルガナです。この人は、善玉なんだか悪玉なんだか?)。
そのとき、ランスロットの援軍がイギリスにやって来た。ガウェインの予見のとおり、義理堅い彼はアーサーを見捨てることは出来なかったのだ。しかし、一足遅かった。激しく後悔し悲しんだランスロットは、グィネビアと同様に修道院に入り、清貧な余生を過ごしたということである。
以上が、『アーサー王の死』の概要です。ラストに至る伏線とか、本当にうまく出来ているでしょう?また、恋愛の要素が多いのも特徴ですね。それだけでも、ほとんど男しか出てこないような(笑)『三国志演義』より上質だと感じるのでした。
9.さらなる飛躍
アーサー王物語は、現代でも激しく進化し続けています。
20世紀に入ると、『アーサー王の死』を現代的解釈で書き換えたT・H・ホワイトの『永遠の王』、ジャン・コクトーの戯曲『円卓の騎士』、マーク・トウェインがタイムスリップを盛り込んだ『アーサー王宮廷のヤンキー』などが上梓されて行きます。
映画の世界でも、ハリウッドの大作ミュージカル『キャメロット』や、ジョン・ブアマン監督の名作『エクスカリバー』、アントワン・フークワ監督が史実ベースのアーサーに挑んだ『キング・アーサー』などが目白押しです。ショーン・コネリーがアーサーを演じた映画もあったなあ。サム・ニールがマーリンを演じた作品もあったなあ。そうそう、テリー・ギリアム監督の『フィッシャー・キング』(漁夫の王)は、現代を舞台に聖杯探索を描いた異色映画でした。
アーサー王は、他の文学にも大きな影響を与えています。前述のように、『指輪物語』も『スター・ウォーズ』もかなりの影響を受けています。灰色(白)の魔法使いガンダルフやオビワン・ケノービ(旧3部作の方ね)は、どこからどう見てもマーリンのコピーでしょう。
『スター・ウォーズ』の新三部作も、かなりアーサー王してますよね。最後にジェダイ騎士団が滅びる所なんか、かなり円卓の騎士団の崩壊とシンクロしています。両方とも、予期せぬ内部の敵によって滅びてしまうわけだし。私が『スター・ウォーズ』好きなのは、アーサー王が好きだからなんだろうな。
『赤毛のアン』にも、アーサー王物語にちなんだエピソードがありますよね。空想好きのアンが、死んだ振りして小船に横たわって川下りをするのは、ランスロットに恋するシャルロットの姫君の真似をしたのでした。そのせいで溺れかけたけど 、彼氏に出会ったので結果オーライだった(笑)。
そうそう、最近ではスティーブン・キングの『暗黒の塔(The Dark Tower)』!主人公のガンスリンガー・ローランドが最後に対決する敵は、邪悪な魔法によって生まれた不義の息子「モルドレッド」という設定でした。この作品には、『指輪物語』の影響も多く入っていますけどね。
アーサー王物語は、これから先もずっと成長することでしょう。私が死んだ後も日本が滅亡した後も進化を続けることでしょう。
そう考えると、本当に楽しく嬉しい気持ちになるのです。
私も、いずれはアーサー王物語を再解釈して上梓したいと考えています。私はガウェイン卿が大好きなのですが、最近の創作物ではランスロットの引き立て役としてチョイ役に描かれることが多いので、これが不満なのです。ガウェインって、マロリー卿の作品では、ほとんど主役級の活躍なのにねえ。なんでマイナーになっちゃったんだろうか?
ともあれ、アーサー王物語を未読だった皆さんも、この拙文を契機にアーサー王の世界に興味を持って頂けたら幸いです。
また、私同様にアーサー王物語が好きだった皆さんは、さらに深くこの作品の魅力に嵌ってもらえたなら望外の喜びです。
終わり
[主な参考文献]
図説アーサー王の世界 デビッド・デイ著 原書房
アーサー王伝説 アンヌ・ベルトゥロ著 創元社
新訳アーサー王物語 トマス・ブルフィンチ著 角川文庫