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映画評論

映画評論 PART9

神聖ローマ運命の日~オスマン帝国の進撃   11 settembre 1683

制作:イタリア、ポーランド

制作年度:2012年

監督:レンツオ・マルチネリ

 

(あらすじ)

 時に1683年、平和と惰眠を貪る中欧を、オスマン帝国の脅威が襲う。

 野心家の大宰相カラ・ムスタファ(エンリコ・ロー・ベルソ)に率いられた30万の大軍が、ヨーロッパ征服の手始めとして、神聖ローマ帝国の首都ウイーンを包囲したのだ。

 絶体絶命のハプスブルク家を救援すべく、イタリアの修道士マルコ(マーレイ・エイブラハム)とポーランド国王ソビエツキ(イエジー・ソクリモフスキ)が立ち上がる。

 

(解説)

 「有楽町スバル座」で観た。いわゆる「第2次ウイーン包囲」の映画化作品である。

 長くて物々しい日本語タイトルには、思わず笑ってしまった。

 このテーマって、映画化には格好の素材なのに、なぜか今までされていなかった。それはおそらく、アメリカ資本が興味を持たなかったためだろう。ヨーロッパ人にとっての「第2次ウイーン包囲」は、歴史の転機とも言える極めて重要な事件なのだが、アメリカ人にとってはどうでも良い話だろうからね。

 案の定、この映画はイタリア、ポーランド合作である。やっぱり予算不足で、当然のように合作映画の欠点が随所に出まくっていた。すなわち、全体的にチャチだった上に、そもそも脚本がちゃんと錬り込まれていないのである。話はあちこちに飛んで纏まらないし、伏線はちゃんと回収できないし、モブ(群衆)はやけに少ないし、CGは安っぽいしで、ほとんど『NHK大河ドラマ』か、それ以下のレベルであった(失笑)。

 普通に考えるなら、駄作ないし失敗作と評すべき映画であろう。

 でも、なぜか嫌いになれない映画だった。

 その理由はまず、悪役カラ・ムスタファを演じたイタリア人俳優ロー・ベルソの熱演にあるだろう。「イスラムの大義を、ヨーロッパ全土に広めるぞ!」「ウイーンの次は、パリに三日月の旗を立てるぞ!」などと、中二病丸出しの絶叫をしつつも(笑)、妻子をこよなく愛するイケメンキャラ。最期は、敗戦の責任を取らされて雪の中で処刑されるのだが、その死に様も絵になっていた。

 逆に、この人の存在があまりにも強烈過ぎて、主人公であるはずの修道士マルコやソビエツキ国王の個性が完全に消されていたのが残念。っていうか、マルコって、出番が多い割に、何の役に立ったのか最後までよく分からなかった。

 この映画の製作スタッフは、あくまでもキリスト教徒側に立ってこの物語を作っているのだから、イスラム教徒の悪役の方が魅力的に見えちゃったのは演出の失敗に違いない。でも、結果的にそこが面白かったのが皮肉である。たとえるなら、『ガンダム』で、主人公のアムロより悪役のシャアの方が魅力的に描けてしまったけれど、かえってそこが良かったのに似ているかもしれない。もっとも、『ガンダム』は作品自体の出来が良いのだから、同列には比較できないわけだが(苦笑)。

 それ以外の諸点についても、「惜しい」と感じられる箇所が随所にあった。

 映画の中で描かれた戦闘シーンは、非常に個性的だった。両軍ともいちおう、銃や大砲を用いて戦うのだが、接近戦になると、原始的な騎馬隊や、サーベルを振り回す歩兵の方が遥かに強かったりする。その理由は、17世紀ではライフル(筒内旋条)の技術が未熟であったので、銃砲の射程距離や命中率が極めて低かったためである。つまり、この時代は刀槍から銃砲への過渡期にあったわけで、その様相を映画の中で見られたのは楽しかった。

 また、オスマンのイエニチェリ軍団や韃靼(クリミア汗国)の騎馬軍団のコスプレも、なかなか他の映画では見られない絵なので楽しかった。

 この映画のクライマックスはもちろん、ウイーンの森の北部カレンベルク丘からのポーランド騎兵の突撃だったのだが、残念ながら予算不足のせいか、期待を遥かに下回る酷い出来に仕上がっていた。

 史実の第2次ウイーン包囲戦での最終局面の戦況は、実は、映画『ロード・オブ・ザ・リング~王の帰還』で描かれたペレンノールの決戦に瓜二つである。「サウロン軍=オスマン軍」、「ゴンドール軍=神聖ローマ軍(オーストリア軍)」、「ローハン騎馬軍団=ポーランド騎馬軍団」と考えれば分かりやすいだろう。『指輪物語』の作者トールキンは、明らかに第2次ウイーン包囲の史実を参考にして、あの戦いを書いたのだ。

 だが、ハリウッドのCG全開のファンタジー映画の方が、ありとあらゆる意味で本家の史実映画を上回っていたのが残念である。『神聖ローマ』の観客は、どうしても『ロード・オブ』と比較して、がっかりしてしまうだろうな。

 以上、『神聖ローマ運命の日』は、文句をつけようと思えば、いくらでもケチを付けられるショボい映画である。しかし、粗削りな失敗演出や予算不足を含めて、何か「新しいこと」を試みた覇気は大いに賞賛に値する。

 少なくとも、マーケティングリサーチで観客の心のツボを完璧に押さえたスマートなメジャー映画(ディズニー系とか)よりは、私はこっちのグダグダな手作り感の方が遥かに好きである。

 たまには、こういう映画があっても良い。

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