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映画評論

映画評論PART11

この世界の片隅に

 

制作:日本

制作年度:2016

監督:片渕須直

 

(あらすじ)

 第二次大戦期の広島県呉市を舞台に、たくましく生き抜いた一人の女性とその家族の生活が活写される。

 

(解説)

 2016年は日本映画の当たり年と言われており、特にアニメ映画を中心に、傑作が目白押しだった。その中でも白眉と思われるのが、『この世界の片隅に』。

 私が感心したのは、主人公である北條すずを徹底的に魅力的に描く演出技法である。最近のアニメや漫画は、主人公の魅力をわざと薄く描いて、むしろその周囲に魅力的な脇役を多く配することで物語を進めるものが多い。そういう構造の物語に食傷気味だった私は、久しぶりの正攻法の物語に大いに感動したのである。『この世界の片隅に』は、主人公すずの魅力をしっかりと造形することに成功していて、その魅力ゆえに、ややもすれば地味に成りがちな物語を最後まで引っ張るパワーが生まれているのだ。

 ただし、物語の中で描かれる歴史描写には、深刻な疑問を抱かざるを得なかった。戦争末期の日本が、本当にあんなに牧歌的だったのだろうか?

 空襲や原爆が、台風襲来のように描かれている。爆撃による死が、交通事故のような描き方になっている。小さな子供は、港に浮かぶ日本海軍の軍艦の名前をすらすら言えるし、戦艦や空母といった最重要機密の主力艦が、惜しみなく呉市民の前にその姿をさらす。その軍艦の姿をうっかり(笑)写生した主人公は、憲兵に捕まるものの、自宅庭先での軽いお説教だけで無罪放免になる。

 こんな甘くて緩い軍国主義国家なら、アメリカに負けて当然である。防諜という概念が、ほとんど存在しない世界だから(笑)。しかし、実際の軍国日本が、こんな甘い社会ではなかったことは、様々な一級資料によって証明されているはずだ。そこに強烈な違和感を抱いた私は、劇の途中から物語にまったく感情移入できなくなった。

 歴史的リアリティの完全な欠落。どうして、こんな酷いことになったのだろうか?

 『日本のいちばん長い日』の項でも書いたことだが、最近の日本人は、70年間の平和ボケのせいで戦争と自然災害の区別がつかなくなってしまった。いちおう説明すると、戦争と自然災害の共通点は、大量破壊と大量死が起きること。相違点は、大量破壊と大量死をもたらした下手人が、人間か自然かだ。そして最近の日本映画は、この共通点だけ描いて、相違点をオミットする傾向が強いのである。

 戦争は、徹頭徹尾人間の意志によって行われる行為であるのだから、そこには深刻な悪意と敵意が横たわっているはず。そこは、きちんと描かなければならない。ところが、最近の日本映画は、そういった感情を描こうとしないのである。案の定、『この世界の片隅に』も、アメリカ軍やアメリカ人に対する悪意や敵意をほとんど描こうとしていない。

 たとえば、愛する娘をアメリカ軍の爆撃で失った径子が、同伴していて重傷を負ったすずを、監督不行き届きで怒鳴る場面。だが、ここで径子が怒りを向けるべき対象はアメリカ軍だろう。晴美ちゃんは、アメリカ人が仕掛けた卑怯な時限信管によって殺されたのだから。もっとも、これが台風や地震なら、相手は自然だから怒りようがないので、同伴者に八つ当たりする感情表現にも納得できるのだが。こういうシーンを見ると、「この映画の製作者は戦争と自然災害の区別がついていないんだなあ」と痛感するのだ。

  この映画の製作者は、おそらく太平洋戦争の相手を、人間ではなく自然だと考えている。だから、防諜という概念が当時の社会に存在していたことを忘れているのだろう(自然相手に防諜しても無意味だから)。また、この時代の日本人の多くが、アメリカをはじめとする敵国や国民を深く憎んでいて、国家や地域社会から憎むように仕向けられ洗脳されていたことを忘れているのだろう。

 そういうのを描きたくないという気持ちは分からなくもないが、それは歴史ものとしては最低の堕落である。それだったら、最初から東日本大震災などを舞台にした災害の物語にするべきだったのだ。

 また、すずが終戦放送を聞いて「暴力に屈するものかえ!」と号泣する場面には、別の意味で違和感を覚えた。これまであの戦争を自然災害のように描いていたくせに、この場面だけ、人為的行為であったとの認識が示されている。脚本作成時に、スタッフ間で認識の相違や混乱があったのだろうか?

 ともあれ、こういった映画が大絶賛されるということは、もはや日本人の大多数が平和ボケの末期症状になっていて、本能のレベルで戦争と自然災害の区別がつかなくなっているのだろうね。戦争に巻き込まれても、きっと天を仰いで泣くだけなのだろうな。まあ、それはそれで良いことなのかもしれない。素直に黙って殺される方が、反撃して外国人を傷つけるよりマシだという見解もあるだろう。

 もっとも、この映画は人情物語としては良く出来ているので、私のような過剰な歴史マニア視点からでなければ、大傑作という評価になるのだろうね。良く分からないけど。

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