歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ

映画評論

映画評論PART12

スターリンの葬送狂騒曲  The Death of Stalin

制作:イギリス、フランス

制作年度:2017年

監督:アーマンド・イヌアッチ

 

(あらすじ)

  1953年、ソ連の凶悪なる独裁者ヨシフ・スターリンは、執務中に発作で倒れた。駆け付けた高官たちは、党綱領にこういった場合の対処法の記載がないので、呆然と見つめ合うだけで救護をまともに行えない。

 やがて死去したスターリンの後釜をめぐり、高官たちは熾烈な暗闘を開始した。後継者争いの行方は、フルシチョフ(スティーブ・プシェミ)とベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)の一騎打ちに収れんされる。激しい駆け引きの末、ついに党綱領を手にしたフルシチョフは、ベリヤを問答無用に断罪して射殺。その死体を、その場で焼却するのだった。

 小心者の官僚だったはずのフルシチョフが、凶悪な独裁者に変貌した瞬間を目撃したスターリンの娘スヴェトラーナは、「まさか、あなたが」と慄き絶句するのであった。

 

(解説)

 新宿武蔵野館で観た。

 ジャンル的にはブラックコメディである。登場人物は、程度の差はあれみんな、漫画的に誇張された姿で登場する。たとえば、ジューコフ元帥は、勲章を胸にジャラジャラ言わせつつ、すぐに気に食わない相手をぶん殴る(笑)。ベリヤ長官は、ルビヤンカ(秘密警察本部)に、毎晩のように幼い少女を連行して、いけないことをする(笑)。

 その中で最も個性が薄いのが、主人公(?)のニキタ・フルシチョフだ。彼は、高官の中で最も地位が低く気が弱く、スターリンを笑わせるためのジョークを考えることのみに心身をすり減らして、ノイローゼになるようなダメ人間として登場する。このような人物が、最後は凶悪な独裁者としてソ連に君臨するのだ。演じたスティーブ・プシェミは、容姿はまったく本人に似ていないものの(笑)、その独特の怪演の技量を見事に発揮していた。

 この映画は、ブラックコメディの形を取りつつ、それゆえに分かりやすく、ソビエト連邦という奇妙な国家の本質を抽出している。

 神や民主主義を否定する、この不自然な人造国家は、統治の根拠を一党独裁の「共産党」に置く。具体的には、共産党の「党綱領」が権力の源泉である。そして、この党綱領自体は単なる文書なのだから、これを掌握した者が、恣意的に運用してやりたい放題に出来るのだ。それは、ジョージ・オーウェルが、『動物農場』の中で活写した通りである。

 実は、スターリンも、党綱領を握っていたからこそ、「大粛清」のような無茶苦茶を行えたのだ。この国では、党綱領を握ったものが神に成れるのだ。

 遺されたソ連高官たちが、最初のうちはその事実に気付かずにマゴマゴしているのがリアルである。そして、気づいた者から順番に、猛ダッシュで党綱領を取りに突っ走る。様々な偶然や強運を頼りにしつつ、辛うじてこれを手に入れた瞬間、フルシチョフがベリヤを抹殺するのが恐ろしい。気の弱い彼は、この機会を逃したら二度と権力を握れない(それどころか自分が殺される)ことを正しく認識したのだ。この映画は、だから単なるブラックコメディではない。正統派の政治劇でもある。

 この映画の製作者は、一党独裁の恐ろしさ(党綱領を握った個人が神に成れる)を、こういった形で表現して見せた。そして、この恐怖は過去の話ではない。中華人民共和国、北朝鮮、ベトナム、そしてキューバなどは、未だにこの原理を受け継いで動いている国家であることに留意すべきである。我々は、これらの国と付き合う際には、常に『動物農場』や『スターリンの葬送狂騒曲』を頭の片隅に置いて緊張しておくべきだろう。

 逆に、今のロシアは、この原理から解放されているので、むしろ付き合いやすくなったような気もするぞ(本当かな?)。

ページ上部へ