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映画評論

映画評論 PART2

ウインドトーカーズ Windtalkers

制作;アメリカ

制作年度;2001年

監督;ジョン・ウー

 

(1)あらすじ

 舞台は、1944年の太平洋戦線。アメリカ軍は、ナバホ族の言語を前線で暗号化することで情報戦の優位に立っていた。

暗号通信兵(コードトーカーズ)として前線に出動したナバホ族ヤージー(アダム・ビーチ)を護衛するのはエンダース伍長(ニコラス・ケイジ)だ。しかし、エンダースは上官から、暗号が敵手に落ちそうな時は、機密保持のために暗号通信兵を殺害せよとの極秘命令を受けていた。

 そのためエンダースは、ヤージーから距離を置こうと努力するのだが、そんな二人の間にいつしか友情が芽生えて行く。

 やがて、サイパン島の戦いが始まった。ナバホの暗号のお陰で戦局を優位に進めるアメリカ軍は、日本軍を島の北端へと追い詰めて行った。

 しかし、最後の奮闘を見せる日本軍の前に、エンダースの属する偵察部隊は壊滅の危機に瀕する。エンダースは、自らを犠牲にしてヤージーを守ることで、戦局を逆転させるのだった。

 

(2)解説

 バイオレンスの名匠と言われるジョン・ウー監督が、初めて挑戦した戦争大作である。この映画では、ウー監督お約束の白い鳩が、クライマックスで飛ばないのが印象的だ。新境地ってところだろうか。

 だが、戦争映画としての構造は、別にどうってことはない。主人公の部隊が苦戦しながらも前進し、その過程で仲間同士の友情が深まるという、典型的なパターンである。ドラマを盛り上げる都合上、例によって例のごとく敵軍(日本軍)の実力が過大評価されている。ハリウッド映画のお得意のワンパターン作劇術だ。

 しかし、私が興味を惹かれたのは、アメリカ軍兵士の描き方である。エンダース伍長の部隊は、ほとんどが移民によって構成されている。エンダースはイタリア系だし、オランダ系やギリシャ系、アイリッシュ、もちろん黒人がいる。そして、ヤージーはナバホ族だ。彼らは必ずしも仲が良いわけではなく、むしろ互いに差別意識を持っている。劇中で、ヤージーたちナバホが「肌が黄色いから」という理由で仲間に虐められる場面が印象的だ。

 しかし、彼らは星条旗があがるとピシっと敬礼し、団結して喜んで危険な任務に就くのである。ヤージーは「自分だって立派なアメリカ人なんだ!」と叫びつつ奮戦するのである。

 こうした描写の中に、寄り合い所帯の異民族集団であるアメリカ社会の奇妙な特徴が、実に上手に表現されていると感じた。これは、ウー監督自身が中国系の移民なので、第三者的な視点からアメリカ社会を風刺できたのだろう。そういう意味で、なかなか一風変わった面白い戦争映画だと思う。

 ハリウッド映画の強さは、アメリカ社会自体が移民の寄り合いであるため、外部の新風を喜んで受け入れて自由に創作させる土壌にある。これは、未だに島国根性から脱却できずに閉鎖的な創作を繰り返す日本社会が、ぜひとも見習うべき点であろう。

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