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映画評論

映画評論 PART3

厳重に監視された列車 OSTRE SLEDOVANE VLAKY

制作;チェコスロヴァキア

制作年度;1968年

監督;イジー・メンチェル

 

(あらすじ)

 舞台は、ナチスドイツ占領下のチェコの田舎町。

 主人公は、学校を卒業して田舎の駅員として働き始めたミロシュ青年(ヴァーツラフ・ネッカージ)である。彼は、未だに童貞であった。そのことが恥ずかしい彼は、早く初体験をしたくて仕方ない。いちおうガールフレンドはいるのだが、緊張しすぎてうまく出来ない。彼は、駅長の奥さん(お婆さんだが)に初体験の相手を頼むなど、初エッチのためならなりふり構わない態度である。

 そんな彼に、パルチザン(ナチスに対する抵抗運動家)が接近する。実は、同僚の好色な先輩駅員が、パルチザンの一員だったのだ。彼らは、この駅を通る予定のナチスの補給列車を爆破する計画を立てていた。いつしかミロシュもこの計画に巻き込まれていくのだが、そんな中、先輩に紹介されたパルチザンの女性連絡員によって、ようやく童貞を喪失することが出来た。

 男として自信がついたミロシュは、自らが先兵となってのナチス攻撃を志願する。ガールフレンドと「今夜こそ」と固く約束した彼は、胸を張ってナチスの列車に爆弾を投げ込んだ。しかし、爆発の寸前、ドイツ兵に発見されて射殺されてしまう。

 ナチスの列車は、粉々になって吹き飛んだ。パルチザンは、狂喜乱舞の大喜び。関係ない人たちは驚き慌てて狼狽する。・・・しかし、誰も青年の死を知らないのだった。

 

(解説)

 筆者は、チェコ映画が大好きなので(映画に限らず、チェコのものは全て好きだが)、このコラムも、ついついチェコが中心になってしまう。この映画は、恵比寿ガーデンプレースでやっていた「チェコ映画祭2005」で見た。制作された1968年は、まさに「プラハの春」の年。あのムーブメントがどのようなものだったのか、おぼろげながら感じ取れる作品である。

 この映画は、良くも悪くも「典型的なチェコ映画」だと感じた。艶笑コメディと重い政治ドラマが密接に絡まって不可分の一体となっている。そして私は、このテイストが大好きなのである。

 登場人物のほとんどが「性的な人間」で、セックスのことばかり考えている。主人公の青年が、まさにそのとおりの人物像である。しかし彼は「ナチスの列車に爆弾を投げるぞ」と同僚に誘われると、「いいですね」と間髪入れずに気軽に応え、結局はそのために命を落としてしまう。セックスと政治の間に境界線が無いところが、日本の感覚と違っていかにもチェコ風味である。

 これは、「若者」の本質を鋭くえぐった映画でもある。ミロシュは、成長への欲求に飢えている。そのために、セックスにも政治にも貪欲である。その貪欲さは、成長を招く原動力であると同時に破滅の罠でもある。こうして、若者は成長し、 同時に死を迎えるのだ。

 権力者に騙されて戦場に向かう若者、そして自爆テロを繰り返すイスラム原理主義の若者。愚かではあるけれど、どこか儚く美しい。その本質を見事に切り取った映画だと感じた。

 こういう技法で「本質」を描いた映画は、今のハリウッドや日本映画では見たことがない。どれもこれも、白々しく嘘臭い「作り事」でしかない。寂しい話である。

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