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映画評論

映画評論 PART3

J・S・A 共同警備区域J・S・A

制作;韓国

制作年度;1998年

監督;パク・チャヌク

 

(あらすじ)

 朝鮮戦争の休戦以降、38度線は国際管理地域とされ、南北両軍の兵士が国連の管理下で警備についていた。

 そんなある日、北朝鮮側の歩哨所で殺人事件が起きる。北朝鮮人民軍のチェ・マンス上尉とチョン・ウジン戦士(シン・ハギョン)が拳銃で惨殺され、オ・ギョンピル中士(ソン・ガンホ)が重症を負った。下手人は分かっていた。韓国のイ・スヒョク兵長(イ・ビョンホン)である。

 韓国の軍病院に収容されたスヒョク兵長は、歩哨中に北朝鮮に拉致されたものの、哨兵を倒して脱出を果たしたのだと主張していた。

 しかし、北朝鮮側の証言はまったく違った。彼らは、スヒョクの奇襲攻撃を受けて、一方的に兵を殺されたというのだ。

 下手にこじらせると戦争になる。

 真相究明のために、共同警備区域を訪れたスイス国籍の国連将校ソフィー・チャン少佐(イ・ヨンエ)は、死体に残された銃弾と、拳銃から発射された銃弾の数が一致しないことから、スヒョク兵長の偽証に気づく。彼女は、スヒョクの同僚であったナム・ソンシク一等兵(キム・テウ)が現場に居合わせたことを暴くのだが、「秘密」を当局に知られることを恐れたソンシクは、投身自殺をしてしまった。

 実は、スヒョクとソンシクは、ふとしたことから北側の哨兵オ・ギョンピルとチョン・ウジンと親しくなっていたのである。互いに「アニキ」などと呼び合う彼らは、国境を越えて子供のように楽しく遊んだり物資をやり取りしていたのだった。しかし、これは重大な任務違反であり、国家反逆罪に抵触する行為だったから、彼らは決してこの友情を公に出来なかったのである。

 北側の上官であるチェ・マンスが歩哨所に踏み込んだことから、彼らの友情は終わりを告げた。その場に居合わせたスヒョクとソンシクは、半狂乱になってチェ・マンスもろとも親友のウジンを撃つ。そしてギョンピルは、弟のように思う彼らを逃がすため、上司に止めを刺して自らも重傷を負ったのだった。

 ソフィーは、事を大げさにしたくない上層部の妨害を撥ね退けながら、真相を暴いていく。その結果、親友を自らの手で射殺したことによる良心の呵責に耐えかねたスヒョクも、ソンシクの後を追うように拳銃自殺してしまうのだった。

 

(解説)

 南北分断の悲劇を描いた傑作である。

 夜のしじまを破る銃声から物語が始まる。あたかも「藪の中」のように錯綜する証言が飛び出す中、主人公ソフィーは卓抜な推理力と人間洞察力で真相を暴いていく。こうして到達した真相は、あまりにも「哀しい」ものであり、暴いたソフィーも関係者たちも決して幸せにはならない。そう考えるなら、「J.S.A」も一種の「不条理劇」だと言えようか。

 南北分断の悲劇は、同じ言語を共有する同じ文化圏に住む人々が、政治やイデオロギーの勝手な都合によって2つの国家に引き裂かれ、しかも現在に至るまで戦争状態にある事である。こうした異常な本質を語る上で、「南北両軍兵士の秘密の友情」は、実に格好の題材だったと思う。友情を育むことが国家反逆罪となる状況の異常さは、下手な反戦映画より遥かに「不条理劇」としての説得力を持っていた。

 ただ、「惜しい」と感じる点は多々あった。それは、登場人物の心理描写が、深いところまで掘り下げられていなかったことに起因する。

 原作小説では、ラストの悲劇は、たまたま南北の軍事的な緊張が高まったため、友人同士の深層意識の中に疑心暗鬼が生まれたことが原因であった。つまり、銃撃戦を行う以前から、すでに彼らの深層心理の中に殺意があったのである。しかし、映画ではこの書き込みが中途半端だった。それどころか、チョン・ウジン戦士の誕生日をお祝いして友情が最高潮に高まった時点で悲劇が起きたことになっていたので、少し不自然に感じた。どうして、スヒョクとソンシクが 、半狂乱になって銃をウジンに向けて撃ちまくったのかが説明不足なのである。

 また、主人公ソフィーの心理描写が中途半端だった。どうして彼女は、スイス軍上官や韓国軍将軍の制止や妨害を振り切ってまでして、真相究明に没頭したのだろうか?彼女の この行為によって、ナム・ソンシクもイ・スヒョクも自殺してしまう。のみならず、この行為とその結果は、恐らくは彼女のキャリアにとっても大きな失点となったはずである。

 原作小説では、主人公(男性である)自身のルーツ探しがストーリーに微妙にからみ、これが真相究明への重要な動機になるのである。しかし、映画ではこの部分の描写が薄っぺらだったために、ソフィーの行為の理由が良く分からない。むしろ、ソンシクとスヒョクを無情にも自殺に追い込むことによって、ソフィーが「頭が良いことを鼻にかけるだけの、冷酷でエゴイスティックな嫌な女」にしか見えなかった。私は、彼女を演じたイ・ヨンエのファンなので、これをとても残念に感じた。

 以上のような問題点はあるけれど、「J.S.A」は一見の価値がある優れた映画だと思う。もう少し人間描写がちゃんとしていれば、超一流の名画になれただろうに。

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