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映画評論

映画評論 PART4

ラストサムライ The Last Samurai

制作; アメリカ、日本

制作年度; 2003年

 監督; エドワード・ズゥイック

 

(1)あらすじ

  南北戦争の英雄ネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)は、インディアン虐殺に心を蝕まれ、酒びたりの日々を送っていた。そんな彼に、日本の軍制を近代化するという仕事がやって来る。莫大な謝礼に惹かれた彼は、海を渡った。

  明治維新直後の日本は、近代化(欧化)を推進する勢力と、伝統的な武士道を墨守しようとする勢力とに引き裂かれていた。保守派の首魁・勝元(渡辺謙)が鉄道を襲ったと聞いたネイサンは、訓練未了の近代軍を連れて討伐に向かうが、あえなく敵の捕虜となってしまう。

  しかし、勝元の村で伝統的な日本文化や信仰に触れたネイサンは、次第に「武士道」に惹かれるようになり、勝元やその片腕・氏尾(真田広之)、村の女性たか(小雪)と友愛を深めて行った。

  明治政府と勝元の和平は不調に終わり、勝元はついに全軍を率いて最終決戦に臨んだ。ネイサンも、勝元と共に戦う。しかし皮肉なことに、反乱軍を鎮圧したのはネイサンが鍛えた近代軍であった。ネイサンは、敗将となった勝元の介錯を行い、そしてただ一人の生存者となる。

  ネイサンは明治天皇(中村七之助)に、大切な日本独自の文化を守るように訴えた。明治天皇は、ついに強欲な外国の武器商人の要求に向かって「No」を突きつけるのだった。

 

(2)解説

  「武士道ブーム」の火付け役となった一本。トム・クルーズが日本文化をリスペクトするこの映画は、日本全国に感動と興奮を巻き起こした。

  この作品は、日本文化が本来持つ美しさを、アメリカ人の視点から称揚すると同時に、独自の文化を捨てて安易に欧米化する日本の現状に警鐘を発している。

  私は、会計士の仕事をして行く上で、安易にアメリカの制度の猿真似をするこの国の風潮に辟易している。訪れた方ならすぐに分かることだが、アメリカは日本とは随分と違う。社会の沿革や構造や成り立ちはもちろん、国民の物の見方、考え方も段違いである。こういった状況を考慮せずに、アメリカの仕組みをそのまま取り入れたって上手く行くわけがない。特定の既得権者に歪められて悪用されるか、死文と化すのが関の山である。リース会計も税効果会計も退職給付会計も、みんなそうなった。裁判員制度も日本版SOX(内部統制)も、きっとそうなることだろう。

  そういうわけなので、明治天皇が、ラストで外国人たちに「No」を告げる場面は心底から嬉しかった。本来は、こうあるべきである。

  どうして現実の日本人が「No」を言えないかというと、それは今の日本人にとって、唯一最強の「権威」がアメリカだからである。とりあえず会議の場で「アメリカがやっているから真似しよう」と言えば、水戸黄門に印籠を出されたみたいに話がすっきり纏まるのである。内容の可否なんて、どうでもいいのである。宗教に近い狂信なのである。

  日本人が、アメリカの映画人から「もっとNoを言うべきだ」と指摘されたのは、ある意味とても恥ずかしいことである。私は、映画を観て嬉しくなると同時に、非常な居心地の悪さも感じたのであった。

  ただ、この映画には問題点も多い。欧米人に、日本文化を誤解させかねないのだ。

  そもそも「武士道」の説明が薄っぺらである。素直に映画を観ると、「武士道=銃よりも刀を用いること」と、ただそれだけのように思えてしまう。たとえば、最後の戦いでの勝元軍は、南北朝時代の鎧を着て(笑)、刀を振りながら、鉄砲と大砲で重武装する新政府軍に突撃して全滅するのだが、武士道とは時代錯誤の行為をして死に急ぐことなのだろうか?映画を観る限り、残念ながらそうとしか思えない。

  念のために言うが、勝元軍のモデルとなった西南戦争の薩摩軍は、ちゃんと鉄砲で武装していた。白刃で切り込む場合もあったようだが、それは田原坂のように地形が険阻で銃が使いにくいとか、弾薬が尽きた場合に限られていた。そもそも、日本の武士は、戦国時代から鉄砲を用いて戦っていたのである。

  映画は、冒頭から「日本刀」に拘りすぎているようだ。日本刀と武士道を、同じものとして扱っている。つまり、ものすごく物質的で皮相的なのである。武士道の道徳面については、ほとんど何の説明もない。この映画の製作者は、実は、東洋思想についてあまり突っ込んだ勉強をしていないのだろう。

  意外に思う読者が多いだろうが、私が知る限り、ハリウッド製で最も東洋思想の本質を掘り下げて描いた映画は『スターウォーズ新3部作』である。これは、ジェダイ騎士団(東洋思想)とアナキン・スカイウォーカー(西洋思想)の対立を描いた映画である。ジョージ・ルーカス監督は、実に奥深くまで東洋思想を研究していると感じた。しかも、東洋思想を正義とし、西洋思想を悪と断じて非難しているのである。さすが ルーカスは、黒澤明フリークである。

  これに対して、残念ながら『ラストサムライ』は、何か東洋思想(武士道)を勘違いしている映画なのである。これは、トム・クルーズが入信している新興宗教サイエントロジーの影響だろうか?

  劇中の言語も、ほとんど英語が使われる。どうして、南北朝時代の鎧を着て日本刀を振り回す勝元(=欧米大嫌い!)が、英語ペラペラなのだろう?なんか、矛盾してないか?

  また、武装した忍者が大群で攻めて来る場面には違和感を覚えた。時代錯誤もいいところだ。

  それでも、日本文化が外国からリスペクトされるのは、嬉しいことに変わりない。

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