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映画評論

映画評論 PART4

ホテル・ルワンダ Hotel Rwanda

制作;  南アフリカ、イギリス、イタリア

制作年度;2004年

監督;  テリー・ジョージ

 

(1)あらすじ

  1994年4月、ルワンダではフツ族とツチ族の長い争いがようやく終結しようとしていた。支配民族であるフツ族の大統領は、ツチ族と3年間の和平協定を結ぼうとしていた。

  そんな中、首都キガリの「ミル・コリン・ホテル」は、ベルギー系の優良ホテルとして、多くの外国人や政府関係者で賑わっている。総支配人ポール・ルセサバギナ(ドン・チードル)は、有能なホテルマンとして幸せな日々を送っていた。

  しかし、大統領が暗殺されたことで和平は崩壊。フツ族の民兵は、ツチ族を「裏切り者」と呼んで大殺戮を開始した(実際には、フツ族の過激派による暗殺だったらしいが)。ポールは、彼自身はフツ族であったのだが、最初はツチ族である妻を守るため、やがては迫害される多くの人々を救うために、自分のホテルに多くの避難民を受け入れる。

  彼は、ホテルマンとしての才覚とコネを用いて、なんとか避難民の安全を確保するのだが、応援に来てくれた外国の軍隊は、自国民を救出してさっさと撤退してしまった。こうして、ルワンダに残されたのは、オリバー大佐(ニック・ノルティ)率いるわずか300名の国連軍兵士のみ。

  ポールの、知恵と勇気を振り絞る必死のサバイバルが開始された。ベルギーの本店から外交的外圧をかけてもらったり、賄賂を政府軍人に渡したり。

  その間、ホテルの外では、わずか100日間の間に100万人以上のツチ族と穏健派フツ族が虐殺されていた。ポールは、結局、1268名もの避難民をホテルに受け入れる。

  いよいよホテルも危なくなった時、コンゴからのツチ族の反撃が開始された。劣勢になったフツ族は、和平の条件として「ミル・コリン・ホテル」の避難民を解放する。

  ポールは、多くの避難民とともに海外の新天地への道を辿るのであった。

 

(2)解説

  いわゆる「アフリカブーム」の火付け役となった1本。

  日本ではなかなか映画配給会社がつかず(儲からないと思ったのだろう)、市民団体の活動でようやく封切られたという曰くつきの映画である。日本の大手企業の臆病さと保守性は、私も良く知っていることだから、それを聞いても別に驚かない。せこいカネ儲けのためなら、文化も教育も平気で否定する。これが、今の日本の本当の姿である。

  物語は、一見すると良くあるサバイバル物であるが、全てが実際にあった出来事なのだから恐ろしい。フツ族はツチ族を劣等民族と呼び、老若男女の区別無く皆殺しにしようとする。劇中では、ひたすら無抵抗の人々が虐殺される。このような狂った状況の中では、ポールやオリバー大佐の善意は嵐の中の小枝にしか過ぎない。そして世界は、そんな彼らを 無責任にも見捨てようとする。

  フツ族とツチ族という区別は、かつてルワンダを植民地にしたベルギーが、統治の都合上で便宜的につけたものである。ベルギー政府は、ルワンダ人全員にフツ族かツチ族かを区別するためのIDカードを配布し、その携帯を義務付けた。この国は、独立国となった後でもそれを根拠にして差別して殺し合っていたのである。その恐ろしさと愚かさは、言語に絶するほどである。だが、それがこの世界の本当の姿なのだ。そして、こうなった責任はヨーロッパ人にある。

  脚本は実に良く出来ているし、人物の描き方も上手い。最初は家族のことしか考えていなかったポールが、次第に隣人愛や社会愛に目覚めていく様子が見事に表現されていた。また、ジャン・レノやホアキン・フェニックスといった有名俳優を、チョイ役で効果的に用いる技法も楽しい。

  このような陰惨な事件の映画化は、採算性を考える製作者としては非常にリスキーであったろう。だが、結果的にこの映画は「アフリカブーム」の火付け役として、映画界ひいては全世界の文化に革命を起こしたのである。

  創作には、リスクが付き物である。リスクを恐れていては何も出来やしない。日本の映画人は、人気漫画や小説の焼き直しばかりじゃなく、もっと積極的にリスクを採って創造的破壊を挑むべきではないだろうか?・・・ まあ、カネもないし気骨も無いからダメか( 苦笑)。

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