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映画評論

映画評論 PART6

カティンの森 Katyn

制作;ポーランド

制作年度;2007年

監督;アンジェイ・ワイダ

 

(1)あらすじ

 第二次大戦中の1939年10月、ナチスドイツとソ連によって国土を東西から挟み撃ちにされたポーランド軍は、抵抗を諦めて降服した。

 将校アンジェイ(アルトゥル・ジミイェフスキ)は、戦場を訪れた妻アンナ(マヤ・オスタシェフスカ)の脱走の勧めを振り切り、祖国への忠誠のためにソ連軍に投降した。しかし、ソ連軍に投降したポーランド人将校を待っていた運命は、死だった。

 それから2年後、ソ連に侵攻したドイツ軍は、1942年になって、ベラルーシの「カティンの森」の土の中から1万体を越えるポーランド人将校の腐乱死体を発見した。ドイツ軍は、ソ連共産党政権の残虐性を全世界に訴えた。

 ところが、この戦争でドイツが敗北した後、ソ連によって牛耳られるようになった戦後ポーランドでは、この虐殺の下手人はドイツ軍ということに歴史が書き換えられてしまった。そして、この事件の真実を口にした者は、職場を解雇されたり秘密警察に逮捕され収監されるなど、過酷な懲罰を受けるのだった。

 アンナは、カティンの森事件の死体名簿の中に夫アンジェイの名が無かったことから、夫の生存を堅く信じ、一人娘とともにその帰りを気丈に待ち続けていた。しかし、届けられた一通の手紙が全ての希望を打ち砕く。

 カティンの森の真実は、想像を絶するほどに残忍で過酷なものだった。

 

(2)解説

 またもや、中欧映画の名作を紹介。

 ポーランドの巨匠ワイダが、80歳の時にメガホンを取った超絶的傑作。  ワイダ監督は、実は彼自身のお父さんが「カティンの森事件」の犠牲者なのだ。そんな彼が構想50年の後、満を持して全身全霊を込めて送り出したのがこの作品だ。

 それなのに、この映画もやっぱり「岩波ホール」での単館上映だった。大きな映画館って、いったい何を考えているんだろうね?(以下同文)。

 映画の内容は本当に良かった。ワイダ監督の語り口の巧さは相変わらずで、80歳になってもクリエイティブで有りつづけるその前向きな姿勢に心からの尊敬を捧げたい。少しは、日本の映画屋にも見習ってもらいたい。

 さて、第二次大戦で最も悲惨だった国は、尺度の取り方にもよるけれど、やっぱりポーランドだろう。何しろ、戦争開始後いきなりナチスとソ連に国土を半分こされ、その後も何度も両軍の戦場にされてグチャグチャになった国だ。その悲劇の内容を個別に挙げて行くとキリがないのだが、かの「アウシュビッツ絶滅強制収容所」がポーランド国内にあったことを挙げるだけで十分だろうか?

 ソ連軍が、無抵抗で非武装のポーランド人捕虜をカティンの森で大虐殺した理由は、はっきりとは分かっていない。どうやら、ソ連がポーランドを奴隷として支配して行く上で、教養が豊富で自立心の強いポーランド人将校の存在が邪魔になったらしいのだ。ソ連の支配者スターリンは、狂人と呼ばれても仕方ないほど猜疑心が強い残酷な性格だった。そんな彼ならば、この程度の非道な犯罪は躊躇なく行ったことだろう。

 ラスト30分の虐殺シーンの凄まじさは、夢に見てうなされるほどである。そして、映画があのような終わり方をするとは完全に予想外であった。いろいろな意味で革命的であった。さすがはワイダ監督、さすがはポーランド映画。

  あえて不満を言うならば、物語の後半の舞台がクラコフなので、当時訪れたばかりのクラコフの名所が映ることを期待していたのだが、あんまり出て来なかったのが残念だった。

 なお、カティンの森は新たな悲劇の場所でもある。昨年、慰霊のためにこの地を訪れたポーランド大統領が、飛行機事故で落命した事件は記憶に新しい。

 ポーランド人は、カティンの森に呪われているのだろうか?

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