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映画評論

映画評論 PART6

太陽に灼かれて The Exodus burnt by the sun

制作;ロシア、フランス

制作年度;1994年

監督;ニキタ・ミハルコフ

 

(1)あらすじ

 1936年のソ連。革命戦争の英雄コトフ大佐(ニキタ・ミハルコフ。監督兼主演だ)は、ソ連共産党政権下にありながら、地主として農村地帯の美しい豪邸で生活していた。独裁者スターリンの友人でもある彼は、自分の豊かな生活に一点の不安も抱かずに、若く美しい妻と一粒種の幼い愛児ナージャ(ナージャ・ミハルコフ。監督の実の娘だ)と共に、幸せいっぱいに人生を謳歌していた。

 そんなある日、コトフの旧友ディミトリ(オレグ・メンシコフ)が突然現れた。ピアニストでもある陽気なこの青年は、たちまちコトフ家の人気者となる。しかし、ディミトリは、かつてコトフの妻マルーシャ(インゲボルガ・ダクネイト)の恋人であった。それなのに、マルーシャに横恋慕したコトフによって政治的な罠に嵌められ、彼女から遠ざけられたという暗い過去を持っていた。

 その事を意識するコトフとディミトリとマルーシャの間に、奇妙な緊張感が漂う。しかし、ディミトリの来訪の目的は、個人的な復讐とは別のところにあった。彼の真の目的は、スターリンの命令で地主のコトフを破滅させることにあったのだ。

 

(2)解説

 スターリンの大粛清を描いた最高傑作である。

 そして、ニキタ・ミハルコフ監督は間違いなく天才である。うるさ型の私が、文句を付けたくなる個所が一つも見つからない。そんな映画を撮れる監督は、ご存命の映像作家の中では 、もはや彼ただ一人である。そして、故・黒澤明のテイストを完璧に具現できる人材は、もはや全世界で彼一人である。そんなミハルコフ氏は、黒澤明の個人的な友人でもあった。

 「太陽に灼かれて」は、1994年度のカンヌ国際グランプリの最高賞、そして同年のアカデミー外国語映画賞の受賞作である。それなのに、この映画もやっぱり「シネスイッチ銀座」での単館上映だった。日本の大手映画館は、いったい何を考えているんだろうね?(以下同文)。

 燦々と照りつける黄色い太陽と黄色い豊かな麦畑の中で、ピアノとダンスに彩られた愉快な人間ドラマが溢れ出す。予備知識を持たずに映画館に来た人は、物語が終盤に入るまで、これがスターリンの暴政をテーマにした政治映画だとは、まったく気づかないことだろう。それくらいに、明るくて楽しいのである。ナージャちゃん(6歳)は、反則なまでに可愛いのである(ロリ萌えー♪)。

 この陽気なムードが、一転して絶望に変わる「間」の取り方が本当に素晴らしい。スターリンの大粛清の本当の恐ろしさは、死の恐怖でも強制収容所でもなく、本人にとって全く理解不能の理由で人生と家族を一瞬のうちに破壊されることなのだ。

 ソ連の指導者ヨシフ・スターリンは、トロツキーを追い出して共産党ナンバーワンの座を手に入れて以来、病的なまでの猜疑心の鬼となる。彼は、自分の周囲の人間全てを潜在的な敵だと思い込んだ。そこで、かつての同僚や先輩など、有能な者から順繰りに反逆罪に仕立て上げて、処刑したり強制収容所送りにしたのだ。この事件で犠牲になった人は300万人とも言われる。

 ソ連軍最高の名将であったトハチェフスキー元帥も、意味不明な理由で殺された。後のナチスドイツのソ連侵攻(1941年~)が、緒戦であれほどの大戦果となったのは、この名元帥が、他ならぬ国家指導者の指示によって消されていたからなのだ。そういうわけで、スターリンの大粛清については「ヒトラーの謀略だった」という陰謀説があるほどである。

 「太陽に灼かれて」のコトフ大佐も、革命戦争時代の有能な指揮官であるが故に、スターリンの標的にされてしまった。半ば狂人となったスターリンにとっては、コトフとの昔の友情など物の数ではない。スターリンとの関係を信じて余裕と冷静さを保ち続けていたコトフ大佐が、最後に上げる絶望の悲鳴の凄まじさは、夢に見てうなされるほどであった。

 「やはり、ロシア映画のレベルは高いなあ」と痛感させられる一作である。

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