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映画評論

映画評論 PART6

グッド・シェパード The Good Shepherd

制作;アメリカ

制作年度;2006年

監督;ロバート・デ・ニーロ

 

 (1)あらすじ

 1961年4月19日、キューバに侵攻したアメリカの亡命キューバ人部隊は壊滅した。

 この作戦の立案に携わったCIA局員 エドワード・ウィルソン(マット・デイモン)は、侵攻計画が事前にキューバ側に漏れていたことに気付く。そして、二重スパイの調査を始めた彼は、自分がCIA局員になるに至った過酷な生い立ちを振り返っていく。

 やがてエドワードは、衝撃の事実を付きつけられることになる。キューバに情報を漏洩したのは、彼の最愛の家族なのだった。

 

(2)解説

 1961年春の、いわゆる「ピッグス湾事件」を背景にした映画。ただし、「ピッグス湾事件」そのものは冒頭のニュースフィルムでしか流れないから、ピッグス湾ファンの人(そんな人、いるのか?)は残念でした(笑)。

 ちなみに「ピッグス湾事件」とは、キューバのカストロ政権を倒すためにアメリカが行った軍事侵攻である。国際世論の非難をかわすため、侵攻軍の兵士は全員、亡命キューバ人から成っていた。この作戦の特徴は、計画から実行まで全てCIA(アメリカ中央情報局)の主導で行われたことである。しかし、海岸線でキューバ軍の反撃に遭い、わずか3日で全滅させられてしまった。情報専門家のCIAが主導したくせに、情報漏れが起きたのが原因であった。「グッド・シェパード」は、その事実をテーマにしたサスペンス映画である。

 名優ロバート・デ・ニーロが監督で、彼自身もCIA創設者サリバン将軍として登場する。そういうわけで、この映画は大手映画会社でロードショー公開された。

 でも、詰まらなかった(泣)。

 何というか、創り方が真面目すぎるのである。実際のCIAのスパイをリアルに描こうとする試みは偉いと思うけど、あまりリアルにやりすぎると、陰惨で残酷になるだけである。

 主人公エドワードは、「絵に描いたような官僚」で、想像力をまったく持たない冷たいエリートである。無口で感情を滅多に表に出さないし、そもそも人間らしい感情が欠落している。だからこそ、何も考えずに人を殺したり拷問にかけたり出来るのだ。確かに、実際にCIAで汚れ仕事をしていたスパイって、そんな感じだったんだろうけどね。でも、映画としてそういうのを延々と見せられるのは苦痛でしかない。マット・デイモンの「冷たい官僚」演技は非常に見事なのだが、見事すぎて余裕が全くない。もうちょっと下手な演技をしてくれた方が、むしろ楽しかったかもしれない。

 主人公がそういう性格だから、当然、家庭もうまくいかない。妻(アンジェリーナ・ジョリー)や息子とも意思疎通がうまくいかない。その事実こそが、ラストの悲劇を招くのである。そう考えるなら、この映画の主題は「エリート官僚の悲劇」だったのかもしれない。

 また、デ・ニーロ監督は、「アメリカの正義」の偽善性について強く訴えかけている。

 劇中、ソ連のスパイ(と疑われた人)が、主人公から過酷な拷問を受けて自殺する直前に叫ぶ。「ソ連の脅威なんて、本当は存在しない!アメリカの軍産複合体が金儲けのネタにしたいから、誇張気味にソ連の恐怖を言いふらして国民を騙しているのだ!」。まさに、その通り。

 また、実際のCIA局員の非情さや愚かさや地味さをリアルに描くことで、「スパイ」に対するロマンや幻想を全て否定している。ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントやジャック・バウアーが、子供じみた架空の存在であることを強く訴えている。

 タイトルの「グッド・シェパード」とは、聖書に出て来る「人民を導く善良な羊飼い」という意味である。劇中で邪悪に描かれるCIAのことを「善き羊飼い」と呼ぶのは、物凄い皮肉である。

 そういう意味では、非常に知的で良心的な映画なのである。

 だけど、詰まらなかった(泣)。

 なお、「ピッグス湾侵攻」が情報漏洩のせいで失敗したことは史実である。だけど、CIA局員の息子がソ連の女スパイに騙されて(ハニートラップね♪)、出張先のアフリカで洩らしちゃったというのは作り話である。

 実際は、もっと単純でおバカなことが原因らしい。キューバに遠征したのは反カストロの亡命キューバ人から成る兵団だったわけだが、キューバ人はとにかく陽気でお喋りである。この連中、マイアミあたりの飲み屋で酔っ払って、「今度、カストロの首を取りに行くぜ!」とかベラベラ喋りまくったらしいのだ。それを、潜入中のカストロのスパイが聞きつけてしまったと。

 ・・・事実は映画より奇なり。別に、ソ連のハニートラップも コンゴの秘密基地も要らなかったのである。CIA局員のボンクラ息子を騙す必要なんか無かったのである。「ピッグス湾事件」がアメリカの大敗に終わった理由は、「キューバ人のお喋り」にあったのだ。

 だが、もっと問題にすべきなのは、実際のCIAが「情報漏洩の事実を知っていた」点である。それにもかかわらず、彼らは作戦を強行した。その理由は単純で、彼らは「カストロとキューバをバカにして舐めていた」のである。だから、情報漏洩の事実を知りながらも勝利を確信して作戦をそのまま強行し、その結果、大失敗したのである。

 これは、「官僚」と呼ばれる人々が抱える共通の欠点なのだが、この人たちは紙の上でしか世間を知らないくせに、自分たちが作成した紙が絶対だと思いこむ。そして相手がいる場合でも、自分たちが作った紙の通りに思考し行動するだろうと勝手に思い込むのだ。CIAは、先入観からカストロとキューバ人を愚かなダメ人間だと思い込み、そんなダメ人間が自分たちのようなエリートに対抗できるわけがないと決めつけてかかっていた。だから、情報の秘匿にも気を配らなかったのだし、実際に情報漏洩があっても意に介さなかったのである。

 ちなみに、我が国の太平洋戦争の大敗も、今回の福島原発のメルトダウンも、こういった「官僚の思考様式」の欠陥こそが根本的原因である。

 つまり、「ピッグス湾」でのアメリカの大敗の原因は、「キューバ人のお喋り」以前に、「このような重大な仕事を官僚に丸投げしてしまったこと」なのである。これは、現代の日本にも通じる極めて大きな教訓である。

 ところが、「グッド・シェパード」では、そこまで踏み込んで分析していない。

 「女スパイのハニートラップ」の話に逃げ込んでしまったのは、デ・ニーロ監督の知性の問題なのか、それとも脚本家が「映画としての面白さ」を優先してしまったからなのか。

 結果的に、ぜんぜん面白くなかったけど(笑)。

 そういう意味で、あまり高く評価する気になれない残念な映画であった。

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