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映画評論

映画評論 PART6

ミュンヘン Munich

制作;アメリカ

制作年度;2005年

監督;スティーブン・スピルバーグ

 

(1)あらすじ

 1972年9月5日、ミュンヘン五輪に潜入したパレスチナのゲリラ組織「黒い9月」は、11人のイスラエル選手を人質に取って、イスラエルによって不当に収監されているパレスチナ人の解放を要求した。

 しかしながら、西ドイツ警察との撃ちあいに発展し、人質ごと全滅してしまう。

 この事件に激怒したモサド(イスラエルの諜報機関)は、工作員アヴナー(エリック・バナ)に報復を命じた。具体的には、世界各地で活動しているパレスチナ解放運動(PLO)の幹部を11人殺害せよというのだ。

  暗殺や爆弾処理などの特殊技能を持つ仲間たちを集めたアヴナーは、指令通りに世界各地で暗殺を実行していく。しかし、やがて事態に気づいたPLOやソ連の反撃に遭い、次々に仲間を失うことになった。どうやら、仲間や協力者の中に裏切り者がいるらしい。

  心を深く病み、もはや誰も信じられなくなったアヴナーは、家族とともにアメリカに移住するのだった。

 

(2)解説

 「歴史上の実際のスパイをリアルに描いた映画」としては、「グッド・シェパード」と好一対の名編である。

 劇中で語られる事件は全て、実際にあった出来事を基にしている。だから、この映画も地味で陰湿で残酷で暗い(苦笑)。

  でも、スピルバーグ監督の技量はさすがにデ・ニーロよりは上のようで、なかなか面白く見ることが出来た。その最大の理由は、観客に訴えかけたいテーマが最初から明確に提示されているからである。すなわち、「暴力は次の暴力を呼び、報復は次の報復を呼ぶだけだ」という立派な問題提起である。

  この映画では、イスラエルのスパイ組織モサドが、「グッド・シェパード」のCIAに負けないくらいに陰湿で邪悪な組織に描かれている。まあ、実際にそうなんだろうね。そういうわけで、イスラエル政府やユダヤ人は、この映画に対して批判的であるらしい。スピルバーグは、彼自身がユダヤ系であることから「裏切り者」と呼ばれているらしい。なんか、気の毒である。

  でも、「客観的で公平な描き方」という一般的な評価は、本当にそうだろうか?私は、スピルバーグは結局、イスラエルを美化しているように思えてならなかった。

  その根拠は、クライマックスの回想シーンである。アメリカに渡ったアヴナーが、久しぶりに会った奥さんとエッチしながら、「黒い9月」のミュンヘン襲撃をリアルに回想して泣くシーン。・・・なんか、いろんな意味でおかしい。

  まず、奥さんとエッチしている最中に、そんなこと回想するかね?行為の最中は、普通、違うことを考えるんじゃないかい? そもそも、アヴナーが「ミュンヘン襲撃事件」をリアルに回想するのはおかしいのである。だってこの人は、その場にいなかったんだから。どうせ過去を振り返って後悔するのなら、自分の殺人行為を思い返すのが筋じゃないの?

 そういえば、「プライベート・ライアン」にも、その場にいなかった人がリアルな回想をする場面が出てくるけど、スピルバーグって、そういうことに違和感を覚えないセンスの人なのだろうか?

 いずれにせよ、クライマックスで「黒い9月」の犯行を残酷に執拗に描くということは、これが映画の主題ということだろう。つまりスピルバーグは、「もともとパレスチナ側が悪いのだ」と言いたいのである。「彼らがミュンヘン五輪を襲わなければ、アヴナーも世界も平和で安らかだったはずなのに」と言いたいのである。 でも、それは明らかに間違いだ。

  そもそも、イスラエルとアラブ(パレスチナ)の争いは、イスラエルが最初に起こしたのである。国連で定められた領土を越えて侵略し、多くの無辜のアラブ人を虐殺し家から追い立てたのはイスラエルなのである。それに対して反撃を試みたアラブ諸国は、アメリカの支援によって著しく強化されたイスラエル軍にどうしても勝てない。そこで、窮余の一策として、ゲリラ戦やテロ攻撃を仕掛けるようになった。「ミュンヘン襲撃事件」は、その一環なのである。

  ところが、映画「ミュンヘン」では、こういった背景がほとんど描かれない。だから、この映画だけ素直に見ると、パレスチナ側が一方的に悪いように見えるのだ。それがスピルバーグの狙いだとしたら、非常に巧妙である。映画「革命戦士ゲバラ」の制作者に近いくらいのプロパガンダ能力が発揮されたと言ってよいだろう。だけど、それが理解できないイスラエル人に非難されるとは、本当に気の毒でる。

  いちおう言っておくと、ハリウッド映画がユダヤ人やイスラエルに好意的であるのは、製作者やスポンサーの多くがユダヤ系だからである。だからスピルバーグも、本当の意味で客観的で公平な映画をアメリカで作ることは出来ない。さらに言えば、アメリカの政財界が常にイスラエルの味方をするのも、同じ理由である。

 「ミュンヘン」はそれでも、従来のアメリカ映画と比較すると、リアリティを非常に重視した造りになっていて、少なくともイスラエルを一方的に賛美するような幼稚な内容になっていない。それは、アメリカ社会の成熟であり、スピルバーグの成長であり、一歩前進だと解釈して良いのかもしれない。

  そのせいでイスラエルが激怒すると言うのなら、それはイスラエル側の姿勢や態度に問題があると言うことである。

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