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映画評論

映画評論 PART7

NHKの歴史ドラマ

 この稿では、NHKの歴史ドラマを取り上げる。

  日本放送協会というところは、定期的に良質な歴史ドラマを製作し放映する。毎週日曜8時からの「大河ドラマ」が有名だが、他にも「新時代劇」とか「スペシャルドラマ」と称する別枠でもそれなりに頑張っている。

 こういった歴史ドラマの難しさは、仮にもNHKがやる以上は、歴史の真実に忠実で真面目でなければならず、しかも、現代人の鑑賞に堪え得るような面白さと理解の容易さを同時に担保しなければならないところにある。これには、なかなか高度な知的作業が必要とされる。NHK歴史ドラマの歴史とは、すなわちこのテーゼを充足させるための奮戦記であり、同時に挫折記でもある。

  さて、長いNHKドラマ史の中には様々な作品があり、出来不出来も人気度も様々だ。私は全部見ているわけでもないが、個人的に好きだった、あるいは高く評価した作品は、大河ドラマでは『黄金の日々』、『草燃える』、『女太閤記』、『太平記』、『葵~徳川三代』、そして新時代劇の『真田太平記』である。これらは、歴史に比較的忠実で時代考証も正確で、しかも俳優陣の技量も高く、そして脚本の出来が良い作品であった。

  つい最近、『真田太平記』(1985年)のDVDセットを大人買いして一気に見たのだが、その品質の高さに驚愕した。特に、池波正太郎の原作小説の弱点を巧みに補正した上で、原作には無いメッセージ性を織り込んでいたのに感心した。たとえば、「真田昌幸(丹波哲郎)が関ヶ原で判断ミスをしたのは、忍者がもたらす戦術的な情報を過剰摂取したためである。 それとは逆に、その長男・信之(渡瀬恒彦)は、低レベルの情報を全て無視して戦略面でのインテリジェンスに特化して行動したために勝ち残った」という解釈は、インターネット全盛で、無駄な情報の洪水の中で溺れている現代人(私を含む)にとって極めて貴重な教訓になるエピソードだと思った。つまり80年代 までのNHKは、非常に品質の高い、視聴者にとって「普遍的な意味で本当に勉強になる」ドラマを真面目に作っていたのである。

  「転機になったかな?」と感じたのは、大河ドラマ『利家とまつ』(2002年度)だ。俳優陣に、当時の人気アイドル系を大量配備し、脚本も、時代考証や当時の文化を無視した荒唐無稽なものになった。おまけに、予算をなるべくケチる動きも見え始めた。

 そして、こういった傾向は、時代を下るに従って極端で顕著になって行き、今ではとんでもないことになっている。 そもそも、ストーリーの中で何を語りたいのか見えてこないのだ。

  そんな中、珍しくテーマ性を前面に出したのは、『天地人』(2009年度)だった。これは、「義」というキーワードを前面に立てて物語を構築するスタイルだったので、「最近のNHKにしては頑張っているな」と、少なくとも最初のうちは期待した。ところが、肝心の「義」の意味が途中からブレまくって、最後は無茶苦茶な辻褄合わせに終始してしまい、物語が完全に崩壊してしまっていた。私は、終盤の方は毎回、ケタケタと失笑&爆笑しながらこのドラマを見ていた。もちろん、スタッフもキャストも、視聴者を笑わせようとしてこのドラマを作っていたわけではないのだろうが、少なくとも私は、バカにして笑うためにこれを見ていた。十分に楽しませてもらって、満足です。

 NHKスタッフは、『龍馬伝』(2010年度)や『平清盛』(2012年度)では、画面を埃っぽくして「時代感」を出すようになった。一部の視聴者から「汚い」と批評されているが、その批評は手ぬるいと思う。 なぜなら、スタッフがこういう方策に打って出た本当の理由は、脚本の出来が酷すぎて、ストーリーだけでは時代性を表現できなくなったからなのだ。脚本と演出がしっかりしていれば、画像表現の巧拙に拘わらずリアルで面白い時代劇は作れるはずなのに、その能力が失われたことを隠そうともしなくなったというわけだ。

 それでも、彼らが提供する映像が、本当に時代性を映したリアルなものならまだ許せるが、とてもそうは思えない。

  たとえば、『平清盛』では、登場人物の多くの顔が泥まみれなのに驚いたのだが、これはいくらなんでも酷すぎる。ここは日本なので、水なんか昔からそこら中にあるのだから、少なくとも、若い女性まで終始泥まみれの顔で生活するなんて、絶対に有り得なかっただろう。

  もっとも、欧米ないし中国製のリアリティ重視の時代劇を見ると、確かにみんな薄汚い。その理由は単純で、海外の国々は日本ほど水資源に恵まれていないので、上水道が完備される近代に至るまでは、実際に顔を洗うことさえ難しかったからである。みんな実際に不潔だったからこそ、ペストやコレラなどの疫病が、あれほどの猛威を振るったのである。

 おそらくNHKスタッフは、こういった「汚い」海外作品を参考にしたつもりなのだろうが、ここは日本なのだから海外のリアリティを猿真似したところでまったく無意味である。戦国時代や江戸末期に日本を訪れた欧米人が 、常に「日本人の清潔さと奇麗好き」について特筆していたことを忘れてはならない。NHKは、昔の日本人のことをバカにし過ぎだ。本当に正しい歴史を描く気があるのかどうか、正気を疑いたくなる。

  また、「名前の呼び方」の問題も気になるところだ。昔の日本人は、相手の「諱(いみな)」を決して口にしなかった。諱は、すなわち「忌み名」だからである。それなのに、最近のNHKドラマでは、普通に「信長 さま」とか「家康さま」とか呼び合うでしょう?これは、たいへんな無礼であるから、その場で手討ちにされても仕方ないほどの悪行なのである。

 NHKスタッフは、おそらく「分かりやすさ」を重視してそうしているのだろうけど、歴史上の常識を無視するのは、歴史に対する侮辱ではないだろうか?それでも、NHKドラマが昔から首尾一貫してそういう方針ならば「間違っているけど、そういうポリシーなのだね」と妥協してあげても良いけれど、たとえば『真田太平記』では、「安房守さま(真田昌幸)」、「伊豆守さま(真田信之)」などと、ちゃんと史実通りに官職名で呼び合っていた。それが、『太平記』の頃からグラグラし始めて、ついに90年代に入ってから、急激に堕落したのであった。つまり、悪い方へ方針変更したのである。

  つまり、『龍馬伝』や『平清盛』は、そういった史実のリアリティにちゃんと配慮せず、ただ映像だけ汚くしている(しかも間違った方向に)わけでしょう?愚行としか思えない。

  結論を先に言わせてもらえば、最近の映像作家は「頭が悪くなった」のである。

  どうして、NHKの映像作家は頭が悪くなってしまったのか?視聴者の知的レベルが下がっているのに気づいて、それに迎合しているうちに、本当に能力が衰えてしまったと解釈するのが妥当であろうか?あるいは、視聴率稼ぎのために、ドラマの難易度を下げることばかり考えているうちに、肝心の歴史の真実を無視することになり、それが歴史ドラマ本来の面白さを消してしまう形になったのだろうか?

  実際のところ、頭が良いクリエイターは、テレビドラマ制作のような「儲からない」仕事から撤退して、「より儲かる」ゲームやアニメの現場に転出してしまったと見るのが妥当なのかもしれない。 それは、NHKドラマに限った話ではなくて、映画界でも同じことが言える。 もっともNHKは、その高い権威ゆえに、優秀な映像作家や俳優をいくらでも集められるので、 民放に比べると、今でも高いアドバンテージを有することは確かなので、これからも諦めずに期待はして行きたいところだ。

 せめて、『天地人』のように失笑&爆笑で楽しませてくれる作品を期待します(笑)。

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