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映画評論

映画評論 PART8

終戦のエンペラー EMPEROR

制作;アメリカ

制作年度;2012年

監督;ピーター・ウェーバー

 

(1)あらすじ

 終戦直後、厚木飛行場に降り立ったマッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が最も頭を悩ませた問題は、昭和天皇の処遇であった。戦犯として裁くべきか、あるいは占領政策の協力者とするべきか。

  マッカーサーは、知日派のフェラーズ准将(マシュー・フォックス)に命じて、天皇についての調査を行わせる。昭和天皇は、本当にこの戦争の首謀者だったのか?そもそも、天皇(EMPEROR)とは一体何なのか?

 

(2)解説

 アメリカ人の視点から描いた終戦直後の日本と昭和天皇。それだけで、一見の価値がある作品である。しかも、史実にかなり忠実で真面目な映画であった。私は、かなり気に入った。

  アメリカ人はその短い歴史の中で、王も皇帝も持ったことがない。だから、そもそも天皇のことがまったく分からない。だから、昭和天皇があの戦争において果たした役割も理解できない。

  このころアメリカ本国では、昭和天皇を「戦犯」だと決めつけてその処刑を要請しており、これが有力世論を形成していた。だが、その世論誘導の本当の目的は「天皇を裁いた方が、本国の政治家が、正義のイメージを国民にアピールできて票集めがしやすい」からだ。しかし、そのような間違ったポピュリズムに流されてしまったら、マッカーサーの日本占領行政は、日本人全部の好意を失うことにより破たんするのである。

 それでも、マッカーサーは悩む。彼は将来、政治家に転身する野心を持っていたからだ。それで彼は、アメリカ世論を納得させた上で、天皇を活かして存続させる方策を見つけなければならない。ここに、フェラーズ准将の出番となる。

  こういったエピソードの中に、愚者が形成した間違った世論を絶対視してしまう「民主主義」の抜本的欠陥が露呈されていて興味深い。すなわち、『終戦のエンペラー』は、アメリカ映画のくせに、アメリカの民主主義を絶対視しない映画なのだ。

 この事実からも分かるように、この映画は、日米どちらかの価値観を絶対視するのではなく、双方の価値観を理解しあい、学びあう精神に溢れた優しい作品なのである。 そういうわけで、この映画はハリウッド製にも関わらず、アメリカ人特有の「上から目線」や「知ったかぶり」が排除されている。おそらく監督がイギリス人だということ、そしてプロデューサーの奈良橋陽子が深く関与したことが原因なのだろう。

  逆に、そのことが「日本って、変な国だなあ」と、当の日本人に思わせる結果になっているのが興味深かった。

 劇中のフェラーズ准将は、妙に物わかりの良い人物で(苦笑)、日本文化のヘンテコな部分もそのまま素直に受け入れてくれる。そういうわけで結局、「天皇って何なのか?」は分からず仕舞い。「太平洋戦争の首謀者は誰なのか?」も分からず仕舞い。何しろ、文書などの物的証拠が皆無なのだ。

 フェラーズは「侘び寂びの日本文化だから仕方ない」と諦めモードだが、それでマッカーサーに怒られちゃう。物的証拠を絶対視するのが、欧米の流儀だから当然だ。まあ、確かに日本文化って、そういう感じだよね。欧米から見たら、実にいい加減である。

  それでも、そういった日本流の訳の分からない部分を、一刀両断に否定したり非難しないところが、アメリカ映画とも思えぬこの作品の優しさなのである。あるいは、「日米同盟を強化したい」という米政府の意向が、企画の中に反映されているのだろうか?とか、いろいろ勘ぐってしまった。

  ただし、「歴史ぱびりよん」的には、補足説明をすべきだろう。

  私がこの映画に違和感を覚えたのは、日本側が「常に受け身」である点だ。

 国家存続の一大事だというのに、劇中の日本人は柔和な態度で悠然と構えていて、アメリカ側の行動をただ待っているのである。しかし実際には、そうでは無かったはずだ。戦時中に軍部から弾圧されていた親欧米派の政治家や官僚(牧野伸顕、幣原喜重郎、吉田茂や白洲次郎ら)が急激に復権し台頭し、GHQに積極的な政治工作を仕掛けていたはずなのだ。マッカーサーの占領政策は間違いなく、彼らに相当以上に影響されていたのである。物的証拠は乏しいけれど(笑)。

  もちろん、これは「映画」なのだから、ストーリーを分かりやすくするための取捨選択は必要だろう。架空の恋愛エピソードも大切だろう。しかし、今のアメリカ人が日本人のことを「自分の意思を積極的に示さない常に受け身の人々だ。そして、日本文化とはそういうことだ」と解釈しているのであれば、それはそれで大きな問題だと思う。でも、実際にそう思われても仕方ないよね、今の日本人。

 これは、『終戦のエンペラー』から日本人が学んで反省するべき最大のポイントかもしれない。

  なお、以前に別の稿で紹介したロシア映画の『太陽』は、この映画と対になる作品である。この両者を見比べてみるのも一興であろう。

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