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T34 レジェンド・オブ・ウォー  T34

制作:ロシア

制作年度:2019年

監督:アレクセイ・シドロフ

 

(あらすじ)

1941年のモスクワ攻防戦。ソ連軍の戦車将校ニコライ・イヴシュキン(アレクサンドル・ペトロフ)は、孤軍奮闘の末、クラウス・イェーガー大佐(ヴィンチェンツ・キーファー)率いるドイツ軍戦車中隊を再起不能にしたものの、自らは捕虜になってしまう。

舞台は移って1944年のドイツ。戦車部隊の実戦型訓練を行おうと考えたドイツ軍上層部は、訓練部隊の指揮官にイェーガー大佐を任命した。彼は、捕虜収容所で見つけたイヴシュキンを標的戦車の戦車長に抜擢する。しかし、3人の仲間を集めたイヴシュキンは、標的戦車であるT34に密かに砲弾を詰め込み、訓練中の脱走に成功するのだった。

チェコスロヴァキア国境目指して逃走を続けるT34を、イェーガーは執拗に追い続ける。因縁の両者の対決の時が迫りつつあった。

 

(解説)

「実写版ガルパン」と呼ばれて、日本でも大ヒットを記録したロシア映画の「怪作」。

原作は、往年の名作『鬼戦車T34』のはずなのだが、ほとんど原型をとどめていない。

私は、様々な映画館で、様々な友人たちとともに、3回も鑑賞してしまった(笑)。

そんな私がこの映画を「怪作」と呼んだ理由は、露骨に史実を無視して、やりたい放題だからである。まさに「ガルパン」的な映画である。

たとえば、「チェコスロヴァキアまで行けば安全だ!」などと主人公チームは劇中で言い続けるのだが、あそこは歴史上、1945年5月までナチスの忠実な属国だったところだ。もちろん、レジスタンスもそれなりにいただろうけど、以前に紹介した『暁の七人』のような事件によって1944年時点では壊滅状態の弱小勢力になっている。だから、チェコスロヴァキアに行っても、ナチスに捕まるだけなのである。それなのに、主人公チームがチェコにこだわる理由は、どうやらこの映画のロケ地がチェコだからである。つまり、「チェコに行けば安心だ!」というのは、製作陣のセルフパロディみたいなもので、それ自体がギャグなのであった。

要するに、この映画の製作スタッフは、「歴史物を作っている」という自覚を持っていない。そのように考えると、あまりにも間抜けなドイツ軍や、あまりにも漫画っぽい戦闘シーンなども、そこに突っ込む方が野暮と言う気がしてくる。

そもそも、ソ連やナチスについては、ほとんど何も描かれない。ヒトラーの人種差別主義やスターリンの暴政などは、「存在しなかった」ことになっている。つまり、イヴシュキンとイェーガーという2人のライバルが、戦車に乗ってスポコン漫画のノリで戦うだけの映画なのである。

ちなみに、収容所のロシア人美女通訳アーニャが、一緒に脱走して主人公とラブラブになったりする。さすがにやり過ぎだと思うけど、どうしても美女ヒロインを映画に出したければ、そういう設定にするしかないよね(笑)。

これは万事、こんな調子の映画なのである。

アメリカ映画の『フューリー』ともよく比較されるが、全く質が違う。『フューリー』は、真面目に歴史を書こうとして嘘まみれになっているのだから、観客にとって非常に有害である。その点『T34』は、誰がどう見ても史実無視の娯楽映画なのだから、文化汚染や知性堕落の問題には繋がらないと断言できる。素直に、ポップコーンでも食べながら楽しめば良いのである。

一緒に見た友人たちは、一人の例外も無く、大満足の大喜びだった。

ちなみに、この映画に登場するT34は、全て実車である。珍しいことに、戦車内部のシーンが非常に多いのが印象的だが、これは俳優がちゃんと乗り込んで、実際に操作しながら撮影したらしい。ロシアは、広大な国土のあちこちに、操縦可能な古い戦車がたくさん残っているから、映画製作が楽ちんなのである。VFX技術も日増しに向上しているし、ロシア映画には、これからも期待が持てそうだ。

それにしても、ロシア映画に対して「レジェンド・オブ・ウォー」とか、フィンランド映画に対して「アンノウン・ソルジャー」とか、なんで英語のタイトルを付けるのだ?我が国の映画配給会社のヘンテコな英語かぶれは、何とかならないものだろうか?日本社会の閉鎖性というか、アメリカ文化しか見ていない後進性というか、いろいろと心配になって来るぞ。もう手遅れと言う気もするが。