歴史ぱびりよん > 映画評論 > 映画評論 PART13 > クーリエ:最高機密の運び屋 The Courier
制作:イギリス
制作年度:2020年
監督:ドミニク・クック
(あらすじ)
冷戦真っ盛りの1960年。イギリスの平凡なセールスマン、グレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)は、ソ連・東欧へ営業に出向くことが多いことから、イギリス情報局MI6に目を付けられ、機密情報の運び屋(クーリエ)となることを要請される。
最初は気が進まなかったウィンだが、ソ連側の内通者ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)と友情に結ばれたことから、次第に熱心にクーリエの仕事に打ち込むようになった。
やがて勃発した「キューバ危機」。ウィンとペンコフスキーは、西側に重要機密を提供したことが発覚して、ソ連に逮捕されてしまう。しかし、彼らが提供した情報によって、世界は破滅から救われたのだった。
(解説)
『エジソンズ・ゲーム』で大活躍した(?)カンバーバッチ繋がりで紹介。
そして、史実を基にした物語第3弾。これも、たまたま散歩に行った日比谷ミッドタウンで、何となく鑑賞した映画だ。
スパイ映画と言えば、かつては「007」や『ミッション・インポッシブル』のようなカッコ良いイケメンヒーローが活躍するアクションものが主流だったのだが、近頃は、歴史上実在したリアルなスパイに焦点を当てる作品も増えてきた。
以前にもどこかで書いたけど、実際のスパイって、地味で目立たない普通の人であることが多いはず。なぜなら、スパイって、こっそりと情報のやり取りをするのが仕事なのだから、目立ったら絶対にダメだからである。そういう意味では、ベネディクト・カンバーバッチはどうなのよ?やや微妙な気もするけど、自ら大幅に減量した大熱演はやはり高く評価されるべきだろう。
ただし、歴史ものとしては、冷戦時代の古い通説に引っ張られすぎている。
この映画では、ソ連首相フルシチョフが、世界征服を狙う悪の独裁者として登場する。その世界征服計画の第一歩として、キューバにミサイルが置かれたことになっている。そして、ウィンとペンコフスキーは、その計画を未然に見抜き、アメリカに警戒態勢を取らせることで、独裁者の野望を挫いて世界平和を守った大英雄ということになっている。
しかし、この説明は、冷戦終結とソ連崩壊後に新資料が発見された後では、完全に否定されている古い通説なのだ。
フルシチョフがキューバにミサイルを置いた真の理由は、世界征服戦争の前進基地にするためではなく、アメリカがトルコにミサイルを置いたことの条件反射であり防衛措置だったのである。ただ、フルシチョフは、それをこっそりと行ったものだから、アメリカに要らぬ誤解を与えてしまった。ミサイル配備に気づいてショックを受けたアメリカが、過剰にパニックになり、キューバを攻撃しようとしたことから、第三次世界大戦勃発の危機が生じたのだ。
つまり、「ウィンとペンコフスキーのスパイ活動のせいで、すなわち彼らが余計な情報をアメリカに与えたせいで、世界は滅亡しそうになった」のが歴史の真相なのである。
しかし、この通りに映画を描いてしまうと、観客はみんな、主人公のことを嫌いになってしまうだろう。だから制作陣は、あえてカビの生えた古い通説を持ち出して物語を紡いだのだろうね。
いや。案外、憎まれにくい個性を持つ俳優カンバーバッチが演じた役柄なら、どんな悪いことをしても、仮に世界を滅亡させたとしても、観客は許してくれたかも。
そう考えるなら、新通説に基づくウィンの活躍も見てみたかったかな(笑)。