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赤い闇~スターリンの冷たい台地で Obywatel Jones

制作:ポーランド、ウクライナ、イギリス

制作年度:2019年

監督:アグニエシュカ・ホランド

 

(あらすじ)

1930年代。イギリスの新進気鋭の若きジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、世界大恐慌の中で、スターリン統治下のソ連だけが繁栄していることに疑問を抱く。

その謎を究明すべくウクライナに潜入したジョーンズは、餓死者が溢れる地獄のような光景を見たのだった。

 

(解説)

新宿武蔵野館で単館上映していた映画だが、劇場公開時はこういう映画を観たい気分ではなかったので敬遠し、最近になってウクライナが脚光を浴び始めたことから、セルDVDで鑑賞した。

これは、実在のジャーナリスト、ガレス・ジョーンズの一代記を描いた映画である。ポーランド映画だが、登場人物はほとんど英米人なので、劇中言語は英語が使われる。そして、ジャーナリズムの本質について、観客に根源的な問いかけを行う深い映画であった。

若き野心家ジョーンズは、世界で初めてヒトラーとの単独インタビューを敢行し、この恐ろしい独裁者の将来を予見してみせた。そんな彼が次なるターゲットに選んだのは、スターリン支配下のソ連である。

ジョーンズは、もともとウクライナにルーツを持つ人物だったので、ソ連当局の付き人の目をくらまして、豊かな穀倉地帯であるはずの同地に潜行する。しかし、ウクライナはソビエト政府による異常な収奪によって荒廃し、数百万の規模で農民たちが餓死していて、定期的に人肉食さえ行われていたのだった。

スターリンは、工業化政策を行う必要上、ウクライナから暴力で無理やり収奪した穀物を海外に輸出することで外貨を獲得し、またその国力を誇示していたのだった。すなわち、共産主義政権がしばしばやりたがる、「飢餓輸出」の最初の例である。

飢餓の荒野を絶望的にさまようジョーンズは、ついにソ連当局に捕まってしまう。しかしこの時は、ウクライナの人為的惨状について口外しない約束で、イギリスへの帰国を許されるのだった。

それでもジャーナリストとしてのジョーンズは、どうしても黙っていることが出来ず、ホロドモール(人為的飢餓)の実態を全世界に公表してしまう。ところが、ソ連にカネで飼われていたアメリカの著名ジャーナリスト、ウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)らがネガティブキャンペーンを行い、ジョーンズを売名目的の大ウソつきとして徹底的に貶めた。そして、頼みの綱であったイギリスの大物政治家ロイド・ジョージ(ケネス・クラナム)でさえも、「お前は祖国に余計な内政干渉をさせることで、イギリスとソ連を戦争させたいのか!」などと一喝してジョーンズを見捨てるのだった。

赤貧の境遇に落ちたジョーンズだったが、それでもジャーナリストとしての誇りを失わず、日本軍支配下の満州での取材を敢行する。そこで、盗賊を装った何者かによって殺害されてしまうのだ。

拙著『アタチュルク』の中で悪役を勤めて頂いたロイド・ジョージ元首相が、この映画でも鼻持ちならない悪役だったのに共感した(笑)。ただし、ロイド・ジョージの言い分も分からなくはなくて、世界の片隅でどんな残虐非道が行われていたとしても、それが外国の内政問題である以上、傍観者になるしかないのも事実である。

ただし、悪の芽が小さいうちに、内政干渉をやって潰しておくことが出来たなら、たとえばヒトラーや毛沢東やポル・ポトを押さえつけて、後に犠牲となる多くの人々を救済できたのではないかと悔やまれる面もある。そのためにも、良質なジャーナリズムは重要である。

多くの人々を救いたいと純粋に願って奮闘するガレス・ジョーンズのようなジャーナリストは本当に尊いし、我々は、このような人物を社会の中で大切に育てて守り抜かなければならないと感じた。

『赤い闇』は、鑑賞後にいろいろなことを考えるきっかけを作ってくれた良作である。