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長編歴史小説

黄花太平記 第二部

28.一天両帝・南北京

 菊池武重の逃走を手引きしたのは、北畠親房の指導する伊賀の忍者たちであった。彼らは、武重捕縛の後に伊勢に逃げて来た武重直属の郎党たちと共に、町人に変装して野次馬の中に潜んでいたのである。行列の中の武重が脱走する決意に踏み切れたのも、群衆の中に郎党の源三の姿を見つけ、事情を察知したからである。

 忍者たちの巧妙な策略によって少弐の追手を振り切った武重は、伊勢で弟たちと合流することができた。

 「兄上、無事でよかった」

 「お前たちこそ」

 肩を抱き合って喜ぶ兄弟たち。

 聞けば、既に懐良親王は五条頼元卿らに守られ、熊野から船出したという。

 「そうか、愚図愚図してはいられぬな。宮様より先に筑紫に帰り、拠点を整備しなければ」武重の発言に、弟たちも頷いた。

 菊池兄弟は手勢をまとめると、吉野の北畠親房卿のもとに向かった。

 「おお、肥後守、無事で良かった」親房は、武重に向かって力強くうなずいて見せた。「やがて帝も京を抜け出し、この吉野に臨幸なされる手筈である。そもじは、ただちに和泉より筑紫に向かうが良い。堺の港は楠木一族の勢力圏であるから、彼らが手を尽くしてくれるであろうぞ」

 「ははっ」武重は頭を下げて退出したが、親房卿は頭は切れるようだが、なんだか冷たい感じで、あまり好きになれなかった。

 「しかし兄上、吉野というところはひどい田舎だのう」八郎武豊がこぼした。

 「こんなところに帝が・・・おいたわしや」六郎武澄も、釈然としない表情である。

 「そう言うな。ここは、京からも堺からも熊野からも等距離にある要地だ。それに、わずかの兵力でも守り切れる地の利もある・・見ろよ、この桜並木を。春になればきっと満開になって美しいぞ」武重は胸を張って説明したが、内心では帝が不憫でならなかった。なんとかして京を奪回してさしあげたいと、強く思ったのである。

※                   ※

 さて、菊池兄弟が堺に向かった翌日の十二月二十一日、親房の予言どおり、後醍醐上皇は宵闇に紛れて花山院を脱出した。女官の着物を纏って敵の目をごまかしながらの、危険な逃避行であった。

 あわてて捜索隊を派遣する直義を尻目に、尊氏は重臣たちの前で高言した。

 「上皇のことを今後どう計らうか、実は困っていたのだ。上皇であらせられる以上、遠島に配流はできないし、かといっていつまでも花山院で不自由させるのも不忠であるし。いま御自身で他所へお移られたのは、不幸中の幸いと申すべきである」

 しかし尊氏は、後醍醐帝の闘志を過小評価していたとしか思えない。無事に吉野に着いた後醍醐上皇は、足利方の手にある神器が偽物であることを天下に宣言し、またもや復位して天皇と称したのである。

 ここに、京都と吉野に二つの朝廷が出現したのである。世の人々は、建武元号を用いる光明天皇を北朝、延元元号を用いる後醍醐天皇を南朝と呼び、一天両帝・南北京と呼び習わしたという。ここに、暗黒の南北朝時代が幕を開けたのである。

 いや、天皇は二人だけではない。先に後醍醐帝が譲位した北陸の恒良親王を含めて考えれば、天皇が同時に三人並立することとなる。これを擁する新田義貞も勢いを取り戻し、金ヶ崎城攻囲軍を何度となく撃退していた。攻めあぐんだ高師泰らの足利勢は、やむなく春の雪解けまで一旦解散することとなったのであった・・・。

※                 ※

 このような激動の情勢下、菊池一行は、和泉に出る前に河内に立ち寄り、楠木正行と会見した。約三年振りの河内の山河に、六郎武澄の眼は潤んだ。かつて一緒に臨んだ、亡き七郎武吉を偲んで落涙したのである。

 楠木正行は、年の頃十六、七か。色白細面で、あまり頑健には見えず、巨漢の菊池武重と並んだ姿は、何やら痛々しかった。だがこの若者こそが、吉野の西翼を固め、糧道と諸国への連絡路を確保する重責を担う人物なのであった。

 「父君(楠木正成)は、本当に残念でした」

 「いえ、こちらこそ御一族の武吉どのに済まなく思っています」

 武吉と親しかった正行は、本当に悲しそうな目をした。

 「これから大変ですなあ」正行のなで肩を見つめながら、武重は彼を待ち受ける試練を想像して同情した。

 「なんの、相手は足利尊氏。わざわざ父の首級を届けてくれた道義心のある男です。相手にとって不足はありません。亡き父のように全力で戦い、武運なくば華々しく散るだけです」正行は、輝く目で語るのであった。

 楠木氏の威信は和泉では未だに強く、菊池一行を密航させてくれる商船は簡単に見つかった。その中には、例の梅富屋の商船の名もあった。かくして、彼らが河内の正月を過ごして鋭気を取り戻せたころには、一行の出発の目処はついたのである。

 「いろいろと世話になり申した」

 礼をのべて去ろうとする菊池武重に、屋形の門前まで見送りに出た楠木正行は、思いついたように声をかけた。

 「肥後どの、堺浦の安徳寺に、うら若き尼御前がおわすそうです。風の噂では、肥後菊池家の縁者に当たるお人だとか。お心当たりはありませぬか」

 「これはわざわざ、かたじけない・・・心当たりはあります。立ち寄って見ることといたしましょう」武重は、心の動揺を隠しながら正行と別れた。

※                 ※

 和泉の堺の町は、打ち続く戦乱もどこ吹く風か、活気に溢れる大商業都市であった。密航に協力してくれる商人たちとの打ち合わせを終えると、菊池兄弟は町へと繰り出した。

 「兄上、顔を隠さないでも大丈夫かな」八郎武豊が心配そうな顔を向ける。

 「なあに、この町は実質的に吉野方(南朝)の勢力下にあるから大丈夫だよ。船出してからも、瀬戸内海の東側は安全だ。問題は、瀬戸内海の西から菊池に入るまでだ。まあ、商人とその積み荷にでも変装するしかないな」武重は陽気に答えた。

 「おいは、変装は得意だぜ。商人でも山伏でも、何でもござれ」経験者の六郎武澄も軽口を叩く。

 郎党数名を連れて町を行く三人の足は、やがて郊外の安徳寺へと向かった。懐かしい面影を一目見るために。

 安徳寺は、思ったよりも大きく立派な寺であった。住職に案内されて仏を拝む間にも、三人の視線は落ち着きなく辺りをさ迷った。

 やがて、武重が切り出した。

 「ご坊、この寺に、筑紫出身の尼御前がおられると聞いたが」

 「ええ、おられますとも。 妙梅尼 (  みょうばいに )    のことでしょう」

 「さりげなく会見したいのだが、いずこに居られるかの」

 「この時分なら、裏庭で雪掃除でもしていることでしょう」

 裏庭に回った菊池三兄弟は、住職の言葉に偽りないことを知った。庭の片隅で静かに竹箒を使う清楚な尼僧に出会ったのである。

 「綺麗なお庭ですね」

 武重に突然声をかけられて、尼は戸惑った様子であったが、おずおずと笑顔を向け、心なしか雲を踏むような口調で話した。

 「ええ、でもここより綺麗なお庭はたくさんありますわ」

 「ほほう、例えばどのような」

 「うちの故郷の庭。とても広くて、春になると桜がいっぱい咲くのですわ」

 美しい目に懐かしさを一杯に浮かべた尼の目を見ていると、武重の胸は強く締め付けられた。尼の言う庭は、菊池深川城の庭園に違いないから。六郎も八郎も、尼を正視できずにうつむいていた。その双肩は、心なしか震えている。

 おいを覚えておいでですか。そう言いかけた武重は、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。あまり刺激を与えて病状を悪化させてはいけないと、高麗人の医者に注意されていたからである。尼となった菊池妙子は、悲しい記憶を忘れ去ることによって、わずかに正気を保っているのだから。

 「お邪魔いたした、いずれは、故郷のお庭に足をお運びくだされ」

 「お体に、くれぐれもお気をつけくださいね」

 「いつまでもお元気で」

 口々に言う菊池兄弟の丁重な言葉に、妙梅尼の妙子は不思議そうに首をかしげるばかりであった・・・・。

※                  ※

 数日後、菊池兄弟や城武顕らに率いられた軍勢五百余名は、商船団の甲板で瀬戸内海の風を体いっぱいに浴びていた。

 「・・なんとしても足利兄弟の野望を食い止めなければならぬ・・・」

 「いつの日か、きっとまた京に戻ってくるぞ」

 「・・全てはこれからだ」

 遠ざかる堺浦の陸影を見つめながら、菊池武重、武澄、武豊の三人は、故郷の大地で展開されるべき、新たなる戦いへの闘志を燃やすのであった。

 

 

第二部  完

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