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長編歴史小説

黄花太平記 第三部

2.寺尾野城の狼煙

 南朝の延元二年、と同時に北朝の建武四年(1337)の二月。肥後菊池に、奇妙な山伏の一団が訪れた。彼らは、焼け野原と化した田園や、周囲に散見される馬蹄の後に慄然とした。とりわけ彼らを驚かしたのは、廃墟となった深川城であろう。城門は無残に崩落ち、往時の栄華はかけらも無い。

 「兄上、これはひどい」

 「うむ、まさかこれほどとは」

 「五郎兄上や九郎たちは、何処におるのだろう。心配じゃのう」

 呆然と立ち尽くす影は、艱難辛苦の末に帰郷を果たした、菊池武重、武澄、武豊の兄弟と、その郎党たちなのであった。商人に変装して足利方の追及の目をくらました彼らは、密かに筑前の芦屋に上陸すると、山伏の一団に姿を変え、九州山脈を踏破してここまで帰りついたのである。故郷に着きさえすれば、家族たちが暖かく迎えてくれると信じて頑張って来た彼らは、失望の色を隠すことができなかった。

 「とりあえず、みんなの所在を知りたいが・・・」

 武重は、荒れ果てた付近の民家を訪ねることにした。

 領民たちは、逆境にもかかわらず意外と元気で、暖かく山伏たちと接した。やがて山伏の正体がお屋形様と知ると、喜びの声をあげて口々に訴えた。

 「お屋形様、おいは大事な苗を目茶苦茶にされましただ」

 「おいは家を燃やされましただ」

 「おいは、娘をさらわれましたとですばい」

 武重は、力強く応えた。

 「みんな、おいが帰ったからにはもう安心ぞ。おいの目が黒い限り、もう悲しい思いはさせない。この菊池には指一本触れさせぬ。おまえたちの悔しさは、千倍にして逆賊に償わせてやるからな」

 領民から家族の消息を知った一行は、足並み揃えて 寺尾 ( てらお ) 野城 ( のじょう ) に向かった。寺尾野城は、深川の北を流れる 追 ( は ) 間川 ( ざまかわ ) の上流にある要害で、今では九郎武敏を始めとする一族の軍事拠点となっていた。

 寺尾野には案の定、一族たちが集結して軍議を重ねていた。そして、惣領・菊池武重と精鋭・千本槍隊の帰還は、四面楚歌にある一族を大いに勇気づけたのである。

 「次郎兄上、おいは、おいは嬉しいよ」

 いつもは強気な九郎武敏も、涙を流して武重に抱きついた。

 「九郎、よく頑張ったぞ。そう泣くな。おいが戻ったからにはもう安心ぞ」武敏の背中を優しく撫でながら、武重はこの二十歳にもならぬ弟の偉業を心から賛嘆していた。東西南北を圧倒的な敵に囲まれながら、一歩も退かずに戦い続け、一族を今日まで守り抜いて来たのだから・・・。

 その様子を嬉しそうに見守る五郎武茂にも、武重は優しく声をかけた。

 「おお、五郎。おまえも本当にご苦労だったな」

 「なあに、こうして兄上の無事な姿を見ると、ますます力が湧いてきますわい」

 「ああ、その意気だ。本当に忙しいのはこれからだからな」

 だが、武重たちの帰郷は、戦死者の遺族に新たな悲しみを与える結果にもなった。特に愛児・ 武吉 ( たけよし ) を失った 章子 ( あきこ ) の悲しみは大きく、遺品を前に泣き崩れ、介抱に一騒動持ち上がった。これに対し、武村の死は思ったよりも冷静に受け入れられた。あの年まで生きて帝のために命を賭けたのだ、さぞかし本望だったろう、と遺族たちは遠い目をして語った。

 その日は、武重たち一行はそれぞれの家族の元に散り、三年振りに暖かい家庭の語らいに接したのであった。六郎武澄や八郎武豊も、母や妻に温かく迎えられ、京畿での武勇伝に花を咲かせた。

 その日の夕刻、妻の裕子の酌でほろ酔い機嫌の武重の元に、小さな女の子が挨拶に来た。五歳くらいで、丸顔の可愛い子である。武重には、それが誰かすぐに分かった。

「早苗、大きくなったね」

 「次郎兄さま、お疲れさまでした」乳母の桔梗に教えられたとおりに、行儀よく畳に両手をついて挨拶する早苗は、確かに父親(武時)の面影を宿していた。

 「次郎兄さんの顔を覚えているかい」優しく聞く武重の声に、顔をあげた早苗は笑顔を向けた。

 「うん、いつも夢で見てますもの。でも、夢の中に出てくるお顔とちょっと違うわ」

 思わず顔を見交わした武重夫妻は、可愛い返答に大笑した。

 「父様がいなくても、寂しくないかい」武重は、少し身を乗り出した。

 ちょっぴりうつむいた早苗に、武重は語気を強めた。

 「早苗には父様はいないけど、いいお兄さんが大勢いるじゃないか。みんな父様の代わりだ。たくさんの父様がいると思えば、少しも寂しくないだろう」

 「うん、次郎兄さまが大きなお父様で、五郎兄さまが次のお父様、六郎兄さまも、八郎兄さまも、九郎兄さまも、みんなみんなお父様ね」

 「そうだよ、早苗は賢いな」

 ちょっぴり顔を赤らめる小さな妹の姿に、武重は胸が熱くなった。父上が生きていれば、早苗が立派な娘に育ったのを見て、どんなに喜んだだろうか。

 その翌朝、今度は弟の虎若丸が訪ねて来た。いかつい胸板をした大柄な十六歳の若者に成長した虎若は、口元にうっすらと髭を生やしている。

 「次郎兄上、約束ですよ。おいの元服の 烏帽子親 ( えぼしおや ) になってください。」

 「おお、そうだったな。よし、今日中に支度しよう・・・お前も、五郎や九郎を助けて良く頑張ったそうだな」

 「いえ、それほどのことは」

 「謙遜は無用ぞ。 強者 ( つわもの ) と言われるような男は、滅多に自分を貶めてはいかん」

 「強者・・・、おいが」

 「ははは、そう言われる男になるように努力しろということだよ。・・実はもう、名乗りを考えてあるんだ、虎若。光り輝く男になるように、 武光 ( たけみつ ) 、というのはどうだろう」

 「菊池武光・・・、いい名じゃあ。有り難う兄上っ」

 やがて、虎若の元服式が万座の中で盛大に執り行われた。虎若には、菊池南方の豊田荘が与えられ、この日から菊池虎若丸は 豊田 ( とよた ) 十郎 ( じゅうろう ) 武光 ( たけみつ ) となった。

 引き出物の太刀を得意気にぶら下げた武光は、さっそく軍議に出席し、兄たちや城、赤星、隈部一族らと共に作戦計画の審議に当たった。また、万座の中には阿蘇惟澄の姿もあって、立派になった虎若を祝福してくれた

 「つい先日、ついに豊後の玖珠城が陥落し、大友貞順が肥後に逃れて来ております。彼の再起を援護するためにも、挙兵は早いほうがよいのでは」

 五郎武茂の報告を前に、武重の心理は複雑であった。大友貞順は、前の惣領・大友貞宗の長男であるにもかかわらず、跡目を弟の氏泰に奪われたのが不満で、大友一族と戦っている。そのような者を支援したくなどないが、敵の敵は味方。ここは清濁合わせ飲む度量が必要なのだ。

 武重は、後醍醐天皇の計画を万座に向かって説明した。天皇は、各地に親王を派遣し、それを核として軍勢を結集し、東西より京を奪還する予定である。北陸には天皇 恒良 ( つねよし ) と尊良親王を擁する新田義貞。東北には、 義良 ( のりよし ) 親王を擁する北畠顕家、そして筑紫には、未だ到着しない 懐良 ( かねよし ) 親王を擁する手筈の菊池一族。

 「懐良親王は、海賊の忽那義範に守られて瀬戸内海の忽那島で筑紫上陸の準備をしているそうな。だが、既に 五辻宮 ( いつつじのみや ) 守良 ( もりよし ) 親王は日向に上陸し、 三条 ( さんじょう ) 泰季 ( やすすえ ) 卿は薩摩に上陸し、反島津勢力を募っておる。親王を早く安全に菊池に迎えるためにも、早期の戦果拡大が必要である。また、少弐頼尚不在の今こそ、戦果拡大の機会である」武重のこの発言に、一堂は頷いた。

 かくして、菊池一族は一斉に臨戦態勢に入った。名工の菊池延寿に大量の武具を発注し、家を失って生活に困る領民は千本槍隊に参加させた。 内河 ( うちかわ ) 義真 ( よしざね ) や 伊 ( い ) 東祐広 ( とうすけひろ ) といった宮方の同志とも連絡を取り、必勝の態勢を固めた。当面の目標は、博多の鎮西大将軍・ 一色 ( いっしき ) 範 ( のり ) 氏 ( うじ ) の打倒である。

 延元二年二月下旬、菊池武重は寺尾野城に戦いの狼煙を上げた。既に菊池武重の勇名は九州全土に轟いており、宮方の意気は天を衝き、武重の帰国を知らなかった武家方の衝撃は大きかった。

 「菊池武重の挙兵だとっ、まさか。奴は畿内で野垂れ死んでいるはずだ。武敏の間違いではないのか」一色範氏は一笑に付したが、側近たちの顔色は悪かった。

 「お屋形、笑い事では済みませんぞ」

 「そうですとも。御三家(少弐、大友、島津)の主力が上京している今、筑紫の味方は少数です。情勢は深刻ですぞ」

 「噂によると、武重の率いる千本槍隊の強さは、未だ負けを知らぬとか」

 弱気な部下の発言に、範氏は鼻白んだ。

 「お前たちがそのようだから、菊池一族ごときにここまで翻弄されるのだ。恥を知れ、恥を」

 そんな範氏も、京から足利尊氏の直筆の書状が送られて来た時は、さすがに緊張した。

 「ううむ、将軍(尊氏)が、菊池武重討伐を厳命して来たぞ・・・。おおっ、大友氏泰の軍勢をこちらに回すと言ってくださっておる。ここは、乾坤一撃の戦を挑むほかない」

 かくして、博多の足利勢の動きも慌ただしくなった。松浦、龍造寺、深堀、宇都宮、大友氏の軍勢が、次々に将軍館に詰め掛けた。

 「今回は、この一色範氏自ら指揮を執る。佐竹、大友、松浦、龍造寺、宇都宮、深堀、千葉、そして弟・ 頼行 ( よりゆき ) の軍勢はわしに続け。今川助時は別動隊を編成せよ。一気に肥後に侵入し、菊池一族を粉砕するのだ。これは決戦ぞ。この討伐に参加しない者には恩賞の訴訟は今後許さず、手柄の無い者からは所領の五分の一を没収するものとするっ」

 無茶苦茶な軍令だが、範氏の覚悟に武家方諸将は戦慄した。さらに範氏は遠征参加諸将の全員に起請文を書かせ、二心を抱かぬように念を押した。

 いつしか五千を数えた一色軍は、二月中旬には博多を進発し、一斉に南下したのである。

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