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長編歴史小説

黄花太平記 第三部

9.菊池武重の死

 菊池武重は、阿蘇惟時退陣の知らせを受けても病床から立ち上がれなかった。本城の救援は弟たちに任せ、自身は手勢とともに山中に残り、床の中で戦局を見つめていた。少弐軍撤退の報告が入ると、青い顔に白い歯を見せて、静かにほほ笑んだ。

 そして、輿に乗せて深川城に運ばれた病体の武重は、もはや、自分の肉体がこの冬を乗り切れないことを、はっきりと悟っていた。

 問題となるのは、武重亡き後の一族の運命である。特に、跡継ぎの選定である。寄合衆も何度か会合を開いて前途を慮ったが、やはり武重でなければ結論は出せなかった。

 「おいの跡継ぎは」武重は、内談室に運び込まれた寝具の中から、周囲に集う弟たちや宿老に向かって宣言した。「 又 ( また ) 二郎 ( じろう ) 武士 ( たけひと ) と決定する」

 万座はどよめいた。誰もが、子のない武重の世継ぎは、同腹の弟・九郎武敏に違いないと考えていたからである。なぜなら、亡き寂阿入道武時の嫡子は、次郎武重、三郎頼隆、九郎武敏、又二郎武士、そして早苗の五人であるが、このうち三郎が既に故人である以上、次郎の跡継ぎは九郎となるのが順序だからである。

 第一、百戦錬磨の勇将・武敏に比べて、又二郎武士は、いかにも頼りなかった。武士は、亡き寂阿入道の十一番目の子供であるから、十郎武光の二番目の弟に当たる。武士は、すぐ上の異母兄・ 与一 ( よいち ) 武隆 ( たけたか ) と共に、今年の中頃に元服したばかりで、政務も実戦も未経験の十六歳である。しかも、幼いころから武芸に関心が薄く、詩作に明け暮れるような若者であり、危機に瀕する菊池一族を支える器量の持ち主とは、到底思えなかった。

 その又二郎本人は、万座の隅のほうで青くなっていた。襲名の事は事前に武重から聞かされていたから、惣領に指名されて驚いたのではない。周囲を支配する険悪な雰囲気に脅えたのだ。自分が惣領に向かないことを、最も良く知っているのは彼自身だった。

 「兄上っ」狼狽して口を出したのは、五郎武茂である。「なぜです、なぜ九郎を差し置いて、又二郎に家督を譲るのですか」

 「又二郎では不満なのか」武重は、枕から顔を上げた。

 「又二郎は、まだ子供ではありませんかっ。とても次郎兄上の役は勤まりませんぞ。誰だって分かることです。まさか、兄上は病気のせいで理性を失ったのではありませぬか」

 「五郎、お前の役目は何だ。言ってみろ」武重の眼光は鋭い。

 「・・・お、おいの役目は、寄合衆を束ねる管領です」

 「うむ、それでは、管領は何のためにあると思うか、言ってみよ」

 「・・・惣領の定めた基本方針の下に寄合衆を束ね、一族を団結させるためですばい」

 「そうだ、惣領の基本方針は既に決まっておる。吉野の帝のために筑紫を平定し、都を回復することだ。後は、これを寄合衆の力で実現させるだけだ。つまり、惣領は誰が継ごうが同じことよ」

 「・・ならば、どうして九郎では駄目なのですか」武茂は、武重出征中に一族を守って共に奮闘した九郎に、なんとしても惣領を継いで欲しかったのである。

 「九郎は勇敢すぎる。寄合衆の決定に、常に従うとは限らぬだろう。それでは、寄合衆の意味が無くなる。その点、おとなしい又二郎なら大丈夫だからだ」

 「ばってん、九郎が陣頭に立たねば、味方の士気は奮いませんぞ。又二郎では役不足でしょう」

 分からぬ奴だ、と武重は思った。武茂は実直であるが、思索に欠けるところがある。

 武重が、おとなしい武士をわざわざ跡継ぎにしたのには理由があった。残された一族に、自分の死後数年間、戦争を控えて雌伏して欲しかったのである。武重が調べたところ、度重なる戦いの連続で、菊池氏の生産資源や人的資源は枯渇しつつあった。これ以上の損害は、極力避けねばならぬ。

 もしも、あの勇猛な九郎武敏が跡を継げば、一族は奮起して積極的に戦争を挑むであろう。そうなれば、敵も恐怖し、早期撲滅を図って嵩にかかって攻めて来る恐れがある。これを避けるためには、柔弱な者に跡を継がせ、味方の積極性を弱めると同時に、敵に油断させて攻撃を弱めるのが最良の方策である。そして寄合衆が置かれた以上、消極策をとったとしても一族の団結は保証できるし、弱体化することもあるまい。

 だが、このことを一同に向かって言うことはできない。みんなが緊張感を無くしてしまったら、それこそ一族の士気は低迷し、団結すら難しくなるからだ。

 「五郎兄上」その時、口を出したのは、問題の九郎であった。「おいのために、次郎兄上を苦しめるのはやめてくれ。おいは、頼まれたって惣領はやらん。柄じゃないからだ」

 実をいうと、九郎武敏は既に武重から根回しを受けていた。武重は、九郎と又二郎にだけは事前に本音を語ったのである。最初は釈然としなかった九郎も、武重の真摯な形相に胸を打たれ、最後には心から納得したのである。

 「ばってん、又二郎では」

 なおも食い下がる五郎だったが、それを受け止めたのは九郎の静かな笑顔であった。

 「五郎兄上、次郎兄上を信じようぜ、いつものように。これからは、管領としてしっかり又二郎を支えてくれ。おいも協力するからさ」

 九郎が納得するなら仕方ない。世継に不満の連中も、九郎の笑顔を見て牙を捨てた。

                    ※                  ※

 それからしばらくの間、臨終の近い菊池武重の病床に、多くの人々が入れ替わり立ち代わり訪れた。

 五郎武茂、六郎武澄を初めとする兄弟たち。城隆顕や大城藤次といった家老たち。そして、母・智子や大智禅師。

 最初に訪れたのは、豊田十郎武光であった。武重は、床の中から笑顔で迎えた。

 「おお、十郎。よく来てくれたな」

 「兄上・・・」

 「お前の今度の活躍は聞いている。見事だったぞ」

 「・・・・」十郎は、涙の潤んだ目を兄の白い顔に注ぎ続けている。

 「おいが見込んだとおり、お前は、六郎の知謀と九郎の勇猛さを兼備している。謙虚な姿勢は必要だが、自分の力をいつまでも隠していてはいかん。兄たちに遠慮はいらぬぞ。これはと思う時期が来たら、思う存分に羽ばたくがいい」

 「おいに出来るでしょうか」

 「出来るとも。必ず出来る」

 「・・・・・」

 十郎武光は兄の目を見つめ、次郎武重は優しく微笑んだ。この時、武重の心には未来を望見できないもどかしさが渦巻いた。この弟の来るべき勇姿を見たかったのだが。

 その日の夜、武重は昏睡状態に陥った。妻・裕子がつききりで看病に当たった。彼の意識が回復したのは三日後のことで、病室には妻と母と早苗、そして大智禅師がいた。

 「これは、禅師」

 寝具の上に座り直そうとする武重を、大智は慌てて制止した。

 「おいが危機を脱し、無事に家族に囲まれて死ねるのも、大智どのの祈祷のお陰です。感謝しもうす」横たわった姿勢で、死を迎えようとする男は言った。

 「いいえ、次郎どのの武運の賜物です。拙僧は何も・・・」静かに答える高僧。

 「・・・伝え聞くことによると、楠木正成どのは、死ぬ間際に『罪深い妄執であるが、七度人間に生まれ変わって、逆賊と戦いたい』と言ったそうな。・・・おいは、人間に生まれ変わりたいとは思いませぬ。大空を翔る鳥となって、弟たちの活躍を見ていたい」

 「次郎どのは、力の限り本分を尽くされたのじゃ。後は、安らかに眠ることだけを考えなされ。弟御のことは、涅槃から見守ればよいのじゃ」

 「おいが息を引き取るときも、そばにいてくれますか、可哀想な小夕梨の時のように」

 「もちろんです。最後まで冥福を祈り続けますぞ」

 「かたじけない。残された一族や良民を、よろしくお願いいたす」

 武重は、母や妻、そして妹の顔を見つめた。「母上、先立つ不幸をお許しください。裕子、苦労をかけたね、長い間済まなかった。早苗、あまりお転婆に育って、母上を困らせるなよ」

 武重を愛する三人の女は、涙をこらえ、揃って頷いた。

                       ※                 ※

 皆が寝静まり、一人になる夜には、武重の脳裏に不安がよぎることもあった。自分は一族を最も危険な博奕に追い込んだのではないか。足利幕府に敵対したのは誤りではなかったか。武村も武吉も犬死にではないのか。

 そんな彼の心をいつも慰めるのは、理想のために博多に散った父・武時の勇姿と、あの精悍な後醍醐天皇の龍顔であり、また、生死を共にできる友人と言えた、楠木正成や新田義貞との思い出であった。

 自分は、己の信じる道を堂々と歩んだのだ。誰にも恥じることはない。少しでもそう思える時、武重は幸福だった。

                       ※                 ※

 菊池武重が息を引き取ったのは、二月末日のことであった。春の矢先のその死に顔は、陽光を浴びたかのように安らかであった。その享年はわずか二十八。あまりにも若すぎる死であった。死の直前、一族宗徒の一人一人に丁寧に言葉をかけ、これまでの苦労をねぎらうとともに、子供のいない自分の荘園を、みんなに公平に分配した。

 跡を継いだのは、又二郎武士。寄合衆は、新しい惣領の元に団結を誓いあった。

 菊池武重の墓は、菊池 隈府渡山 ( わいふわたりやま ) の東福寺にある。その法名は「 歓喜 ( かんき ) 」。冥府の彼は、その後の一族の歩みをどのような気持ちで見守ったのだろうか。

 

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