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長編歴史小説

黄花太平記 第二部

13.大渡攻防戦

 足利尊氏が男山を占拠したと聞いて、新田軍一万は行動を起こした。ただちに洛中から出撃し、淀の大渡に向かったのである。

 大渡は、今日の地図では確認出来ないが、おそらく御幸橋の辺りと思われる。いずれにしろ、ここが新田義貞と足利尊氏の二度目の決戦場となったのだ。

  新田勢は大渡の橋板を落とし、北岸に陣を構えた。その軍勢の中には、もちろん菊池一族の姿もあった。彼らは、故郷の深刻な情勢など知る由もなく、目前の戦いに全力を投入するしかなかったのである。

  「兄上、足利勢が来るぜ。すごい数だな」七郎武吉が声を上げた。

  「あの中に、裏切り者の大友貞載や塩谷判官、佐々木道誉もいるのじゃろか」武村は難しい顔で、対岸に展開する敵を見つめている。

  「どうやら、敵の先陣は高師直だな。仕掛けて来るぞ。皆、持ち場につけ」武重は、少しも動ぜずに命じた。

 大叔父と弟たちは速やかに部署につき、兵士たちは弓に矢をつがえて敵の渡渉を待ち受けた。

 菊池勢の持ち場は橋の袂であったので、橋桁を伝わって来る敵との白兵戦の可能性もあった。それで、弓隊の後方には千本槍隊も待機していた。

  足利家執事の高師直は、周到に大量の筏を用意していた。弓隊の援護の下で、人海戦術で一気に渡河する作戦であったのだ。

 「新田義貞め、その首、この師直がいただいた」師直の采配が大きく振られ、壮烈な矢の射ち合いが始まった。

 青い淀の流れの上を飛び交う矢の雨。これを背景に、寄せ手の大軍は筏を浮かべると続々と対岸へと漕ぎ出した。一見、この作戦は非常に順調に思われた。官軍の矢に倒れる者も多かったが、筏と兵員の数はそれ以上に多かったからである。しかし・・・。

  寄せ手の筏は川の半ばで突然動きを止め、それ以上先には進めなくなった。

  「しまった、川底に乱杭が打ってあったのか。それが筏の底に引っ掛かって動きを止めたのだ。これはいかんっ、引き返せっ」

 師直は必死に叫んだが、後の祭りであった。杭に引っ掛かって動けない筏の兵士たちは、なすすべもないまま官軍の弓隊の餌食になった。

 こうして、この日の戦いは官軍の大勝利に終わった。足利方の無数の死体は、淀川を山のように流されて行った。

 「何度でも来るが良い。いつでもこの始末だぞ」新田義貞は、味方の凱歌を背景に、対岸に向かって怒号した。

 しかしその夜、義貞は諸将を集めて軍議を行った。戦いはここだけでは無く、瀬田でも宇治でも山崎でも老の坂でも、敵の攻撃が始まっていたからである。場合によっては、大渡からも援軍を割く必要があるのだ。

  「江田えだ 行義ゆきよし (新田一族)が、老の坂で苦戦じゃ。船田入道、ご苦労だが救援に行ってくれぬか」

 「心得ました」船田義昌は、ただちに手勢を連れて丹波口へと向かう。

 だが、その夜のうちに陣替えした兵力はこれに止まらず、大渡の兵力は大幅に減少したのだった。

 この様子に、軍議に集まった諸将は皆うなだれた。圧倒的な敵の前に、いつまで抵抗が続くというのだろうか。

  「みんな、元気だせ」新田義貞は、強いて笑顔を見せた。

 「そうじゃ、宇都宮どの、例の四天王寺の武勇談を聞かせてくれぬか」

 「えっ、ええよ」

  当惑顔で進み出た宇都宮公綱は、猛々しい顔に似合わぬ話上手で、自分の武勇伝を脚色して語るのが得意であった。そんな彼の十八番は、元弘の戦乱の折りの楠木正成との対決であった。新田義貞は、公綱の勇ましい武勇伝で皆の勇気を奮い立たせようとし、公綱も、その期待に応えようとしたのである。

 「あれは確か、元弘三年の正月じゃったか。宮方の楠木河内守が、一万の大軍で四天王寺に攻めて来たのよ。そいでな、迎え撃った六波羅軍十万がひどい負け方をしての、当時まだ幕府方で、東海一の弓取りと言われ、都に来ていたこの宇都宮公綱の出番となったわけよ。だがな、わしの率いる兵はわずか二百、とても楠木どのの大軍には及びもつかぬ小勢じゃった。あれは丁度今日のような寒い日じゃったか。わしは死を決して出陣したのだ。数が少なくとも、天佑神助があれば勝てぬではないと思ってな」

 「それで、どうなったのじゃ」初めて公綱の十八番を聞く千葉貞胤が口を出した。

 「それがな」公綱は唇を舌で湿らすと、得意の大音生で山場を続けた。「楠木どのは一揉みに我らを踏みつぶすつもりだったのだが、我が先鋒隊の血走った目の色を見て、腰を抜かしたのじゃ。こんな怖い軍勢見たことが無いと言うてな。それで、我が勢は当たるを幸いばったばったとなぎ倒し、さすがの名将楠木どのも、すごすごと河内に逃げて行ったのよ。楠木勢は、悲鳴を上げながら、見るも無残な有り様じゃったなあ。・・我らは四天王寺を奪い返し、大手柄というので絶賛されたわい。結局、恩賞は貰わずじまいじゃったが。がっははは」

 「法螺も大概にせえや、あの楠木どのが、そんな無様なわけはあるまい」松浦定が、眉に唾をつけながら言った。

 「嘘だと思ったら、そこにいる菊池七郎どのに聞くがよい。七郎どのは、あのとき楠木どののところに居たはずだから」公綱は、菊池武吉の方を向いて、密かに目配せした。

  「やれやれ」と心の中で思いながら、武吉は口を出した。「宇都宮どのの言うことは、一応は本当ですな。事実の片鱗は、微かにありもうす」

  「ほうれ、見い。ほうれ、見い」手を打って勝ち誇る公綱であった。

  「ただし」武吉は笑顔を見せた。「話振りが、ちょっと大袈裟ですたい。正成どのが聞いたら、きっと目を丸くしますよ」

 「むっ、そりゃあ、演出というやつよ」公綱が頭を掻くと、皆は爆笑した。

  笑いが収まったころ、菊池武村が万座の中から進み出た。

  「ははは、皆、武勇伝が聞き足りない顔をしておるな。わしがもっと勇ましい武勇伝をお聞かせいたそうぞ」

 「おお、でも、どんな話ですかな」と、興味津々の堀口貞満。

 「わしが語れるのは、蒙古来襲の折りの菊池一族奮闘記じゃ」

  「ほお」

 「それは面白そうじゃ」

  口々に言う面々に、新田義貞も苦笑しながら武村の武勇伝に耳を傾けることにした。 実は武村は、当時子供だったため元寇に参戦した経験など無かった。だから彼が話そうというのは、小さいころに父の武房から繰り返し聞かされた物語であった。

 「・・・・・鎮西奉行・少弐景資かげすけ が、蒙古の新兵器に敗れて水城まで退却中と聞いて、我が父・武房は闘志を燃やし、一族三百騎とともに赤坂の高地の麓を回り込んで、進撃中の敵の大軍に密かに近づいたのじゃ。じゃがな、うまく敵の横腹に不意打ち仕掛けた我らだが、敵もさるもの、わざと大軍の中心に我らを引きずり込んで包囲して皆殺しにしようとしたのよ」

 「そ、それで、どうなさった」今度は、宇都宮公綱が身を乗り出す側だった。

 「我が父・武房は少しも慌てず、不敵な笑みを浮かべながら、蒙古の包囲が閉じる瞬間を待ったのよ。父は、包囲が閉じられ、敵が攻勢に入る瞬間に弱点が生ずることを良く知っていたのじゃ。この策は、まんまと図に当たった。蒙古の大軍は内部から食い破られ、得意の新兵器を使う暇も無く橋頭堡を捨てて海に逃げざるを得なかったのじゃ。この情勢に他方面の敵も狼狽し、皆で船に引き返したのじゃ。そこに神風が吹いたというわけよ」

  この武村の熱弁に、諸将はすっかり引き込まれた。全員の目が、武村の輝く顔に注がれ、さっきまでの悄然とした雰囲気が嘘のようだった。

 この様子に、菊池武重は大叔父を誇りに思い、これからの戦に自信がみなぎるのを感じていた。

  武村の話が受けた理由は、その題材が醜い内戦ではなく、勇壮な侵略防衛戦だったからであろう。また、公綱の話もそうだが、小勢が大敵を破る話には、現在の官軍の状況を勇気づける性質が宿っていたのである。

  「大叔父上、さすがでした」明日に備えて陣に引き返す途上で、菊池武重が武村に語りかけた。「千本槍の着想といい、大叔父上は実に素晴らしい人ですね」

  「ははは」武村は照れた。「これが年の功というものよ。次郎どの、それに六郎、七郎、八郎も、わしくらいに年をとれば出来ることよ。お前たちの孫に、この辛い京の戦の話をしてごらん。きっと大喜びするじゃろうよ」

 「でも、大叔父上のような白髪頭は後免だな」と、並んで馬を進めていた八郎武豊が軽口をたたいた。

  「なあに、年をとれば良いことも多いぞ。わしも長生きのお陰で、こうして都で天朝さまのために働けるのだから」笑顔を絶やさずに武村が応えた。

 「大叔父上、そんな事より星をご覧くだされ。今夜はやけに奇麗ですよ」六郎武澄は、さっきから会話に参加せずに、馬上揺られながら星空を見つめていたのだった。

  「おお、さすが六郎どのは風流じゃわい。」武村は空に目をやり、その美しさに詠嘆した。「星たちから見れば、我らの戦など小さなものであろうな・・・・

※                 ※

 そのころ、近江を懸命に西に駆ける軍隊があった。奥州の北畠顕家の大軍である。

 皆泥まみれで、春先の寒さにも拘わらず汗びっしょりであった。歩卒の中には、疲労のあまり口から泡を吹いて脱落する者も多かった。無理も無い。途中ほとんど寝ていないのだから。

 総大将の顕家は、鎮守府将軍という厳しい称号に似合わぬ美少年で、まだ十八歳だった。 彼の愛馬の鞍つぼには、可愛い男の子が顕家に抱きかかえられて座っている。帝に預けられていた義良のりよし 親王(後の後村ごむら かみ 天皇)である。泣き出しそうな顔を、必死でこらえている。

  「宮様、もうすぐ都です。懐かしい父上様(後醍醐天皇)にお目にかかれますよ」 顕家は優しい笑顔を見せた。

  顕家の後ろに馬を走らせているのは、その父親の北畠親房である。彼はかつて大塔宮派だったためか、息子とともに奥州に派遣され、中央政局に関与できずにいたが、公家の中ではその知略は随一であった。苦虫を噛み潰したような顔で、息子の背中や遥かな行く手を見つめている。

 「都の馬鹿どもめ。大塔宮を陥れて、あの無能な新田義貞に代えるとは、なんと愚かなことをしたのだ。大塔宮さえ無事でいたなら、足利尊氏など物の数では無かったろうに」

 親房は、尊氏よりも、伯母の子である大塔宮を陥れた公家たちに腹が立つのだった。

※                  ※

 正月十日、大渡に足利軍の攻撃が再開された。

  川の上を無数に矢が飛び交い、流れは見る見る赤く染まる。官軍の陣地は揺るぎもしなかった。新田義貞は自ら陣頭指揮を行い、敵の大軍を寄せ付けなかった。

 橋板を落とされた不安定な橋桁の上では、菊池勢の奮戦が目覚ましかった。足利勢は矢に射倒され、槍に突き倒されていく。

 「よし、いいぞ。その調子じゃあ」元気な武村は、欄干の上に仁王立ちになって、逃げ行く敵を追撃する味方の士気を鼓舞した。

 とても六十を越えた老人とは思えぬ活力に、兵たちは大いに勇気づけられて奮闘した。だが、その時である・・。

 「うわっ」武村は、突然足場を失って転倒した。かろうじて橋桁に横たわって川への転落は免れたが、一人では身動き出来ない様子。

  「どうなされた」駆け寄った若党は、武村の胸に突き立った一筋の矢に色を失った。武村は敵の流れ矢に当たったのだ。

 「こ、これは」

 手当しようとする若党だったが、武村は苦しい息の下で言った。

  「・・わしはここまでじゃ。次郎どのに、後を頼むと伝えてくれい」

  急いで後方に運び込まれた時には、もう武村の呼吸は絶えていた。菊池武重は、物言わぬ大叔父の白髪頭を膝に抱えて悲嘆に暮れた。

  「ぐう、大叔父上っ、戦は勝っているというのに、何ということだっ」 丁度その時、一騎の伝令が本陣に駆け込んで来た。

 「肥後守どの、本陣からの伝令ですっ。急いで退却の準備をしてくだされっ」

  「なんだとっ」武重は怒った。「ふざけるな、味方は勝っているんだ。退く必要などどこにあるっ」

 「山崎が賊軍に突破されたのです。脇屋さまの守りが破られたのです。敵は都に向かって進撃中っ、このままでは背後を絶たれ、敵中に孤立してしまいますぞっ」

  「畜生っ」

 武重は中空に向かって絶叫した。大叔父の死は無駄になったのだ。

 雪崩をうって壊乱する官軍の中で、武重はいつまでもいつまでも唇を噛みしめていた。

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