歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ

長編歴史小説

黄花太平記 第二部

14.大友貞載の最期

 山崎口の突破は、足利尊氏の作戦の所産であった。尊氏は、九日の夜のうちに後備軍を密かに赤松勢に合流させていたのである。

 増援に力を得た赤松円心は勇気百倍し、十日の午前中には脇屋義助軍の撃破に成功したのであった。

 寄せ集めの官軍は、逆境には弱かった。寺社の使用人たちは我先にと降参し、味方の後退を妨害する有り様だった。退却中の新田義貞軍からも、いつのまにか姿を消す豪族たちが後を絶たなかった。

  都は大混乱に陥った。

 後醍醐天皇は、公家たちや阿蘇惟時に守られて、三種の神器とともに東坂本に避難した。民衆は家財を抱えて疎開するか、家で震えながら侵略者の到着を待った。 二条内裏は炎に包まれ、公家一統の栄光を灰にして天空に運び去った。菊池屋敷も楠木屋敷も、根こそぎ焼き払われた。

 足利の二両引の旗は洛中、洛外を駆け巡り、その栄光と我が世の春を謳歌した。

 足利尊氏は得意であった。既に新田、楠木、千種、名和、結城、菊池らは散り散りになって逃げ惑い、その他の豪族も次々に投降してくる情勢である。

  「帝の勅使はまだか」内裏を焼く炎を眺めながら、接収した洞院とういん 公賢きんかた の屋敷で、尊氏は左右に声をかけた。彼は、天皇の降参を確信していたのだ。

  「そのうち参ることでしょう」

 「我が軍は今や十万の大軍、それに対して、官軍はもはや二万もおりますまい」

  「これで将軍の世の中になりましたなあ」

 「将軍、おめでとうございます」

 口々に言う側近に、尊氏の頬も笑み崩れる。しかし彼は、大事なことを見落としていた。 食料である。六万の軍勢を養える食料は、この都には存在しなかったのである。

  ともかく、この時点においては尊氏の勝利は決定的に思われた。あの宇都宮公綱も絶望し、降参人となって尊氏の足元に膝まづいている始末であった。

  さらに尊氏を有頂天にさせたのは、三木一草の一人である結城判官親光の投降であった。彼は、坂本に落ちのびる帝の隊列を離れ、大友貞載を通じて降参を申し入れたのである。

  「そうか。三木一草すら降参人になったか」尊氏は得意気に笑った。

  「結城判官は、直接将軍にお目にかかりたいと申しておりますが。いかがいたしましょうか」取り次ぎ役の大友貞載が、伺いをたてた。

  「よろしい、大友どの、行って連れて来てくだされ」と、尊氏は強くうなずいた。三木一草の降参は、味方の勝利の良い宣伝になるはずであった。

  大友貞載は屋敷を出ると、朗報を待ち受けている結城親光のところへと馬を走らせた。彼の目にも、宮方敗北は決定的に思われていた。なにしろ、三木一草も降参する有り様なのだから。

 「ふふふ、いずれ坂本に逃げた菊池一族も、わしの前にひれ伏して命乞いをするだろう。その時は、どうやって嬲ってくれようか。それにしても、筑紫の少弐親子は愚かよの。大宰府に兵を集めているらしいが、勝負は既に都でついたのだ。手柄を立て損なうとは愚かこの上ない。これで筑紫の実権は、我が大友一族が頂いたわい」

 貞載の顔は、未来の栄光を予想して光り輝いていた。

  一方、結城親光は、わずか数名の従者とともに、都の入り口で貞載の首尾を待っていた。

  「結城判官どの、お喜びなされ。将軍は貴殿にお会いくださるぞ」貞載が声をかけた。

  「おお、かたじけない。左近将監どの」 二人は馬を並べて尊氏邸に向かった。

 もうそのころには、足利一族の武将たちの働きで、兵士たちによる市街での乱暴狼藉は収まりつつあった。

  さて、尊氏邸の門前で馬から降りた貞載は、親光に優しく声をかけた。

  「判官どの、悪いが、腰の物を渡してくれぬか」

  「なぜです」馬から降りた親光は、かすかに眉を顰めた。

  「うむ、貴殿は帝の寵臣であったからな。一応、念のために武具を預かるだけですよ。わし自身は、貴殿の心底を疑うつもりは無いのだが。まあ、気を悪くなされるな」

 「そういうことですか、いいですとも」親光は、鞘から太刀を抜いて、それを貞載に渡す素振りを見せた。

 しかし、それを受け取ろうと近づいた刹那、大友貞載の頸動脈は両断され、赤いしぶきを上げていた。

  「な、なにをするっ」喉を懸命に押さえながら、貞載は親光を睨んだ。

  「思い知れ裏切り者めっ、天誅だっ」そう叫んだ親光は、血刀を引っ提げて尊氏邸に押し入ろうとした。「逆賊出て来いっ、結城判官親光ここにありっ」

 結城親光の目的は、最初から足利尊氏の命にあった。降参は、尊氏に近づくための口実に過ぎなかったのだ。

 しかし、その壮挙はあまりに無謀であった。結局、門内で足利や大友の郎党に取り囲まれ、従者もろとも膾にされてしまったのだ。しかし、親光の目は最期まで縁先に現れた尊氏に注がれたままであったという。

 結城親光の血まみれの死体に目をやって、足利尊氏は慄然とした。地位も栄達も命も捨てて敵将の首を狙う武将など、足利陣営には考えられなかったからである。

  「天晴れな勇者だ。丁重に弔ってやれ」厳粛な面持ちで部下に命じた尊氏は、かつぎ込まれた大友貞載のところに駆け寄った。

 「うう、将軍っ。弟の氏泰のことを、どうかよろしくお願い致す・・・・」切れ切れに口走る貞載に、尊氏はいちいち優しく頷いてやった。

  肥前守護、大友左近将監貞載が出血多量で息を引き取ったのは、それから間もなくのことであった。実にあっという間の、真昼の惨劇であった。

  一方、結城親光の義挙は、世情を震撼とさせた。裏切りを恥じない昨今の風潮を嘆く人々は、彼の行為に拍手を送った。恩賞のことしか考えない足利方の武士たちは、宮方の武士たちの決死の覚悟に恐怖した。これとは逆に、萎縮していた宮方の意気は大いに上がったのである。

  そのころになると、新田、楠木、名和、菊池、千種といった宮方の軍勢が、敵の囲みを抜けて東坂本に参着し、行宮あんぐう の警護を固めることに成功していた。

  「そうか、あの元気な爺様も討ち死にしてしまったのか」

 菊池武重から武村戦死の報告を受けたとき、新田義貞は一瞬、消え入りそうな悲痛な表情を浮かべた。 「我が新田一族の将兵も、多く討ち死にした。結城判官も大友貞載と刺し違えて死んだ。皆、死んで行く。だが、この戦を終わらせる訳には行かない。何故なら、これは帝のための正義の戦なのだから・・・」

 義貞の妙に強ばった語気に、武重は言葉とは逆のことに気づいていた。この大将、本当は戦が嫌いなのではあるまいか。

  そう思う武重も、いい加減にうんざりしていた。もう沢山だ。家族に囲まれてくつろげた平和なころが懐かしかった。

 しかし、この戦はやめられない。足利幕府の天下になったなら、菊池一族の国司としての地位は、根こそぎ否定されてしまうに違いないからだ。なんとしても足利の野望を討ち砕かねばならぬ。

  追い詰められた官軍は、なんとか一致団結して都の足利勢に対峙した。

 尊氏の観測は誤っていた。まだ勝負はついた訳では無かった。後醍醐天皇には妥協の意思など微塵も無く、新田、楠木、菊池、名和らの戦意は、未だに強固であった。

※                 ※

 他方、九州では菊池武敏が、少弐の大軍相手に苦戦に陥っていた。

  大宰府目指して勇躍して出撃した武敏は、十二月三十日に、筑後の童付わらわつけ の平原で小弐配下の安芸貞元あきさだもと と交戦したのを皮切りに、各地の武家方の熾烈な抵抗を受けていた。

  「武敏め、飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ」 武敏の闘志に最初は驚いた少弐頼尚も、今や自ら大軍を引っ提げて、南へと出陣したのであった。

  「畜生めっ」武敏は切歯扼腕したが、少弐勢は一万余、味方は一千。とてもかなう相手ではない。やむを得ず肥後へと兵を返した。

 「それっ、一気に菊池の息の根をとめてやれ」武敏を追って肥後に侵入した少弐の大軍は、少岱、合志、川尻一族らと合流し、菊池城へと迫った。

 「九郎よ、どうする」深川城では、五郎武茂が心配そうに武敏を見た。

 「城を捨てて逃げましょう。あの博多合戦の時のように」帰ったばかりで鎧すら解かぬ姿ながら、武敏は力強く言った。「阿蘇大宮司と合流して再起を図るのです」

  「そうか」武茂は深く頷いた。

 城を捨てるのは無念であったが、弟の成長を頼もしく感じていた。博多合戦の時は一人で撤退に反対して駄々をこねた九郎が、今では感情を押さえられる男になったことが、とても嬉しかったのである。

 その翌日、菊池一族は女子供を守りながら九州山脈に分け入った。少弐の大軍が深川城に乱入したのは、その直後のことだった。焼き払われる城の炎を遠くから眺めながら、自ら殿軍を引き受けた武敏は、低くつぶやくのだった。

 「覚えていろ、頼尚。おいはこのままでは終わらないぞ」

 しかし、菊池全郡を占領した頼尚は、九州平定を確信していた。

 「ふふん、もはや菊池には再起する余力はあるまい。少岱光信しょうだいみつのぶ 、貴殿に菊池の占領官を命じる。よろしく頼むぞ」

 「はっ」少岱氏の惣領光信は、静かに頭を下げた。

 こうして、少弐の大軍は威風堂々と大宰府に凱旋したのだった。わずか一週間の遠征であった。

  だが、菊池武敏の奮闘は無駄では無かった。彼の挙げた宮方健在の旗は、御三家に反感を持つ豪族たちを奮起させたのだ。

 日向(宮崎県)の伊東一族や大隅(鹿児島県東部)の肝付一族は、宮方にたって、攻めて来た土持勢や島津勢と交戦状態に入った。肥後でも、名和一族の内河うちかわ 義真よしざね が菊池支援の旗をはためかせた。 このため、九州南部は少弐の威風に服従しているとは言えない状況になった。

 もっとも少弐頼尚は、この情勢を大して問題にしていなかったのだが。

※                  ※

 一月十三日、京都では業を煮やした足利勢が、新たな行動に移った。細川定禅の軍を大津の三井寺に派遣し、迫りくる北畠勢を迎撃し、坂本の官軍との合流を妨害しようとしたのである。

 しかしこれは、三井寺と仲の悪い比叡山延暦寺を宮方へと押しやってしまう結果となった。それまで軍事的に中立であった比叡山は、今や全面的に官軍に味方することを決めたのである。

 しかも北畠勢は、琵琶湖の湖賊を調略し、水路から坂本に入ったので細川勢の大津入りは全く無意味な結果に終わったのだった。

  勇猛な奥州軍の到着に、官軍の意気は天を衝いた。万歳の声が寒気を揺るがせた。

 早速、日吉神社で京都奪還の作戦が練られた。

 「ただちに三井寺を攻撃するべし」新田義貞が叫んだ。

 「お待ちくだされ、我が奥州勢は長途の行軍に疲れておじゃります。少し休息してからが良いのでは」北畠顕家が反論した。

  「いや、敵もそう考えて油断している今こそ、逆に勝機があるものなのです」

 義貞のこの言葉に、楠木正成も同意した。

  「新田どのの申すとおり。それに、生半可な休息を与えた兵は、却って弱くなるものです。せやから、今のうちに戦果を挙げておくのが良策やと思います」

 こうして一月十六日、官軍の反撃が始まった。油断していた細川定禅は、突然の奇襲に対処できなかった。たちまち三井寺は新田の旗に埋め尽くされ、洛中へ逃げて行く細川勢は、猛追撃を受けて大損害を出したのだ。

  「今だっ、京へ突っ込めっ」新田義貞の命令一下、新田、北畠、菊池一族を中心とする官軍は、風を巻いて突撃した。

 この情勢に、帝を守って坂本に待機していた楠木、名和勢も出撃し、ここに両軍総力を挙げての決戦が展開されたのであった。

  新田、北畠勢の勢いは凄まじく、逢坂山で高師直勢を一蹴すると、その敗兵を追って三条河原にまで進出。あわてて迎え撃った尊氏軍と賀茂川を挟んで激闘を展開した。

 その隙に楠木正成は神楽岡かぐらおか を占領し、尊氏の横腹を襲った。 しかし、足利勢は数の上で圧倒的に有利であり、官軍の将兵は戦闘の連続に疲労していた。そのため、その日の夕方には官軍は総退却を余儀なくされたのだった。この時、菊池武重の千本槍隊が殿軍を守り、全軍を無事に鹿ヶ谷にまで退却させるのに成功した。

 同じころ、楠木、名和勢も、修学院に無事に撤退できたのだった。

  この一日の戦闘で、両軍の戦死者は膨大な数に上った。かつて武重と小夕梨が戯れた賀茂川の水は、死骸で濁り、血で赤く染まっていた。

 「六郎、七郎、それに八郎、お前たちはどんな死に方が望みだ」 鹿ヶ谷の野営の篝火を見つめながら、菊池武重がぽつりと言った。

 彼は、大叔父が死んでからというもの、めっきり無口になり、滅多に笑わなくなっていた。 弟たちは、この奇妙な質問に当惑したが、やがて口々に言った。

 「おいは、大叔父のように勇ましく死にたい」と、答えたのは八郎武豊。

 「おいは、父上みたいなさらし首だけは後免だ。腹を切るときでも、自分の人相は分からなくしておきたいぜ」と、七郎武吉。

 「おいは、戦で死ぬのは嫌だ。畳の上で死ぬことにする」と、六郎武澄。

 武重は三者三様の答えを聞いて、冷ややかに笑った。

 「ふん、おいは絶対に死なぬぞ。大叔父上の命を奪った逆賊どもを根絶やしにするまではな」

  武重のこの壮烈な言葉に、兄弟たちの会話は途絶えた。彼らは、初めて真剣に自分たちの死を強く意識したのだった。

  それから数日は、洛外で小競り合いが続いた。

 足利兄弟は、このころになると食糧事情の深刻さに悩んでいた。淀の水運が楠木一族によって封鎖されたため、とても六万の将兵をいつまでも養うことは出来ない情勢だった。

  さらに、一月二十日夕刻、官軍にまたもや増援部隊が到着した。洞院実世卿の東山軍五千である。

 この情勢に、官軍の意気は益々高まり、足利軍の士気は低下する一方であった。

ページ上部へ