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長編歴史小説

黄花太平記 第三部

30.九州を覆う並び鷹羽

 懐良親王は、しかし味方大勝利の知らせを聞くことができる状態ではなかった。高熱を発して人事不省となり、駆けつけた典医によって、絶対安静と診断されたのである。高良山の麓の一軒家に横たえられた親王の苦しみの吐息は、聞くも痛々しかった。

 夫危篤の知らせを受けた早苗は、二歳になった愛児を乳母に預け、取るもとりあえず菊池から急行した。

 筑後川の征西府軍は、親王の安否を気遣うあまり、高良山周辺に駐屯したままであった。歴史を変える一戦を戦い抜いた将兵たちの鼻息は荒く、その殺伐とした有り様に、気丈な早苗もたじたじであった。

 「早苗、よく来たな」高良神社で彼女を出迎えたのは、直垂姿の兄・武光である。

 「兄上、兄上の傷は大丈夫なの」早苗は、少しやつれた兄の胸に顔を埋めた。

 「ああ、全身に矢傷は受けたが、鎧を二重に着込んでいたお陰で、みな軽傷だった。もう大丈夫。それよりも、宮将軍の容体は悪くなるばかり・・・おはんが頼りだ。宮を支えてやってくれ、頼むぞ」

 夫が横たえられた民家に入った早苗は、そこで懐かしい人物に巡り会った。波多勇である。勇は、この家に親王を運び込んで以来、この高貴な病人の看病を手伝っていたのだ。

 「一瞥以来ですね、将軍宮夫人」

 気さくに微笑みかける昔の想い人を前に、早苗は一瞬、複雑な表情を浮かべた。

 「波多さま、うちを覚えていてくれたのですね」

 何食わぬ調子で笑顔を返した早苗は、しかし心中で考えていた。もしも夫が助からなかったとしたら、自分はこの人と一緒に、違う人生を歩むことができるのだろうかと。

 親王は、高熱を発してうなされていた。夫の苦しみを目の当たりにして、根は優しい早苗の胸は、きりきりと痛んだ。彼女は、夜も眠らずに精一杯の看病を行った。夫の体は、一面の矢傷と刀瘡とで見るも無残であった。背中に受けた太刀の一撃が最も重く、そこが化膿して夫を苦しめているのである。

 武光を始めとする兄たちや五条親子も、戦後処理の合間を縫って訪れて、悲痛な表情を浮かべながら、意識不明の親王に激励の言葉をかけてくれた。

 そんなある夜のこと。典医も従者もみんな疲れて眠り込み、早苗も夫の枕元で、うとうとと夢の中をさ迷っていた時分のことである。人事不省だった宮が突然目を開けると、早苗の手を強く握り締めた。

 「気がついたのね」びっくりして目を覚ました早苗は、思わず歓声を上げた。だが彼女は、親王の意外な言葉に二度びっくりすることになった。

 「母上、ここは冥府でしょうか・・・私はとっても苦しい。でも、母上はとっても暖かい。父上は、どこですか。会いたい。会いたいよ」

 意識朦朧の親王の目は、しかしとても奇麗だった。早苗は、いまだかつて、夫のこんな純粋な表情を見たことがなかった。

 早苗は、このとき初めて悟った。夫は、決して冷たい人ではないのだ。甘えたい盛りの小さいころから父母と引き離され、遠大な目的達成を義務づけられた夫は、常に自分を偽り、誰にも本心を語らず、いつでも征西将軍としての仮面を纏っていなければならなかったのだ。そうだ、この人は悲しい人なのだ。高貴な身分に生まれたばかりに、一般人には理解できない苦しみに、一人で戦っていかねばならなかったのだ。

 早苗は、波多勇との再会で、夫の死を一瞬でも期待した自分が恥ずかしくてならなかった。現実から目を背けようとした自分が、とても小さな存在に思われてならなかった。

 「あなたは、もう一人ぼっちじゃないわ」早苗は夫の手を優しく握り返すと、その耳朶にささやきかけた。「この世にたった二人きりの夫婦だもの。これからは、何もかも分かち合って生きて行きましょう。だから、だから頑張って」

 やがて、再び昏睡状態に戻った親王の手を、早苗はいつまでも握り続けていた。心なしか、親王の寝顔は、以前よりも安らかになったかに思われた。

             ※                 ※

 親王が奇跡的に意識を回復したのは、それから十日後のことであった。彼の枕元で、これまで内心で田舎娘と蔑んでいた妻が、やつれた目に涙を一杯に溜めてうなずいている。そして親王の目には、早苗の姿が天女のように神々しく見えた。

 「早苗」懐良親王は、その白い手を妻の元へと延ばした。「わたしは、悪い夢を見ていたようだが」

 「もう終わりよ、何もかも。これからは楽しい夢が続くわ」早苗は、夫のか細い手を両手でしっかりと握り締めた。

 宮将軍回復の知らせは、高良山の全軍をどよめかせた。万歳の声が、遠雷のように響き渡った。

             ※                 ※

 そのころ、少弐頼尚は大宰府で力なく項垂れていた。筑後川の敗戦の打撃は大きく、嫡男の直資を始め、一族の歴戦の武将はことごとく討ち死にしてしまった。大友、島津を筆頭に、外様豪族たちの目もすっかり冷たくなった。

 少弐氏に残された唯一の希望は、征西将軍宮の死である。将軍宮さえ死んでくれれば、巨大な敵も核を失って弱体化するだろう。ならば、勝機は再び巡って来る。

 そんな頼尚を、筑後からの通報が打ちのめした。

 「九月上旬、征西将軍宮は奇跡的に回復なさいました。現在、菊池へ向かって凱旋行進の最中とのことです」

 「そうか、これで我が事は終わった」頼尚は、天を仰いで嘆息した。

 筑後川の敗報に驚愕した将軍義詮は、あわてて九州武家方の奮起を策した。八月の末、少弐頼尚を肥前と筑後の守護に任じ、大友氏時に肥後の守護を与えた。また、十一月には後光厳天皇の綸旨を大友氏時に送り、「鎮西宮並びに菊池武光以下、凶徒討伐」を厳命した。武光はともかく、親王の討伐をあからさまに命じた綸旨は、これが史上で最初で最後のものである。それでも、少弐頼尚と大友氏時は動かなかった。いや、動けなかったのである。

 業を煮やした義詮は、十二月に入り、大友氏時に菊池一族の所領の半分を、少弐頼尚にもう半分を与えることを約束して、彼らの奮戦を促した。だが、無駄だった。

              ※                 ※

 年が明けた正平十五年(1360)正月、軍勢を再編成した征西府軍は、再び北九州への遠征軍を派遣した。すっかり健康を回復し、近ごろは夫婦仲も良い懐良親王を陣頭に置いて、菊池肥前守武安は、怒涛のごとき勢いで肥前を席巻した。 神崎 ( かんざき ) の 仁比山 ( にいやま ) を本陣に据え、反対派を次々に粉砕した。六月に入って、少弐方の 宗経茂 ( そうつねしげ ) が反撃をかけて来たが、武安はよく奮戦してこれを撃退した。

 そのころ南九州では、畠山直顕が日向回復を図って穆佐に入ったが、征西府方に寝返った島津氏久に攻撃され、再び豊後に逃れていた。もはや、時の流れは征西府の物である。

 少弐頼尚は、相次ぐ味方の敗北にすっかり気力を無くしてしまった。家督を次男の冬資に譲ると、自らは出家して筑後入道 本通 ( ほんつう ) と名乗った。すっかり弱気になった頼尚は、ある日密かに三男の頼澄を自室に招いて、こう言った。

 「我らの野望も、ここまでだ。お前は、征西府に意を通じて家の安泰を図ってくれ。あくまでも征西府に敵意を持つ兄(冬資)とは対立することになろうが、ここは一族全体の安全を考えなければならぬ。お前は恥辱に耐えて、征西府とともに少弐の血筋を残してくれ。頼んだぞ」

 父の懸命の説得に、ついに少弐頼澄は頷いた。その翌日、彼は手勢をまとめて征西府軍に投降したのである。

 弱気な父に激怒した新少弐冬資は、独断で征西府に対する反撃の準備を始めた。

               ※                 ※

 正平十六年(1361)に入ると、再び九州情勢は不穏になった。畠山氏を駆逐した島津氏久が、再び少弐冬資と通じて武家方に回ったのである。

 「島津め、今度こそ思い知らせてやる」菊池武光は、五月に二万の大軍を擁して日向に攻め込むと、各地で島津軍を痛破した。

 少弐冬資は、その機会を逃さなかった。大宰府に軍勢を招集して征西府に決戦を挑もうとした。だが、彼に味方する外様豪族は龍造寺ただ一氏という有り様であった。その総勢は、数千にしかならない。

 「これが、これが大宰少弐の成れの果てなのか・・・」絶望に頭を抱える冬資。

 急を知った菊池武光は、日向遠征を切り上げてその足で北上した。今度こそ、少弐の息の根を止める決意であった。

 七月、少弐冬資と、応援に駆けつけた大友氏時の連合軍は、武光の前に完膚無きまでに叩かれた。ここに武光と懐良親王は、相次いで大宰府と博多に入り、大友軍はなすすべもなく豊後に逃れた。大宰府を追われた少弐親子は、例によって有智山城に籠城したが、たちまち征西府の城武顕軍の攻撃にさらされた。

 「この堅城を落とすのに、力攻めはいかぬ。策略で行こう」

 謀将の武顕は、またもや奇想天外な策略を考案した。付近の山の民や修験者をひそかに手なづけて、援軍を装って有智山に入城させたのである。今や猫の手も借りたい少弐方は、深く考えずに彼らを登用した。

 八月十六日の夜、城武顕の総攻撃と同時に、これら内応者たちが城内に放火した。たちまち混乱に陥る少弐軍。

 「俺も、父上と同じ最期を遂げるのか・・・」少弐頼尚は、燃えさかる本丸の中で、亡き父の勇姿を思い描いていた。建武内乱のころ、菊池武敏に攻められた父・貞経は、やはり味方の裏切りの前に、ここ有智山城に散ったのである。

 「父上、何をしていますかっ」飛び込んで来た冬資は、呆然と立ち尽くす父の痩身を抱きかかえた。

 「死なせてくれ、わが子よ」

 「何を言いますか、まだまだ諦めてはなりません。ここは豊後の大友を頼り、勢力の挽回をはかるのです」

 炎の中を、からくも秘密の抜け道を使って脱出した少弐親子は、わずかな郎党に守られて豊後への夜道を辿った。彼らの背後は、菊池勢の凱歌に染め上げられていた。

 ここに、北九州は征西府によって完全に制圧されたのである。

             ※                 ※

 有智山城陥落の翌日、大宰府の政庁に入った懐良親王は、集まって来た諸将の前に、高らかに宣言した。

 「これより、征西府は大宰府に移る。我は、この政庁において全九州の民のため、立派な政治を執り行うつもりだ。期待してくれ」

 万座の熱狂の中で、五条頼元は、目頭を熱くしていた。畿内を出てから二十五年にして、やっと念願の九州平定が実現したのである。宮と菊池武光を信じて来て、本当によかった。今は、心からそう思える頼元であった。

 「余が、こうして大宰府に立っていられるのは、ひとえに征西府を盛り立ててくれた諸将の働きにある。余は忘れぬ。諸将には、莫大な恩賞を取らせよう。これからも、様々な苦難が待ち受けることだろうが、みんな今日のこの日を忘れず、征西府を支え続けてほしい。以上だ」

 大歓声の中で演説を終えた親王は、その涼やかな目を、万座の最前列に座る菊池武光に注いだ。すべてお前のお陰だ。親王の目は、そう語っていた。

 菊池武光は、心の中で親王に語りかけた。これは終わりではなく、始まりなのです。我々の最終目的は、室町幕府の打倒です。大変なのはこれからです。悲願の達成までは、これまでの苦労を、決して忘れてはなりませんぞ。

 だが、正平十六年は記念すべき年であった。全国的に退勢の南朝方の中で、ただひとつ、九州だけがその優勢を確立した年だからである。大宰府と博多を制圧した征西府の歓声は、広い青空を覆い尽くした。

 そして、菊池の並び鷹羽の旗は、九州のみならず日本全土にその威名を轟かせたのである。九州を覆い尽くした並び鷹羽は、いつまでもいつまでも翻り続けるかに思われた。

 

 

                                     第三部   完

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