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長編歴史小説

黄花太平記 第四部

13.懐良親王の遁世

 「菊池武政が死んだそうです。その後を継ぐのは、まだ十二歳の賀々丸とのこと。これで、この戦も決着しましたな」今川仲秋が言った。

 「うむ、さっそく将軍と管領に、この朗報を書き送ろう。きっと、大いに喜ばれるぞ」

弟に笑顔を向けた今川了俊は、さっそく次の作戦計画を固めにかかった。大黒柱を失った高良山の征西府軍は、もはや恐ろしい存在ではない。ゆえに、今川軍の次の主敵は、肥前や豊後の宮方である。

 既に、筑前では少弐冬資が、肥前では今川義範が、豊後では今川氏兼が宮方と戦闘状態にあるが、了俊はこれらに増援を送るとともに、自らは肥前の戦場に向かうことにした。

 しかし、了俊は菊池一族の闘志を過小評価していたのである。

 八月に入って、高良山の征西府軍は総攻撃を開始した。衰えつつある全軍の士気を立て直すために。

 菊池武安、武義らは、鎧姿も痛々しい賀々丸を庇いつつ、筑後川を渡って福童原の平原に進出して、今川軍を圧倒した。

 「なにっ、毛利元春や 深堀 ( ふかぼり ) 時広 ( ときひろ ) らが苦戦と申すか」肥前 高来 ( たかく ) に駐屯していた了俊は、渋面で絶句した。「恐るべきは、菊池一族の妄執よ。ここは、決戦を挑み、賀々丸の紅顔のそっ首をねじ切ってくれるしかあるまい」

 慌てて主力を引き連れて福童原に帰って来た了俊は、正面から菊池勢に戦いを挑んだ。戦いは一進一退、互角の態勢で推移したが、地方に散っていた今川一族が続々と増援に駆けつけるに至って、ついに征西府軍は圧倒されるに至ったのである。

 九月十七日、実質的な総大将である菊池武安は、筑後平野での抗戦を断念した。

 「お屋形、ここは再び、高良山に帰って態勢を立て直すしかありませぬ」

 「・・・」幼少の賀々丸は、黙って承服するしかなかった。

 かくして征西府軍は、敵の追撃を振り切りながら高良山に撤退したのである。

 そして、この福童原の合戦の影響は大きかった。征西府軍の敗走を知った各地の宮方が、次々に武器を捨て、幕軍の軍門に下ったからである。ここに今川軍は、その全力をもって高良山を攻撃する態勢を整えることができたのである。

             ※                 ※

 九月下旬、高良山では、女子供の疎開が開始された。

 懐良親王は、妻の早苗や娘たちを肥後菊池に送り出しながら、寂しげに語った。

 「余も、後からそちらに向かうこととなろう。しばしの別れだ」

 しかし、十四歳となった良成親王の戦意は、まだまだ高かった。彼は、高良山における徹底抗戦を、あくまでも主張したのである。

 「高良山を敵に渡すことは、大宰府の奪回が不可能となることを意味する。それだけは絶対に許されない。筑後川の流れを楯にすれば、たとえ敵が百万の大軍だろうと支え切れないはずはない。わたしは、最後までここを離れず、戦うぞ」

 だが、他の征西府要人たちの表情は冴えなかった。武光と武政を失った彼らは、もはや大宰府奪回が過去の夢に過ぎないことを知っていたのである。

 十月上旬、夏の雨量が少なかったためか、筑後川の水が急激に涸れ始めた。もはや、この中部九州随一の大河は、天然の堀にはなり得ないのだ。

 「ここまでだ。菊池隈府城に撤退する」懐良親王の決断が下った。誰も異議を唱えない。さすがの良成親王も、うつむいたままであった。

 十月九日、征西府軍二万は、総退却に入った。二年にわたって本拠地とした高良山を捨て、肥後菊池に引き上げるのである。彼らの無念さは、想像するだに痛ましい。

 ついに、筑後川流域に幕府軍の歓声が轟いた。

 「やっと決着したな」高良山の頂から筑後川一帯を眺め渡した了俊は、安堵の肩を落とした。「九州に入って、はや五年。長かったな・・・」

 了俊は、さっそく阿蘇惟村に書状を書き送った。この惟村は、言うまでもなく、肥後国内において最も有力な北朝方の武将である。そして、了俊の書状の内容は、菊池賀々丸に対する降伏勧告を惟村に依頼するものであった。

 「わしが直接降参を勧めるよりは、間に惟村を介した方が穏便であろう」了俊の熟慮の所産である。そして了俊は、菊池氏の降参を信じて疑わなかった。

 ところが、数日後に惟村の元からやって来た使者は、了俊に予想外の報告をもたらしたのである。

 「菊池賀々丸は、最後の一兵に至るまで戦い抜く覚悟です。降参を勧める我々の使いは、一喝されて阿蘇に追い返された次第」

 「なんという頑固者どもだ、菊池の連中は。これが音に聞く『肥後もっこす』という奴だな」了俊は、吐息をついた。「やむを得ん、肥後に攻め入って、菊池の息の根を止めてやる」

 幕府の大軍は、再び大宰府に集結し、菊池攻略の準備に入った。

 ところで今川了俊は、大宰府を陥落させてから後、探題の権限を最大限に利用し、独断で恩賞沙汰を執り行っていた。彼は、全九州の土地の処分権が、探題たる自分個人に備わっているものと解釈し、味方についてくれた豪族たちに、莫大な褒賞を惜しげもなく与えたのだ。もっとも、自分の政治行動を常に将軍義満の名義で行ったのは、さすがに老獪な了俊入道である。

 しかし、この了俊の権威主義的行動は、次第に現地の有力豪族の反感を買うこととなった。特に、九州御三家の誇りに固まる少弐、大友、島津の三氏は、幕府方の軍事的優勢が強まるにつれて、今川了俊に対して警戒の気持ちを抱くようになった。

 「あの狐親父め、我らの九州を我が物顔であしらいおるぞ」

 「何かと言えば将軍の名前を持ち出すが、本心では自分が九州の王のつもりではないか」

「菊池が肥後に引っ込んだ以上、お前など用なしだということが分からぬか」

 九州御三家は、互いに書状を取り交わして、探題に対する不満を言い合った。

 しかし、情報に敏感な了俊が、この空気に気づかぬはずはない。

 「ふふん、何が御三家じゃ。鎌倉時代の過去の栄光にしがみつく田舎者どもよ。今に思い知らせてくれるわ」了俊は、密かに侮蔑の笑みを浮かべた。

 さすがの今川了俊も、度重なる軍事的成果に慢心していた。そして、自分の教養の高さを誇る気持ちから、九州の豪族たちを内心で軽蔑していたのである。

 結局、御三家の軍勢は、口実を設けて肥後遠征への参加を断った。了俊も、この時点では事を荒立てたくなかったので、それを了承したのである。

             ※                 ※

 そのころ、博多の豪商・ 梅富屋庄吾郎 ( うめとみやしょうごろう ) は、博多の本宅にて病床についていた。

 庄吾郎は、既に七十の坂を越えており、十年ほど前に、店を梧三郎や弥次六に任せて悠々自適の生活を送っていたのだが、近ごろは、老齢のために体が効かなくなっていた。それでも、頭の方はまだまだしっかりしていて、店の大事に際し床から采配をふるう手際を失っていなかった。

 そんな庄吾郎のもとを、一人の日焼けした武将が訪れたのは、文中三年も押し詰まったころであった。

 「おお、これは珍しい」寝間着姿の半身を床から起こした庄吾郎は、部屋に入って来た人物に目を見張った。

 「ご無沙汰しておりました」丁寧に頭を下げた逞しい人物は、四十歳半ばになろうかという波多勇なのであった。

 この二人は、これまで手を取り合ってうまくやって来た。一方は倭寇の前線指揮官、他方は倭寇の財政後援者として。しかし、この両者の蜜月は、倭寇活動を政治的に保証してくれる征西府の存在を前提としていたのだ。そして、征西府を肥後の山中に追い落とした幕府の九州探題は、明国との親善を図るため、むしろ倭寇活動を弾圧する方向に進むことが明白な情勢であった。

 「梅富屋は、これからどうなされますか」波多勇は、上目使いに切り出した。

 「時代は変わりました」庄吾郎は、かすかに目を伏せた。「これからは、足利幕府の世となりましょう。そして幕府は、明国と積極的に国交を開いて行くことでしょう。やがて、我ら民間商人にも貿易の自由を認めてくれるに違いない。私共は、その日が来ることを信じて生きて行きます・・・それよりも貴君は、これから・・・」

 「俺は、一族を捨てる決心をしました」勇は、庄吾郎の目をしっかと見据えた。「我が松浦一党は、探題今川了俊に協力し、征西府を攻撃する方針に一決したのです。しかし、俺は承服できない。時代が変わったからといって、これまで自分たちを保護してくれた征西府と戦するのは真っ平です。だから俺は、同志とともに海に出ます。対馬や五島を縄張りにして、自由きままに生きて行きます」

 「強いお人ですな、貴君は」

 「なんの、お互いさまです。本日は、それでお暇にあがったのです。ところで、庄吾郎どの、お体の調子はいかがですか」

 「ひ一日と枯れて行きます。もう長くはないでしょうが、せめて、新しい時代の店の舵取を成し遂げてから逝きたい・・・お互いに、険しい道となりますな」庄吾郎は、かすかに微笑んだ。

 「挫けずに頑張って行きましょう」勇も、その頬をほころばせた。

 勇が去った後、庄吾郎は床に横たわって時勢の移り変わりを思いやった。特に、彼と深いかかわりをもった、菊池一族の興亡について思いを寄せた。

 庄吾郎の娘・妙子は、菊池武時の次男・頼隆の妻となったが、博多合戦で夫を失った悲しみで発狂し、今も堺で記憶喪失のまま生活している。しかし、あのころは山中の土豪と思われていた菊池氏は、その後の建武の新政で躍進し、頼隆の兄・武重は、肥後国司の地位を手に入れた。庄吾郎と深い交流をもった武重は、建武の内戦において後醍醐天皇方として奮戦し、足利方を大いに脅かしたが、早逝した。その後、十年ほどは菊池方の劣勢が続いたが、武光が菊池家督を継ぎ、懐良親王が菊池に入ると情勢は一転する。足利方の内紛を巧みに利用した武光は、倭寇の財政支援の元に、艱難辛苦の末に九州を平定し、独立の国家を造り上げたのだったが・・・・・・

 「征西府は、うたかたの夢だったのだろうか」庄吾郎は、静かに目を閉じた。

                ※                 ※

 「征西府は、夢だったのだ」懐良親王は言った。

 ここは、肥後菊池隈府城の親王の居室である。殺伐とした城内の空気は、ますます懐良の心を荒々しく揺さぶる。妻の早苗は、酌をしながら夫の愚痴を聞いている。

 「考えてみよ、早苗。大宰府にあった征西府の機構は、鎌倉幕府の組織を応用したものに過ぎなかった。実際の統治も、鎮西奉行として九州統治の経験をもつ少弐一族の頼澄に、多くを委ねざるを得なかった。また、余は、あのころは東征も可能と漠然と考えていたが、今川了俊の圧倒的な軍事力を見るに、東上はつかの間の幻想だったことが分かった。となれば、征西府とは一体なんだったのだ」

 「そんなことを知って、何になるの」早苗は、低い声で言った。

 「分かっているだろう。征西府は、この余の人生そのものだったのだ。余は、物心つかぬうちから父母と引き離され、人生の全てを征西府に賭けることを余儀なくされたのだぞ。その余の人生が、全て夢だったとは思いたくないのだ」

 「でも、あなたの人生は、まだ終わったわけではないでしょう」

 「・・・・・?」

 「例え征西府が夢に過ぎなくても、それは、あなたのこれまでの人生の一部でしかないじゃない。これからでも、まだまだやり直せるわ」

 そう言った早苗の瞳は、夫を労る気持ちにあふれていた。

 「・・・みんなは、それを許してくれるだろうか」

 「うちからも、賀々丸や彦四郎(武義)兄上に話してみるわ」

 その数日後、征西府要人を一堂に集めた懐良は、重大な決意を万座に伝えたのである。

 「余は、本日をもって征西将軍位から引退する。後は、良成に任せることとする。これまで不徳な余を支え続けてくれて、本当に感謝している」

 薄々覚悟はしていたものの、突然の発表に、万座は静まり返って声も出なかった。やがて、一同は揃って頭を下げた。懐良のこれまでの苦衷を思いやって、感謝の意を表したのである。

 五歳で征西将軍に任命されて以来、四十年にも及ぶ懐良の戦いは、ここに終わった。

 後任の征西将軍宮は、十五歳の良成親王である。勇猛な気性で、頭脳も明晰な良成の就任に、異議を唱えるものは一人もいなかった。

 懐良は、散会の後、居室に家族を集めた。妻の早苗、嫡男の武良、次男の実良、長女の綾香、次女の佳奈子は、緊張の面持ちで父の言葉を待った。

 「聞いていると思うが、父は征西将軍を退官した」懐良は、子供達の顔を見渡しながら言った。「新たな征西将軍は、お前たちの従兄弟にあたる良成に決定した。・・・武良、父が、お前を跡継ぎに指名しなかった理由が分かるか」

 「分かりません」十七歳になった伊倉宮武良は、無表情を守りながら答えた。

 「一つには、良成が後村上天皇の皇子であることによる。ただの皇族の子であるお前よりは、彼のほうが権威に重みがあるからだ。もう一つには、可愛いお前に、余計な苦労をさせたくなかったからだ」

 「余計な苦労だなんて」武良は、首を左右に振った。「私は、少しも恐れません。幕府が何万の大軍で襲って来ようとも、この私の闘志は揺らぎはしません。どんな苦難も、甘んじます」

 「・・・実良、お前も同じか」懐良は、次男に目をやった。

 「ええ、兄上とともに、最後まで頑張ります」十三歳の 稙田宮 ( わさだのみや ) 実良は、唇を堅く結びながら答えた。

 「そうか、お前たちはここに留まるのか」懐良は、頭を垂れた。

 「留まるのかって、どういうこと」それまで無言だった早苗は、いぶかしげに夫を見た。

 「余は、筑後の 矢部 ( やべ ) に隠居しようと思うのだ」懐良は、ゆっくりと頭を上げた。「前から、黒木一族に誘われていたのだ。ひどい山奥だが、あそこには良遠(五条)の所領もあって、静かで住み良いところらしい。もう、余は菊池では用無しだから、後は良成に任せて、神仏とともに山中で暮らしたいのだ」

 「そうだったの」早苗は、うつむいた。

 「早苗、お前も来てくれるな」身を乗り出す懐良。

 早苗は、心配そうに両親に交互に向けられる娘たちの視線を感じてはいたが、自分の本心を偽る気にはなれなかった。

 「ごめんなさい。うちは、あなたにはついて行けない」

 「・・・・・なぜだ」

 「うちは、菊池一族の女です。苦しんでいる一族を放っておいて、自分だけ山奥で安全に暮らしたいとは思いません」

 「・・・お前がここに残ったところで、何ができるというのだ」

 「賀々丸は、まだ小さな賀々丸は、逃げたくても逃げられないのよ」早苗は、その潤む目で夫を見た。「うちには、あの子を励ますという大きな仕事が残っています。矢部には、あなた一人でお行きください」

 「・・・綾香と佳奈子はどうする。父上と暮らしたくはないか」懐良は、苦渋に満ちた目を娘たちに向けた。

 二人の少女は、互いの顔を見合わせた。綾香はまだ十三歳、佳奈子は十一歳になったばかりである。やがて二人は、無言で母の背中に寄り添った。

 「父上には、会いたいときに会えるからね」早苗は優しく言って、二人の娘の黒髪を丁寧に撫でた。

 「そうか、わかった」懐良は、目を閉じて吐息をついた。「おまえたちは、結局、菊池一族だったのだな」

 それから数日後、懐良親王は、五条良遠を始めとするわずかの郎党に守られて、矢部への山道を辿った。見送りの征西府要人や家族たちの別れを惜しむ声は、第二の人生へと逸る親王の心を変えるには至らなかったのである。時に、文中三年(1374)十二月十五日のことであった。

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