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長編歴史小説

黄花太平記 第四部

14.水島の陣

 今川了俊率いる幕府の大軍は、文中三年の十一月までには筑後を制圧し、肥後への侵攻を開始していた。了俊は、今日の九州自動車道沿いに南下し、翌文中四年(1375)三月末には 山鹿 ( やまが ) に着陣し、肥後の友軍の到着を待った。たちまち、少岱、合志、相良らの軍勢が馳せ参ずる。

 対する菊池方は、武光以来の菊池十八外城を頼りに、防衛体制を固めた。

 ここで南北両軍の注目の的となるのは、南朝方阿蘇大宮司・阿蘇惟武の動向である。

惟武は、南朝方の旗を掲げたままで中立の立場を守り続けている。既に北朝方阿蘇大宮司・阿蘇惟村が、了俊に全面協力している状況下での惟武の向背は、戦局の推移に重大な影響を与えるのである。万が一、惟武が北朝方に転向すれば、菊池氏は南方及び西方の連絡を完全に立たれ、四面楚歌に陥るのだ。当然、彼に対する南北両軍の誘降合戦は熾烈を極めた。肥後御船の彼の屋敷には、毎日のように両軍からの書状が届けられる。

 「情勢は、圧倒的に北軍有利だが、南軍には父惟澄以来の厚恩がある。さて、どうしたものか」思い悩む惟武の心を動かす決め手となったのは、菊池賀々丸から届けられた直筆の書状であった。

 その書状には、たどたどしい文字で、父祖以来の栄光が自分の代で終わるのはあまりにも無念だから、何とぞ力を貸してほしいと、繰り返し書かれてあった。また、書状には、文末に当然あるべき花押が省略されていたが、幼少ゆえ花押が書けないことを、賀々丸は本文中でしきりに謝っている。

 「なんと健気な」人情に厚い惟武は、心を打たれ、思わずほろりとした。「この少年を見捨てることはできぬ。一族の命運がどうなるかは予断を許さないが、我らは最後まで征西府のために戦うぞ」

 こうして、惟武率いる阿蘇勢三千は、本拠の御船城を強化し、幕府の大軍を待ち受けたのである。

 「そうか、惟武は結局、敵に回ったのか」山鹿の今川了俊は、いらただしげに舌打ちした。

 「名和 顕興 ( あきおき ) 、 宇土道光 ( うとどうこう ) 、 川尻 ( かわじり ) 広覚 ( こうかく ) 、それに少弐頼澄や大友氏継らも、あくまでも征西府に味方するというが、敗残の征西府のどこにそのような魅力があるというのか」

 「幕府の在り方のみが絶対ではない、ということですな」参謀格の仲秋が嘯いた。「征西府には征西府の正義があり、その正義は、多くの豪族たちにとって、命を賭けるに足りるものなのに違いありません」

 「ふん、時勢の見えぬ田舎者が群れているだけよ」了俊は、吐き捨てるように言った。「時代の流れは、すでに我らのものだ。征西府は、消滅する運命にある」

 この年は、南北両朝でほぼ同時に改元が行われた。すなわち、北朝の応安八年は 永和 ( えいわ ) 元年に、南朝の文中四年は 天授 ( てんじゅ ) 元年に改まった。

 そして、この年の七月、今川了俊率いる幕軍六万は水島原に着陣した。隈府の北西に位置するこの要地には、菊池氏の城がある。すなわち、十八外城の外殻を構成する水島城である。賀々丸、良成親王を始めとする征西府の主力一万は、この水島城に集結し、野営する敵の大軍と至近距離で睨み合った。

 「これが、噂に聞く十八外城か」

 今川了俊は、天幕の中で菊池郡の地図を広げて息を飲んだ。

 「隈府城を中心に、堅固な砦が放射状に広がっていて、互いに迅速に助け合う態勢ができているな。そのため、例え外殻である水島を突破できたとしても、残兵にさらに内側の砦に逃げられれば、かなり面倒なことになるぞ。この要塞地帯を力でねじ伏せようとするなら、最低でも三年はかかるな・・・・・」

 「どうしますか、兄上」仲秋が心配そうな顔を向ける。

「力で攻めるさ。ここで愚図愚図していたら、あの生意気な御三家に軽く見られるだろう。それは、菊池滅亡後の幕府の九州支配体制が脆弱になることを意味する」

 「それならば、思い切って御三家をこの水島に招集し、菊池攻めに協力させると同時に、我々の威力を思い知らせることが良策ではありますまいか」

 「うむ、仲秋、それは妙案だ。さっそく手配してくれ・・・」

 今川兄弟は、天幕の入り口に立って、二里彼方の丘の上に築かれた水島城の篝火に目をやった。あそこに、敵将賀々丸がいるのだ。

            ※                 ※

 「あそこに、敵の総帥、今川了俊がいる・・・」

 菊池賀々丸と良成親王は、矢倉の上から並んで敵陣を望見していた。今や、水島原から日ノ岡あたりは、一面の篝火である。

 水島城の菊池一族は、決死の覚悟を固めていた。十八外城に頼れば、たしかに三年は支えられるかもしれない。だが、援軍の見込みのない籠城は、民百姓をいたずらに苦しめ、じり貧に陥るだけである。ここが落ちたら、もはやそれまで。ゆえに、水島城内は、決死の悲愴感にあふれていた。

 そんな彼らの唯一の希望は、敵陣に少弐、大友、島津の旗印が見当たらないことである。探題と御三家の仲がうまく行っていないなら、そこに付け込む隙が生まれる。

 「今川了俊は、もう一ヶ月も動かないでいますね・・・」賀々丸が、敵陣に目を向けたまま言った。彼は小柄で童顔だが、小さな体躯から常に若々しい覇気を発散させる若者である。

 「うむ、一体、何を待っているのだろう。奴の戦い方は、いつでもゆっくりで、調子が狂うよな」良成は、憮然と答えた。彼は痩身だが、その眼光は会う者に感銘を与えずに置かない闘志にあふれている。

 しかし、当年で十三を迎える賀々丸と、十五になる良成、この若い二人が、決死の軍勢を率いる総大将なのである。運命は、残酷な巡り合わせを企むものである。

 それから数日後、敵陣に放った密偵が、恐るべき情報をもたらした。

 「島津氏久と大友親世の軍勢各五千が、相次いで今川陣に来着いたしました」

 その報告を受けた征西府要人の表情は、一様に蒼白となった。

 「やはり、御三家は探題方につくか・・・」

 「これで、城を枕に討ち死にと決まったな」

誰もが、心の底でこう考えたに違いなかった。

           ※                 ※

 しかし、了俊は不機嫌だった。

 「少弐冬資は、どうしたのだ。なぜ来ないのだ」

 いつまで待っても、名門少弐氏の惣領は、その本拠地である大宰府を出ようとしない。

 少弐冬資は、十余年に亙って菊池氏に蚕食されて来た筑前の領土の回復に懸命で、肥後の戦などに構っていられなかったのである。また、冬資は大宰府陥落以来、宇都宮や宗像といった北九州の幕府方の豪族たちと土地の領有を巡って政治的に対立しており、彼らの苦情は了俊の元に続々と届けられていた。これは言うまでもなく、征西府討滅に燃える幕府軍の結束を大いに乱す行為である。

 「冬資め、これ以上の我が儘は許しておけぬぞ」了俊の心の中で、暗い怒りが燃え上がった。御三家の筆頭である少弐軍の招集令無視は、九州探題としての了俊の威信にかかわる重大問題である。

 了俊は、島津氏久を本陣に呼んだ。

 「 大隅守 ( おおすみのかみ ) (氏久)どの、御身は、少弐筑前守(冬資)と親しいのう」

 「・・・個人的な面識はそれほどでもないじゃどん、我ら九州三人衆は、古くより兄弟のような付き合いをしてきていもんす」

 「それならば、兄弟のよしみで筑前どのを水島に誘ってもらえますまいか・・・」

 「あまり、気がすすまないが・・・」

 「決して筑前どのをどうこうする気はありませぬ。ただ、菊池退治に、筑前どのの力が必要なだけなのです」

 「・・・分かりもした。なんとかやって見ましょう」

 島津氏久の使いは、ただちに大宰府に走った。

 「今川入道など屁とも思わんが、島津どのがこれほどに頼むのなら仕方ない。ただちに出陣の準備に取り掛かれ」

 氏久の親書を受け取った少弐冬資は、もはや大宰府出撃を決意するしかなかった。

 急遽集めた三千の兵力の先頭に立ち、肥後へと進む冬資の脳裏に、亡き父・頼尚の遺言がこだました。『今川了俊は恐ろしい男だ。いたずらに少弐一族の復旧を図って彼の意向に逆らうことは、かえって一族を危険にさらすことになるぞ・・・』

 「なあに、父上の考え過ぎだ」冬資は、自分に言い聞かせた。今川了俊など、彼の眼には、決死であるべき戦陣で歌を詠んだり文章を書いてばかりいる、都の 優男 ( やさおとこ ) の一人としか映らなかったのである。

 そんな冬資が、豪奢な鎧兜に身を固め、わずかな郎党を伴って水島の幕府軍本陣を訪れたのは、永和元年(1375)八月二十六日の正午であった。

 「少弐筑前守冬資、ただいま参陣つかまつった」

 おりしも天幕の中では軍議の真っ最中で、総大将の了俊入道を上座に置いて、仲秋、氏兼、義範、貞兼、満範といった今川一族はもちろん、毛利元春、吉川経見、周布士心、長井貞広といった中国武将たち、また、大友親世、島津氏久、阿蘇惟村、宇都宮経景、田原氏能、相良 前頼 ( さきより ) 、宗像大宮司といった九州武将たちが勢揃いしていた。

 「おお、これは遠路はるばる良く参られたな」正面の床几に座る今川了俊は、優しい声で冬資に語りかけた。「この場にお集まりの皆々が、首を長くしてお待ちしていましたぞ・・・さあさあ、今日の軍議は終わりにしましょう・・これ、酒肴を持ってまいれ。筑前どの歓迎の宴を開こうぞ」

 了俊の隣の座に着かされた冬資は、杯片手に上機嫌であった。やはり、探題は少弐の声望が恐ろしいのだ。だから、こんなに下手に出るのだ。

 そう思い込んだ冬資は、すっかり心を許してくつろいだ。

 そして、惨劇は起こった。

 宴半ばにして、今川郎党の 山内通 ( やまのうちみち ) 忠 ( ただ ) という武士が、緊迫した表情でこちらに近づいて来るのに冬資は気づいた。ほろ酔い気分で声をかけようとした彼は、しかし次の瞬間、飛び掛かって来た通忠の強力によって机上に押さえ込まれてしまったのだ。

 「何をするか」狼狽して絶叫する冬資。

 しかし、すかさず近づいた今川仲秋の手にする脇差が、その胸深く突き立った。

 「おのれっ」

 絶句した冬資は、両目を大きく見開いたまま床几から立ち上がり、二、三歩後ずさると、仰向けに倒れ伏して絶命したのである。

 このとき万座は、あまりのことに驚き呆れ、総立ちになってざわめいた。

 「驚くには及びませぬ」今川了俊も立ち上がり、冷静な眼差しを皆に向けた。「少弐筑前守は、菊池党に内通した罪によって、ただ今誅殺されました。ここに、我が軍の最大の邪魔者が除かれたのです。方々には、どうかお心を安んじてくだされ」

 しかし、冬資をみすみす死地に追い込んだ形の島津氏久は、蒼白な唇を震わせて了俊を睨みつけた。

了俊は、動じず柔和な笑顔を氏久に向けて来た。

 「大隅守どの、かたじけない。貴公の尽力で、この逆賊めをまんまと水島におびき出すことに成功致しました。恩賞は、筑後の守護などが相応でござろうかの」

 氏久は、何も答えなかった。彼は、了俊に激しい憎しみの視線をぶつけると、床几を蹴倒して陣幕から出て行った。

 「九州三人衆は、面目を失った・・・」

 そう呟いた大友親世も、氏久に続いて退出し、他の豪族たちも、無言のまま次々に席を立った。

 すっかり白けきった陣内の空気を感得し、今川了俊はようやく事の重大さを呑み込み、今し方まで得意げに輝かせていた目を、頼り無げにさ迷わせた。

 ところで、少弐冬資が南朝に内通したという事実は無根であり、了俊の言い掛かりに過ぎなかった。了俊は、九州最大の名門・太宰少弐の当主を皆の面前で倒すことによって、九州の豪族たちに己の威信を誇示し、彼らを心服させようとしたのだった。しかし、彼が卑怯な騙し討ちを用いたことは、明らかに重大な失策だった。これまで彼の人格に信頼を寄せていた豪族たちに、かえって恐怖心と不信感を植え付けてしまったからである。

 かくして、いつしか陣中に残っているのは、今川一族の武将たちと、乱雑に散らばった酒肴と、放置されたままの冬資の遺骸のみという有り様となっていた。

 「わしは、一体、何をしてしまったのだ」

 これまでの軍事的成果によって慢心し、いつもの緻密な思考を失っていた今川了俊は、夢から醒めたような表情を浮かべて立ち尽くしていた。

 その翌日、島津氏久と大友親世は、総大将の了俊に一言の断りも入れずに、陣を畳んでそれぞれの領国に引き上げて行った。主君の末路を知った少弐の残兵たちは、冬資の遺骸を引き取ると本国に逃げ帰った。残った豪族たちも、その戦意を大いに低下させていた。今や彼らにとって、正面の敵である菊池勢よりも、味方の総大将の方が、油断ならない恐ろしい存在であった。

 こうして水島原の幕府の大軍は、いつしか寄せ集めの烏合の衆と化していた。

 そして、勇猛な菊池勢は、この情勢を無駄にはしなかった。

 「幕府の奴ら、動揺しているぞ」

 「背後の筑後でも、同志が蜂起したそうだぞ」

 「今ぞ、総攻撃っ」

 九月六日、水島城の征西府軍は、一斉に出撃した。菊池賀々丸、良成親王、菊池武安、武義、武勝、武方、 武世 ( たけよ ) 、 武信 ( たけのぶ ) 、 武直 ( たけなお ) 、少弐頼澄、饗庭道哲、 葉室 ( はむろ ) 親善 ( ちかよし ) 、名和顕興らの多士済々が、その勇姿を陣頭に光らせる。また、御船から出撃してきた阿蘇惟武勢も、巧みに今川軍の側面を衝いた。

 この攻撃の前に、数の上では未だに圧倒的優勢のはずの今川軍は、たちまち四分五裂の惨状を呈した。味方の豪族たちが、少しでも戦勢が不利になると、すぐに諦めて戦線離脱してしまうからである。

 「兄上、もはやこれまでです。退却しましょう」

 今川仲秋が、目に涙を一杯に浮かべて言う。

 「・・・・・・」

 今川了俊は黙って頷いた。その唇は、あまりに強く噛み締めたためか充血していた。

 しかし、雪崩を打って北方に逃げる今川軍を、菊池勢は決して許さなかった。その猛追撃は、今川軍を筑後から追い、肥前国府からも追い、肥前 背振山 ( せふりやま ) にまで追い込んだ。しかも追撃戦の最中に、宇都宮親景、長井貞広、 日田 ( ひた ) 詮永 ( あきなが ) といった幕府方の有力武将を次々に血祭りに挙げたのである。

 今川了俊は、背振山の陣で呆然と立ち尽くした。眼下の肥前国府からは、征西府軍の凱歌が聞こえてくる。山の麓には、既に敵の先鋒隊が陣を張っている。

 「なんてことだ・・・」了俊は、この逆転劇がとても信じられずにいた。

 幕府軍は、一転して窮地に陥ったのである。

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