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長編歴史小説

昭烈三国志

9.帝国の崩壊

 

 八月、何進将軍が、宦官たちに暗殺された。

 お人よしの大将軍は、宮中の妹から呼び出しを受けて、丸腰で参内したところを宦官たちに騙まし討ちにされたのである。宦官たちは、敵の首魁を倒せば事は済むと思っていたのだろう。しかし、彼らは読み誤った。黒幕の袁紹たちの目的は、外戚と宦官の両方を撲滅することである。宦官たちは、図らずも袁紹たちの目論見どおりに動いたのであった。そして、袁紹たちは、この機会をむざむざと逃しはしなかった。

 袁紹とその弟・袁術を中心に、一斉に宮中に攻め込んだ清流派若手士大夫たちは、大将軍の仇討ちを口実にして、宦官の大虐殺を開始した。このとき殺されたものは、二千名を越えたという。どういうわけか、この騒動で何進将軍の弟まで殺された。おそらく混乱に乗じて、袁紹らが暗殺したのだろう。

 生き残った十常侍は、幼い皇帝兄弟をさらって宮中から脱出した。玉を離さなければ生き延びられると踏んだのだろうが、彼らの考えは甘かった。行く手に立ちふさがった騎馬軍団に肝心の玉を奪われ、自ら河に身投げして命を絶つという末路を迎えたのである。

 ここに宦官勢力は滅亡した。外戚もまた滅亡した。しかし、袁紹たちは勝利の快感に酔うことは出来なかった。

 もっと恐るべき敵が登場したからである。

 その名を、董卓という。

 董卓仲頴は、涼州隴西郡臨洮県の出身である。若いころから羌族(西方の異民族)と交友し、顔役となった。生まれつき武芸に秀で、抜群の腕力と、馬上疾駆しながら左右どちらにも騎射できるという類まれな特技を持っていたので、推挙を受けて軍事の要職を転々とした。彼は異民族との戦いに能力を発揮したが、もともと地方の顔役だったので、八百長試合が多かったらしい。黄巾の乱では、盧植に代わって広宗で戦ったが、何の戦果もあげられなかったので免職された。その後、韓遂の反乱に際して中郎将に復帰したが、敵と連絡を取り合って八百長戦を繰り返した。董卓の傲慢で勝手な態度は朝廷でも問題になっており、何進が暗殺された当時は、并州牧に左遷されたばかりだった。

 そんな男が、宦官討滅戦のさなか、軍勢を率いて洛陽郊外に駐屯していたのである。逃げる宦官を抑止し、皇帝を救い出した騎馬軍団は、彼のものだった。当然、その功績は第一となる。その野心は、今や際限なく燃え上がった。

 皇帝を連れて洛陽に入った董卓は、まずは軍事権の掌握を図った。対抗馬は、執金吾(首都警察長官)の丁原であった。兵力は丁原の方が上だったが、董卓は謀略を用いた。丁原の部下・呂布を、利益で誘って寝返らせたのだ。呂布は、主君・丁原を殺害し、その首級と軍団を引っさげて合流したので、洛陽で董卓に対抗できる勢力は無くなった。毋丘毅らが苦労して集めた兵士は、全て董卓の手中に納まったわけだ。

 力こそ正義、こう信じる董卓は、ついに帝国を我が物にしようと目論んだ。その手始めは、皇帝の首の挿げ替えである。劉弁を廃位し、その弟・劉協を新たな皇帝にすることで、政治を専断しようと企んだのだ。

 軍事権を壟断する彼に逆らえるものはいない。

 志あるものは、みな地方へと逃げた。

 袁紹と袁術の兄弟も、仲間を連れて、それぞれ冀州と南陽(荊州北部)へ逃走した。

 だが、盧植は違った。彼は、朝議で皇帝廃位を唱える董卓を強くいさめたのだ。

 「今上陛下は年も若く、位に就かれてから日も浅く、何の過失もありません。廃位を唱える主張には、道理がありませんぞ」

 董卓は短気で粗暴な性格だったので、この言葉に激しく憤り、剣を抜いて、盧植に切りかかろうとした。それを止めたのは、侍中の蔡邕である。辛うじて命拾いした盧植は、尚書の官を辞して、郷里へと落ち延びていった。

 「もはや、治世は終わった」盧植は、失意の胸の内で考えた。「これからは、公孫瓉や劉備の時代になろう。わしの出る幕ではない」

 そして九月一日、劉弁は皇帝の座から引き摺り下ろされ、代わって劉協が帝位に就いた。これが献帝である。少帝とおくり名された劉弁は、やがて母もろとも殺害される。

 洛陽は、地獄の世界となった。

 もともと董卓の軍勢は、西方異民族やならず者たちで構成されているので、その風俗は洛陽の文化に馴染まない。そのためもあって、宮中や市中での略奪暴行は日常茶飯事となったのだが、取り締まるべき立場の董卓は、親分気分でそれを奨励する始末だった。

 また、税金を大幅に上げて民衆を苦しめたため、郊外で反乱が頻発した。董卓は反乱軍を容赦なく討伐すると、残虐な刑罰を行なった。陽城という町では、男全員を殺害し、その全ての首を車軸にくくりつけた馬車を洛陽で行進させるのみならず、女は全員拉致し慰みものにしたのである。

 そんな董卓のやり方を見て、心ある士大夫は次々と職を辞して地方に逃げていった。毋丘毅と曹操も、夜陰に紛れて都を脱出した。

 こうして、洛陽は急激に人材不足となった。これでは政治にならない。焦った董卓は、地方の士大夫に高い官職を与えて懐柔しようとした。韓馥を冀州牧、劉岱を兗州刺史、張咨を南陽太守、孔伷を豫州刺史、張邈を陳留太守に任命し、さらには政敵の袁紹を勃海太守に、袁術を左将軍に任ずるなど、官位と権力の大盤振る舞いをしたのである。

 しかし、この施策は全て裏目に出た。

 これらの諸侯の大部分が、同盟を結んで反董卓挙兵したからである。つまり董卓は、自らの敵をわざわざ強くしてやったことになる。

 この同盟の企画発起人は、奮武将軍を名乗る曹操であった。都から逃げて来た彼は、兗州陳留郡で財産をはたいて五千の兵を集め、全中国に檄を飛ばしたのである。こうして、反董の機運は全国に広がった。前述の諸侯に加えて、河内太守の王匡や山陽太守の袁遺、東郡太守の橋瑁や広陵太守の張超らが馳せ参じたのだ。

 彼らは、それぞれ数万の軍勢を率いて洛陽を目指した。韓馥に後方支援された袁紹は王匡とともに河内に、曹操、孔伷、劉岱、橋瑁、袁遺、張邈、張超、鮑信の八将は酸棗に、袁術は南陽にそれぞれ布陣を終えた。洛陽を、半円状に取り囲んだのである。

 さらに、長沙の猛将・孫堅が、董卓派の南陽太守・張咨を殺害してその軍を奪い、大軍となって北上中であった。

 

 下密県は、気候もよく、民心も安定した、治め安い土地柄であった。

 劉備は、仲間たちとともに、この地の丞(政務担当官)の仕事を卒なくこなしていた。無欲な彼は、税金を安くして民の生活を楽にすることに喜びを感じた。また、もともと面倒見の良い人柄なので、民衆の訴えごとを真摯な気持ちで聞いたのである。

 「役人の仕事も、悪くはないね」劉備は、弟たちに語った。「考えようによっては、人生の全てが勉強だもんな。今のうちに、どんな仕事でも経験しておくほうが良い。以前の俺は、仕事を選ぼうとしたけれど、あのころは子供だったんだな」

 劉備玄徳は、二十八歳になっていた。曹操との出会いが、彼の中の何かを変えたことは間違いなかった。関羽と張飛も、そんな彼の姿を頼もしげに見つめていた。

 しかし、この生活に終止符が打たれるときが来た。

 この地にも、董卓の乱の詳細が伝わったのである。

 「そうか、あの曹操どのが中心人物なのか」

 「しかし、盟主には、袁紹が選ばれたそうですぞ。なぜでしょうか」関羽が首をかしげる。

 「袁紹は、諸侯の中で一番、家柄が良いからね。曹操どのは、残念ながら名声不足だ」

 「どうする、兄貴。俺たちも行くべきだろうか」と、張飛。

 「徐州牧・陶謙どのは、日和見を決め込むみたいですぞ」と、簡雍。

 「行くさ」劉備は、大きく伸びをした。「約束したんだ。曹操どのに恩返しするって」

 再び彼らは旅の人となった。夜逃げ同然で職場を後にする。目指すは酸棗、諸侯の集う地だ。

 「急がねえと、戦が終わっちまうぞ」劉備は、馬に鞭をくれながら苛つきを抑えきれない。

 「戦局はどうなんでしょうな」と、関羽。

 「連合軍は、少なく見ても十万はいる。董卓軍はといえば、そうさな、五万がいいところじゃねえかな。普通ならば勝負の帰趨は明白だ」

 「なんだ、今ごろ終わってるぞ、きっと」張飛が鼻を鳴らす。

 「まだ分からんぞ」関羽が思案顔だ。「董卓率いる西方の騎兵部隊は、戦馴れしている上に長矛を得意とする精鋭だ。数だけでは勝敗の判断は難しい。それに」

 「それに?」

 「あの呂布や張遼が、敵の部将となっている」

 「ああ、結局、奴らと一戦交えることになったなあ」張飛が、肩をすくめる。

 「うむ、残念だ」張遼と親しい関羽は、唇を噛んだ。

 だが、彼らの心配は杞憂であった。

 埃まみれで酸棗に到着した彼らは、そもそも戦端が開かれていない事態を知って驚いた。連合軍の諸侯は、連日のように酒宴に明け暮れ、一向に洛陽を攻めようとしないのだという。

 「どうしてですか」劉備は、出迎えてくれた役人に問うた。

 「みんな、せっかく手に入れた軍勢を傷つけたくないのさ」陳宮という名のその役人は、声を潜めて教えてくれた。「猫の首に鈴を付ける係が、一人もいないというわけ」

 「つまり、董卓を倒した後のことを心配しているのですな」

 「そのとおり、誰も真剣に漢王朝を救おうとは考えていない。盟主の袁紹とてそうだ。董卓の精鋭と争って傷つくよりは、戦力を温存して次の天下取りに備えようというのだ」

 「・・・曹操どのは、どうなのでしょう。この挙兵は、あの方が企画されたとの情報ですが」

 「ああ」陳宮は、初めて頬をほころばせた。「あの方は別格だ。あの方こそ、忠義の士。孟徳どのは、このような連合軍の有様を嘆いている」

 「お会いしたいのですが、今どちらに」

 「手勢を率いて滎陽に進軍された」

 「最前線じゃありませんか」

 「・・・あの方は、率先して敵と戦い、諸侯を啓蒙しようと考えたのだろう」

 「こうしちゃ、いられない」劉備は、再び馬上の人となった。「みんな、孟徳どのを助けに行くぞ。一刻を争う」

 三兄弟と簡雍たちは、旅の疲れを癒す間もなく西へと急行した。

 しかし、手遅れだった。いや、彼らが間に合ったとしても、結果は同じだっただろう。

 曹操率いる五千は、滎陽近郊で董卓の部将・徐栄の軍一万と交戦して大敗し、全滅に近い大損害を受けたのである。曹操の乗馬も殺されるほど際どい戦だった。従兄弟の曹洪が、自分の馬を彼に譲らなければ、曹操もその場で戦死していたことは間違いない。

 駒を進める劉備たちは、道々、瀕死の敗残兵がよろめきながら帰って来るのに出会い、事態を察知した。

 「孟徳どのは、いずこか」三兄弟は、連呼しながら前へと進む。しかし、疲労困憊した敗兵たちには、口を利く元気も無い。

 やがて汴水のほとりに辿り着くと、そこには曹操軍の幹部が集まっていた。全身傷だらけの主将の姿も見える。曹操は、部将の一人と抱き合って、大声上げて泣いていた。

 「良く無事でいてくれたなあ、子廉。もう駄目かと思ったぞ。衛茲も鮑鴻も死んだ。他にも大勢死んだ。俺のせいだ」

 「兄者は、悪くないよ」曹洪は、従兄の背中を撫でながら言った。「悪いのは、俺たちを見殺しにした酸棗の連中だ。力を貸してくれたのは、鮑信と張邈だけじゃないか」

 「畜生、本初(袁紹)め、親友だと思っていたのに」

 「これからどうする、兄者」傍らに立っていた大男・夏侯惇が、野太い声を出した。

 「本初のところに殴りこみだ」曹操は、従兄弟から離れて立ち上がった。

 そこで劉備と目が合った。

 「あれ、貴君は」

 「お久しぶりです」劉備は、礼をする。「涿の劉玄徳です」

 「ああ」曹操は、笑顔を見せた。「埃まみれだから、その耳を見るまで分からなかった・・・本当に来てくれたんだね、わざわざ徐州から」

 そう言うと、曹操は劉備のところに歩み寄り、いきなり抱擁してきた。劉備は面食らったが、その背中を撫でてやる。

 「お恥ずかしいことに、負け戦となりました。この仇は、貴君が晴らしてくだされ」

 「国家のために、力の限り働きます」劉備には、そう言うことしかできなかった。

 曹操は、その足で袁紹の幕舎に怒鳴り込んだ。呆れたことに、幕舎では酒宴の真っ最中だった。曹操は、同盟軍の不義理を詰りたい気持ちを抑え、必勝の作戦を提案した。董卓軍は洛陽前面に全軍を集めているから、手薄となった後方や側面を奇襲するべきだと主張したのだ。しかし、袁紹をはじめ、諸侯は取り合おうとはしなかった。

 失望した曹操は、失われた兵士を補充するべく酸棗を離れることになった。その目的地は、思い出深き丹楊である。曹操に憧れる陳宮も、これに同行することになった。

 「玄徳どのは、どうされる」曹操は、出発間際に劉備の宿舎を訪れた。

 「俺は、孟徳どののためにここに来たのです。俺たちも同行させてください」

 「貴君は」曹操は、目を潤ませた。「本当に義理堅い人だなあ。地方の県丞にはもったいないよ」

 「いやいや、侠客の世界では当たり前のことです」

 「諸侯にも、その志を見習ってほしいよ。・・・だから、貴君はここに残ってください。この俺の代わりに、国家の危機を救ってください」

 「・・・分かりました」劉備は、厳粛な面持ちで礼をした。

 しかし、酸棗の状況は少しも変わらなかった。相変わらず、連日の酒宴である。こんなことをしていては、兵士たちの士気は落ちる一方である。

 怠惰な環境に馴れるうち、諸侯たちの中には、互いに反目する者さえ出てきた。陳留太守・張邈は、曹操と同じく積極主義者だったので、袁紹に厳しく意見した。そのため、却って袁紹に憎まれ、険悪な間柄となってしまった。

 もっとひどいのは、兗州刺史の劉岱である。彼は、東郡太守・橋瑁との口論が悪化し、これを陣中で刺殺したのである。

 酸棗の連合軍は、もはや空中分解寸前であった。

 董卓は、労せずして勝利を得られそうな状況である。

 しかし、そうはならなかった。洛陽の南に陣取る諸侯が、獅子奮迅の活躍を見せたのである。

 こちらの連合軍の主将は、左将軍・袁術だった。彼は、人口五百万と言われる大都市・宛(荊州南陽郡の政庁所在地)を策源地とし、猛将と呼ばれる長沙太守・孫堅を先鋒に任命して、積極的に董卓軍に挑んだのである。

 孫堅は強かった。

 長沙の健児たちは、迎撃してきた董卓の大軍と真っ向から渡り合った。董卓軍は、名将・華雄を繰り出したが、孫軍はこれを陽人で撃破して討ち取った。その後、切り札の呂布も敗走させたため、董卓は、洛陽の保持すら困難になったのである。

 「何も、難しく考えるこたあない」董卓は、嘯いた。「俺の本拠地は西方だ。洛陽を失ったとて痛くも痒くもないわ」

 「しかし、洛陽には天子がおわしますぞ」謀臣の李儒が、唇を尖らせた。

 「連れて行けばいいじゃないか。ついでに、住民もみんな連れていこう。財貨も持っていこう。歴代皇帝の墳墓に眠る財宝も全部だ」

 「・・・・・」李儒は、黙り込むことしかできなかった。

 こうして、洛陽は崩壊した。

 住民は強制的に長安に移送されることとなり、残された彼らの財産は全て董卓に没収された。皇帝たちの墳墓も、全て暴かれた。そして、無人となった大都市には、火が放たれ、井戸は全て埋められた。数百万の怨嗟の声は、董卓の兵士たちに脅かされながら、西の方、長安へと長蛇の列を作ったのである。

 急を知って駆けつけた孫堅軍は、想像を絶する悲惨さに声を無くした。彼らは、逃げ遅れた人々を救助し、火災を消し止め、井戸を掘り起こし、破壊された皇帝の墳墓を修復していった。

 しかし、洛陽はもはや、人の住める場所ではなくなっていたのである。

 

 「洛陽は、回復された」袁紹は、満座に向かって声明を発した。「連合軍の役割は、これで完了した。それゆえ、解散を宣言する」

 「何ですって?まだ、天子は敵の掌中にありますぞ」張邈が、険しい口調で叫んだ。

 「その事については、私に考えがある」袁紹は、殺意の篭った視線を投げ返す。

 「考え?」

 「皇帝は、西の果てにいる方だけとは限らないということだ」

 袁紹は、その場では計画の詳細を明らかにしなかったが、どうやら別の皇族を擁立しようと考えているらしい。

 呆れて退出した劉備の前に、袁紹の部下が現れた。彼は、主君の辞令を持っていた。

 「劉備玄徳どの、軍功によって青州済南国高唐県の尉に任命する」

 「軍功だって」劉備は、鼻じろんだ。「俺は何もしていないぜ」

 「良いから、受けられよ」そういうと、袁紹の部下は足早に去っていった。

 「いつから、袁紹に、役人の任命権がついたってんだ・・・こういうのは普通、中央政府が考えるんじゃねえのか」劉備は、首をかしげた。

   このころから、地方の実力者が勝手に官位を詐称したり、官職を勝手に任命する現象が始まった。こうして中華は、無政府状態に陥ったのである。

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