歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

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長編歴史小説

ボヘミア物語

第七章 国際会議の開幕

 

 1414年初春、欧州の政情は慌ただしさを増していた。

 教会大分裂(シスマ)を終わらせるための国際会議が、ドイツ南部で開催されることになったからである。

 企画発起人は、神聖ローマ皇帝ジギスムント。真面目なこの皇帝は、欧州の混乱を統一し、再び十字軍を起こしてオスマントルコ帝国と対決する使命感に燃えていた。そのためには、この国際会議を、何としてでも成功させなければならない。

 教会大分裂については、彼には熟慮の上の腹案があった。前回のピサ公会議のような混乱を避けるため(このときは、2人の教皇を一人に戻そうとしたのに、議論が紛糾しすぎて3人に増えてしまった!)、いったん全ての教皇を廃位するという起死回生の策を案出していたのである。

 しかし、彼の構想に暗い影を投げかける要素があった。すなわち、ボヘミア王国の異端問題である。こればかりは、結果がどう転ぶかが予想できぬ。皇帝は、この問題を公会議の前に解決しようとして、異母兄であるボヘミア王に働きかけたのだったが、これは完全に裏目に出た。ボヘミア王は、事もあろうに異端に加担し、これを強化してしまったのである。

 「ヤン・フスを、公会議に召喚して、その真意を質さねばなりますまい」皇帝の傍らに座すフランス人の枢機卿ピエール・ダイイは、いつものように沈うつな表情だ。

 皇帝は、ブダ城の窓からドナウ川を見下ろしながら、王冠の下の秀でた額を撫でた。

 「ヤン・フスが、形だけでも己の誤りを認めてくれれば、当面はボヘミア問題を凍結できるのだが・・・」

 こうして、皇帝の使者はボヘミアへと飛んだ。

 

 「これは罠です」イエロニームは、公会議の召喚状を指ではじいた。「行くべきではありません」

 フスは、両目を閉じて沈思していた。

 「しかし皇帝は、先生の安全を保障し、護衛の騎士を付けると言ってきている」ヤコウベクは、悩ましげに呟いた。「神聖ローマ皇帝たろうものが、このような言質を与えた上で、それを破るとは思えないが・・・」

 ここは、プラハ大学の大講堂だ。南ボヘミアから帰還したフスは、昨年末の勝利の成果を生かすため、ベトレヘム礼拝堂で積極的な講演活動を展開していた。また、『教会論』や『説教書』などの著書をついに完成させ、大学の図書館に備え置いた。学生たちが、この著書に殺到したのは言うまでもない。

 意気あがる大学教授たちだったが、突然舞い込んできた召喚状には神経質にならざるを得なかった。

 フスは、目を開けた。

 「危険は承知だが、これは千載一遇のチャンスだ。全ヨーロッパの要人が一同に会する公会議の席上で、我々の主張を開陳できるなら、これは教会改革への重要な布石となることだろう」

 満座の空気は凍りつき、一同は深刻な顔を見合わせた。

 「先生は」イエロニームが言った。「このチェコを一歩出たら、異端者なのですぞ。聖務を停止された身なのですぞ」

 「そこは、皇帝の言質を頼りにするしかない」フスは、低く呟いた。

 「し、しかし、皇帝とて政治に動かされる身。いつなんどき、変心するか分かりません」プシーブラムのヤンが、切なげに声をあえがせた。

 「だから、危険は承知の上だと言った」フスは、鋭い目で同志たちの暗い面立ちを見渡した。「我々の改革は、このプラハとチェコでは大きな進展を見せている。しかし、我々の真の理想は、キリスト教世界全体が、『真実』に目覚め、正しい信仰を取り戻すことである。我々の『真実』は、キリスト教世界全体の『真実』にならねばならぬ。そのためには、今度の公会議は、願ってもないチャンスなのだ」

 フスの意思の堅さを知る人々は、もはや言うべき言葉を持たなかった。

 こうしてヤン・フスは、コンスタンツ公会議に出発する準備を始めたのである。

 

 4月はイースター(復活祭)の季節だ。

 若い女性たちは、意中の人にプレゼントするため、ゆで卵の殻にせっせと色を塗る。

 イースターは、もともとはキリスト教のお祭りではなかったらしい。ケルト人などの土俗の慣習が、教会の政策によってキリスト教のお祭りに置き換えられてしまったのだ。

 チェコ人は、この時期にお祭りをする習慣は無かったのだが、この地がキリスト教に教化されていく過程で、イースターが輸入されたのである。祭事にまで教会勢力が介入して規制する。これが、中世ヨーロッパの姿であった。

 それでも、チェコの初夏は、からっとしてとても気持ちの良い日が続くから、お祭りには最適だ。プラハ市と郊外の村々も、明るい陽光に包まれて、祭りの日を心待ちにしているのだった。

 プラハ新市街は、この時代にしてはユニークなことに、城壁の中に広大な果樹園や公園を多く抱えていた。これは、新市街を構築したカレル1世が、市民のために配慮した結果である。

 カレル1世は、また、小地区のぺトシーン丘の裏手に、防衛上必要の無い壁を構築しているが、これは貧民たちに仕事と食を提供するために作らせたのである。この壁は、現在でもそのままの姿で保存され、古の善政をしのぶ『飢えの壁』と呼ばれている。

 現王ヴァーツラフ4世の最大の不運は、このような名君を父に持ったことだろう。それのみならず、弟のジギスムントも、ハンガリー王兼神聖ローマ皇帝として、今や国際会議の主役に踊り出ようとしている。鬱々としたヴァーツラフ王は、ますます酒に逃げる毎日を送っているのだった。

 ともあれ、そんな王の不満は、庶民たちには関係のないことだ。

 イースターのお祭りは、例年通り、新市街の南に広がるカレル公園で開かれた。華麗な民族衣装に身を包んだ男女は、輪になって踊り興じ、歓声をもって神に感謝をささげるのだった。

 やがて若い男性は、意中の女性を小さな鞭で軽く叩き、女性は、その返事の代わりに色付き卵を渡す。お祭りは、若い男女が愛を確かめる場所でもあった。

 ぺトルは、喧騒から離れて深緑の草原の上に横たわっていた。

 プラハにおけるカトリック派勢力の衰退は、ドイツ系聖職者の政治力を弱らせた。そのため、チェコ人が聖職者になるチャンスが増し、ぺトルも、順調に行けば聖職禄にありつけるはずであった。

 「こうして祭りを眺めていられるのも、今年が最後かもしれないな・・・」

 こうした想像を巡らしていると、いつのまにかマリエが近くに立っていた。

 「やあ」ぺトルは、口に含んでいた葉っぱを吐き出すと、上半身を起こした。

 「一人で、何やってんの」大きなリボンで髪を後ろに束ねた白い民族衣装の少女は、悪戯っぽい笑顔を浮かべてかがみこんだ。

 「空を見ているのさ」

 「あはは、変なの。空なんか、いつだって見られるじゃない」

 「今日の空は、今日しか見られないだろ」

 「ふうん」マリエは、白い歯を見せて笑った。「あたし、ぺトル君のそういうところ、好きだな」

 顔を赤らめたぺトルは、返す言葉が思い当たらずドギマギした。

 マリエは、その顔をますますぺトルに近づけた。鳶色の大きな瞳は、深みを帯びてきらきらと輝く。

 「あたし、きっとイジー君のお嫁さんになるわ」

 ぺトルは無言でうなずいた。やはり、イジーは結婚を申し込んだのだな。予想していたことだから、特に驚きはしない。ただ、なぜか寂しさが心を漂った。

 「でも、何か不安なの」

 「不安って」

 「この静けさが、嫌なことの起こる前触れなんじゃないかって」

 「そんなことにはならない」ぺトルは、すっくと立ち上がった。「フス先生やイエロニーム先生たちがいるかぎり、僕も頑張るから、決して悪いことにはならない」

 「ありがとう」マリエはうなずいた。「ぺトル君の言葉を聞くとすごく安心するわ」

 「ほら、ご覧」ぺトルは、丘の向こうを指差した。

 そこには、髪に花びらをたくさん付けたヴィクトルカの姿があった。ぼうっと立ち尽くしてお祭りを眺めている。その儚げな風情は、あたかも草の中から生まれた聖霊のようだ。

 「ヴィクトルカって、綺麗ね」マリエが、ぽつりと言った。「時々、すごくそう思うの。どうして、あんなになっちゃったのかしら。元に戻ることはないのかしら」

 「もしかすると」ぺトルが、物憂げに答えた。「ヴィクトルカのような人が、一番、神に近い存在なのかもしれない。彼女は、原罪にまみれていないのかもしれない」

 「原罪から解き放たれるためには、ああなるしかないって言うの」

 「いや、そうは思わない」

 「そうよね、それじゃあ悲しすぎるものね」

 優しい眼で祭りの様子を見ていたヴィクトルカは、やがて、消え入るように丘の向こうに姿を消した。その日の彼女は、なぜかしら正常な心を取り戻したかのように見えた。まるで本物の聖霊のように。

 「僕たちが『真実』を大切にすれば、『真実』を守り続ければ、神もみんなの原罪を許してくれるかもしれないね」彼女の姿を見送りながら、ぺトルはぽつりと言った。

 「でも、『真実』を守るのはチェコ人だけよ。チェコ人だけが原罪から救われるのかしら」

 「そうじゃないさ、神は、そんな不公平を許さない。『真実』は、やがて世界に広まるだろう。キリスト教を信じる全ての人が、『真実』を歩む日がきっと来る」

 「フス先生ね」

 「そうとも、先生ならきっとやってくれる。頑迷なローマ教会の連中の目を、必ず『真実』へと開かせてくれるはずさ」ぺトルは、力強くこう言った。

 

 夏も過ぎ行くころ、黒衣に身を包んだ僧侶たちが、続々とこの街に乗り込んできた。ローマから派遣された異端審問官たちは、公会議に先駆けて、『ボヘミアの異端』の実態を調査するために訪れたのであった。

 しかし、彼らは、異端の証拠を見つけることは出来なかった。

 「なんだこれは」旧市街庁舎に腰を落ち着けた審問官ニコラウスは、部下たちの報告を受けて首をかしげた。「ローマで聞いていた話とは、全然違うぞ。ボヘミアは、異端どころか、むしろ最も熱心なカトリック信仰の国ではないか・・・」

 彼のこの思いは、フスとの会見によってますます強くなった。フスは、神の言葉は聖書に宿っていること、本当の信仰は聖書から得られることを熱心に説いたのである。そして、こうした本質を忘れ去って私利私欲にふける今の教会の在り方を、強く非難したのである。

 「私の考えは、間違っていますか」フスは、ニコラウスの目をまっすぐに見つめた。

 「いいや・・・」ニコラウスは、首を横に振らざるを得なかった。「あなたは、純粋な、いや、あまりにも純粋なカトリック教徒だということが良く分かりました」

 こうして異端審問官たちは、拍子抜けをした体で国に帰って行ったのである。

 フスは、自信を深めた。異端の疑いが事前に解かれていれば、公会議での活動が容易になるからである。フスのコンスタンツ行きに懐疑的だった人々も、この様子に胸をなでおろした。

 フスはまた、ローマ教皇ヨハネス23世に働きかけて、その身柄の安全を保証された。もちろん、プラハからローマに帰還したニコラウスたちも、教皇を説得してくれたのである。ここに、フスの「異端の罪」は、一時的に凍結されることとなった。

 1414年10月、フスはボヘミア国王が手配してくれた護衛の騎士たちに守られ、大勢の支持者たちに見送られながら、プラハ小地区の城門から西へ向かって出立した。

 いよいよ、その理想の翼を世界に向けて広げる時が訪れたのである。

 

 刈り入れを終えた南ドイツは、秋祭りの準備と、長く苦しい冬支度とで大忙しだったが、行き着く先々の町や村は、フスの一行を暖かく出迎えた。神聖ローマ皇帝治下の封建諸侯たちが、彼を清廉な修道者として歓待するよう命じていたからである。

 一行が、南ドイツの町コンスタンツに入城したのは、11月3日のことであった。ほとんどの宿場は、欧州各国の要人たちで埋め尽くされ、大国際会議のお膳立ては既に整っていた。

 ただ、この公会議の最重要議題は「教会大分裂」の解消であったので、フスの出番はまだまだ先だった。ローマ教皇の計らいで「異端の罪」と「聖務停止令」を凍結された彼は、自由に街の礼拝堂や教会を訪ねて回り、この地方の宗教者たちと談論して大いに見聞を深めたのである。

 ところが、小春日和は瞬く間に去り、みるみるうちに暗雲が立ち込めた。

 まず、ローマ教皇ヨハネス23世が、コンスタンツから逃亡してローマに帰ってしまった。この公会議では、「教会大分裂」を解消する手段として、ローマ、ピサ、アヴィニョン全ての教皇権がいったん否定されたのだが、ヨハネスは、この措置が不満で公会議から脱落したのであった。

 ここにフスは、最も有力な庇護者を失ったのである。

 彼の敵手は、この機会を逃しはしなかった。かつてウイクリフ派によってプラハを追われたツナイムやシュテファン・パレッチは、ドイツ国内で有力な司教座を手に入れていた。彼らは、この権勢をフルに利用して、既に年初からフスを「悪魔崇拝者」と呼び、その言説を否定する根回しを続けていたのであった。

 11月25日、こうしてフスは突如として聖職者としての一切の権利を剥奪され、「異端の疑い」のもとに、コンスタンツ市内の修道院の一室に幽閉されることとなったのである。

 

 「やられた」プラハ大学で首尾を待っていたイエロニームは、この知らせを受けて天を仰いだ。「やはり、行かせるべきではなかったのだ」

 「まだ諦めるのは早い」ヤコウベクが冷静に嗜めた。「フス先生の意志の力は、この程度のことでは挫けはしまい。きっと異端審問の席で『真実』を訴え続け、頑迷固陋な守旧派どもの心を溶かすことだろう」

 「そうだと良いが・・・」プシーブラムのヤンは、目を伏せて呟いた。

 彼が恐れるのは、拷問によってフスが変節することであった。現に、先ごろ逝去したウイクリフ派の先導者スタニスラフは、ピサ公会議で厳しい審問を受けて以来、教会の顔色ばかり窺う保守主義者になってしまった。フスまでその二の舞になってしまったら、この運動自体が瓦解してしまうことだろう。

 ヤンのこの想いは、しばし会堂を埋めた沈黙の中で、教授たち全員に共有された。

 「我々が、何か新しいことを始めよう」イエロニームが切り出した。

 「そうとも、この運動が、もはや誰にも止められないことを世界に示すのだ」と、ヤン。

 「そして、牢内のフス先生を励まして、勇気を与えようじゃありませんか」イギリス人ピーターも、拳を挙げる。

 ここでヤコウベクは、かねてよりの懸案を口にした。

 「両形式の聖餐、つまり二重聖餐はどうだろう・・・」

 一堂は、互いの顔を見交わした。その目は、緊張に激しく震える。

 聖餐(ミサ)というのは、キリスト教徒が信仰を強めるための儀式である。聖餐式は、従来はイエスの『最後の晩餐』にちなんで、パンと葡萄酒の2つを用いて行なうのが通例であった。しかし、キリスト教会は、13世紀のラテラノ公会議でこれを大きく修正した。すなわち、「聖職者は、パンと葡萄酒の両方を用いた聖餐を受けられるが(二重聖餐)、庶民は、パンのみの聖餐を受けなければならない(一重聖餐)」ことに決まったのである。これは、教会の権威付けのための方策であった。下賎な庶民は、パンだけで十分だと言うわけである。

 ウイクリフ派は、既述のとおり、教会の権威を否定し、神と人とを聖書を用いて結び付けることを一義にしている。そんな彼らにとって、教会の定めたこの差別的な聖餐方式は、打破すべき当面の目標であった。

 そして今、窮地に立った彼らは、悪しき教会方式を踏み越えて、庶民にも「二重聖餐」方式を通用させる決意を固めたのである。

 「これは、教会勢力との全面対決となるかもしれぬ」ヤコウベクは、狭い額を指で押さえながら言葉を吐き出した。「だが、もはや避けられない」

 満座は、重々しくうなずいた。

 こうして、チェコのウイクリフ派は、新たな活動を開始した。プラハ及びウイクリフ派の息のかかった諸都市で、一斉に「二重聖餐」が執り行われることになったのだ。これには、教会の従来のやり方に懐疑的だった多くの庶民が熱狂し、このムーブメントは、たちまち国中に広がっていったのである。

 この試みは、神と庶民をより近づけるための大いなる一歩であった。

 これ以降、チェコのウイクリフ派は、二重聖餐派(ウトラキスト)と呼ばれることとなる。

 

 「フス先生に会いに行こう」イジーは、力強く言った。

 「もちろんだとも」ペトルとトマーシュは、胸を張って唱和した。

 ただし、三人の気勢はその段階で止まってしまうのだ。何しろ、先立つものが無い。

 「ヤコブなら貸してくれるかな」

 「いやあ、ユダヤ人は商売になると厳しいぜ」

 「おい、ペトル、田舎の親父さんは出してくれないのか」

 「手紙を出したが、返事が来ない」

 ペトルの父オンドジェイ卿をはじめ、チェコの貴族たちは、フスの受難を知って騒然となった。彼らは、公会議に書状を送って、偉大な説教師を釈放するよう求めたのだが、梨の礫であった。彼らは、コンスタンツの状況が良く分からないため、それ以上の行動を取りようがなかったのである。

 「大学の先生方は、どう考えているんだろう」

 「二重聖餐の普及活動に大忙しだけど」

 「本当に、それが、異郷のフス先生の助けになるんだろうか」

 3人の学生は、旧市街の迷路のような街路を難しい顔でさ迷い歩き、いつしかヴルタヴァ川に架かる石橋の前に出た。石橋の向こうには、壮麗なプラハ城が聳え立つ。

 「王と王妃が動いてくれるさ」イジーが、城を見つめながら、迷いを振り切るように言った。「王はきっと、昨年末のような英断を発揮してくれる。俺たちを助けてくれる」

 しかし、彼のこの声は、石畳の街路に虚ろに反響した。

 プラハの街は何も言わずに静かにたたずみ、ヴルタヴァの流れは悠久を漂うかのようだ。

 3人は、それぞれの物思いに浸りながら、石壁に背をもたせかけ、川の流れに見入っていた。川面は、夕日をいっぱいに浴びて、オレンジ色に輝いている。

 そのとき、彼らが通ってきた街路から、灰色のフードを被った小男が姿を現した。

 目を上げた3人の学生は、小男の口元に光る乱食い歯に目を見張った。

 「グリュス・ゴット(こんにちは)」小男はドイツ語で挨拶すると、ひょうきんな仕草でお辞儀をした。「お久しぶりでげす」

 「トチェンプロッツ」ペトルが呟いた。「何しに現れたんだ」

 「お兄さんたちが、拙者を探していると聞いたもんでっから」

 「今は、それどころじゃないんだよ」イジーが、うるさそうに手を振った。

 「あれ、もう拙者と遊んでくれへんのでっか」

 「回りくどいな」トマーシュが唇を曲げた。「どうせ、ジェリフスキーの使いで来たんだろう。さっさと用件を言えよ」

 「あれれ」大泥棒は、大げさに肩を竦めた。「全てお見通しなのでっか。拙者は、まるっきり猫の使いでんな」

 「今日は、どこへでも行ってやる」イジーは、ぶっきらぼうに路上に唾を吐いた。「ジェリフスキーに会わせろ」

 「えへへへ、そう来なくっちゃ」小男は、嬉しそうに飛び跳ねると、3人の先頭に立って、新市街方面に歩き始めた。

 怪人修道士ジェリフスキーの新しいアジトは、新市街東端の葡萄畑(ヴィノフラディ)地区にあった。人家もまばらな、閑静な一帯である。

 問題の人物は、小さな農家の一室で学生たちを出迎えた。

 「私の仲間になれ」

 ヤン・ジェリフスキーは、開口一番こう言った。

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