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長編歴史小説

黄花太平記 第一部

3.瀬戸内海海賊衆

   「そうじゃ、こういう役目には六郎と七郎がよい・・・」 大智を見送った後、武時入道は自室で真剣に、息子たちの畿内派遣について考えていた。

 彼は、いまや本気だった。何としても大塔宮と接触し、天下の動静を肌で感じたかったのだ。

  第一の問題は、たくさんの息子の中から誰を派遣するかである。長男の武重と次男の頼隆は、いざという時のために手放せないし、四男の武茂は分家(木野家)の身である。三男の隆舜は体が弱い。となると、才気あふれる五男の武澄と、好奇心旺盛で観察力に優れる六男の武吉が適任ということになる。

  「まあ、奴らにとっては良い人生勉強になろう」と、武時は考えた。二人ともまだ十代後半の若さである。「それにお守りとして城隆じょうたかあき を付けよう。これで完壁じゃ・・・誰か、六郎と七郎を呼べ」と、武時は室外にいる郎党に命じた。

  しばらくして、六郎武澄と七郎武吉とがやって来た。六郎は痩せていたが背は高く、落ち着いた目をしている。それに対して七郎は全体に小造りで、大きな目をいつもきょろきょろと動かしている人物である。

  「父上、お呼びですか」と、頬に墨をつけた六郎は、どうやら手習いをしていたらしい。真っ赤に上気した肌の七郎は、どうやら馬場から駆けつけて来たようだ。

  「まあ、そこに座れ」武時は、目の前に並んで正座した二人に向かって、畿内行きについて説明した。二人は神妙に聞いていたが、人生勉強という言葉に強く反発した。

 「父上、我らは子供では有りませんぞ」と、十七になったばかりの七郎が言った。

  「誰もおまえらを子供だとは言っとらんわい」武時は面倒臭そうに手を打ち振った。

  「ばってん、付き添いに城隆顕どのを同行させるというのは、我らを子供扱いしておるからではありますまいか」と、六郎。

 「そうではない。城は一族きっての猛将の家柄じゃ。ゆえに当主の隆顕に、中央に戦があればそれを見せておきたいのよ。他意は無い」

  やれやれ、うるさい子供達だわいと思いながらも、武時は息子たちの背伸びが嬉しかった。

  「畿内行きについては承りましたが、どのような手段で行けばよいのですか」と、六郎が尋ねた。

  「ふむ、実はまだ思案中なのじゃよ」武時は頭を掻いた。

  「それなら、おいに考えがありますよ」と、六郎は進み出た。

  「ほう、言うてみい」武時は身を乗り出した。六郎の若い着想には、時々自分には及びもつかないものがある。 しかし、六郎武澄の脳裏には、兄の頼隆の恋の成就の手助けをすることしかなかった。今こそ、一昨日の夜、武重と頼隆と三人で話し合ったことを実行するときである。

  「父上、博多商人に紛れて行くというのはどうでしょうか」

 「ふうん、大智どのもそうして来たらしいが。じゃが、秘密を守るうえで信用できる商人がおるかな。商人は利に聡いからの」武時は半信半疑である。

 「その点は大丈夫です。次郎兄上と三郎兄上がいつも世話になっている商人がいます。梅富屋というのですが、義理堅い商家ですばい。そこなら力になってくれるでしょう」六郎はきっぱりと言った。

 「梅富屋・・・次郎の口からいつぞや噂を聞いたことがあるな。なんでも店主の一人娘がえらい別嬪とか。そうか六郎、色気づきよったな。がっはは。よかよか、そうでなくっちゃ」武時は両手を叩きながら大笑するのだった。

  おいは、親父とは違うよ、と内心ではうんざりしながらも、六郎は武時の言葉が核心に近かったのに冷や冷やしていた。 六郎の計画は、梅富屋の価値を武時に強調して、少しずつ頼隆と妙子の仲を認めさせようというものだった。しかし、手順を間違うと、妙子がかえって武時の妾にされてしまうおそれがある。慎重に運ばないと。

 「梅富は、探題寄りの豪商の肥富屋と対立しています。きっと内心では宮方に味方する積もりに相違ありませぬ」と、才気走った少年は力を込めて出まかせを説いた。

  「ほうか、その娘がそんなに好きか。なんならお前の嫁にもらってやろうかい。ん、なんじゃそのびっくりした顔は。がっははは、冗談よ」

  衆議は結局、梅富屋船に堺浦まで送ってもらうことに纏まった。ただし、梅富とて商人であるから盲信するのは危険ゆえ、畿内行の目的は隠すことにした。

 若い二人のお守り役に選ばれた城隆顕は、三十前後の寡黙な男である。しかし、その日焼けしたたくましい顔には、接するものに安心感を与える何かがあった。 彼は当初、この畿内行に反対であった。なにしろ大塔宮や楠木正成の生死すら定かではないのである。慎重な彼としては、徒労に終わるかもしれない危険に、本家の二人の若殿を巻き込むのは本意なことではなかった。 しかし、武時に口説き落とされた彼は、元服したばかりの愛児、武顕に後を任せ、今や梅富屋船の甲板で瀬戸内海の微風を浴びているのだった。

 時は既に五月の初旬である。下準備や梅富屋の都合のために、四月中の出発は無理であった。もっとも、畿内の政治情勢にはこの間大きな変化はなかった。相変わらず大塔宮と楠木正成は行くえ知れずであり、民心は微妙にざわついている。

  菊池六郎武澄、七郎武吉、そして城隆顕を便乗させた商船は、順風満帆で和泉(大阪府南部)の堺の港へ向けて瀬戸内海を進んで行く。三人とも山育ちなのに、意外と船酔いもせず、元気溌剌としていた。

  「六郎兄上、どうやらこの船には大陸の珍しいものがたくさん積まれているようだな」 潮風を浴びながら、武吉が言った。三人は商人の姿に身をやつしていたので、甲板に出ていても怪しまれる恐れはなかったのである。

 「そりゃあそうさ。だからこそ梅富はこんなに儲かってるんじゃないか。これからは武士も商人と仲良くしなきゃ損するぜ。時代は大きく変わったのさ」武澄は平然と答えた。

 「さすが、六郎兄上は訳知りだ」と、武吉は妙に感心している。「でもおかしいぜ。敵国の元との交易は禁止されているはずじゃないのか」

  「それは表向きだ。偉い人達だって、外国の名産が欲しいのが人情だからな」

 ところで、畿内が不安定になるとそれを反映して海の治安も悪化する。武澄の言う海外の名産を求めて、このごろは海賊が横行していた。海賊というのは、そもそもは沿岸部の漁師が飢餓に陥って略奪を行うものなのだが、このごろの海賊はそうではなかった。後醍醐帝に気脈を通ずる豪族が、幕府を揺さぶるために行う例も多かった。

  海賊を恐れる梅富屋船は、いつもどおり大船三隻で航行しており、比較的安全といわれる航路を採っており、しかも長門探題に護衛船をつけてもらっていた。

  ところが、海賊が容赦無く襲い掛かって来たのはその夜のことだった。

  十数艚の軽快な小型船が闇夜に紛れて出現し、商人たちの見ている前で、たちまちのうちに長門探題がつけてくれた護衛船団を蹴散らしたのである。 驚き慌てる商人たちにもまれながら、甲板に出て来た七郎武吉は、目ざとく海賊船に翻る一流の旗を見つけた。これは本当の海賊では無い。海賊が旗を翻して襲ってくるのは妙だ。

  「幕府公認の大商船を襲うとは、どういう了見だ」 遅れて甲板に出て来た六郎武澄が叫んだ。

  「いや、兄上、あれは偽物だ。武士が海賊の真似をしているんだよ」と、武吉。

  「なんだって。すると、宮方(後醍醐天皇方)の仕業なのか」武澄は唇をかんだ。

  「こうなっては、成り行きに任せるしかありませぬ」 いつのまにか傍らに来ていた城隆顕が、低くつぶやいた。

  海賊船団に囲まれた無力な三隻の商船は、いまや海賊の先導するままに航路を外れ、伊予の国(愛媛県)の方へ連れられて行くのだった。

 しかし、海賊の本拠地へ連れられた菊池一行を待っていたのは、思いもよらぬ歓待であった。

  遥かに四国を臨む小さな島の桟橋で、船から降ろされ整列させられた商人たちの中から、何故か菊池家の三人だけがえり分けられ、島の中腹にある屋敷へと案内された。そして不安におののく三人の前に現れたのは、日焼けした精悍な顔立ちの一人の武将であった。

  「驚かせて申し訳無い」その武将が言った。「申し遅れました。わしは、伊予の河野一族のはしくれで、土居道どいみち ます と申すもの。以後お見知りおきを」

 「なんと、あなたが」驚いたのは城隆顕である。土居一族は、幕府寄りの本家(河野氏)に対抗し、同じ立場の得能氏とともに本家からの独立を狙って勤王派の最右翼となっていた。隆顕は、武時の口から土居、得能一族との盟約について聞かされていたので、道増の自分たちに対する海賊行為を裏切りと解釈した。

  「貴殿が土居道増どのとすれば、何故このようなことを。我らを菊池の者と知っての仕儀であろうか」隆顕は、唇を震わせて道増に詰め寄った。

 しかし、道増はにこりと笑って答えた。「やはり、寂阿どのからは何も聞かされてませなんだか。いやはや、実はこれは寂阿どのと打ち合わせの上での行動なのでござる」

  これを聞いて、聡明な六郎武澄は、すべてを悟った。父はやはり商人である梅富屋など信用していなかったのだ。それよりは、海賊衆との盟約を強化するため、商船の航路や日程を土居一族に教えて、これを襲わせた方がよいと考えたのだ。そしてこの引き出物の代わりとして、息子たち一行の輸送は土居一族にやらせようというのだ。

  しかし、このままでは兄頼隆の恋の成就は、夢のまた夢となってしまうではないか。

  「我ら土居水軍は、日頃は海上交通の安全のために運送業を営む者。海賊行為は副業にすぎない。じゃから商船の貨物と引き換えに、そなたたちをこっそり畿内まで送って進ぜよう」と、案の定、道増は切り出した。

  「お尋ねしたいが」たまりかねて、武澄が口を出した。「捕らえた商船の乗組員は、どうなさるおつもりか・・・」

  道増は武澄の若い顔を横目で見た。「なあに、殺しはしませぬ。ただ、金子に変わってもらうことにはなろうな」

 道増は、商人たちを奴隷にして売り飛ばそうというのだ。海賊の常套手段である。

 「しかし、この商船の持ち主は我らの友人でごわすぞ」と、心中で必死の武澄。

  「なに」道増は目を見開いた。「そんなこと、寂阿どのからは聞いておらんぞ」

  「何か手違いがあったのでしょう」

  「それはおかしい。寂阿どのがこの商船を襲って良いとはっきり言ったのだ。どうしてその友人を襲わせるというのだ」

  「ば、ばってん。」

 「ふうん・・・・そんなに悩まなくてもよい。この船の持ち主が菊池家の友人にふさわしい行動をしたなら、貨物も乗組員も、もちろん船もそっくり弁償しもうそう」と言って、道増は胸を張った。あくまでも、自分の行動が信義に基づいていると強調したいようである。

  「そなた、名は何と言う。・・・そうか、六郎武澄どのか。よほど商人に好意をもっておるのだな。借財でもあるのか」道増は不思議そうな顔である。 「そんなことより、これから珍しい人物に会わせいたそう」

 そう言って、彼は部屋の隅で控えていた郎党に、何やら合図した。部屋を出てやがて戻って来たその郎党は、一人の人物を伴っていた。

 「武澄どの、武吉どの、隆顕どの、お久しゅうござる」そう言って頭を下げた人物を見て、菊池家の三人はいっせいに声を上げた。

 「なんと、宮崎ではないか」 その人物は、菊池家の郎党、宮崎太郎兵衛に外ならなかった。

  「おはん、しばらく姿を見ないと思ったら、土居に来ておったのか」

  「道理で見ず知らずの土居どのが、商人や水夫の中からおいたちを区別できたわけよ」 口々に言う菊池兄弟を制する形で、道増が言った。

  「宮崎どのは、寂阿どのの命を受け、四国と筑紫の連絡に当たっておられるのじゃ」

  「土居どののおっしゃるとおりです。若たちも、隆顕どのも、大船に乗った気でいてくだされ。これからは、おいが水先案内を努めます」浅黒い肌を持った丸顔の小男の宮崎は、鮮やかな白い歯を見せてほほ笑んだ。

 その夜、菊池氏の一行は、屋形の大広間にて大いにもてなされた。もっとも、一番上機嫌だったのは主の土居道増であった。

  「おもしろい時代になってきた」道増は、一気に杯を空にすると、上気した頬を震わせつつ語る。「我らの先祖は、藤原純友すみとも どのに率いられ、かつては瀬戸内、筑紫一円を支配して朝廷を震え上がらせたものよ。その栄光を、このわしの代になってようやく取り戻せるとは、こりゃ目でたや」

 「ばってん、純友どのは、捕らえた商人を売り飛ばすような非道はなされませんでしたぞ」六郎武澄は、慣れぬ酒で濁り始めた頭を揺らしながら、酔主の膝を叩いた。

 一瞬アッケに取られた道増は、やがて呵々大笑した。

  「分かったよ。あの商人どもは、わしがこの島で使役し、戦が収まったら梅富屋に送り返すことにする。これならいいだろう。・・・そんなに嬉しそうな顔をするなよ、六郎どの。さあ、今夜はパアっとやってくれ。菊池と土居の、めでたき連帯の日じゃ」

 大騒ぎの宴席の片隅で、城隆顕の影だけは静かだった。彼は、自分の知らないうちに行われた武時の方策について、一抹の不安に捕らわれていたのである。

  四国の豪族たちと連帯するのは良しとしても、菊池直属の郎党である宮崎を派遣するのは行き過ぎではなかろうか。万が一、宮崎の動向が幕府に漏れることがあったら、どう言い逃れるつもりなのであろう。お屋形のやり方は、何事にも性急過ぎる。いずれ、取り返しのつかぬ禍根を招かねば良いが。

 そんな家老の心事も知らず、まだ若い六郎武澄と七郎武吉は、すっかり出来上がってもろ肌を脱ぎ、宮崎を巻き込んで舞を踊ったりしている。土居道増も両手を叩いてご機嫌だ。

 それでも、菊池家の三人が土居水軍に守られながら堺に向けて出発したのは、この翌日の早朝のことであった。

  「焦るお屋形のために、何としても確実な情報を掴まなくては」城隆顕は、瀬戸内の海風を全身に浴びながら、強く思うのだった。

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