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長編歴史小説

黄花太平記 第一部

6.大智の憔悴

 菊池の一行が千早に到着したころ、あの大智が再び博多に姿を現していた。

 「たのもう」門前の声に飛び出した梅富屋の番頭は、そこに悄然とした大智を発見して驚いた。

 「旦那様、大智さまが門前に」

  「なんだって。すぐに客間にお通ししなさい」

 店主の庄吾郎は首をかしげた。加賀に帰るにしても、前触れもなく突然現れるなんて、何かあったのであろうか。 客間で考え込んでいる大智を見て、庄吾郎はますますその観を強くした。

  「大智さま、お久しゅうござる。ご機嫌いかがですか」部屋に入ると庄吾郎は大智と差し向かいに座り、憂い顔をのぞき込んだ。

 「おお、ご主人、ふた月ぶりでござろうか」大智は作り笑いを浮かべ、こけた頬でしきりに頷いた。「まことに失礼ながら、拙僧は北陸に帰ることになりましたので、船待ちをさせていただきたく参上つかまつった次第」

 「ええ、ええ、それは喜んで。・・これ妙子、お茶はまだか」と、庄吾郎は台所に声をかけた。

  「いや、ご主人、お心使いは無用でござる。しばらく一人にしておいてくだされ」大智は無造作に言った。

  「そ、そうですか。これ、妙子、お茶はもう良い。大智さまの邪魔をしてはならん」

  部屋を出て行きながら、庄吾郎は大智の憔悴の原因について、あれこれ考え合わせていた。老師と喧嘩でもしたのだろうか。それとも北陸で何かあったのだろうか。

 ことの真相は前者であった。もっとも老師その人と喧嘩したのではなく、その取り巻きと一悶着あったのである。 大智は、宗教人としてはあまりに純粋すぎたのだ。

 川尻の大慈寺では、年老いた老師の跡目をめぐって醜い争いが展開されていた。あくまで曹洞禅の発展を第一に考える大智としては、このような事態を放任することは出来ず、調停に入ろうとした。しかしこれが逆に老師の弟子たちの反感を買い、ついには追い出されることになったのである。

 大智は、あわよくば生まれ故郷の肥後に寺をつくり、そこで自分流の禅を発展させたいと考えていた。しかし、今となってはそれも遠い夢である。

  翌朝、少しは気を取り直した大智は、先月梅富屋を襲った海賊事件について聞くだけの好奇心をもっていた。

  「いやあ、あの折は賠償やらなにやらで、てんてこまいでしたよ」 庄吾郎は、今では明るく語るだけの心の余裕があった。

  「結局、下手人は分からないのですかな」と、大智。

 「ええ、一応目星はついているのです。逃げ帰った長門探題の戦船が、伊予の河野党の旗印を見たと言っておるのですが、何しろ闇夜だったので確かな証拠にはなりません。河野党も知らぬ存ぜぬの一点張りでしてね」

 「それは困りものですね」

  「いいえ、うちよりも肥後の菊池さまがお困りでしょう。なにしろ、大事なご子息が二人も海賊にさらわれてしまったのですから」

  「おや、どうして菊池さまのご子息が」

 「なんでも、都を見物に行くとかで、例の船団に便乗されたのですが、一緒に海賊にさらわれてしまい、行方不明なのです」

  「菊池さまはさぞお困りでしょうね」

  「ええ、それで番頭を謝罪に行かせたのですが、かえってこちらが慰められましたよ」

 ここまで聞いて、大智にはピンと来た。おそらくあの寂阿入道が一枚噛んでいるのだろう。さらわれた彼の子供は、今頃は畿内でよろしくやっているのに違いない。

  「ご主人、それほど気に病むことはござらんぞ。拙僧は寂阿どのに、菊池と河野党は仲良しだと聞かされました。ゆえに、下手人が河野党の者だとすれば、さらわれたご子息はきっと無事でいるでしょう」

  「それは本当でございますか。・・・それならどうして、寂阿さまは番頭にそのことを言ってくれなかったのでしょうか」庄吾郎は目を丸くした。

 「きっと深い事情があるのでしょう」と、大智。

 しかし大智は、すべてが、楠木正成に接触するために武時が裏で仕組んだことであろう、という自分の考えは言わなかった。菊池と梅富を喧嘩させても仕方ないからである。

 この大智の心遣いは、障子の陰で耳をすませていた、通りがかりの妙子の心を落ち着かせた。彼女は、自分たちの不始末で六郎たちが行方不明になったことに責任を感じており、頼隆に対しても小さな胸を痛めていたからである。それで思わず、番頭に頼隆宛の手紙を託して彼の気持ちを打診してみたのだが、返事が来ないことに悩んでいたのだった。

 しかし、六郎たちが無事ならば、頼隆は梅富屋のことを怒って返事を出さないわけではない。ならばどうして手紙の一つもくれないのだろう。

 妙子には、頼隆が純真な自責の念にかられて返事を出せずにいるとは、思いもよらなかったのである。

 大慈寺の争いに巻き込まれ、苛ついていた大智も、梅富屋での数日の逗留ですっかり元気を取りもどしていた。それで庄吾郎にも、肥後に寺を持ちたかった自分の気持ちを打ち明けたのだった。

 「私に良い考えがあります」と、庄吾郎。「大智さまが肥後に新しい寺を開き、菊池さまに檀家になっていただけばよいのです。菊池は大慈寺のある川尻とは離れていますから、大慈寺の意向を気にする必要はありませんし」

 「ふうむ。・・・しかしそれはどうですかな。寂阿さまは出家ですが、禅には関心のないお方。うまくいくとはとても思えませぬな」

 「そうですか、名案と思ったのですが」庄吾郎は残念そうである。 大智はしかし、自分が菊池を嫌がる本当の理由は言わなかった。あそこはどうせ、そのうち戦場になるだろう。戦場に寺をもつのは真っ平だ、と。

  ※                 ※

 大智が博多を出航したのは、それから数日後のことである。

 「もう、お目にかからないかも知れませんな」 港まで送りに来た庄吾郎と妙子にむかって、大智は静かに言った。

  「そんな寂しいことをおっしゃいますな」

  「またいらしてくださいませ」 口々に言う二人に向かって、大智は微笑んだ。

  「今度来るときは、妙子どのは菊池三郎夫人となっておるかも知れませんなあ」

  「まあ、いやな大智さま」妙子は真っ赤になった。

 「ははは、それでは、さらば」 大智を乗せた船は、今、静かに桟橋を離れて行く。

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