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長編歴史小説

黄花太平記 第一部

8.大宰少弐一族

 菊池武時は、嫡子の武重と弟の覚勝、そして阿蘇惟直らとともに豊前ぶぜん まで出動し、海路備後びんご とも の津(広島県)まで舟航した。

 ここで、武時は耳寄りの知らせを受けた。京への通り道の播磨(兵庫県)で宮方の挙兵があったのである。

 その首謀者は赤松則村。楠木勢の優勢を見て、苔縄こけなわ城で蜂起したのだ。

  赤松氏はそれほど大きな豪族ではなかったが、楠木氏と同様に商業関係者との交流によって豊かな経済力を持っていた。また、則村自身戦争上手であり、攻め寄せた幕府軍を連破したため、播磨一国は、瞬く間に赤松氏の制圧下におかれてしまったのである。

 「これは良い口実ができたわい」武時はほくそ笑んだ。赤松が道をふさいでいることを理由に、備後で日和見が出来たからである。

 その夜、鞆の津の菊池陣に一人の軽装の男が現れた。

 「おお、宮崎ではないか」応対に出た武重は、懐かしそうに相手の顔をのぞき込んだ。

  「次郎どの、お久しぶりですばい」 微笑んだその男は、伊予の土居道増のもとに使いに出ていた宮崎太郎兵衛であった。武時の陣屋に通された宮崎は、待望の知らせを主にもたらした。

 「お屋形、お喜びください。二日前、土佐のはた を土居、得能の連合軍が襲撃し、尊良親王の救出に成功しました」

 「おお、やったか」武時は拳を震わせた。「それで、宮はいずこに」

  「瀬戸内海の忽那くつな 島に、ひとまずお移しいたしました」

 「そうか、しかしそこも安全ではあるまい。この陣中にお連れ出来ないものか」

  「はっ、なんとかやって見ましょう」宮崎は闇に紛れて去って行った。

 宮崎と提携中の土居、得能両氏が幕府に対して正式に反抗の意思表示をしたのは、その数日後のことであった。畿内の戦火は、今や西国にも飛び火したのである。

 この情勢を見た中国路に集結していた御家人たちの中には、所領の安全が心配になり、帰郷するものが続々と現れた。

 さて、宮崎に連れられた尊良親王が密かに菊池陣にやって来たのは、一月も終わりに近いころであった。尊良親王は後醍醐天皇の長男で、このころは二十七、八であろうか。父帝に似て気性の強い皇子であった。

  「これは宮様、拙者が菊池武時でござります」 薄暗い陣屋で頭を下げる武時に対し、親王は優しく声をかけた。

  「ごくろうである。道増の話によれば、そもじは筑紫で兵を挙げる心積もりと聞き及ぶ。余も出来る限りの力になるぞ。かくなる上は、速やかに筑紫に帰るが良かろうぞ」

 「ははあ、ありがたきお言葉。この武時、必ずや宮様を京にお連れ致す所存。大船にのったお気持ちでいてくだされい。・・・これ、宮様を御座所に案内つかまつれ」 質素な身なりの高貴な人は、人目を避けるため、ただちに陣屋の奥に隠された。

 その夜、宮崎太郎兵衛は、武時に耳寄りの話をした。後醍醐天皇救出計画である。 先帝(後醍醐)のおわす隠岐にも勤王派の役人がいる。彼らが先帝を隠岐から逃がし奉るのを、瀬戸内海賊衆が支援しようというのだ。

 土居、得能水軍が、瀬戸内で派手に暴れて長門探題の注意を引き付ける。その隙に、村上や岩松氏を中心とする海賊船団が下関を抜けて日本海側に進出、隠岐に向かうという作戦である。

 「うむ、見事な策じゃ。武時が成功を祈っていたと、土居どのに伝えてくれい」

  「かしこまりました。先帝の救出は、我らが必ず成功させまする。お屋形様には、宮様をくれぐれもお頼みもうす」そう言い残すと、宮崎はまたも夜の海へと去って行った。

  「いよいよ面白くなって来おったわい」武時は次郎武重や覚勝入道と杯を酌み交わした。

  「我らも愚図愚図していられませんな」武重も上機嫌である。

  「・・・問題は少弐と大友じゃ。尊良親王の威光の前に奴らが素直にひれ伏して、我らに同心するかどうか、五分五分じゃな」と、武時は少し思案顔である。

  「後は、大塔宮の令旨があればな・・」覚勝は腕を組んでしかめ面を作った。

  尊良親王は大塔宮の兄にあたる人だが、倒幕軍の最高司令官は大塔宮として広く認知されている。それゆえ、宮方としての義挙を広く宣言するためには、大塔宮の令旨が必要なのであった。 ところが間もなく、その令旨が転がり込んで来たのである。

  令旨を持参して来たのは、山伏に変装した六郎武澄と城隆顕であった。はるばる河内から鞆の津までやって来たのである。

  「父上、お久しぶりです」 半年ぶりに見る息子の姿に、武時の顔もほころんだ。

  「おお、六郎。しばらく見ぬ間に立派になったな。それに隆顕、長いことご苦労であった。畿内情勢に関するお前の文書には全て目を通したぞ」

  「ありがたきお言葉」隆顕は、しばし感激に浸っていたが、やがて用件を切り出した。

  「吉野におわす大塔宮は、菊池、阿蘇両家の出陣を聞き、急いで令旨を送ることに決しました。そしてこれが、その令旨でござる」

  「おお、待っていたぞ」渡された包みを丁寧に開き、内容を確かめた武時は、自分の計策が急激に実りつつあるのに目もくらむ思いであった。

  「六郎も隆顕ももう休むがよい。ほんにご苦労であった。・・・そうじゃ、七郎はどうした。一緒ではなかとか」

  「それが、あいつめ、一人で千早に残って成り行きを見届けると言い張りまして」六郎武澄は肩をすくめて語るのだった。「楠木さまの信者ですよ、あいつは」

 「ほうか。まあ良い。阿蘇前大宮司惟時どのも畿内にいるらしいし、お互いに力になれるかもしれんしの」そう言う武時は、本当は少し寂しそうである。

 阿蘇惟時は、そのころ数十人の従者とともに摂津(大阪府)にいた。楠木正成に会いに来たこともあったらしいが、菊池一行とはすれ違いになったのか、出会っていない。その滞在目的は無論、畿内情勢の偵察である。大宮司職を退いた今、かえって身軽に行動できると言うことであろうか。阿蘇社も、この乱世に鋭く触覚を張りめぐらせているのである。

  一方、鞆の津で武時と同陣している現大宮司の惟直は、菊池にも令旨が来たことを大いに喜んだ。

  「いやあ、めでたかことですばい。これでかねての盟約どおり、一緒に旗揚げ出来ますな」惟直は、訪れた菊池陣で、手を打って叫んだ。

  「それで大宮司、これからどうなさる。千早まで行って一緒に籠城するつもりですか」武時は惟直の顔をのぞき込んだ。

  「なあに、畿内は我が父惟時や楠木どのに任せておきましょうや。やはり、我らの活躍の場は筑紫以外にはござらん」

  「それを聞いて安心いたした。それでは仲良く肥後に帰ろうではありませんか」

  「そうしましょう。そうしましょう」 菊池、阿蘇の両軍が、赤松の猛威と領国の不安定を口実に、九州に帰って行ったのは、実にこの翌日のことであった。

 ※                  ※

 鎌倉幕府の五万の大軍が京都に集結を完了したころ、豊前に上陸した菊池、阿蘇の両軍は、故郷の肥後へと南下しようとしていた。

 しかし、彼らが大宰府に差しかかったとき、その行く手を遮る軍団があった。その軍頭に翻るのは、四ツ目結の旗、少弐一族の軍団であった。

 「あれは少弐の笠印(歩卒の陣笠に書き染めた家門)じゃぞ」

 「ざっと五百はおるが、おいたちと戦する気だろうか」 菊池、阿蘇の若党たちは、不安気な顔を見合わせながら事態を見守っていた。

  その時、菊池軍中から一騎の騎馬武者が飛び出した。他ならぬ菊池次郎武重である。大小の太刀を履き、鎧兜に身を固めている。

  「もの申す。おいは肥後の菊池武重なるぞ。なにゆえ行く手を遮るか」 少弐の陣前で左右に愛馬を乗り回しながら、武重は叫んだ。

 すると、白馬にまたがった威風堂々の武者が少弐陣中から飛び出して来て名乗りを上げた。

  「我は、大宰少弐筑前守貞経ただつね が一子、太郎頼尚よりひさ なり。鎮西探題の命を受け、菊池、阿蘇の両軍を待ち受けしものなり。幕命を無視しての帰郷は許すまじ。いざ尋常に釈明せよ」 少弐頼尚は少弐家の当主貞経の嫡子である。武勇に優れるのみならず、その知性と教養の高さは遠近に鳴り響いていた。その小金造りの兜は陽光を反射し、武重の目を鋭く射た。

  武重は、頼尚の態度に不審を感じた。鎮西探題英時に反感をもつ少弐氏が、探題の命令でわざわざ軍を出すはずがない。何か裏があるに違いない。

 「次郎、お前は退がっておれ」 いつのまにか父武時と叔父覚勝が、駒を並べて近づいていた。彼らは、少弐氏の微妙な立場とその真意を敏感に悟っていたのである。

 「太郎頼尚どの、おいが武時ですばい。妙恵みょうえ どのにお会いしたい。案内してはくださらんか」僧形の菊池惣領が、馬上から声をかけた。

  頼尚は、武時の姿を確認すると、騎首をひるがえして陣中に入って行った。やがて再び姿を現すと、武時に声をかけた。

 「寂阿どの、こちらに参られよ」 覚勝と二人で少弐陣に向かおうとする父を、武重は遮った。

  「父上、危険です。少弐は今一つ信用できません」

 「ふふん、危険は承知のうえじゃ。そんなに心配ならお前も来ればよかろう」 この言葉に、武重は巨体を震わせて闘志を燃やした。父と叔父の身は、何としてでもこのおいが守って見せる。

 頼尚が菊池主従を招き入れた少弐本陣では、当主の貞経が床几に腰を据えていた。 貞経はすでに六十近い年配であり、まだ三十歳の長男頼尚は、当時としては遅産まれだったと言える。貞経は武時と同様に出家の身であり、妙恵入道と名乗っていた。その面長の顔に浮かぶ二つの瞳は、何か油断ならない狐を連想させる。

  「やあ、寂阿どの、しばらくぶりじゃ」 嫡子頼尚に案内されて来た武時の一行を迎える貞経の顔は微笑んでいたが、その瞳は決して笑ってはいなかった。

 「妙恵どのも元気そうで何よりですばい」武時は、例によって屈託のない笑顔を見せた。 ただし、その後ろに立つ武重は、あたかも鴻門こうもん の会の樊囎はんかい のように鋭く目を光らせているのである。

  「のう、寂阿どの、お主と阿蘇大宮司は、楠木征伐を言い付けられて備後まで出向いたはずじゃ。それがどうしてのこのこ引き返して来たのじゃ。・・・いやいや、赤松が邪魔するからとか領地が不穏とか言うのは理由になりませんぞ。菊池の武勇をもってすれば赤松など敵ではなかろうし、お主の領地は日頃の仁政がものを言って、平和そのものじゃ。そもそも、筑紫自体が平和郷じゃ。・・・これも、お主らがおかしな動きをしなければの話じゃがな」 一気呵成に言いたいことを言ってしまうと、貞経は意味ありげな目つきで武時を見た。

  「最後の、我らのおかしな動きとは、どう言う意味ですかな」 武時は、平然としたものである。

  「ふん、民間の噂では、お主たちは鞆の津で大塔宮の令旨を受け取ったことになっておるぞ。それが本当ならば、お主たちの逆心はもはや明白じゃ」

  「それは本当のことですばい」 呆気ない武時の返答に、少弐貞経はもとより、次郎武重も覚勝入道も驚いた。

  これはしかし、武時の賭けであった。貞経がそのまま探題に訴え出れば、菊池一族の運命は極まる。だが、ここで貞経から違った反応が引き出せないようでは、所詮武時の倒幕も夢のまた夢なのである。

 狭い陣幕の中で、菊池武時と少弐貞経の視線が真っ向から絡み合った。

  一見和やかな雰囲気の中に、両雄の思惑が交錯する。

 二つの坊主頭から、この寒さにもかかわらず冷たい脂汗がたらたらと流れ出す。

 少弐一族は前述のように、鎌倉幕府の覚えめでたい筆頭御家人であった。それは少弐氏初代、武藤むとう 資頼すけより が、初代将軍源頼朝のお気に入りだったことに始まる。資頼が東国から九州に移住したのも、平家の息のかかった西国の豪族を統括するのに彼の才能が必要とされたからであった。

  蒙古襲来のときも、少弐氏は鎮西奉行として、全九州の総大将として必死に戦った。しかし、幕府の実権を握る北条一門は、見事に職責を果たした少弐氏に何を報いたか。ほんのわずかの恩賞だけならまだしも、再度の蒙古襲来に備えての鎮西探題の設置であった。 これは、少弐氏にとって断じて許せることではなかった。

 なぜなら、これまで全九州の長官として栄華を欲しいままにして来た彼らが、突如として鎮西探題の走狗に成り下がることとなったからである。

 だから少弐氏の北条幕府に対する忠誠は、必ずしも強固なものではなかった。機会さえあれば探題を滅ぼして、再び九州の覇権を取り戻したかったのだ。

 菊池武時は、このような少弐氏の感情を知りぬいていた。

 「寂阿どの、我らに何を望むのか」 先に重々しく口を開いたのは、少弐貞経であった。

  「鎮西探題の攻撃に、少弐の協力が必要です。我が菊池と力を合わせ、博多を撃ってもらいたいのですばい」武時は、貞経の目をしっかりと見据えたまま、低くささやいた。

  「ふふふふふ」貞経は突然目を落とし、笑いをこらえた。「寂阿どの、御身は相変わらず不器用な男じゃのう。もそっと言葉を濁したらどうじゃな」

 「それは、おいの流儀ではござらぬ」

  「ふふふ、まあよい。それがお主の良いところじゃからな」 そう言うと、貞経は姿勢を正して武時の目をのぞき込んだ。

  「寂阿どの、御身は今、探題を攻撃すると言ったが、具体的に計画はできておるのか」

 「もちろんですばい」 武時は、一抹の不安を感じながらも、自分の戦略の全貌を熱っぽく語った。

  第一段階。菊池、少弐勢が北九州の有力な同志たちとともに一斉に蜂起し、一気に博多の鎮西探題を打ち滅ぼす。

  第二段階。尊良親王を博多に迎え入れ、帝のための挙兵であることを全国に宣言し、九州の民心の動揺を抑え、同時に幕府方の武士たちの動きを封じ込める。

  第三段階。同盟中の瀬戸内水軍の支援のもとに、瀬戸内の制海権を掌握し、機を見て畿内に侵入。楠木、赤松氏らとともに六波羅を撃つ。

  「すると、御身は四国や河内とも既に連絡済みというわけか。しかも、宮様もどこかに匿っているのだな」

 貞経は腕を組んで嘆息した。不器用者と思った武時が、これほど時間をかけて周到に計画していたとは夢にも思わなかったからである。

  成功するかも知れぬ。

  貞経も、畿内情勢に無関心ではなかった。楠木や赤松の優勢を聞くたびに、幕府に対する感情が微妙に揺れ動くのである。探題を倒して、往年の栄光を取り戻す機会は今なのかも知れない。

  「のう寂阿どの。挙兵の時期は、いつにするのじゃ」 貞経の態度に、武時は自分の賭けが勝ったことを知った。少弐が味方に付けば、その盟友の大友貞宗ただむね (豊後守護)も必ず同心するであろう。自分の計画は成功したも同然である。

  「これから、我が菊池家と同じ境遇の諸豪族の説得に当たるつもりにござる。挙兵の時期は、説得の具合と畿内情勢の進展に左右されるため未定ですが、三月の半ばを目処にしております」喜びに震えながら、武時は包まずに語った。

 「そうか。・・・よし、大友の説得は、このわしに任せてもらおう。三月までには、必ず、貞宗にうんと言わせてみせましょうぞ」貞経は、自信たっぷりに言った。

  「かたじけない、妙恵どの」 武時と貞経は、固く手を握りあった。その瞬間を、菊池武重と覚勝入道は安堵の目で、少弐頼尚は冷ややかな目で見守るのだった・・・・。

 やがて、足早に遠ざかって行く菊池と阿蘇の軍勢を望見しながら、太郎頼尚は父にたずねた。

 「父上、本気で菊池の言いなりになるのですか」

  「まさか。わが家は、もともと東国の名門。あんな田舎領主の下風には立たぬ。今は取りあえず、あのように受け答えしたまでよ」と、床几の上の貞経。

  「それでは、大友の説得というのは・・」

 「やるとも。ただし、あくまでも我が家のためにな」貞経の目は冷たく光った。

  そのころ、南下を続ける菊池軍中でも、やはり親子の談判がもたれていた。

 「父上は本当に少弐を信用なさるのですか」不安そうにたずねたのは次郎武重である。

  「するしかあるまい」武時は無造作に答えた。

  「しかし、何もかもしゃべったのは、やりすぎではありませんか」

 「おいは、何もかもしゃべってはおらんよ。先帝の救出計画のことは伏せておいたぞ。それに、現にこの陣中に尊良親王が交じっていなさることも秘密にしておいたわい・・例え少弐が心変わりしたとしても、帝と宮の身だけは安全じゃ・・・・・ははは、次郎、お前は顔に似合わず肝が小さいの。もっと太っ腹にならねば、家を導くことは出きんぞ」

 父の哄笑を聞きながら、武重は父の楽天性に不安を感じるとともに、少しそれがうらやましくも感じられるのだった。

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