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長編歴史小説

黄花太平記 第一部

12.忠誠の起請文

 三月十二日の朝、鎮西探題館の奉行所に、九州の主な豪族たち、すなわち少弐、大友、秋月、原田、土持はじ 、肝付、相良、松浦、龍造寺、島津一族らが参集を始めた。

  大広間に集められた各氏族の惣領たちは、上座に大きく構える北条英時から、ねぎらいの言葉を受けた。

 「方々には、ご多忙の中、よくぞお越しくださいました。この英時、このとおりお礼を申します」英時は、軽く頭を下げ、話を続けた。「本日の用件は、皆様ご存じのような昨今の難しい情勢を、この筑紫がいかにして切り抜けたらよいか、ご相談したかったからに他なりませぬ」

  深い事情を知らない中小豪族たちは、この英時の言葉を真に受け、納得したようであったが、上座近くに座る少弐貞経は、英時の相変わらずの回りくどさに苦笑していた。もって回ったようなことを言わず、菊池一族の孤立化計画をさっさと進めればよいのに・・。

 そこで、貞経は思わず口を挟んだ。

  「探題どの、これは奇怪至極でござるな」

 突然の貞経の発言に、満座は緊張した。

 「筑紫の要は肥後にございますぞ。しかるに、なにゆえ菊池寂阿入道が、この場におわさぬのであろうか」

  「そう言えば・・・」

 「おいも、おかしいと思っていたのでごわす」 貞経の発言に、他の豪族たちもざわつき始めた。これも、名族大宰少弐の名声のなせる技であろうか。

  「皆さん、お静かに」英時は、苛ただしげに手を打ち振った。「菊池入道は、どうやら遅参のようでござる。この大事に不甲斐なき方でござるなあ。・・・しかも、呼びもせぬのに、阿蘇大宮司も同道しているとのこと。まことにいぶかしい仕儀ですなあ」

 鎮西探題は、寺社に対しては命令権を有していない。ゆえに、確かに阿蘇大宮司の行動は自主的なものと言えた。しかしそれが必ずしも無法な行動とは言えないのである。しかし、この英時の発言は、菊池と阿蘇に対する敵意を明白に表明したものとして、その場にいる豪族たちを大いに動揺させた。

  「不甲斐ない菊池入道は放っておいて、本題に入りましょう」英時はそう言いながら、豪族たちの顔色を丹念にうかがっていた。あわよくば、菊池の同志を見つけ出すつもりである。しかし、この試みは失敗に終わった。

 「この未曾有の危機を乗り切るためには、筑紫の御家人たちの一致団結が必要であります。そこで・・・・」英時が手で合図を送ると、襖が開いて家人たちが紙と硯を運んで来た。「これから皆様に、幕府への忠誠を示す起請文を書いていただきます」

 ふふん、子供騙しだ。と、少弐貞経は思った。

 しかし、幕府につくか宮方につくか、この期に及んで悩んでいるような御家人にとっては、これはその心を幕府に傾ける上で重要な影響力を持っていたのである。

 さて、大広間で豪族たちが起請文をしたためているちょうどその頃、奉行所の入り口では菊池武時が途方に暮れていた。

  「おいは確かに、正午に集合と聞いたのじゃが」

 「何かの間違いで御座ろう。少弐さまも大友さまも、皆様朝から集まっておいでじゃ。いまさら遅刻の言い訳など無用、無用。会議はまた明日も開かれるから、明日また来るが良かろう。今日のところは帰った帰った。」

  侍所さむらいどころ の下広しもひろ  新左衛門は、剣もほろろの態度で、菊池の名を着到の名簿に記載することすら拒絶するのであった。

  そういうことか、中ではおいに居られるとまずいことを話してるわけか。 英時め、既にやる気だな。

 武時は、挙兵の時期を速める必要を感じながら、息浜への帰り道を馬上揺られて行った。

※                  ※

 英時の会議の目的は、豪族たちに起請文を書かせることにあったので、解散も早かった。

 少弐貞経は大友貞宗とただ二人、わざと部下たちと離れて陣へと馬を進めていた。

  「今年の夏は暑くなりそうですな」

  「そうですな」

 豊後守護の大友貞宗は、六十を少し過ぎたくらいの年配で、がっしりした体格の持ち主であるが、少し神経質な人柄であった。風邪を引いているのか、しきりに鼻をこするので、皺だらけの顔に赤い鼻が座っている、といった風情である。

 「ところで妙恵どの」赤鼻の貞宗が、少弐貞経にたまりかねて切り出した。「お主、本当に菊池に味方して、探題を攻める気でいるのか」

  「これは具簡ぐかん (貞宗の法名)らしくもない」貞経は平然たるものである。「さては起請文に毒されましたのか。あんな紙切れに惑わされるとは笑止千万」

  「そ、そうではござらぬ。しかし、探題は何もかも見通しているのではなかろうか。そうであれば、菊池の謀略など成功する訳がない。わ、わしは巻き添えを食うのはごめんじゃぞ」そう言う貞宗の額から、冷や汗が流れ落ちる。

  ふん、相変わらず気の小さい男だ、と、少弐貞経は心の中でせせら笑った。探題がすべて見通しているなら、こんな回りくどいことをするものかよ。

  「それに妙恵どの、そもそも宮方に終局的な勝ち目があるのかの。赤松も千種も京都周辺で苦戦しているそうじゃし、楠木の千早城とて、実は陥落寸前なのではないかな・・勝ち目のない方につくのは考え物ではありますまいか」

  「それでは具簡どのは、往年のように筑紫を共同統治したいとは思わないのか。邪魔な探題を追い払おうとは思わないのか」

  「それは思う。しかし今はその時期では無いのではないか」

  「ふふふ、実は、それについてはわしも同感じゃ」

  「そうか、それなら菊池寂阿どのに連絡し、挙兵をしばし思い止どまってもらおうぞ」

  「・・・さて、それはどうかな」 この時、少弐貞経の心中では、恐るべき謀略が練られていたのだった。

※                 ※

 菊池武時の当初の計画では、三月十四日をもって少弐、大友とともに鎮西探題を滅ぼし、同時に尊良親王を旗印に、各地の同志にいっせいに蜂起させる手筈になっていた。

  しかし、既に探題に疑われているとなると、この計画通りに行くことは期待できなかった。

 そこで武時は息浜に帰着すると、弟の覚勝武正と嫡子の武重を呼び、探題館の様子と挙兵を早める必要性を語り、その準備を命じたのである。

  しかし、その夕刻からは派手な酒盛りが催された。若党たちは、互いの頭に酒をぶっかけ、覚勝は素っ裸になって踊り始める。それを尻目に、三郎頼隆は近ごろ流行の田楽舞いを優雅に踊って見せる。もともと田楽舞いは滑稽なものであるが、眉目秀麗な頼隆が踊ると優雅に感じられるから不思議である。

  「ははは、三郎。かわいい若奥さんが菊池でさみしがってるぜ。どうして連れて来なかったんだ」武重が声をかけると、若党たちもそれに合わせて卑猥な掛け声をかける。

 これを見ていたのは、菊池一族だけではない。英時が差し向けた密偵も、近くの樹上からこの狂態を呆れながら眺めていたのである。

  密偵の報告を受けた探題館では、英時とその側近たちが頭を突き合わせて議論に及んだ。

  「菊池入道の謀反は信じられません。第一、謀反の首謀者がこの時期に酒盛りをするわけが御座らぬ」と、発言したのは、英時の腹心の長岡六郎である。

 「長岡どのの言うとおりじゃ」多くの側近たちが長岡の意見に賛成した。

  「それはどうかな」少しも動ぜず、英時が口を開いた。「菊池入道は油断ならぬ男だ。その酒盛りとやらも狂言かも知れぬ。もし本当に酒盛りで浮かれているのであれば、それこそ好都合。この機会に奴らを討ち果たせばよい。罪状は、後から何とでもつけられるからな」

 これを聞いた側近たちは、英時の並々ならぬ決意に驚愕した。

 「北条武蔵八郎、武田八郎、お主らはただちに手勢を連れて菊池、阿蘇の寝込みを襲い、寂阿入道の首を取って参れ」

  英時の指令を受けた二人の側近は、速やかに立ち上がり、出陣の支度に入った。

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