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長編歴史小説

黄花太平記 第一部

15.悲劇の逃避行

 博多合戦の顛末を知った各地の豪族は、恩賞目当ての落ち武者狩りに血眼になった。そのため、博多で命拾いした菊池・阿蘇の兵の中で、無事に肥後に帰れたものは、数えるほどしか居なかった。

 一夜明けると、博多の鎮西探題館に生首を抱えた豪族たちが続々と集まって来た。その中には、菊池松若丸の小さな首級も含まれていた。

 息浜から退去するとき、子供達は危険を分散させるために幾つかの行程に別れて家路をたどったのだが、松若丸の場合は、これが裏目に出たのである。しかし虎若以下の武時の子供たちは、寺社に匿われるなどして、なんとか菊池に生還することができたのである。

 さて、当初武時が予定した全体挙兵日、三月十四日になると、肥前彼杵の江串一族が尊良親王を奉じて挙兵した。律義な江串入道は、武時の戦死を知っても盟約どおりに行動したのである。

 しかし、そのほかの同志たちは、だんまりを決め込んだ。少弐、大友が探題方につく限り、宮方の劣勢は覆うべくもなかったからである。

  一方、この十四日には伊予の戦況が伝わって来た。伊予に遠征した長門探題北条時直は、星岡というところでまたもや土居、得能連合軍に敗れたのだ。この星岡の敗北は決定的であり、これ以後長門探題は四国へ遠征する力を失ってしまった。この知らせがもっと早く届いていたら、九州でも心変わりする豪族が続出し、博多合戦の様相も大きく変化していたかもしれないのだったが。

 さて、菊池武重と阿蘇大宮司の一行は、さしたる妨害にも会わず故郷に帰りつくことができた。

 落ち武者とは言え、武重直属の五十騎は無傷であったため、その安全を辛うじて確保できたのである。

 博多での敗報は、既に広く知れ渡っていた。 特に、惣領と精鋭部隊を同時に失った菊池家の打撃は深刻であった。しかも北条の大軍が攻め寄せて来るとの情報も入っていたため、悲しみに浸る暇も無かったのである。

 武重は、帰ってすぐ、家族たちの前で父の辞世を読み上げた。

 故郷に今夜ばかりの命とも しらでや人の我を待つらん

 家族思いの武時の真心が込められているこの辞世に、武時の妻たちは皆泣いた。愛児を失った武重の妻裕子ゆうこ も、最愛の夫頼隆を失った妙子も泣いた。武時の子供達も皆泣いた。

 ひとしきり激情が去るのを待って、武重は重々しく口を開いた。

 「やがて、ここに北条一門が攻めて来るだろう。おいは阿蘇大宮司と謀り、日向高千穂山中に一時難を避けようと思う。いつまでも泣いている場合ではないのだ。早速準備に取り掛かってもらいたい」

  「な、何ですと」思わず声を上げたのは、九郎武敏である。「次郎兄者は、父の仇に背を向けて逃げようというのかっ」

  「逃げるのではない。他日を期して雌伏するのだ」

 「ふん、同じことじゃ。兄者は北条が恐ろしいのじゃ。怖いのじゃ。腰抜けなのじゃ」 九郎は博多に連れて行ってもらえず、父の死に目にあえなかったことが悔しくてたまらないのである。

  「九郎、それならどうしろと言うのだ。菊池城を枕に、一族みんなで討ち死にしろと言うのか。そんなことで、死んだ父が喜ぶと思うのか」武重は唇をかみしめながら、静かに語りかけた。

 「でも、でも、おいは悔しいよ。悔しいよ」九郎の目から涙が滴り落ちる。

  「みんな悔しいんだ。お前だけじゃない。次郎兄上だって悔しいんだよ」五郎武茂は弟の背をさすりながら、必死で慰めるのだった。 その様子を見ながら、武重は万座に宣言した。

  「おいは今日から菊池家の惣領じゃ。いろいろと不満もあるかもしれんが、おいを信じて、おいについて来てもらいたい。決して悪いようにはしない」

 「分かったよ。次郎兄者」九郎は、肩を落としてつぶやいた。

※                   ※

 解散の後、武重は父の形見の鎧の切れ端をもって、母のいる北の方に向かった。

  「母上、次郎です」 何げなく障子を開けた武重は、その場の光景を見て一瞬凍りついた。

 母、智子は神棚の前に座り込み、いましも自分の喉に短刀を突き立てようとしているではないか。

 「な、何をなさるっ」あわてて飛びついた武重は、間一髪のところで母の手から短刀を弾き飛ばした。

  「死なせておくれ、次郎どの」半狂乱状態の智子は、武重にしがみつき、そこら中を掻きむしるのだった。

  「馬鹿なことを・・・。母上が死んだら、誰が父や三郎の菩提を弔うのです。誰が小さな早苗を育てるのですっ」武重はそう言いながら、母の肩を揺さぶった。「おいの気持ちも察してください。おいだって死にたかった・・ばってん、一族のためにこうして生き恥をさらしているのではありませんか。今ここで母上にまで死なれたら、おいはいったいどうしたら良いのですかっ」

 言い終えるや否や、武重はその場に座り込み、子供のように泣き出した。その号泣に、隣の部屋で眠っていた早苗も目を覚まし、やっぱり大声で泣き出した。

  「そうだった、うちがしっかりしなければ・・・」二つの号泣に我に返った智子は、武重の背中を撫でながら、冥土の夫に、強く生き抜くことを誓うのだった。

※                  ※

 鎮西探題は、三月十五日に入ると一斉に攻勢に移った。

 少弐、大友が館の警備に当たり、肥前の松浦党が江串攻撃に、肥後守護の規矩高政が、菊池、阿蘇攻撃に向かった。

 江串入道は、尊良親王を連れて山々を逃げた。 孤立無援の江串入道は、結局、松浦党の攻撃を支え切れなかった。そこで、再起を期すために潜伏しようとしたのだ。しかし、わずかな手勢とともに暗夜を走る江串入道の前に、探題方の軍勢が立ち塞がった。

 「くそっ、もはやここまでかっ」 自害しかけた入道は、しかし行く手の軍勢から思いがけない言葉を聞いた。

 「待たれよ、江串入道。我らは味方でござる」 驚いた入道は、目をこらして行く手の軍旗を見た。しかし翻るは、やっぱり四つ目結、少弐の旗である。松浦党の加勢に来た軍勢に違いない。

  「こちらは少弐家老、饗庭あいば 弾正だんじょう です。尊良親王をお迎えに参った。入道どのも、ご一緒に大宰府に匿いもうそう。安心してご同道願いたい」

  行く手からの意外な声に、江串入道は首をかしげた。どうなってるんだ。しかし、今は饗庭とやらの言うなりになるしかなさそうだ・・・。

  さて、江串入道が親王とともに行方不明になったころ、菊池に侵攻してきた規矩高政はアッケに取られていた。熾烈な抵抗を予想していたのに、菊池城はもぬけの殻だったからである。住民の話では、一族全部が九州山脈を東に向かったらしい。

  「さては阿蘇大宮司のところへ逃げたか。逃げ足の早いやつらめ。よしっ、我らも後を追うぞ。全軍我に続けっ」

 探題勢は深川城に火を放つと、そのまま菊池川を溯り、菊池一族を追撃しようとした。しかし地理に不慣れな探題勢は、複雑な山地の地形にかなりてこずり、追われる方に大きく引き離されてしまったのである。

  菊池一族は、さすがに九州に長いだけあって山地の地理に精通していた。しかも、いざと言う時に備えて山地の要所に施設や食料倉庫を設置していたから、むしろ、九州山脈こそ菊池氏の本当の城と言うべきかもしれななかった。

 城隆顕の勢を殿軍しんがり にした菊池勢は、女子供や家財を守りながら、日向の高千穂山目指して厳しい逃避行を続けていた。阿蘇大宮司の一族もこれに同調したが、阿蘇大社周辺の食料は米一粒すら残さない方針で、いわゆる清野作戦を決行するという念のいったものであった。五千人を越える規矩勢は、これに相当苦しめられたのである。

  さて、千早から来た七郎武吉は、ようやく日向鞍岡で一行に合流することができた。

  「次郎兄上・・・」山伏姿の武吉は、武重の前でうなだれた。

  「よく帰って来たな、七郎・・・」武重は、半年ぶりの弟のたくましい姿に感動した。

  「おいが商船に混じって豊前に上陸したのは、十二日のことでした。あと一日早ければ、父上にも叔父上にも、三郎兄上にも顔見せできたと思うと、無念でなりません」と、七郎は歯噛みしながら言うのだった。

  「して七郎、千早はどうなのじゃ」と、不安げに尋ねたのは、六郎武澄である。

  「当分大丈夫です。楠木勢は一丸となって戦っています。しかも諸国の源氏が船上山の帝に連絡をするようになったとか。幕府滅亡までもう一押しですっ」

  「そうか、山の中を逃げ回る生活も、もう少しの辛抱か・・・」武重は自嘲気味に笑った。博多で勝っていれば、山の中を逃げ回るのは探題方だったかも知れないのに・・。

 だが現実には、探題方の快進撃は続いた。

 三月二十五日、規矩勢は阿蘇大社に攻め込んだ。守るものの無い社殿を、探題の兵士たちが取り巻いた。

 「火を放て。何もかも焼き尽くせ」

 高政の命令に、兵士たちは動揺した。いくら敵とは言え、阿蘇大社を焼き払うなんて。 とにかく火種を抱えて駆け回った彼らは、やがて高政の前にひざまづいて報告した。

 「阿蘇大社の守り神である鷹が、社殿の屋根にとまり放火を妨げるので、火を点けることができませなんだ」

 「そうか、それなら仕方なかろう」高政は、社殿を焼き払うことによって神の崇りを受けることを恐れる兵士たちの嘘を、冷ややかに受け入れた。

 さて、さらに奥地へ進軍しようとする規矩軍に、ちょっとした事件が起きた。

  今後の方針を協議中の本営に、見張り役の郎党たちが一人の若い女を引っ立てて来た。

  「殿、この女が、阿蘇勢の進路について報告したきことがあるそうでござります」

 「ほう、そうか」

 高政とその幕僚たちは会議を中断し、小袖姿のその娘を観察した。娘は年の頃十六、七。面長で少しきついが、なかなかの美貌の持ち主である。本営の雰囲気に緊張している様子である。

  「そなた、阿蘇勢の動向を知らせに来てくれたそうじゃが、一体何者じゃ」と、猫なで声で高政が尋ねた。

  「近在の土豪の者でございます」娘は、消え入りそうな声で答えた。「阿蘇から鞍岡にかけての地図を持参して参りました」

 「おお、それは助かる。そばに参って見せるがよいぞ」

  「はい」 地図を片手に、ゆっくりと高政に近づいた娘は、やにわに懐から短刀を取り出すと、彼の胸に向かって突き出した。

  「おぬし何者じゃっ」 間一髪、手刀で短刀をたたき落とした高政は、郎党たちに組み敷かれた娘を睨みつけた。

  「うちは阿蘇大宮司郎党、草野太郎兵衛が一子、沙弥加さやか 。父に代わって肥後守のおん首を頂戴に参ったが・・・無念」 さっきまでの気の弱そうな娘は、今や郎党たちに押さえ付けられながらも、高政に殺気のこもった視線をぶつけているのだった。

 「ふふん、阿蘇大社を侵すものは、女子供にまで命を狙われるということか」娘の目をしっかと見据えながら、高政は暗然たる思いに囚われていた。

 「この女の始末はどうします」と、暴れる沙弥加を押さえ付けている郎党が尋ねた。

  「女だてらにその心意気、ここで殺すには惜しい。博多に連れ帰って、被虜人ひりょにん (奴隷)として働かせよう」

 この時代、まだ奴隷売買が公然と行われていたのである。草野沙弥加は、唇を噛み締めながら郎党たちに連行されて行った。その未来には暗黒が渦巻いていた。

 阿蘇大社を抜いた規矩勢は、やがて鞍岡に殺到、逃げ遅れた大宮司勢の一部を撃破した。

 しかし、規矩高政の任務は肥後国内の反幕勢力を一掃することであるから、日向に逃げ込んだ敵を追撃する必要はないのである。しかも配下の将兵は阿蘇大社の崇りをおそれて士気が上がらない。そのため、高政は鞍岡で追撃を打ち切り、博多に凱旋することにした。

  高千穂山の菊池武重、阿蘇惟直にとって、これは久しぶりの朗報であった。しかし、なんと悲しい朗報であろうか・・・。

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