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長編歴史小説

黄花太平記 第二部

3.菊池千本槍

 建武元年八月。肥後菊池では、菊池四郎隆舜の臨終が近づいていた。

 隆舜は肺病で弱った体をおして、筑後の戦で大きな働きをしたが、それは燃え尽きる蝋燭の最後の燃焼であった。凱旋の直後から高熱を発し、重体に陥ってしまったのである。

  「次郎兄さん、おいの最後の我が儘を聞き届けてくれて有り難う」茵の中のかぼそい息の下で、四郎は見舞いに来た武重に言った。

  「何を言うんだ、四郎。こんなことになるんなら、お前を出陣させるべきじゃ無かったぞ」武重は、弟の痩せ細った手を握りながら優しく語った。

  「いや、男として生まれながら、一度も戦に参加せず、一族のために働かずに死んで行くのは嫌でしたからな。もう、これで思い残すことはありませぬ」隆舜は、一点の汚れもない純粋な表情で微笑んだ。

  「・・四郎よ、お前はよく頑張ったぞ。偉かったぞ」目に涙を一杯にためながら、武重は、弟を襲った残酷な運命を恨んでいた。

  四郎隆舜の葬儀が済んで間もなく、都から勅使がやって来た。糸田征伐に関する恩賞沙汰だった。

 「この度の逆賊討伐において、菊池武敏の戦功は抜群であった。よって、菊池武敏を掃部助かもんのすけ に任命する」勅使は、表情を変えずに綸旨を読み上げた。

  掃部助は、従六位に相当する官職であり、惣領の七番目の弟に対する行賞としては破格の物であった。武敏は、小躍りして喜んだ。

 「どうだい、兄上たち。もうおいを子供扱いするんじゃないぜ」

  「いやあ、お見それしました」五郎武茂も八郎武豊も頭をかいた。 実際、糸田攻めにおける武敏の剛勇ぶりは九州中の語り草となっていた。菊池に豪将武敏あり、と広く喧伝された。

 武重は、隆舜の横死がこの幸運を弟にもたらしたのだと考えていた。どうやら、一族の誰かが死ぬたびに、他の者に幸運が舞い込む仕組みになってるようだ・・・。 そしてこの幸運は、やがて武重自身にも巡って来たのである。

 勅使を送り返してから数日後、再び都から書簡が届けられたのだった。

 「あなた、都からはなんと言って来ましたの」書簡を読んで以来、難しい顔の夫を見かねて、妻の裕子が口を出した。

  「うん、また都へ行かねばならぬこととなった」部屋着姿で庭の縁側に座る夫は、むすりと答えた。

  「まあ、また戦でも」

  「いや、そうではない。『武者所むしゃどころ 』が拡充されることになったので、 おいにも参加してもらいたいと言ってきたのじゃ」

 「武者所って、何をするところですの」

 「うん、言うなれば、帝をお守りする親衛隊じゃな。世の中が不穏だから、そういう措置に出たのじゃろう」

 武重は漠然とそう考えたが、武者所の存在意義はそれだけでは無かった。

 武者所の頭人(長官)は、全て新田一族によって占められていた。これは、武者所が足利一族の私設奉行所に対抗し、これを牽制するための機関であることを示唆している。 対立する二つの勢力を意識的に噛み合わせ、巨大勢力の成長を妨げるのは、朝廷の古くからのやり口であった。後の建武内乱における足利と新田の対立は、この武者所と奉行所の併置に端を発するのである。

 菊池武重は、正直なところ山積みになった国司の仕事を片付けるのに忙しくて、あまり肥後を離れたくは無かった。しかし、勅命とあらば仕方がない。さっそく上京の準備に取り掛かった。 留守のことが少し気掛かりであったが、九郎武敏の成長は明るい材料であった。

  「内治は五郎武茂に、軍事は九郎武敏に任せるぞ」 武重は、集まって来た一族の面々に向かって言い渡した。誰にも異存は無かった。

 「兄者、おいは力の限り頑張るよ」九郎武敏は、感動の面持ちで声を震わせた。

 「ばってん、お前の役目は戦だけだぞ。でしゃばって武茂を困らすなよ」と、ちょっぴり不安顔の武重。

 「なあに、心配ご無用。おいは開墾や潅漑整備には興味ないからね」

 「・・・違いない」武重のこの言葉に、万座は微笑した。九郎が内政に携わる姿など想像出来なかったからである。

 武重は、その後ただちに一族内部の所領問題の解決に当たった。いざこざの種は無くしておきたかったからである。

 このころになると、武重の元服した弟たちは皆自分の所領を持ち、お屋形様と呼ばれる身分になっていたが、これはこの当時の武家の常識的な在り方であった。惣領と呼ばれる一族の長は、子供の中から嫡子を選び、これに惣領を継がせる。しかし惣領になれなかった庶子にも土地を分配し、彼らの不満を吸収するのが、当時の家督相続の在り方だったのだ。

 ところで、惣領の座を奪おうとする庶子が現れることもあった。例えば伊予の土居、得能は、宗家から独立するために、幕府に味方した河野氏に対抗して後醍醐天皇の倒幕に参加し、これに成功したのである。その結果、今や河野一族の惣領は得能道綱となっていた。

  「次郎兄上、おいの元服の時は烏帽子親になってくださいな」会議の終わり近くになって、弟の虎若丸が口を挟んだ。

  「おお、虎若ももうすぐ元服だものな。いいとも。お前の元服までには都から帰ってくるさ。その時は、適当な荘園を見繕ってやるよ」武重は微笑んだ。

 「ありがとう、兄上」虎若は白い歯を見せて頷いた。

 会議が無事に終了した後、大叔父の菊池武村が武重に寄り添って来た。この人は既に六十を越える年配だったが、いつでも元気溌剌である。重富しげとみ と言うところに所領を有していたので、重富武村とも呼ばれていた。

  「次郎どの、面白かものを見せよう」

  「なんですか、面白かものとは」

 「まあ、おいについて来なされ」

 武重は武村に言われる通り、黙ってついて行くことにした。夕焼けの田園地帯をただ二騎で城下に馬を走らせる。

 沿道の農民たちは、お館様の姿に静かに笑顔を向けた。田圃の光景は、青い稲が風にそよいで実に美しかった。

 菊池武村が馬を降りたのは、城下でも高名な鍛冶屋、菊池延寿えんじゅ の家だった。鉄を焼く臭いが強く鼻を打つ。大きいが、質素な茅葺きの家である。

 「延寿どの、おいでかな」武村が、家の中に声をかけた。

  「どなたじゃな」低い声が、薄暗い家の中から帰って来た。

 「重富の武村じゃ。本日は、お屋形を連れて来たのだ」

  すると、戸口の暗がりからひょっこり姿を現したのは、少し猫背の壮年だった。この男こそ、肥後のみならず九州に名高い名工、菊池延寿国村その人であった。

  「延寿どの、久しぶりだな」武重は、静かに微笑んだ。

  「そうでございますな」にこりともせずに延寿は答えた。無愛想な男なのだ。

  「お屋形に例の物を見せたい。倉庫に案内せよ」楽しげな口調で武村が命じた。

  これを聞くと、延寿は黙って家の裏へと歩いて行った。武村は武重に一瞥すると、延寿の後に続き、武重も事情が分からないまま大叔父の背中に続いた。

  やがて三人の前に、大きな倉庫が立ち塞がった。延寿は懐から錠前を取り出すと、黙って倉庫の戸を開けた。一歩中に踏み込んだ武重は、暗がりに目が慣れてくると、辺りの景観に当惑した。倉庫の内壁は、全て三つの段に仕切られてあり、その各々に細長い棒状の物が立て並べられてある。一見しただけで、その総量が相当なものであることが窺えた。

 「大叔父上、これは」

 「槍じゃよ。全部が槍じゃ」

 「槍・・・・。こんなに沢山」武重は目を見張った。

  この時代、槍は非常に新しい武器であった。

 日本人が槍を初めて見たのは、わずか五十数年前の元寇の時である。その時モンゴル軍は、密集した歩兵隊の槍ぶすまを作る戦法で、ほとんど一騎打ちしか知らないような日本の騎馬武者を大いに苦しめたものである。 この時の苦しい経験から、日本でも槍の有効性が注目されつつあったが、まだそれ程普及した武器たり得なかった。

 なぜなら、日本における戦の主体はあくまで騎馬武者であって、しかも槍は、太刀と比較すると馬上で使いにくい武器と考えられていたからである。例えば、弓を射るためには両手を使わなければならないが、その場合、長い槍は太刀のように手軽に収納できないので、不便な武器と言えるわけである。

 それで、菊池武重も槍の有効性をあまり信じていなかった。

 「大叔父上、こんなに沢山の槍をどうなさったので」

  「どうなさった、とは面はゆい。おいが延寿に特注して造らせたのよ。名付けて、菊池千本槍。どうじゃ、格好いいだろが」

  「せ、千本槍・・・。千本もあるのですか」

  「さあ、ちゃんと数えたことはないけど、それくらいあるかも知れんな」

  「そんなに沢山の槍を、一体どうするのですっ」武重は思わず叫んだ。貴重な鉄を、こんなもののために無駄遣いするとは。

 「どうするって、もちろん戦に使うのよ。これからは槍の時代じゃ。これは、亡き寂阿や覚勝とも話し合ったうえのこと。次郎どの、おいはな、蒙古と戦った父・武房たけふさ から、元寇の戦話を耳が痛くなるほど聞かされて育った。じゃから、蒙古譲りで槍の上手な使い方は熟知してるつもりじゃ。おいを信じよ。この千本槍は、いつかきっと役に立つ」

  武村は、武重の目を真っすぐ見ながら穏やかに語るのである。

  「・・・どうして今まで、惣領のおいに隠していたのですか」釈然としない武重。

  「そう怖い顔するな。何も、隠していたわけではない。仕上がりを確かめて、万全を期してから報告したかっただけじゃ。・・・お主は、これから上京し、逆賊と戦うことになるやも知れぬ。その時に、この千本槍を役立ててもらいたい。それで、今になってお主をここに連れて来た次第じゃ」

  武村の熱意は、武重の心を少しずつ溶かしていった。

  「大叔父上、分かりました。かくなる上は、この次郎にも槍の上手な使い方をお教え下さい」武重は、虚心坦懐に頭を下げた。

  「おお、もちろんお教えしましょうぞ」武村はにっこりと微笑んだ。

 それから日が沈むまで、武重は大叔父に、様々な槍の用法について教わった。そして武重は城に帰るまでに、若党に槍を使った訓練を受けさせる決意を固めていた。武村の話は、頑迷だった武重の心を開いたのだ。武重も今では槍の時代の到来を信じる気になっていた。

 「さすがは大叔父上、だてに年は取ってないな」

  武重は、寝床の中で訓練計画を練って悦に入るのだった。

※                ※

 ここで、この頃の兵器体系について解説しておく。この時代の兵科は、敢えて言えば大きく歩兵と騎兵に大別されるが、その両者によって使用される武器は異なった。

 戦場の花形である騎兵の武器は、太刀たち と弓矢である。太刀とは、言うまでもなく片刃で反りの入った剣である。これは比較的軽量であり、日頃は腰の鞘に収納されており、馬上からでも使いやすいという長所を有する。

  これに対して、歩兵(これは、騎士の郎党や僧兵によって構成される)の武器は、長巻、長刀 ( なぎなた ) (薙刀)である。これらは、長い棒の先に片刃の刀身を付けた武器である。これらは、遠心力を利用できるために太刀よりも大きな威力を有するが、必要とされる運動量も大きく、とても馬上からは使用できないのだ。

 以上説明してきた武器は、いずれも「斬る」武器である点で同類である。これに対して、新兵器の槍の最大の特徴は、「突く」武器であることにある。

 一般的に、人体に与える損傷は「突き」の場合に大きい。しかも、日本の鎧は弾力があるので「斬る」攻撃には強いが、薄いので「突く」攻撃には弱いのである。

 また、「突く」動作は小さな運動量で足りるし、槍は軽いので、熟練すれば片手でも扱える。おまけに、一本あたりに必要とされる鉄の量も少なく済むので、大量生産しやすいという長所まで有するのだ。

 以上のことから、槍の登場が日本の戦史に及ぼす影響の大きさが、多少なりともお解りいただけたであろうか。

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